2−1 ドラゴンのいた薄暗い洞窟から出て
ドラゴンのいた薄暗い洞窟から出て森の中を歩いている間、俺たちは子供達と延々とおしゃべりしながら帰ることとなった。子供達は命の危険から解放されたためか、心底ホッとした表情で自分たちがどれだけ怖い思いをしたかを語ってくれた。
「どんなふうに攫われたか覚えてるか?」
「私は寝ていたら急に眼に何かをまかれて口にタオルを突っ込まれて・・・。叫ぶ暇もなく暴れたんだけど、すごい力で押さえつけられて・・・。私は怖くて・・・」
「誰かが彩夏ちゃんを助けようとしている声とか聞こえなかったか?」
「・・・どうでしょう、泣いていたのは覚えているんですけど・・・。でも、そもそもすっごい静かだったような気がします・・・。そうして何かに乗せられると。一度だけゆっくり頭を撫でられました・・・」
「頭を撫でられた・・・?」
俺はその話を聞いてより不安になった。連れ去った奴は家にいる者に全く気づかれず、人の家に侵入できる力を持っていて、さらに人を無音で無力化奴がいるということになる。だが、そんな奴がいたとして、どう対処すればいいんだ?俺たち人間の感覚じゃ全く対処できないんじゃ無いか?優姫の野生の勘が働けばあるいは?
そして、あんまり考えたく無いが、もう一つの可能性もあるだろう。まぁ、集落とやらについてみればわかるか・・・?
俺がぼんやりと思考していると、涼香が近づいてきた。
「仁さん、どうかしましたか?」
「いや、ちょっと子供たちの事を考えていたんだ」
「子供たちがどうかしましたか?」
「誰が連れ去ったんだろうと思って。なぁ、涼香。人に全く気付かれず人を無力化することができる生き物なんていたか?」
「犯人というわけですか・・・そうですね・・・。パッと思いつくのはバンパイアでしょうか・・・。夜の闇に紛れて血を吸いに来ます」
「ふむ。だが、それでは子供たちが血を吸われていないのはおかしくないか・・・?ドラゴンに献上する前にちょっと一口って一口だけ血を吸われたような子が一人くらいいてもいいじゃないか?」
「その子はもう食べられてしまったかも・・・」
「それはそうかもしれんが、四十人近くいた子供たちを一晩で連れ去るなんて一人のヴァンパイアができるものかな?」
「どうでしょう。ヴァンパイアは基本的に人間より強いですからね・・・。この世界でどれほどの力を持っているのか分かりませんが・・・」
「そうだな。俺たち、まだそういう亜人というか、人型でコミュニケーションができる者に出会ってないからな。どのていど涼香の知識が正しいのか・・・。ヴァンパイア以外に隠密行動が得意な生き物ってないか?」
「あまり、思いつきませんね・・・。後は悪霊とかそういうたぐいのモンスターとかでしょうか」
「モンスターが人を縄で縛るという難しい仕事をこなせるとは思えないが。もう少し考えてみるか。もう一つの仮説もあることだしな・・・。それより、集落まであとどのくらいだ?」
「そうですね、あと五分くらいでしょうか」
「優姫は大丈夫なのか?」
「どうでしょう。今はああして子供達といっしょにはしゃぎまわっていますが。私の魔法では骨までぐちゃぐちゃになった人間を完全な元の状態に戻せるとは思えません」
「子供の前で無理してると?」
「おそらく」
「はぁー。優姫はそう言うところあるからな」
あいつは昔から子供好きだ。近所の公園に行くと大体あいつが子供を引き連れておにごっことかかくれんぼとかしていた。そういえば、優姫が車に轢かれたと言うので見舞いに行ったことあったな。あれも、飛び出した子供を無理やり助けに行って自分が背骨からボッキリいっていた。あの時は三カ月絶対安静と言われてベッドに縛り付けられていた。少しでも動こうものなら、看護師さんや親から二度と歩けなくなると脅されていた。
「・・・あんまり、激しい動きをするようなら止めよう」
「そうですね」
「見て見てみんな!ボク、バック転できるんだ!」
「やめろ馬鹿ー!」
「うわっ、仁がきた!」
「優姫!お前、涼香に無理すんなって言われてんだろ?じっとしてろ!」
「やだよー!身体強化!」
優姫はものすごい勢いで逃げて行く。子供にはウケている。それをみて満足そうな優姫。
「おい、優姫!」
全く。追いかければ追いかけるほど無理させてしまう。
「はぁ。あいつの体の構造どうなってんだ」
「仁さん。この先、坂を下ったらみんながいるところです」
「お、彩夏ちゃん、もうそろそろか。早いな。それにしてもよく帰る方向がわかるな?」
「私の魔法です。帰宅。唱えると家がある方向と距離がわかるんです」
「なんと言う便利な・・・!」
「使ったその時しか分からないんで、何度も使わないといけないんですけどね」
俺は彩夏ちゃんの頭を撫でる。
「いい魔法もってるね」
「え?この魔法が使えるの私だけじゃ無いですよ。多分ここにいるみんな使えます」
「・・・まじ?」
みんな同じ属性?それはおかしい、世の中にどれだけ本の種類、属性の種類があるか知らないが、ここまで重なることはないだろう。いや、そんな偶然が起きたのか?
