#08 策謀者VS緋水晶の女帝&修羅姫
▽
──女帝─ヴィクトリアが、オルステン伯爵家に滞在する様になって数日が経った。
ヴィクトリア達は事前に『今日は、カウェールがオルステン伯爵家を訪れる事になっている』…と、伯爵家に仕える侍女や執事から話を伝え聞いていた。
専属執事のアレクセイルが淹れた紅茶を優雅に堪能しているヴィクトリアの目の前へとやって来た専属侍女のシエルは、一礼をすると口を開いた。
「御主人様、例の人物が邸宅を訪れました」
無表情で淡々と話すシエルの報告を聞いたヴィクトリアは、紅茶を一口飲むと…ゆっくりとティーカップをテーブルへと置き、ゆっくりと立ち上がった。
「……いよいよ、〈竜の都〉の平和をかき乱した張本人との御対面じゃな」
抜き身の刃の様な冷たく鋭い眼差しをした末恐ろしい笑みを浮かべ…そう呟いたヴィクトリアは、アレクセイルとシエルを伴って彼女用に用意された部屋を出ると…伯爵とカウェールが対面する事になる応接室へ向けて歩き出す。
部屋に残された…彼女の世話をする様に主である伯爵から仰せつかっていた執事や侍女達は、ヴィクトリアの浮かべた恐ろしい笑みに…恐れ、おののいていたのだった……。
◆▽
──応接室へ向かう道中、廊下を歩くヴィクトリア達の様子は…王者の風格を漂わせる程の威厳ある態度で堂々と歩くヴィクトリアに、一歩下がった位置取りで穏やかな笑みを浮かべているアレクセイルと無表情のシエルが追従して歩いている。
そんな三人が歩く姿を目撃した伯爵家に仕える使用人達は、醸し出されているただならぬ雰囲気を敏感に感じ取り…『モーゼの十戒』よろしく、慌てながらも素早く廊下の左右に分かれてよけている。
自分達に様々な視線を向けてくる伯爵家の使用人達には一目もくれず…ヴィクトリア達は、ただただ目的地である応接室へ向けて歩き続けている。
「妾達の住処を侵害した事、必ず後悔させてくれようぞ…!」
そう呟きながらも…ヴィクトリアの浮かべる笑みには、恐ろしい位の気迫を感じさせる程に凄みと怒気を帯びていた。
それは、ヴィクトリアの後ろを追従しながら笑みを浮かべているアレクセイルと無表情のシエルも…恐ろしい程の凄みと怒気を纏っている。
それを見送る使用人達は、その気迫に押されて…無言で怯えている。
──三人の怒れる竜は…カウェールと伯爵の対談会場である応接室へと一歩、また一歩とゆっくりと近付いていた……。
◆
──ヴィクトリア達が動き始める二時間前…。
〈西天使の都〉竜討伐大隊責任統括官シンフィノ=カウェールは、側近と言える二人の〈冒険者〉を従えて伯爵家邸宅を訪れていた。
「私は、竜討伐大隊責任統括官シンフィノ=カウェールです。
オルステン伯爵様からの会談要請がありまして…本日、来訪しました」
門番の〈大地人〉騎士達に来訪の理由を告げた上で〈白銀竜の印章〉を見せる。
それを見た門番達は、斜めにクロスさせていた長槍を立てた。
「どうぞお通り下さい」
門番に促され、カウェール達はそのまま邸宅内へと入っていった。
○
──それから30分程経った頃…三人の女性〈冒険者〉が伯爵家邸宅へとやって来た。
一人は、桜色の長い髪を首の真後ろの辺りで絵元結で一つに束ね、神事を執り行う和風の巫女を彷彿とさせる─白衣、緋袴、千早、白足袋、白木の下駄─という巫女装束の装いをしたエルフ…
一人は、桔梗色の長い髪を長い紐でグルグル巻きにして一人に束ねていて、闇色の和装の上に夜色の外套を羽織り、腰には打ち刀を二振り差した装いの…頭に生えた狐耳と腰から生えた狐の尾は髪と同じ桔梗色をした狐尾族…
一人は、毛色は鮮やかなコバルトグリーンの少し毛が長めのロシアンブルー種の見た目の…神官らしい蒼色の聖衣に純白色のマントを羽織った装いをした猫人族だった。
「伯爵様に会えますか?」
