3-2 優姫のせいで紆余曲折
優姫のせいで紆余曲折あったが、なんとかエルフの村に着いた。・・・馬の速度はすごかった。顔に当たる風で涙が止まらなかった。欲しい。
エルフの村は入り口すらよくわからないほど自然体だった。ジェフの示す入り口は木が二本立っているだけに見えた。だが、その奥をよく見てみると街が森の木々と崖の間に巧妙に作られている。木をうまく成長させ組み合わせることで、森の中に美しく溶け込んでしまっていた。
「すごいな。なんて綺麗なんだろう」
「ええ、確かに・・・。住んでいる住居が美しいと感じたのは初めてです・・・」
「さぁ!エルフの村にレッツゴー!」
「待て!」
早速突撃しようとした優姫をジェフが止める。
「なに?」
「村の中では我の言うことに従ってもらう」
「なんでお前の言うこと聞かなきゃいけないんだ!」
いいぞ、優姫!いったれいったれ!なんでお前の言うことなんか!
「いいか。これから入るのはエルフの村だ。お前たちのような自由な人間が入ったことはない場所だ。何が起こるかわからない。生きて出たければ大人しくしていることだ」
俺はジェフの顔を見た。どうやら本当に心配してくれているらしい。いつになく真剣な顔をしている。
「ええー。でもボク、エルフの村初めてだから、色々見たいよ!」
「まぁ。貴様たちが死んでくれると我もありがたいのがな」
すまんな、ジェフ。そう簡単には死ねなさそうなんだ。中途半端に生きるとドラゴンが殺しに来るからな。それに、うちの子まだまだこんなもんじゃないんだ。
「優姫。我慢だ。ジェフも割と本気で心配してくれている」
「ええー」
「優姫さん」
くらえ。俺と涼香のマジ視線。優姫は視線を反らすと言った。
「わかった・・・」
俺と涼香は向き合って頷きあう。安心したから?もちろん違う。暴れ出したら全力で止めるという意思確認だ。俺と涼香はさりげなく優姫の後ろに回る。
「では、行くぞ。ついてこい」
「あいあいさー」
優姫の気が抜ける返事と共に俺たちはエルフの村に入った。入ったからと言って周囲の景色が急激に変化することはない。バランスを重んじるエルフらしく、徐々に街の雰囲気が現れ始める。しばらく、森か街かよくわからない場所を歩いて行くと、おそらく住宅街であろう場所に出る。エルフの家は高さもまちまちだ。高い木の上にある家もあれば、根元近くに住んでいるエルフもいるようだ。
エルフたちの反応は一様で、ジェフの後ろについて行く俺たちをジロジロ観察してきた。なんなんだろう。一体何を見られているのだろうか。これは早々に村から出た方が良さそうだ・・・!あれ・・・?あのエルフ、耳長くないな?それに、首輪?
俺が見つけた耳の長くないエルフをよく観察しようとした時、ジェフの前に大柄なエルフが二人現れた。属性でいうならばジャイ◯ンだろうか。漂ういいじめっ子臭がむしろ面白い。
「おいおい!ジェフ!新しい奴隷かー?お前なんかに飼われてそれらもかわいそうだなぁ?」
奴隷。それら。うわ。この一言にエルフの人間に対する感情が表れてるな。人間は相当見下されているらしいな。ん?ジェフは俺たちに“貴様”って言っていたような。
「うるさいぞ、リオ。お前には関係ないことだ」
「関係なくはないさ!次期族長を争うライバル同士だ。お互いの実情を知ることは大切だろう?なぁ、アルフ?」
「リオの言う通りだな。ジェフくんは私たちのライバルであり盟友じゃないか。そんな邪険にすることないだろう?」
「そうだ、それにジェフは新しい奴隷を連れてきたんだろう?うっかりぶっ殺されないようにちゃんとお披露目しなきゃいかんだろ?」
俺はその言葉にハッとしてさっき身損ねたエルフを見る。待て、奥の耳の長くないエルフ。ありゃ、エルフじゃないな・・・?人間だ。人間の女の子が働かされているのか。しかし、家の前で立って何を・・・?あ、ちょうどなんか話しかけられてる。身振り手振りで何か伝えてるけど・・・?なんだろう?あっ!殴られた・・・!
