1-3 目を覚ますと
目を覚ますと目の前には涼香の顔があった。
「あ、起きました、よかったです。間に合って」
そういう涼香は片手に白い魔道書を持っている。
「治療してくれたのか。ありがとう」
俺は体を起こす。このいまいましいぶっとい木の実は俺の頭をかち割って、それでもなお、原型をとどめている。頭をさすると少し血の跡が残っている。どうやら思いっきり出血していたようだ。だがそれよりも、優姫はなぜニコニコしてるんだ?
「優姫。何かいうことがあるんじゃないか?」
「えっ?ああ、そうだよね。これがボクの魔法だよ!」
優姫は嬉しそうに両手を広げる。ったく、そうじゃねぇよ。相変わらず話が通じないな。俺を痛めつけてそんなにうれしいか?
「そうじゃないんだが・・・。まぁいい。とにかく、優姫の魔法は身体強化か」
「身体強化。確かにそんな感じかもー」
「まぁ、色とあんまり一致していない気もするが」
「その辺りは、まだよくわかりませんね。魔法の発動はこの魔道書の読めない文字がないとダメみたいですね」
「ああ、このよくわからん文字。言うならば魔導書に鉄板のルーン語だろうか。やっぱり読めない。だが、感じる。そういう類の文字なんだろうな。何というか、こう、イメージがそのまま文字に置き換わっている感じだ」
会話においていかれた優姫は刀を磨く作業に戻っている。うわっ、そんな風に刀の刃にさわらないでくれ。こっちの背筋が凍る。しかし、まだ難しい話はしてないと思うが。
「そうですね。この文字が書かれたページを開いて、魔法を発動させる言葉を言うと魔法が発動しますね。そして魔法一つにつきルーン語は一ページ必要ですね」
「まぁ、まだ俺たちたいして魔法使えないけどな。俺も攻撃系の二種類だし、涼香もそんなものか」
「そうですね、私も治療と跳躍、あと通訳くらいしかできません」
「通訳?」
「ええ、知らない言語でも聞き取れて話せるようになるみたいです」
「すげぇ。え、それ、超すごくないか?」
「どうでしょう。今のところ使い道はありませんね」
「まぁそうか。俺たちはみんな日本語喋れるしな。果たして今後使える魔法が増えていくのかどうかもよくわからんしな」
「私は増えると思いますよ。魔導書には開いてるページがまだたくさんありますから」
「そうだ、魔道書のページ数が個人で異なってるんだよな。俺は六十ページだし、涼香は五十ページ、優姫は四十ページだったかな?」
「一番少ないからってバカにしないでよ?」
「してない、そんなことより」
「そんなことよりってなんだよぉ!」
優姫がムキーっと怒って見せる。あぶねぇから刀を振り回さないでくれ。
「ページ数の違いも気になるし、どうやったら使える魔法が増えるんだ?そもそもなぜあの日を境に、急に魔法が使えるようになったのだろう?」
「うーん、ページ数に関しては単純に才能の違いのような感じでしょうか。魔法が使えるようになったのはなぜなのか、それについては皆目見当もつきませんね」
優姫は急に立ち上がると俺と涼香に言った。
「みんな!今日は、森のもっと奥まで行ってみようよ!」
「え?なんで?今日の食料はすでに手に入れた。これ以上無理する必要もないだろ」
優姫の顔がぐにゃりとゆがむ。
「ええ〜!もう飽きたよ、この生活。毎日、ボクたちの住んでる洞穴からちょっと出では食べれる物をとって食べて戻るだけの生活はもうこりごりだよ!半年もやったんだよ?そろそろ、どっか行こうよ!二人がこないならボク一人で行くもん」
優姫はそう言うと一人リュックを背負ってスタスタ歩来始めた。俺と涼香は顔を見合わせてしまい、思わずお互いにニヤリとしてしまう。
「なぁ、優姫ってほんとに十七才か?なんであんな子供っぽいんだ?」
「どうでしょう、私たちが大人びてしまっただけかもしれませんよ?」
「それは確かにな」
俺は笑ってしまった。優姫の子供っぽさは少し羨ましい。確かに、これまで生きるのに必死で暇だとかそんなふうに考えたことはなかったな。よし、ここはひとつからかってやろう。
「なぁ、優姫!お前、一人で行っちゃうとか言っておきながら、ほんとは俺たちがついて来てくれるって確信してるんだろ?」
優姫は振り返ると、俺に向かって舌を出す。おっ。かわいいやつめ。・・・いやいや。
「そんなことないよ!ほんとに一人で行くもん!」
