2−3 どういうことでしょう?
「・・・どういうことでしょう?」
「実は俺、子供たちを縛って送り出したのはこの集落の大人たちだと思っているんですよ」
「・・・なぜ、そう思われますか?」
おおう、意外と素直。否定しないということは図星じゃないか。
「そうですね。まず、子供たちは家で寝ている間に連れ去られたと言っていました。家に子供だけの場合はいざ知らず、何人かの子には親や保護者となる人がいるようでした。そうした人をかいくぐって大勢の子供を一集落から連れ去るのは至難の業だと思います。
ですが、仮にそのような得体のしれない怪物がいたとしましょう。ところが、圭吾さんは帰ってきた久々の娘さんをお使いに出しました。普通、何に連れ去られたのかわからないとき、一人にさせるでしょうか?圭吾さんは知っていたんです。一体誰が彩夏ちゃんを連れ去ったのか。そしてそういう話になるからこそ、彩夏ちゃんを今、家から出しているのでしょう?それに。もし、俺たちが本当に子供たちを救った英雄なら、もっと歓迎されるはずです。こんなまずいお茶一杯でもてなされる程度の事ではないはずです」
圭吾さんは厳しい表情だ。俺はたたみかける。
「そして、あのおばあさんの言葉。『なぜ連れ帰ってきた。子供たちの救いが失われた。かくなる上はお前たちを・・・。』あの時あなたは沙紀さんに指示しておばあさんを下がらせたんでしょう?俺たちにあることを悟らせないために」
俺はキメ顔を作る。優姫、邪魔するなよ?
「それは、集落全員が終焉教徒であり、子供を送り出した張本人たちであること。そしてたった今、終焉教に与しておらず、子供たちを連れ帰ってしまった俺たちを殺そうとしていることです」
俺が自分自身の言葉に酔いしれていると圭吾さんの表情が徐々に変化する。笑顔だった圭吾さんは怒りに満ちた顔をした。
「ははは。ばれては仕方がない。仁君。君たちが悪いんですよ?」
圭吾さんの目が急に真っ赤に充血する。
「君たちは私たちの願いを台無しにしたんです!教会の牧師様は私たちに言った!子供を捧げることは、子供を本来あるべき世界へと送り返すことになると!私たちは子供たちに正しい終焉をもたらした!牧師様は言った!なすべきことを成せば、私たちも救われると!それを、君たちは邪魔をした!君たちのせいで子供たちも、私たちも正しい世界に生まれ変われない!こんな人の敵しかいないクソみたいな世界で生き続けなきゃならない!」
そう言いながら圭吾さんは涙を流す。その表情は俺たちへの恨みというより、精神的に追い詰められ、どうしたらいいかわからず、悲しみに暮れた人間が神に祈るような表情だった。
俺ははっとする。圭吾さんはさっき自分で言っていたじゃないか。価値観が百八十度方向転換してしまうことがあるのか?と。圭吾さんは終焉教による救いの道と自分たちの力を信じて戦い抜く救い道、二つの意思のはざまで悩んでいたのだろう。ほかにどれほど人間が生き残っているか全くわからない状況で、唯一の仲間、そして家族である集落の人間が全員、信じ込んでしまった終焉教の教え。自分の力を信じて戦ってきた社長である彼は自分の意思と集落の意思に板挟みにされて、精神が中途半端なところで揺れていたんだろう。だからこそ、俺たちを殺すことで、終焉教にのめり込む決心をつけたかったんじゃないだろうか?
俺がそんな風に彼の分析をしていると俺の向かいに座った優姫が急に立ち上がった。
ドガン!
優姫は思い切り振り降ろした拳で机を破壊した。そして、その勢いのまま圭吾さんをぶん殴った。相変わらずきれいなフォーム!
「馬鹿か!あんたは!」
突然殴られた圭吾さんは目を白黒させている。あれは驚いただけでなく、優姫のパンチがしっかり顎に入った証拠だろう。軽い脳震盪だな。優姫はとっさの時でも急所を狙う、恐ろしい女だ。涼香が即座に圭吾さんの治療に入る。
「教会だ、牧師だとさっきから人のことばっかり!あんたはどうしたいんだよ!家族と暮らしたいんじゃないの?集落のみんなで力を合わせて生き残りたいんじゃないの?あんた社長だったんでしょ?力を合わせて働くことが楽しかったから、こうしてまた人を集めて集落やってるんじゃないの!?」
優姫は拳をさすりながら堂々と言い切った。優姫らしい言葉だ。自分がやりたいことをやる。それにしても。優姫がこれまでの流れをちゃんと聞いていたとは。俺、うれしいぞ。
どうやら涼香の治療が終わったらしい。
「私がやりたい事・・・。家族と暮らしたい・・・。こんな終焉が近い世界でも。こんなところでも家族三人仲良く・・・!そして、集落の人々とも!」
「そのためにあなたは何ができる?」
「・・・わからない。何ができるんでしょうか・・・?」
「そんなこと、優姫や俺に聞いてもしょうがないですよ。圭吾さんが考えるべきです」
圭吾さんはぼんやりと俺を見る。圭吾さん、まだ脳震盪のままか・・・?