「ん?ははは、そこの奴隷が他の奴隷が殴られてるの見て怯えてるぞ?教えてやれよ!あれは呼び鈴だってな!」
「なんだって!?」「なんですって!?」俺と涼香の声が重なった。
呼び鈴を人間にやらせてるのか!じゃあ、あの子は一日中あそこに立って家を訪ねてくるエルフに対してああやってるのか!?こいつら!俺は頭にカッと血がのぼるのを感じた。魔道書を出そうとした時、優姫が大男に食ってかかった。
「解放しろ!」
大男は人間からエルフの言語が聞けるとは思っていなかったのだろう。面食らった顔をしながらも、優姫を無視してジェフに言う。
「おいおい。ジェフ。奴隷はちゃんと教育しておけよ。これじゃこいつ三日と持たないっ、ぞ?」
リオの言葉が変に切れたのは優姫が殴りかかったせいだ。止めるつもりだった俺と涼香は顔を見合わせた。どうやら二人とも頭に血が上っていて、優姫を止め損ねたらしい。あ〜、やっちゃった〜も〜どうにでもなれ〜。もはや、事の成り行きがどうでもよくなった俺を尻目に優姫はリオに向かってファイティングポーズを取る。
「俺とやろうってのか?」
「さっさと構えろよ、クズが」
「いいだろう。俺に負けたらお前、一生靴だけ舐める、俺の専属靴磨きにしてやるよ」
優姫の発言が女の子とは思えないな。まぁ、俺もそんな気分だけど。にしても靴舐めの奴隷。奴隷の増やす先が、三種の神器以外の家電を揃えてしまった家庭が無理矢理ひねり出した家電のニーズのようだな。おっ。リオも構えた。すると隣にいたアルフと呼ばれる男が言う。
「それじゃ、試合開始!」
おお!リオの迫力すごいな!筋肉の量がすごい!最初から大柄な男だとは思っていたが、そこまで見事な肉体をしていたとは!これは、単なるいじめっこじゃないな。肉体は嘘をつかない。きっとエルフだってそれは同じ。こいつ努力してやがる。
リオの大振りな拳は優姫がスッと身をかがめる事で躱される。だが、その腕はすぐに回収されると反対の方から拳が突き出される。だがそれも優姫はかわす。優姫はまるで紙ペラかのようにヒラヒラとリオの拳を躱していく。やはり、運動神経もそうだが、動体視力も獣並みだな。
ブンブンと腕を振り回しているリオはニンマリと笑う。
「どうしたどうした?フィストファイトは攻めなきゃ始まらないぞ?」
フィストファイト?通訳の魔法でもうまく訳せないか。まぁ、ボクシングみたいなもんだろう。それに、優姫は普段の戦闘もあんな感じだ。攻撃は一撃、狙うのは弱点のみ。今だってああやって躱し続けているのにも意味がある。おそらく、リオが無意識にかばっている本当の弱点を探しているはずだ。
「もらった!」
優姫はそう叫んだ。リオの大振りパンチに横からパンチを出す。リオの体がそれに引きずられたたらを踏む。そして次の一撃。顎か!エルフも顎が弱点なのか!
