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1-4 洞窟の中は

洞窟の中は真っ暗なわけではなかった。ところどころ、洞窟の天井には穴が空いていて、そこから日の光が差し込んでいる。こんな洞窟があるならこっちに住むべきだった。俺たちが住んでる洞穴は真っ暗だし、蝙蝠が飛んでくることがあるし。風が通らないから湿気がすごい。こっちの洞窟なら風通しもよく、太陽の光もあって明るくとても住みやすそうじゃないか。


「待って!」


優姫は急に歩みを止める。


「ここに何かある」

 

優姫は指を何かに当てているようなしぐさをする。そして、自分の胸あたりの高さで指が止まり、スーッと指を横に滑らせる。


「ここに罠が張ってある」

 

いつになく真剣な顔をした優姫が俺と涼香の方を振り返って言った。


「罠?どんな?」


「わからない」


「侵入者を警戒するための罠でしょうか」


「侵入者を警戒だと?」

 

それはなかなかまずいのではないだろうか。俺の脳内警報が鳴ってるぞ。侵入者に対する警戒装置があるってことは、ここを誰か、いや何かが使ってるってことじゃないか。


「おいおい、それはやばい。優姫、涼香、もう戻ろう。ここはやばいって」


「待って、警戒しなきゃいけないほどのものがこの奥にあるんでしょ?それを確かめないと!」

 

やっぱり言うこと聞かねぇ!


「優姫!洞窟の前で約束したろ!もう帰ろう!ここは危険だ!」


「でも!何があるか確かめておかないと!」


「いや、ダメだ、帰ろう。命は大事にしよう。涼香もそう思うだろ?」

 

だが、涼香は俺の問いかけに反応しなかった。


「仁さん。すみません。私もちょっと奥を確かめてみたいんです」


 あれぇ?涼香は俺の味方だと思ったんだけど?


「なんで?」


「はい。理由は罠の位置です。この罠、一体どんな相手に向けて作られた罠だと思いますか?」


「えっ?」


俺は罠の理由なんて考えてなかった。理由か。しかし、罠に理由なんてあんのか?


・・・ん?よく考えたら、俺がナワバリに罠を仕掛けるときもいろいろ考えてるな。罠は罠にはめるつもりの対象によってつくるものを変えるはずだ。ウサギを捕る罠。コボルトの侵入を防ぐ罠。魚釣りでも釣り竿にするか、網にするか、など釣る対象によってやり方をいろいろ変える。確かに涼香の言う通りだ。


もし、この洞窟の中に入ってくるもの全員を拒むのであれば落とし穴とか、隠し扉とかもっと強烈な罠を仕掛けるはずだ。だが、仕掛けてあるのは優姫の胸の高さにある糸一本。こんな高さに引っかかるのは・・・。いや待て。


「大事なのは罠にかかる方より罠に引っかからない方か」


「はい、私もそうだと思います」


「何々?どういうこと?」

 

優姫はこらえきれず話に割り込んできた。どうせわからないくせに。この新しい世界には神様がいるんだろ?あいつに忍耐というものを教えてやってくれよ。


「この罠は身長の高い者に向けて仕掛けられてるんだ。逆に言えば、さっきのコボルトはこの罠に引っかからない。つまり、ここはあのコボルトたちが住処としている可能性が高い。そして、この辺でこんな洞窟に用事があって、こんな罠を用意しなきゃいけない対象。この辺にそういうような生物は俺たちしかいない。俺たちより大きいやつらも見かけたことはあるが、洞窟に入る必要はなさそうだった。」


「さすが、仁さん。私も同意見です。ここには少なくとも私たちサイズ以上の者が入ろうとたくらむことがある理由があるのです。もし、それが人間に関わることならば、私たちの住んでる場所に近い以上何があるのか知っておきたいと思います」


「んーよくわからないけど、涼香ちゃんとボクが望んでるんだから、先に進もう!」

 

優姫は刀を抜く。おいおい、なにすんだ?


「えっ、切るのか?」


「切らないよ!ここより下をくぐってね!」

 

そう言って優姫は刀を水平に保つ。なるほど、そこにあるのね。結局、俺と涼香は刀の下を最大限しゃがんで通り抜けた。俺たちには刀で示してもらっても糸は見えなかった。だが不可解なのは糸が見えているはずの優姫が四つん這いで這ってきたことだ。


「うわぁ!蝙蝠のフンかな?めっちゃぬるぬるする!」

 

言わんこっちゃ・・・


「おわぁ!お前、その汚い手をこっちにかざすな!」


「仁君・・・!なんで手を拭かせてくれないの・・・?ボク悲しいよ・・・?」


「いやいや、嫌だから。絶対こっち来るな!」

 

優姫はぬるぬるの手をごしごしこすり合わせながら、素早く涼香の背中を取ると、汚い手を涼香の首にかける。


「ほら!涼香ちゃんがどうなってもいいのか!」


「優姫、それやったら、今俺が持っている最強の魔法をお前に当てる」

 

