2−2 彩夏ちゃんの家族は人目を気にせず
彩夏ちゃんの家族は人目を気にせず長い事泣いていた。遠藤一家、三人とも涙のための水分を全て使い果たした頃、俺たちに話しかけてきた。うおっ、お父さんの方すごい顔になってるな。
「お見苦しいところをお見せしました。私は遠藤圭吾。この集落でまとめ役をやらせていただいています。・・・さっそく質問で申し訳ないのですが、ほかに子供たちはいませんでしたか・・・?」
俺たちは顔を見合わせる。二人は言いたくなさそうだったので俺が代表して答える。
「俺たちがドラゴンの所に着いた時にはもう、すでにこの人数になってしまった。もう少し早ければあと四、五人は助けられたのだと思うが・・・」
「いえ、責めているわけではありません。帰ってきたこと自体が奇跡ですから。私たちは完全にあきらめてしまっていました。それで、ドラゴンはどうなりましたか?」
「ドラゴンは俺たちと約束を交わして飛び去りました」
「それはどういう」
「あなた!」
圭吾さんは俺たちに、次の質問をしようとして止められた。
「みなさん、ごめんなさいね。私は遠藤沙紀。圭吾の妻です。この度は娘を助けていただいてありがとうございました」
「あっ、ああ、そうだな、まずはお礼を言わなければならないな。本当にありがとうございました」
「ありがとうございました」
遠藤さん一家は俺たちに深々と礼をしてくれた。俺たちもぺこりと返す。
「こんなところで話すのも難ですから、ぜひ家に来てください。少しですが食料とお茶があります」
「食料!いただこうよ!」
優姫。メシの事しか頭にないな。お前、膝の治療忘れてるからな?
「いいんですか?」
「ええ、私たちもあなたたちの話を聞きたいですから」
俺は優姫、涼香を見る。二人ともうなずいている。
「では、お言葉に甘えて」
「どうぞ、こちらです」
俺たちは遠藤一家の先導で、集落に足を踏み入れた。遠くから見た時にはかなり整っていると思っていた家の木の組み方は、近づいてみると素人仕事であることが簡単にわかるほどめちゃくちゃになっていた。何と言うか・・・うまい人がやっていることを見よう見まねでやってみた!というような雰囲気がプンプン漂っている。これでは、日本の激しい地震や台風を凌ぐことはできないだろうな。道も畑を作るために耕して、余った土を盛っただけの質素なものである。当然側溝などは無いので雨の日、ここがどんなふうになっているか。想像しなくてもわかる。道もまっすぐではなくなんとなくカーブを描いている。人が何の基準もなく作業をすると、こんな道が出来上がるのか。
ん?なんだあれ?屋根の上に大きなラッパが設置された家がある。ラッパ大きすぎじゃないか?拭き口の下には人が立てそうな板が敷いてある。あれ吹くのか!?俺が訝しげにその家を見ていたことが圭吾さんに伝わったらしい。
「あれは、教会です」
「教会?何教ですか?ラッパなんて。鐘ならわかるんですけど」
「いえ、・・・それが私にもよくわからなくて」
「よくわからない?」
俺がその話を問いただそうとした矢先、目の前におばあさんが飛び出してきて、俺の胸倉をつかんだ。いてて、ばあさん、あんた力強いな。
「あんたか!エンド様から子供を奪ってきた馬鹿な輩は!なんてことをしてくれたんじゃ!終焉のドラゴンを邪魔してはいかん!正しい終焉こそが、人類を救うのだ!人は一度滅ぶべきなのじゃ!それを、知った顔して貴様らは!子供たちもこれで滅びの道を歩むほかなくなった!かくなる上はお前たちを・・・」
