1-5 優姫はポケットから
優姫はポケットから魔導書を取り出す。それにしても、優姫はドラゴンにあれだけの勢いで吹き飛ばされていながら、刀を手放していないのか。すごいな。
「仁、涼香!援護して!身体強化、切味強化!」
速い!優姫はドラゴンとの距離を一瞬で詰める。俺は慌てて魔導書を取り出す。俺が使える魔法は水鉄砲と洪水だ。洪水は好きな場所から洪水のように大量の水を破滅的な勢いで出すことができる。初めて使った時に自分のケツでその威力を試した。威力は折り紙付きだ。使うと強烈な疲労で動きが制限されてしまうほど魔力を使ってしまうが、ドラゴンの顎くらいは吹き飛ばせる・・・はずだ。
おそらく優姫は超速で走りながら、涼香の、かけた相手を空高く飛ばす跳躍の魔法を待っている。首を切るつもりだろう。だが、そのためにあのドラゴンの頭がこっちに向いているのは邪魔だ。俺の役目は優姫の前にあいつの首をさらすこと。任せとけ。
俺はドラゴンの顎のちょうど下になる場所に洪水の魔法を上向きにセットする。こう、地面に別次元の穴へとつなぐふたを用意する感じだ。
涼香の本の輝きが強くなる。左手に本を持ち、右手を優姫に向ける。
「行きます!跳躍!」
「おりゃぁぁぁ!」
優姫が叫びながらドラゴンの首元に飛び上がる。いまだ!
「洪水!」
俺の呪文と同時に洞窟内には爆音が鳴り響く。直径二メートルほどの空間に開いた穴から、大量の水が勢いよく飛び出した。俺の魔法はドラゴンの顎にクリーンヒットした。ドラゴンの頭がものすごい勢いで上に向く。
「さすが、涼香、仁!」
優姫は横に刀を用意する。跳躍の頂点。位置エネルギーが最大になり、運動エネルギーがゼロになる瞬間。動きが完全に止まるその瞬間、優姫は刀を振りぬいた。優姫は確信していただろう。ドラゴンの首が飛ぶところを。わざわざ刀の切れ味まで強化した。
ガキィィィィンッ!
だが、飛んだのは優姫の刀だった。俺も涼香も何を叫んでいたかよく覚えてない。だが優姫は空中にいる。もはやできることは何も無かった。
打ち上げられたドラゴンの頭が恐ろしい勢いで戻る。
「優姫ーーー!」
俺が確認できたのは優姫が両手を前に構えるところまでだった。優姫はドラゴンの頭に打ちおろされた。
バァン!
という音が聞こえる。優姫の姿は確認できない。だが、そこまでだった。
「岩石射出!」
ドラゴンが魔法を唱えた。優姫の行方に気を取られていた俺と涼香には、ドラゴンが行使した魔法で岩が飛んできたことに気が付かなかった。俺たちは何の受け身を取ることもできず、正面から岩を受け止めてしまった。もはや、痛みは全く感じなかった。岩が体に当たっている。それだけが体に伝わってきた。踏ん張った足は全く意味が無く、あっさりと吹き飛ばされてしまった。俺はうつぶせに倒れながら意識が飛ばないようにするのでやっとだった。おっと、なんか吐きそう。
「がはっ・・・、涼香・・・? 」
血を吐いてしまった。涼香の返事は無い。気絶しているだろうか。優姫もどうなってるかわからない。すると、ドラゴンの近くで一人立ち上がる。
「ここで、ボクが倒れてどうする・・・?涼香も子供たちも、ついでに仁もボクが守るんだ・・・!」
「優姫・・・!」
優姫は身体強化していたおかげで致命傷には至って無いようだ。だが、俺はついでにという言葉に突っ込むことはおろか、立ち上がることすらできずただただ名前をつぶやくことしかできなかった。
「うおぉぉぉぉぉぉ!身体強化!」
女の子から出ている声とは思えないほど、大きく低い声が洞窟に響いた。優姫はドラゴンに向かって走り出した。まて、優姫、早まってはだめだ!
ドラゴンの手が軽く翻り、優姫はまたしても吹き飛ばされる。
「うぉぉぉぉ!身体強化ゥゥゥゥゥ!」
優姫はまた立ち上がると、雄たけびを上げて再度ドラゴンに突っ込む。いくら優姫が身体強化で体を頑丈にしてるとはいえ、何度も何度もドラゴンの攻撃を受ければ死んでしまう。俺はそう思っても何もできなかった。体が動かない。優姫は突撃を数十回繰り返した。吹き飛ばされるたびに血が流れる部分が増えた。頭を切ってしまったあとは正直傷が増えたのかどうかよくわからなった。
だが、優姫にもついに限界が来た。吹き飛ばされてから優姫の姿が確認できない。だが、ドラゴンが食事を再開しない。優姫はまだ死んでいないようだ。ドラゴンの頭の動きを見る限り、うつぶせのまま、体を引きずってドラゴンに近づいているようだ。俺は優姫の生存に安心すると同時にそこはかとない生命力あきれてしまった。ドラゴンの頭が真下を見るようになった。するとドラゴンが口を開く。俺は背筋が凍った。優姫を喰うつもりか!