だが、優姫の顎への一撃は決まらなかった。ジェフが間に入って止めていた。あら。優姫も止められたのは意外だったらしい。すごいな、優姫に意外そうな顔をさせるなんて。リオは顎に迫る優姫の拳を見つめて呆然としている。ん?よく見ると優姫のみぞおちの手前にリオの拳が置いてあるじゃないか。優姫が意外そうな顔をしているのはこっちが原因か。
「リオ。これ以上はやめてもらおう。我はこいつらに借りを返さなきゃならない。命の借りを」
そう言うとジェフは優姫の手を取って歩き始めた。周囲はシーンとしている。なんか怖いなこの静寂。おっとっと。俺たちもついていかなきゃ。しばらく、歩くと、リオが急に笑い出していた。
「ははは!おいおい、ジェフ!人間に借りを作ったって!?お前どんだけ弱いんだよ!・・・というか、そんなことになって、お前はどのツラ下げて帰ってきたんだ!?このエルフの恥め!」
ひどい言われようだな?俺はジェフの顔を伺う。
「無視しろ。来い」
俺たちは言われるがままジェフに言われるがままついて行く。後ろからリオとアルフの罵声が響いてくる。道すがらいくつか家を見たが、どの家にも人間の奴隷がいるようだった。いや、むしろ奴隷でない人間は俺たちしかいないようだった。何人かの奴隷が俺たちの存在に気づき、驚愕の表情を浮かべたあと、恨み、嫉妬、怒りを含めた複雑な表情を浮かべていた。だが、彼らの手が止まることはない。エルフによっては体罰が好きな者もいるらしく、服までボロボロになった男が働いていたりした。仕事をミスするか、少し主人が気に入らないだけで打たれているのだろう。俺は徐々に怒りから寒気がしてきた。
この人たちのこれから。それを想像するだけで恐ろしい。彼らは人間が滅びるその最後の瞬間まで奴隷で過ごすことになってしまったのだろうか。生きている喜びは?毎日の生活はどうなっている・・・?そんなことを考えていると優姫の小声が聞こえてくる。
「みんな、絶対こんな苦しみから解放してあげるから。待ってて」
あの猪突猛進型、優姫でも、我慢するほどか。リオってやつ相当できるらしい。今すぐ、解放してあげたいが・・・俺たちの力では・・・。するとジェフは一言ぽつりと言った。
「奴隷を解放しようなどとは思わないことだ」
「おい、それってどういうことだ?」
俺は問いただそうと聞いてみたが、それ以上ジェフは何も言わなかった。俺たちはそこから黙って歩き続けた。俺は道すがらに見える奴隷となった人たちと目を合わせないようにしながら歩き続けた。俺は心の中で周囲に謝り続けながら歩いた。自由であることがこんなに申し訳ない事だとは思わなかった。涼香も同じような顔をしている。しかし、随分と村はずれまで来たな?
「ついたぞ」
「伯爵貴族の息子はこんな辺境に住んでいるのか?」
「ふん。貴様には関係あるまい」
そうして、ジェフは扉の前に立つとドンドンと家の扉をたたいた。
「オサム!私だ!今帰った!」
「はい!ご主人様!ただいま!」
家の中からは大きくはきはきとした声で声が響く。ジェフの低く響く声とはまた別物だな。しばらくしてガチャっと音がして扉が開かれた。
「おかえりなさいませ・・・?」
最後のほうが疑問形になったのは俺たちを見たからだ。
「オサム。今すぐ旅に出る。四日は帰らない。四日分の支度しろ」
「はい、ただいま!」
オサムは俺たちの方をちらちら見ながらも、部屋の中を駆け回り始めた。俺はその様子を見ながら不思議に思う。これまで見てきた奴隷とは表情が全く違う。誇りをもっている顔だ。
「オサムが気になるか?」
ジェフは俺にそう問いかける。
「ああ。これまで見てきたどの奴隷とも違う」
「オサムはな。私の唯一の友なのだ」
友!?半年でそこまでになったのか?
「驚くことか?私はもともと奴隷を無下に扱うことを良しとしていない。それに、私と彼はすでに二十年来の仲だが」
「うぇ!?二十年!?」
「そうだ。私は彼を物のように扱うことはしない。奴隷にもしつけは必要だ。だが、その反面私への忠誠も必要だ。要はアメとムチ。そして、オサムの家系は主人による信頼に応えたいという欲求が最も強いのだ」
奴隷の家系。脈々と受け継がれる奴隷の精神。それでオサムは誇りをもって仕事をしているのか・・・。こんな風に働けるなら奴隷だとしても幸せかもしれない。だが、ギャップがありすぎる。外にいた人間はそんな表情していなかった。そんな俺の心を見透かしたかのようにジェフは言った。
「外にいた人間は新入りだ。
・・・あの日。私たちは混乱した。族長ですら指示を出せないでいた。急変する周囲の景色。銀色の塔がいくつも現れたかと思えば、すべては木に変化した。私たちの伝説にあった黒い竜が空を駆け、何もかも薙ぎ払っていく様子が見えた。
エルフの村はここだけではなかった。ほかの村は全てあの黒い竜に焼かれてしまった。それでもその時は転移魔法を使える者が必死の救助活動により犠牲は最小限に抑えられた。その救助も大変であった。エルフは魔法を自在に操る種族。にもかかわらずこの忌々しい本が無ければ魔法を使えなくなってしまった。それは、日常生活にも影響を与えた。普段魔法で軽々こなしていたことが、いちいち魔導書を開かないとできなくなってしまったのだから。
だが、その時エルフは見つけてしまった。森へ逃げ込んでくる新たな人間に。エルフは喜んだ。人間はすでに奴隷として狩り尽くし、残った人間は巧妙に隠れてしまっていたから、奴隷が足りていなかったんだ。しかし、私はあれこそがエルフの恥ずべき行動だと思うのだ!」
おお!なんだか熱いな!