「はい、りえ子さん、話は私が聞きますから。あの子たちはいま疲れているの」
沙紀さんはにっこり笑いながらおばあさんを連れていく。沙紀さんは俺たちの方にウィンクする。おはあさんは連れていかれているときも、何か叫んでいる。よくわからないが終焉を賛美する教会、おばあさんの言動。なんか嫌な感じだな。
「すまない、あのおばあさんが一番、教会の教義に心酔しているみたいで」
「あれは何教なんですか?」
「・・・終焉教ということ司祭を名乗る男が現れたんです。皆さんの生活を支える代わりに教会を建てさせてほしいって」
「それで・・・?」
「男の提案を受け入れました。その方が早く生活が安定すると思ったんです。彼らは教会建設の許可の代わりにその技術を使って塀の作り方や家の建て方を教えてくれた。確かに、彼らの力が無かったら私たちの今の生活は無いでしょう。感謝しています。ですが、・・・ここにいる方の半分が既に終焉教の信者です」
「半分。それはまた相当説得力のある教義なんでしょうか?」
「・・・わかりません。私は正直怖いんです。これだけ短い時間に人の価値観って変わってしまうものでしょうか?」
「それはどうでしょうか。価値観だけで言えばあの日を境に百八十度逆転してしまった人もいるでしょうし、変わらなかった人もいるかもしれません。ましてやそれを知覚できるでしょうか?俺や圭吾さんも変わってしまっているかもしれませよ?」
「それは、そうですね。ふむ。昨日までの価値観が明日には違う。そういうものかもしれません・・・」
「お父さん!難しい話をしてないで、もう家に着いたよ!」
「おおっと、話の続きは中でしましょう。一応、玄関があるので靴を脱いでいただけますか?彩夏、水を汲んできてくれ」
「はーい」
彩夏ちゃんはそう返事をすると桶をもって走って行った。
「わかりました」
涼香が先に靴を脱いで家に入る。
「お邪魔します!」
優姫も涼香に続いて家の中に入る。
「失礼します」
俺は最後に入った。玄関は石でできており、質素ながらもしっかりとした作りになっている。掃除も行き届いている。石の隙間にホコリ一つない。靴を脱いで居間に上がる。一つの部屋しかない家だが床にはきれいに板が敷き詰められ、きれいに磨かれている。板を並べただけの壁にはいくつか写真も張り付けてある。家族の写真だろうか。おそらくこれは祖父母だろう。楽しそうに笑っている。部屋の真ん中にはテーブルがあり、すでに優姫と涼香がリュックを下して席についている。椅子やテーブルも手作りだろうか。優姫の座った椅子は一本短い脚がある様で、優姫は椅子をがたつかせている。俺もリュックを下して席に着く。圭吾さんは部屋の端に備え付けられたかまどに火を入れている。
「お茶って!火を起こすところからですか!?」
「申し訳ない、でも、火を起こすのは簡単なんだ」
圭吾さんはポケットから魔導書を取り出した。本の色は・・・真っ赤だ。優姫の本より生き生きとした赤色だ。圭吾さんはかまどの前で指を鳴らす準備をすると唱えた。
「発火」
パチン!
呪文を唱えて指を鳴らすとかまどに火が起こる。おおお、かっこいい!俺の魔法なんかより魔法っぽい!俺が魔法に少し見惚れた後、ハッとして優姫を見ると同じような顔をしてかまどを見ていた。うっ、涼香、そんな顔してこっちを見ないでくれ。俺と優姫は決して似てないからな。すると涼香が俺に耳打ちしてくる。ん?