「人間。何がしたいのだ。我に貴様がかなうはずもあるまい」
「お前を殺してみんな守る!」
優姫の声には血が混ざっているような雑音がある。
「調子に乗るな、人間よ!人間は我より下位の存在!あらがうなど無意味!我は終焉のドラゴン。他の存在に終わりをもたらすことこそ至福。だが、それも啓示があってこそ。啓示無き殺生は好まぬ。もし、これ以上我の存在意義を遂行する邪魔をするならば、この場にいるすべての人間を滅ぼす!」
「ごちゃごちゃうるさい!下位だからなんだ?だったら下剋上だ。ボクは必ずお前を殺す!」
優姫、お前はほんとにすごいやつだ。あんなでかいドラゴンに向かって、ぶっ倒れながらそこまで言えるなんて・・・!俺も、死ぬ前に一言、言いたくなってきた。
「おい!ドラゴン!お前はまるで食物連鎖が絶対であるようなことを言う。だが、下位の者が上位の者を喰らって何か問題あるか?それに、俺たち人間をほかの下等生物と一緒にしてもらっては困る!人間は最初、食物連鎖の下位にいた!だが、そこから上り詰めた!他の生き物が対処をあきらめた地球規模の自然変化にすら対応できるほどに!俺たち人間はお前を追いかける。必ず追いついて見せる!そして必ずお前を滅ぼす!」
よし、言いたいことは全部言った!あとは死ぬだけか!俺は全く動かない体を無理やりひねってドラゴンの方を向いた。ドラゴンの口。大きいなー。こう、口の中に放り込まれたら、歯に当たらないようにして一気に喉に流れ込んでしまおう。いや、まて、胃液にゆっくり溶かされていく方が地獄か・・・?
俺がドラゴンの口の中に放り込まれてから取れる行動を思案していた時、突如、洞窟全体が揺れた。いや、山が揺れている?俺が揺れてるのか?違う!ドラゴンが笑っているんだ!ドラゴンの笑い方は独特だった。上に向かって口を開けているが声は出ていない。だが、震えている、大きく息を吸って大きく吐き出している。それだけのように見えて、全身が大きく振動している。
「いいだろう。人間。我は終焉の監視者、名をエンド!終焉の啓示に従い人間の子らを食すつもりだったが、対象を貴様らに変えよう。ただし、今の貴様らは我にとって何の障害足り得ない。これは我の趣味だ。我は貴様らに「始まり」を見た。その「始まり」がどのように変化し、どのように「終わる」のか。見届けてくれる!また会おう人間どもよ」
そう言ってエンドと名乗ったドラゴンは洞窟の天井を突き破って飛んで行った。吹き飛ばした岩は洞窟の中に降ることなく全てどこかに飛んで行ってしまったようだ。ただ、飛び上がっただけなのにすごい力だな・・・。俺は全身の力が抜けてしまった。と、同時に俺の背中にあったドラゴンの舌の感覚がスーッと消えていく。
「ふーっ」
俺はため息をついた。ドラゴン。おそらく現在の食物連鎖の最上位にいるだろう。抗うと言ったがあんな奴らどう対処すればいいんだ。それにエンドの「啓示」という言葉。ドラゴン以上の存在がいるってことじゃないか?俺は、頭が痛くなった。
「仁さん、大丈夫ですか?」
俺のほうに涼香が四つん這いで這い寄ってくる。どうやら涼香は自分の怪我を治していたらしい。
「ああ、大丈夫。だけど、ちょっと治療してほしいかも。歩けるくらいにはしてほしいかな」
「もちろんです。ちょっと待っててください」
涼香は俺の胸に手をかざす。
「治療」
ふぅ。アドレナリンが出ている間に治療できてよかった。あんな岩を喰らって、人としての原型をとどめていたとは思えない。怖くて自分の体見れなかった。まて、俺なんかより優姫は?俺は優姫のいたほうを見る。俺はゆっくりと優姫の方に近づく。
「うぅ・・・。くっそぉ・・・。ボクの刀、全然通じなかった。あ、仁君・・・子供たちは・・・?」
「優姫さん・・・!体ぐちゃぐちゃですよ!私の魔法で治るかな・・・?仁さん、子供たちを!」
俺は優姫と涼香に言われてハッとする。そうだ、子供たちは?動けない優姫は涼香に任せ、俺は子供たちの泣き声が聞こえる方に向かう。高いな。これはある意味ドラゴンのテーブルとドラゴンの皿・・・。高いしでかい。ドラゴンのテーブルは小さな山のような巨大な岩石になっており、そのてっぺんは凸凹した面になっていた。そしてその中心が人の身長の三倍くらいの深さで穴になっていた。穴の内側は綺麗に研磨され、たとえロッククライミングのプロだとしても指を掛ける場所が見つからないだろうほどつるつるになっていた。底にはまだ十数人の子供が残っている。
「おい!お前たち!大丈夫か?」
一番大きい女の子が俺の声にこたえてくれた。
「お兄ちゃん、誰?」