「みんな同じ魔法が使えるってすごいな」
「そうですか?私はこの魔法、先生に教えてもらったんです。仁さんも教えて貰えばできるようになりますよ!」
「先生!?魔法を教えてくれる先生がいるのか!それは俺も是非会いたい!」
「ほんと?先生はすごいんですよ?魔法がいくつも使えて!」
これは、思わぬ収穫だ。人がいるからある程度、この世界にについての情報が手に入ると思ったが、これは期待以上の情報が手に入るかもしれないな。
「おーい、仁〜!着いたよ〜!」
優姫が遠くから叫んでいる。あいつ、いつの間にあんな遠くへ?
「お、俺たちもいそごう!」
「・・・はい!」
俺たちは急いで優姫の方まで走る。俺は集落を上から見て驚いた。これは集落と言うより、村だった。村にあるものほとんどが木と石で作られている。家がいくつか建てられておりその周囲を柵が囲っている。そして家を囲む塀すらも木と石で作られていた。おそらく、元大工だったものが手を入れているのだろう。塀はところどころガタガタになっているが、たくさんの丸太と大きな石を何とかうまく組み合わせて、隙間なく作られている。塀に一定間隔で高く飛び出た部分がある。その上は板を敷いて座れるようになっている。物見櫓だろうか。よく見ると物見櫓には矢が刺さっている。塀にも血がついている。戦闘の跡だろうか。
それにしても、村の中にほとんど人がいないな。まだ、日も出ている。夜にはなっていないが。こんな時間に誰もいないなんて何をしているのだろうか。戦闘の跡は古そうに見えるが・・・。まさか、全員何かにやられてたなんてことないだろうな・・・?
「こっち!」
子供の一人が優姫の手を引いて走り出した。
「みんな!早く行こう!」
優姫も笑顔で呼びかける。ったく子供よりも子供らしいな。優姫の掛け声で俺たちは小走りで門に向かう。門のところにうつむいている誰かが立っている。
「お、優姫、涼香!人がいるぞ!」
「ほんとだ!私たち以外でこうして生き残っている人たちがいたんだね!」
「あの人だけだったりしないといいのですけど」
「おい、涼香、変なこと言うなよ」
俺はドキリとする。
「せんぱい~!」
彩夏ちゃんは門の前に立つ男に声を掛けた。先輩と呼ばれた男は振り返る。先輩は上下をチェックの長袖とチェックの長ズボンでそろえている。いくら、服が無くなってしまったとはいえ、ひどいセンスだな。手には槍のようなものと、魔導書を持っている。いわばいつでも戦闘できる構えをしていた。だが、先輩は子供たちを見て槍を手放してしまった
「えっ?彩夏ちゃん?えっ!えっ!?おいおいおいおい!マジかマジか!おい!誰か来てくれ!子供たちが帰ってきた!帰って来たぞ!!」
先輩はそういうと門番の仕事を放り出して走りだす。それに続いて子供たちも走り出して、先輩に続いて村の奥に入って行く。あっ、くそ。先輩ってやつがどんな表情して子供たちを迎えたのか見損ねたな。
「ふう。ほかにも人がいそうだな。・・・しかし、あいつ門番なんだよな?門番の仕事はいいのか?」
「まぁ、もう死んだと思っていた子供たちが帰って来たんですから、仕方がないですよ。私たちがしばらく門番の代わりをしましょう」
「あれ?彩夏ちゃんは行かないのか?」
「私はみなさん恩人をちゃんと親に紹介します」
優姫がミキサーより早い速度で回転しながら彩夏ちゃんに抱き着いた。
「何てっ!いい子なの!ボクのお嫁さんにしたいね!」
優姫は彩夏ちゃんの頬にごしごし頬を擦り付ける。
「やめろ」
俺は優姫の首根っこをつかんで彩夏ちゃんから引き離す。
「ぐぇっ。ちょっと!ボクは安静にしなきゃいけないんだよ!仁君のせいで死んだらどうするの!?」
「どこがだ!さっきもバック転しようとしてただろ!思いっきり元気じゃねぇか!」
「元気じゃないよ!ほら!ここ見て!膝!また擦りむけちゃった!」
「いつの間に転んだんだ、お前」
「涼香―!治して!」
「私を巻き込まないでください」
あれ?涼香が珍しく冷たいな?
「だいたい、私はまだあの洞窟の中であなたに蝙蝠のフンを擦り付けられそうになったこと、怒ってるんですよ?」
「ええー、あれは冗談だよう!擦り付けなかったじゃん!」
「結果が問題なのではありません。あなたたち二人の争いに・・・」
優姫と涼香の言い争いが始まった。珍しいなー、涼香があんな風に怒るなんて。蝙蝠のフン、相当嫌だったんだろうなー。と思っていると門の向こうからビジネスカジュアル風の男とゆったりした薄いピンク色のワンピースの女が歩いてきた。
「お父さん!お母さん!」
彩夏ちゃんが二人に走り込む!
「彩夏!よく戻ってきた!」
「彩夏!」
三人は抱き合ってウワンウワン泣き出した。ボロボロ涙と鼻水をたらしながら彩夏ちゃんはこれまで、俺たちに見せたことのない飛び切りの笑顔だった。へぇ、思っていたのとはちょっと違う反応だけど。いいもんなのかもな家族も。あれ?ちょっと鼻水が・・・。俺は何気なく横を見た。二人はすでに言い争いを忘れている。涼香は下を向いている。ありゃこらえてるな。優姫は・・・。後で顔を洗った方がよさそうだ。
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