「まぁ、どっちでもいいけどな!」
俺はわざと一呼吸おく。こう言うのはしっかりタメてから言った方がいいだろ。
「そっちは元来た道だぞ!」
優姫の動きがピタッと止まる。俺はニヤつく顔が抑えられず変な顔をしてしまっているだろう。優姫は下を向いたままどすどすと足を鳴らして戻ってくる。顔が真っ赤だ。優姫は俺たちの前を通るときに捨て台詞のように吐き捨てた。
「行くよ!」
「はいはい、行こうか」
「ふふふ、そうしましょうか」
俺と涼香は笑いながら自分たちのリュックを背負って立ち上がった。まったく。優姫はすごいな。こんな時でも変わらず明るいんだから。それにしても、この森は不思議な森だ。何しろ、足元に草が生えてない。いや、こう言う森もあるのかもしれないが、俺の知っている森はもっと、足元に草がたくさん生えていて、そこにいくつかの獣道があるってイメージだったのだが。やはりもともとビル街だったものを魔法でつくりかえただけ、ということだろうか。
「仁くーん。そんなにキョロキョロしてると転ぶよー?」
「おいおい、優姫じゃあるまいし」
「なによう!心配してるのに!」
「ほら、足元注意」
「えっ!?」
優姫は慌てて足元を確認するが、もちろん何もない。むしろ、確認したことで優姫は足をもつらせて転びそうになっている。
「うわあっ!」
「あはは!」
俺は優姫に追い立てられ、捕まると思い切り締め上げられた。そして、もう二度と優姫のことをいじらないことを約束させられた。ふふん。この約束には時間指定が無いじゃないか。五分後、覚えておけよ。だが、いつの間にか先頭を歩いていた涼香が俺たちに制止の合図を出す。
「ちょっと、お二人とも!悪ふざけもそこまでに!」
涼香がいつもより緊張した声を出す。
「涼香ちゃん、どうしたの?」
「何か来ます」
「しまった、そうか。この辺は俺たちがいつも見回っている場所じゃないからな。油断していた」
俺たちはよく食料集めに出かける場所は、モンスターなどを蹴散らし、罠を仕掛けてナワバリのようにした地区だから、モンスターはほとんど出なくなっていたのだが。もうこの辺は違うんだな。
俺は気合を入れ直した。だが、若干一名、俺とは別の意味で気合が入っている奴がいた。もちろん優姫だ。俺たちはいま危険な状況にあるんだ。何、目を輝かせてやがる。
「ねぇねぇ、涼香ちゃん。敵って?」
「まだわかりません。ですがおそらく十数匹だと思います」
「涼香は勘が鋭いからな。何か来るぞ。準備しろ」
「はーい」
と言っても優姫の準備は特に何もない。普段、正面から敵に突っ込んで行っているからだ。準備が必要なのは俺と涼香だ。俺は水魔法で優姫の背中をフォロー。涼香は優姫が怪我した途端に治療する係だ。
「あれは、コボルトですね」
「ああ〜、前に追い払った奴らが戻って来ちゃったかな?」
「戻って来たと言うより、俺たちがあいつらの新しいナワバリに入っちゃったと言うのが正解だろ」
「なるほどね!また追い払っちゃおう」
優姫はやる気満々だ。鬼かお前は。しかし、コボルトか。
「涼香、コボルトってどんなかんじだっけ?」
こういう時、涼香の豊富な知識が役に立つ。いや、小説ばかり読んでいたようだから、あのまま現実世界が続いていたら豊富な知識とはならなかったかもしれない。だが、これまで、この知識になんども助けられてる。まぁ、小説などの内容と実際に現れるあいつらの実情に若干のズレはあるが、その辺は涼香を責めても仕方がないだろう。
「そうですね・・・。コボルトは体長が人間の腰ぐらいまでの大きさしかなく、犬のような頭、鍵爪のような鼻、頭頂部にはツノが生えています。群れで生活することが多いみたいです。また、強いものの下に集まって、そのものに仕えるようなことをすることもあるみたいです。力は強くないので簡単に退治できますよ」
「ふむ。そうだった。それにしても俺たちに仕えてくれれば楽なのにな」
「そうもいかないのでしょう。私たちは人間ですから」
「それもそうか」
「来たよ!」
優姫はスラッと刀を抜く。
「コボルトはざっと十匹くらいか?」
「その様ですね」
「それじゃいっくよー!」
優姫は単身、何の魔法も使わず突っ込む。
「おい、優姫!いい加減魔法の練習しろよ!」
「やなこった!」
優姫は振り返らずそう言った。
ゲルルル!ゲル!ゲルル!