「ふふっ、まったくもってその通りですね。私が考えるべきことです。こんな、若い子たちに教わることがあるとはね・・・」
「あんたが不甲斐ないだけでしょ!」
優姫は傷心の人間に塩を擦り込むのが好きなのか?だが、俺の予想に反して圭吾さんの目にはやる気の炎がともった。終焉教に身をゆだねるか、それとも、自分の力で何とかするのか。迷っているときに優姫に出会ったんだ。きっと圭吾さんはこの集落を変えるだろうな。
「ふははは!その通りだ!私はこの村を変えて見せる!」
「そうだ!その調子!」
優姫と圭吾さんがバカみたいに大騒ぎしている。何なんだ。すると俺の横にすっと涼香が来て話しかける。
「優姫さんと仁さんの毒は治療で何とかなったと思います」
「ああ、ありがとう。毒が治るかどうか賭けだったけどな。いや、しかし、あのお茶はまずかった。あんなに毒を入れてしまったら、どう考えてもばれると思うんだけど・・・」
「そうでしたか?優姫さんはおいしそうに飲んでいましたけど?」
「あいつは破滅的な味覚を持っているだけだ。泥でもおいしそうに飲むと思うぞ」
「そこまでですか・・・?」
涼香は苦笑しているが、これは本当だ。くっそ。信じてもらえないのがなんか悔しい。俺が優姫の舌がどれだけバグっているかを熱弁しようとしたとき、真っ青な顔をした圭吾さんが俺の肩をつかんで振り回した。
「仁君!君は大丈夫か?お茶を飲んでいたが、気持ち悪いとかそういう症状は無いか!?」
「ななななな、ないいいですすよ!」
あああああ、頭がとれれれえるうう・・・!!
「なんでだ!?一口でもすすれば死ぬと牧師様は言っていたが・・・?」
俺は圭吾さんの腕を振り払う。
「いや、俺が飲む前から涼香に頼んで治療の魔法を用意しといてもらったんです」
「・・・そうか。私が心配する必要はないようですね。よく考えたら、君たちはたった三人であの食人植物やコボルトがうようよいる様な森を半年生き延びたのですものね」
「そうですね、涼香がたいがいの敵の情報を持っていて、優姫がたいがいの敵を蹴散らすことができましたから」
そこにキラーンと目を輝かせた優姫が割り込んできた。
「仁は何もしてないよね?」
「俺は秘密兵器だからな。最後の砦なんだ」
「ボクどころか涼香にも腕相撲で勝てないもやし君が?」
「うっ、いや俺には」
「仁の役立たずー」
ぶちぶちぶち・・・!俺の中で何かが切れた音がするぜ。
「ほぉー。俺だってここしばらく筋トレしたんだ。ボコしてやるよ」
「テーブルが無いから寝っ転がってやろう」
「お前が壊したんだろ・・・」
カァーン!腕相撲のゴングが鳴る。数秒で決着は着いた。
「いぇーい、何も変わらないね」
俺の惨敗だ・・・!ここは辛酸を舐めるしかないのか・・・!
そこに圭吾さんが遠慮がちに話す。
「・・・私が君たちの役に立てることは無いだろうか・・?」
「うーん、おじさんじゃ力不足かなー」
「馬鹿優姫は黙ってろ」
「黙ってろとは何だ!」
馬鹿はいいのか。だが俺は優姫を無視して続ける。全く。馬鹿優姫め。圭吾さんは超役に立つ情報を持ってるはずじゃないか。
「圭吾さんは魔法についてどのくらい知ってますか?子供たちの一人がこの集落に魔法の先生がいるって言っていたんですけど」
「そうか、魔法の知識ですね。それなら、私が知り得た魔法の知識を渡しましょう」
どっこいしょと圭吾さんは棚に向かった。持ってきたのは一冊のノートだった。圭吾さんはノートを見ながらまるで講義をするかのように俺たちの前に立った。あ、講義するために立ったのか。
「これに分かったことをまとめたんです。説明しますね。
分かったことの最も大事なことは魔法の使用方法です。魔法を覚えるにはまず、ルーン文字、つまりその本に書いてある読めないが感じる文字がないといけません。そして次に大切なのは魔法効果のイメージです。最初から本に書いてある呪文にはそこまで必要性を感じませんが、新たに魔法を覚える時には必要なようでした。そして最後に練習です。新しく覚えた魔法は練習すればするほど自分の物になっていくということですね」
優姫はすでに頭と耳から蒸気が出ているような感じだ。
「つまり、
一、ルーン文字
二、魔法イメージ
三、練習
ということですね。・・・優姫後で説明してやるから、頭から出ている蒸気止めろ」
すると、優姫は鼻をつまむ。おいおい、お前、頭がオーバーヒートしたときに出る蒸気、そんなところから出るイメージなのか?
「あ、そう?じゃあ仁君聞いといて?」
優姫は鼻声でそう言った。俺は突っ込む気も失せてしまった。
「はいはい」
ここで涼香が発言する。
「話に出てくる新しい魔法というのはどうやって覚えたんですか?」
「いい質問ですね。新しい魔法は別の人の魔導書のルーンを模写することで覚えることができます」
「模写するだけですか!?」
涼香が驚きをあらわにする。魔法覚えるの簡単だな!
「はい、ですがさっきも言った通りその魔法のイメージと練習が必要になります。後、使えるようになる魔法はその本の色に関係するようです。例えは私のこの真っ赤な本では水を使うような魔法は覚えられませんでした」
「つまり、魔法をもらう為には一度実際に魔法がどのように発生し、どのような効果が得られるのか、を見せてもらわなければならないんですね」
「そういうことになります」
「魔導書の模写ができるなら、最強の魔法も誰でも使えるようになるな?」
「それは、無いと思います」
「なぜ?」
「まず、模写の魔法を模写しても元の魔法の半分以下の効果しか得られません。これはおそらくルーン語の情報劣化があるのかと思います」
「ああ、コピーのコピーのコピーがよく読めなくなる感じか」
「そうです。それにオリジナルのコピーですら、元の魔法の八割程度の効果しか今のところ確認できていません。ただ、こちらはまだ検証中です。練習を積めば効果はまだ伸びそうです」
「なるほど、オリジナルから直接指導を受けたりしたら、そういう魔法は上達が早そうだな」
「確かにそうですね。ちょっと試してみますか?」
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