「・・・失礼。ここで待っていたまえ」
急激に熱が冷めたジェフは俺たちの前からいなくなった。
「ジェフさんっていい人なのかもしれませんね」
「どうだろう。まだわからない。あの高慢ちきエルフには変わりないだろう?」
「はぁ。早く強くなりたい・・・!」
どうやら優姫はずっとリオにどうやったら勝てるかをシミュレートしていたようだ。どうやらシミュレートの結果、勝てなかったらしい。ちっ、せっかく静かだったのに。
「みなさん・・・?」
そこにオサムが入ってきた。
「なんでしょう?」
涼香が接客スマイルで対応する。なんで女子ってああして表情を自在に操れるかね。オサム君、普段女性と接する機会無いんだろうな。顔赤くなってるぞ。
「あっ、あ、あの、ご主人様から伝言です。この魔法を模写しておけと。幻馬の魔法だそうです」
「馬の魔法!それはありがたい!ではまず、俺から」
うひょー!この馬の魔法ほしかった!今後絶対必要になるだろ。まぁ、俺が使うと水属性になりかねないから、ちょっとその辺の対策は考えないといけなさそうだ。馬に乗るたび、優姫におもらしおもらし言われるのは勘弁願いたい。
「あのー」
オサムがまだ残って俺たちに何か聞きたそうにしている。俺は忙しい。優姫答えてやれよ。
「なにー?」
「みなさんは人間ですよね・・・?」
「そうだよー」
優姫。彼にとって人間はエルフの奴隷以外知らないんだ。ん。よく考えるとあんまりいい出会いではないかもしれんな?自由を知らなかったからこそ、彼は奴隷として誇り高い仕事をしていた。俺たちに合うことで心持が変わるかもしれないじゃないか。
「人間の皆様ごときが、ジェフ様をお守りできるのですか?」
あれれ。生粋の執事のようになってるな。エルフのおそらく長いであろう歴史、奴隷の価値観。そう簡単に変わるものではないか。
「わたくしは心配なのです。ジェフ様は心優しいお方。奴隷のわたくしにもきちんと人として接してくださる。わたくしはあの方に命をささげようと思っています。皆様はあの方に何を捧げられますか?命を守るというのならあのお方の強さを舐めないでいただきたい」
オサムの熱弁に火が付いた時、ジェフが戻ってきた。
「やめろ。オサム。それは口外するなと言ったはずだ」
「・・・!申し訳ございません!」
「いいだろう。次は無いぞ。・・・貴様。何してる?」
ジェフは俺を見てそう言っている。うっわ、めっちゃ見下してるやん。怖いわ。
「何って模写だけど」
「ああ、もういい。無知な輩め」
そういうとジェフは魔導書を開くと呪文を唱えた。
「模写」
おおお、俺の魔導書に幻馬の魔法のルーン語が移される!すごい、コピペできる魔法あったのか!
「この程度の魔法も使えないのか」
「無いな。そもそも魔法を使えないのが人間だ」
「そうだな。残りの二人も魔導書を開きたまえ」
涼香と優姫もジェフにそれぞれルーン語を模写してもらう。
「模写の魔法はもらえたりするのか?」
「これでも持っていけ」
俺はジェフに一枚紙を渡される。紙にはルーン語が書かれている。
「これは?」
「魔道紙だ。ルーンをシール状にしてある。それを魔導書に張り付ければいい」
シール!誰だ、こんなもん考えたやつ。便利すぎる。俺はシールを魔導書に張り付ける。こういうのは得意だ。スマホのカバーシートも一回百円で友達の物を張り付けてあげていた。
「うーん、完璧」
このシールの張り方!自分でもほれぼれする。最高だな・・・!ちょっと待て。なぜこんなに親切にしてくれる・・・?何か裏があるんじゃないのか?
「・・・ジェフ。なぜこんなに人間にやさしくしてくれる・・・?」
読んでいただき、ありがとうございます!
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