コボルトは俺達にはよくわからない言語で話しているようだ。そうして、先頭にいるコボルトが先に動き出した。
「それじゃ、いっくよ~!」
優姫は動き出す。先頭のコボルトは一刀で切り捨てられる。やはり、身のこなしがすごい。剣道全国大会優勝。天才と言われていただけはある。素人目にも、無駄のない動きをしていることが分かる。普段はアンポンタンな優姫の脳でも、戦いの時には常に次の手を考えながら動いているのだろう。一振り一振りがコボルトの弱点を狙いすまし、一撃でコボルトの息の根を止めていく。
おっと、背後に回られそうだな。俺は茂みにいるコボルトを見つける。俺は素早く右手を銃の形にして構える。
「水鉄砲!」
俺の放った水弾は狙いを付けたコボルトにまっすぐ吸い込まれていった。
ゲルゥ!
コボルトの首に大きな穴が開く。
「よし」
「ふぃー終わったよー」
もう終わったのか。ふむ、やはり強いな、優姫は。俺が戻ってくる優姫の後ろをのぞき込んだ。コボルトたちの死体がゴロゴロ転がっている。全員一撃で葬ったようだ。俺はちょっと優姫の事が怖くなる。
「優姫さん、怪我は?」
「あ、転んでひざ擦りむいちゃって」
「わかりました。治療」
涼香はにっこり笑って優姫の膝を撫でる。おい、優姫。お前、結局また転んだのか。やはり優姫は優姫か。
「しかし、コボルトってこんなに少数で動くやつらだっけ?」
「確かにちょっと不自然ですね・・・。前に戦った時にはこれの三倍以上いたような気がします」
膝の怪我が治ってご機嫌な優姫は、ちょっと不安な俺と涼香に涼しい笑顔で言う。
「まぁ、そんなこと気にしてても仕方がないよ!先に進もう!」
俺たち(と言っても優姫以外だが)はなんとなしに不安を覚えながら先に進んだ。
「ねぇ、優姫さん」
「なぁに?涼香ちゃん?」
「正面、少し高い崖になっています。どうやらここまでで行き止まりのようですよ」
俺も顔を上げる。おお、ほんとだ、あれは、命綱なしで上るにはちょっときついな。
「うーん、うん?あれは何だろう?なんか、洞窟の入口みたいなのない?」
涼香は目を凝らして崖を見つめている。
「本当ですね。洞窟があります」
「うはぁ~!」
優姫は目を輝かせる。おいおい、なに期待に満ちた目をしてるんだ。
「おいおい、優姫。これ以上はやめておこう。今日はそういう目的でここまで来てないんだ。洞窟探索のためのたいまつとかそういう道具は持ってきてないんだ」
「いいじゃん!ちょっと入るだけだし!」
「いやいや、やめておこう。帰ろ帰ろ!危険すぎる」
優姫は両手をパンっと合わせて、俺に向かって頭を下げる。
「お願い!この洞窟、ちょっとだけ!ちょっとだけならいいでしょ?」
そうしてちらっと片目でこちらを見る。かーっ。ダメだな。俺は昔からこいつには弱い。弱いというより振り回されてるだけか。ここで俺が帰るとこいつは一人で洞窟探索を始めてしまう。
「わかったよ。ちょっとだけだぞ。涼香もそれでいいか?」
「大丈夫です。このチームは優姫さんがリーダーですから」
俺の脳内に衝撃が走った。涼香!何てことを・・・!そんなこと言ったら・・・!俺は恐る恐る優姫の方を見た。ああ、なんて顔してやがる。これは、ちょっと死を覚悟した方がいいかもしれない。
「ボクがリーダーか~。いいね!じゃあ、仁、言うこと聞いてね?」
ほら。こうなる。
「リーダーは部下の意見をしっかり聞けなきゃいけないんだぞ?」
「そんなこと、ボクには日常茶飯事だよ!」
リーダー!言っていることが変です!
「まぁ、とにかく、今回は俺がここまでって言ったところまでにしよう」
「がってん!承知の助!」
どこまでわかってるのやら。俺は憂鬱な気分のまま洞窟の中に足を踏み入れた。
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