涼香の表情見てみろ。あんなきれいな顔の子になんて顔させてるんだ。優姫。お前はひどいやつだ。


「もう!いい加減にしてください!行きますよ!」

 

優姫の臭い手をバンと払いのけて涼香は先に歩いて行ってしまった。俺は優姫に目配せする。


ほらぁ、お前がそんな事するから、涼香キレちゃったじゃないか。

ボクのせいじゃないもん。仁が手を拭かせてくれなかったから。

俺のせいじゃないし、それは絶対嫌だ。


「おら。行くぞ」


「ちょっと待って!」

 

優姫は両手を洞窟の壁にごしごし擦り付けて拭いている。まぁ、それが一番平和な解決法だ。


「よし、行こう!仁、遅れないで!」


「なんでお前が先に行ってた事になってんだ。俺がお前を待ってたんだ」

 

涼香は少し歩いたところで立って待っていた。涼香、いい判断だ。罠が一個とは限らない。ここは優姫の野生の勘が頼りだ。


優姫を先頭にして俺たちは歩く。洞窟は奥まで行っても、天井に穴が空いていて、太陽の光が差し込んでいた。洞窟の中なのにそれを感じさせないほど明るかった。そのせいもあってか先頭にあるべき緊張感が感じられない。列の真ん中にいる涼香のほうが目を皿のようにして洞窟を見渡してるじゃないか。涼香はいつでも優姫を止められる位置をキープしている。しかし、ずっと中腰は疲れちゃうんじゃないか?


「待ってください」

 

涼香が優姫の肩に手を置いた。


「どうしたの、涼香ちゃん」

 

優姫は振り返らずに刀に手を置く。優姫もリラックスしているようで、緊張感を維持していたらしい。いつでも刀を抜いて襲い掛かれる準備をしていたようだ。


「奥から、泣き声のような声が聞こえます」


「どんな生き物の鳴き声だ?」


「鳴き声ではありません。泣き声です」


「人の声ってことか?」


「はい」


「おいおい・・・、マジかよ、いよいよもってヤバそうだ・・・!」

 

人の声。しかも泣き声・・・。引き返すべきだ!でも、二人が行くって言っている!・・・南無三!・・・こういうときだけ仏さまに祈るのは良くないか。仏さますいませんでした。自力で何とかします。


俺がくだらないことを考えている間に、優姫と涼香はすでに先に行っていた。おいおい、おいてかないでくれ。二人とも岩陰から奥をのぞき込んで固まっていた。二人の方に近づくにつれ泣き声は大きく聞こえてくる。


「二人とも何が見える?」

 

俺ものぞき込んだ。ん・・・?ちょっと暗いな。のぞき込んだ先は広い広いホールのようになっていた。東京ドームくらいはあるだろうか。洞窟の中にここまで大きな空洞があるとは思わなかった。お、少し目が慣れて来たな。何だろう。黒い大きな影が動いている。大きな手があるな。大きな手がすーっっと下に動いていく。上にあるのは・・・、口だ。大きな口。そんな大きな口が何かを咀嚼している。何食ってんだ・・・?まて、こいつはどこかで・・・。そうだ、あの目。あの日俺が初めて見た異界の生き物の目だ。


ドラゴン!


こんなところにドラゴンがいるのか・・・!ドラゴンはトカゲの様な体躯に太い足を持っている。その二本足で立ちながら,かぎ爪のついた大きな手で何かをしている。こんな巨大な生き物、人間がどう太刀打ちしたらいいんだ?・・・そうか、コボルトはこいつに仕えているんだ!だから俺たちにどれだけやられても、俺たちに仕えようとはしなかったのか。

 

するとドラゴンの大きな手が口に近づく。えっ・・・?まてまて・・・手から泣き声が聞こえる・・・?俺はドラゴンの手がつかんでいるものを見たその瞬間、全身の毛が逆立つような感覚を得た。


「子供・・・、子供だ・・・人間の子供を食ってやがる!」

 

俺の声が引き金になった。


「何してんだよ・・・やめろ・・・やめろ,やめろよ!うわぁぁぁぁぁぁ!」

 

優姫は刀を引き抜くと、ドラゴンに向かって猛烈に走り出した。


「優姫さん!」

 

真っ青な顔でこの凄惨な状況を見ていた涼香が鋭い声で叫んだ。

 

助けに行くべきか?子供を助ける?優姫を援護する?退路を確保する?俺の頭の中にいくつもの選択肢が表れ、コンマ数秒、迷った。その一瞬が俺と優姫の間を大きく広げてしまった。俺が走り出した時に、優姫はすでに刀を抜いてドラゴンに切りかかっていた。


「死ねぇ!」


「ガッ?」

 

ドラゴンはちらっと優姫を見ると、指でパシッとあしらった。ドラゴンにとっては大したことのない一撃だっただろう。俺たち人間がハエを払うのと一緒だ。だが、その一撃で優姫はものすごい勢いで俺の横を通り過ぎ、涼香も通り過ぎた。


ドォン!