「俺は仁だ、お前たち、もうドラゴンはどこかに行ったぞ!もう大丈夫だ!今、助けてやるぞ!」
「本当?お兄ちゃん、私たちのこと助けてくれるの?」
「ああ!おうちに帰れるぞ!」
俺がそういった瞬間、子供たちは大きな声で泣き出し始めた。俺は、背負っていたリュックから草を結って作ったロープを取り出した。何か、ロープを巻きつけられそうなものは・・・?あった。あれだ。俺は岩の突き出た場所にしっかりとロープを結び付け、自分にもまきつける。
「一人ずつ登ってこい!」
「ボクも手伝うよ!」
「私も手伝います」
「優姫、体治ったのか?」
「完治させることはできませんでした。今は、体の組織をあるべき位置に戻して、固定したという状態で無理は禁物です」
「わかった。涼香はロープ引き上げを手伝ってくれ。優姫は子供たちに最後手を伸ばしてくれ、頼む!」
「がってん!」
「了解です!」
そうして俺たちは子供を一人ずつ引き上げた。登れる力のある子には登ってもらい、登れない子はロープを結んでもらって俺たちが引き上げた。結局十七人の子供がまだ無事だった。子供たちは泣いたり、抱き合ったりしていた。
子供たちが命が助かったことを喜び涙している間、俺はさっき俺の質問に答えてくれた身長が一番大きく、薄いピンクのちょっと汚れてしまったワンピースを着た女の子に話しかけた。
「ちょっと、いいか?」
「はい、もちろんです。助けて頂いてありがとうございました」
ふむ、俺が睨んだ通り、この女の子はしっかりしている。
「ちょっと聞きづらいことを聞きたいんだけど、こっちに来てもらってもいいか?」
「はい、構いません」
俺は他の人に声が届かない程度に離れた。
「よし。君、名前は?」
「彩夏、遠藤彩夏」
「じゃあ彩夏ちゃん、答えたくなければ答えなくていい。・・・子供たちは最初何人だった?」
彩夏の顔が暗くなる。うっ。すまない。だがこれは知っておきたかった。あのドラゴンにどれほどの罪があるのか。あのドラゴンにどれほどの償いをさせなければならないのか。俺たちが忘れてはならない犠牲の数だ。
「・・・、最初は四十人以上いたと思います。でも、私も必死で・・・。夜中寝ていたら急に連れ去られてて、あっという間にこんなところまで・・・。暗いあの穴の中でみんな大騒ぎして逃げようとしていました。・・・でも、すぐあのドラゴンがきました。私は他の子に押し出されてつかまれそうになりました。でも、私足がすくんで転んでしまったんです。そしたら、その私を押してきた男の子がつかまれて・・・・その子は私の友達だった子で・・・」
彩夏は泣き出してしまった。俺はオロオロして、彼女の背中をさすることしかできなかった。子供とは思えない声で泣きじゃくる彩夏ちゃんに対して、俺は謝ることしかできなかった。
俺が謝ったって何も変わらない。だが、俺は何もできなかった。手も足も出なかった、ただの役立たずだった。新しい世界。あまりにも無慈悲。俺たちですらこんなにギリギリで生きているのに、こんな子供たちにも容赦がない。四十人以上いたという子供たちは半分以下しか残っていないじゃないか・・・。あのドラゴンは「始まり」をつぶすことが至福だと言っていた。神様からの啓示があるとはいえ、あのドラゴンが望んでやっている事。許すわけにはいかない。
気が付くと後ろには優姫と涼香が立っていた。
「仁君、この子たちによると近くに人が集まって住んでる集落があって、そこからここに来ちゃったみたい。この子たち、とりあえずそこまで連れて行こうよ」
「私も、それがいいと思います」
優姫、涼香。俺は仲間に恵まれていた。コボルト程度なら簡単に退け、食料を調達し、罠を看破する。ドラゴンを前にして俺は立ち向かおうなんて微塵も思わなかった。困難に立ち向かう心構えが足りなかった。子供たちを届けたら、優姫はおそらく終焉のドラゴン、エンドを殺しに行くと言うだろう。俺はそれを全力でサポートしてやろう。優姫は俺たちのリーダーだからな。
ずっと背中をさすっていた彩夏も少し落ち着いたらしい。よし、まずはこんな負の思い出しかない場所から離れよう。
「よし!じゃあ、移動しよう!その・・・、優姫、目指すのはなんていう集落だ?」
「名前なんて知らないよ」
「じゃあ、オホン。集落に向けて出発!」
「えー、なんか締まらないなぁ・・・」
「そこが仁さんのいいところですよ」
「うるさいぞ、外野」
言い合いをしながらも、俺はすでにドラゴンに食べられてしまった子供たちの親に合ってしまうかもしれないと思い、憂鬱だった。
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