「仁さん。お父さん少し変じゃないですか?」
「変?」
「攫われた娘がやっと戻って来たんですよ?そんな娘をすぐお使いに出すでしょうか?」
「それは俺もそう思っている。変と言えばこの集落全体だな・・・、そもそも、俺たちはもっと歓迎されていいはずだ。そのあたりは俺に少し心当たりがある。彩夏ちゃんがいないときに聞いてみよう。それより涼香、ちょうどいい少しお願いがある」
「何でしょう・・・?」
俺は涼香に耳打ちする。優姫が興味津々にのぞき込んでいるが、こればっかりは秘密だ。優姫は秘密に向いていない。すぐに顔、口、身振りにその兆候が出てしまうから。特に俺を馬鹿にして騙そうとするときは鼻の穴が広がる。
「お父さん!水汲んできた!」
「よし、ここに入れてくれ」
俺たちはお湯が沸くまでしばらく待つことになった。圭吾さんと綾香ちゃんは二人でしばらく楽しそうに話している。しばらく話すと綾香ちゃんは俺たちの方に来た。
「みなさん、本当に助けてくれてありがとうございました。ゆっくりして行ってください」
「いえいえ~、無事でよかったね!」
優姫が俺たちを代表して答えた。
「彩夏ちゃん、思っていたより落ち込んでなくてよかった」
「そうかな?ボクには無理に取り繕っているように見えるけど?」
「本当か?俺にはそんな風には見えないんだが・・・いや、ショックすぎてどう受け止めていいかわからないのかもな」
そこに圭吾さんがお茶を運んできた。お茶は緑色で久々に飲む暖かい飲み物だった。俺たちの前にひとつづつお茶を置くと、圭吾さんも席に着く。優姫は出されたお茶を早々に飲み干す。俺も口に含んで、一気に飲み込んだ。おいおい、まずっ。圭吾さんはそんなお茶にゆっくり口をつける。
「ふぃ~、お茶はうめぇなぁ?」
「優姫。お前、お茶の味わかってんのか?」
「水より渋い飲み物でしょ?わかってるよ!」
「ちがう!その中にある淡い甘みを楽しむんだ!」
「すみません。お茶の葉のようなものを持ってきて無理やり煮出しただけなので・・・そこまで甘みは・・・」
「圭吾さんは責めてません」
「うわー、仁君、失礼な奴だ!」
お前だけには言われたくねぇよ!だが、くっそ。確かに配慮を欠いていた発言かもな。ここは引こうじゃないか。
「ちょっと、二人とも圭吾さんが話しづらいですよ」
「ああ、すみません。なだめていただいてありがとうございます。・・えっと?」
「涼香です。冷泉涼香です」
俺も優姫も名乗っていないことに気が付いた。
「俺は二ノ宮仁です」
「ボクは一ノ宮優姫」
俺は圭吾さんが優姫の名前に少し反応したのを見逃さなかった。なんだろう。まぁ、今はいい。それどころではない。
「涼香さん、仁くん、優姫さん。改めまして・・・私は遠藤圭吾です。彩夏の父です。あの日が来る前は化学燃料系の事業をやっておりました。これでも一応社長でした。従業員のほとんどはあの日に失ってしまいましたが・・・。この度は彩夏を救っていただき、ありがとうございました」
「いえ、俺たちも偶然遭遇しただけですから。それに、・・・全員は助けられませんでした」
「・・・痛ましい事です。大勢の子供たちの命が失われました。よろしければどういういきさつだったか教えていただけませんか?」
「それじゃあボクが」
「優姫は黙ってろ」
「ちぇっ!じゃあ、仁君の話を修正させてもらお」
俺は優姫の妨害に所々話を中断させられながらも、ドラゴンとの一連のやり取りを圭吾さんに行って聞かせた。しかし、俺がドラゴンに見つめられて大きな方を漏らしたという話は盛りすぎだろ。さすがに、優姫を殴った。不謹慎すぎる。・・・かわされたが。
「なるほど・・・。つまり、皆さんは終焉のドラゴンに目をつけられたのですね・・・?」
「はい。まだ実感はないんですけど」
「ということはもう終焉のドラゴンが子供たちを攫って行く必要はないと・・・?」
さて、ここからだ。俺の疑問をぶつけさせてもらおうか。
「んー、俺はそこが引っかかってるんですよ。ドラゴンが子供を攫う?本当にそう思っていますか?」
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