「ぐっ・・・!」


俺は優姫の方を見た。マジか。壁にひびが入ってるじゃないか。優姫は生きてるのか?涼香が慌てて倒れ込む優姫に手を当てる。ポケットから本を出して呪文を唱える。


治療キュア!」

 

涼香は俺を見てうなずく。そうかひとまず生きてるか。そう思って、ドラゴンの方に向き替える。うわっ。目が合ってしまった!俺はしばらくドラゴンの目を見つめている。いや、動けなくて見つめてしまったという方が正しい。

 

突如、ドラゴンがガウガウ言い始めた。何言ってるかさっぱりわからん。それでも俺は恐怖心から、ドラゴンが言わんとすることを読み取ろうとしていた。俺がぽかんとしていることが伝わったのか、ドラゴンは巨大な本をどこからともなく取り出した。何かを唱えるとこっちを向いた。


「お前たちは人間か?」

 

ん?・・・日本語?通訳トランスレーションか。俺はぼんやりとドラゴンを見る。 


「お前たちは人間かと聞いている!」

 

ドラゴンの大声。あの川で見た花火の連発よりも体に響く音。ドラゴンの音圧によって全身が無理やり振動させられている感覚。


「はっ、はい!そうです!」


「何の用だ?」


「えっ?」

 

俺は再度失敗した。


「何の用かと聞いている!人間に耳はついていなかったか!」

 

これは、死ぬな。目の前には人間をおやつのようにむしゃむしゃ食べるドラゴン。そんなドラゴンに話しかけられ、あまつさえ、怒らせてしまった。俺の人生、十七年で終了か。まぁ、こんなサバイバル生活を続けていくよりはさっさとドラゴンの腹に収まった方がいいか?・・・ええーい、どうにでもなれ!


「あの、・・・その」


「はっきり言え!」


「はい!子供を食べるのをやめろ!このトカゲ野郎!!」

 

うわー!言っちまった!殺される!


「それはできない」

 

おや?大丈夫だ・・・?


「・・・できない?なぜだ!」

 

ドラゴンは食べる手を止めて俺をまっすぐ見る。


「我は、終焉のドラゴン。始まりを終わらせるドラゴン。そして終わりを見届けるドラゴン。増えすぎた始まりは摘まなければならない。それは、どんな生き物でも同じこと」

 

そうして、ドラゴンは引き続き子供がいる場所へ手を伸ばす。悲鳴、罵声、混乱。あの手の先には一体何人の子供がいるんだ?聞いているだけで、息が苦しい。胸が苦しい。頭がおかしくなる。


「だからそれをやめろって言ってるだろ!結局は人間を狩り尽くすためにやってんだろ!」

 

うわぁぁぁぁっ!頭上から岩が降ってくる!目を閉じた俺の前に何かが落ちた音がする。洞窟全体が揺れているのか?うっすら目を開けると、黒いうろこに覆われた皮膚が見えた。ドラゴンの拳だ。俺は腰が抜けた。地面に腰を下ろしてしまう。


「図に乗るな!我は神の啓示によってのみ、生き物を食す。そして啓示は世界のバランスを考慮して下される。単一の生き物を食べ続けることは無い。決して狩り尽くすことは無い。勘違いするな!人間だけを特別に食っているのではない!」


ドラゴンの声は人間の声とは全く違う。きっと声帯を震わせて出しているのではないだろう。何か別の方法で空気そのものを震わせているようだ。


「それに、我は知っている。この世界は多くの生き物が人間に滅ぼされている。人間こそが最も残酷な存在だとは思わないか。食物連鎖という言葉があるな。あれが人間の傲慢な考えを表している。なぜ、自分たちがそこに入るかもしれないと考えない。そしてその連鎖に入ってしまったからと言ってそのことに文句を言って、何かが変わるのか?人間は特別な存在ではない。我がそれを教えてくれるわ!」

 

俺は何も言い返せなかった。食物連鎖という言葉を使うとき。その中に人間を含めたピラミッドを想像する人はどのくらいいるだろうか。これまで頂点に存在していた最強の生物、人間。そして、そのピラミッドは永遠に続くものと思われていた。


しかし、その生存競争に名乗りを挙げた者たちがいた。ドラゴン、ヴァンパイア、エルフ・・・。新たな生き物たちは、人間の上位に位置する存在だった。人間は狩る側から狩られる側に変わったのだ。こうして人間がドラゴンに捕食されているのも仕方のない事なのかも・・・


「だからって、ボクたちは黙ってやられたりしないよ!」

 

優姫!俺は座ったまま、後ろを見る。優姫は刀で体を支えて立ち上がると、リュックをその場に下ろした。・・・一体俺は何を弱気になっているんだ。俺たちは人間だ。一時、食物連鎖の頂点にいた。最強の生物だったんだ!


読んでいただき、ありがとうございます!

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