巫女装束の女性からの問い掛けに…門番達は同時に首を横に振る。
「残念だが、今日は“とある来客”との会談が行われているのだ。
そういう訳で…今、他の面会希望者との面会を取り次ぐ事は出来ない事になっている。
折角来てくれたところで悪いのだが…今日は、このまま帰ってくれないか?」
門番達は、やんわりと断ってきているが…その言葉の端々には、拒絶の意図が含まれていた。
「…そこをなんとか出来ませんか?」
「すまないが、そればかりは…」
猫人族の女性が、尚も食い下がろうとするが…門番達は揃って首を横に振る。
「…はい。これ」
そう言って、巫女装束の女性が鞄から取り出した深紅に近い鮮やかな緋色の印章を提示すると…門番達の顔が一斉に青ざめた。
「なっ!?」
「これは!?」
「嘘だろう!?」
一斉に驚愕の声を上げる門番達だが…その内の一人、門番達の纏め役らしき人物がいち早く正気を取り戻して対応する。
「……貴女は、伯爵家の大恩人なのですね。
どうぞ、お通り下さい」
纏め役の男の対応を見た他の門番達も、その対応に倣って道を開ける。
三人の女性〈冒険者〉は、そのまま伯爵家邸宅へと通され、歩いていくその後ろ姿を見送りながら…纏め役の男は小さく呟く。
「あの人物が、初代伯爵様の大恩人か…」
……と。
□
──〈竜の都〉東地区、自警団〈竜戦士団〉本部。
本部内の一角…大会議室には、定例の会議では無いのだが…〈竜戦士団〉幹部全員(※伯爵は除く)が集まっていた。
大会議室内全体には、重苦しい空気が充満している。
その重苦しい空気の原因は、伯爵家邸宅で今日行われているカウェールと伯爵との会談だった。
「……今日の会談、我々が助力を頼んだヤマトの〈冒険者〉の動き如何せんでは、〈竜の都〉という…我ら〈冒険者〉にとっての“最後の希望の地”を失う事になるのだな」
「できれば…その様な結末だけは、御免被りたいですわ」
二人の〈冒険者〉幹部の言葉に、他の〈冒険者〉幹部や〈大地人〉幹部が一様に沈痛な面持ちになる。
「今は…セフィード殿が深く信頼している人物が、私達にとっての“最良の結果”をもたらしてくれる事を信じるしかありません」
レグドラの言葉に、〈大地人〉幹部一同は複雑な表情を浮かべている。
──〈竜の都〉の─〈冒険者〉と〈大地人〉の今後の行く末を信じて託したのだが…やはり、“余所の土地から来た〈冒険者〉”という点が完全に信用しきれない要因となっているのだ。
「……セフィード殿の人を見る目を疑っている訳では無いのです。
ただ…事後を託した相手は、余所の土地から来た〈冒険者〉。
全面的に信用するのは…我々の心情としては、やはり難しいのですよ」
そう告げる一人の〈大地人〉幹部に…レグドラは語り掛ける様に声を掛ける。
「無論、貴方達の気持ちは分からない訳では無いです。
…しかし、カウェールという人物はとても狡猾です。
彼の者へ対応するには、彼がノーマークである人物に頼るしか方法が無かったのですから」
レグドラのその言葉に、皆が再び複雑な心境を抱く。
──全ては、夜櫻の働きかけの結果報告を待つのみだった……。
◆
──伯爵家邸宅、廊下。
現在、伯爵が居る応接室へと向かう途中…三人の女性〈冒険者〉は、廊下を会話しながら歩いていた。
「…さて。どうして門番があっさりと通してくれたのか…そろそろカラクリを教えてもらえますか?」
問い掛けてくる女性神官に、巫女装束の女性がニコリと笑みを浮かべる。
「オルステン伯爵家には、印章が複数あるのは知ってるよね?」
「ええ。確か、伯爵様より授与されるのは…〈瑠璃竜の印章〉、〈漆黒竜の印章〉、〈白銀竜の印章〉、〈赤緋竜の印章〉の全部で四つですわよね?」
巫女装束の女性の言葉に、和装女性が記憶を掘り起こしながら答える。
「それが、どうかしましたか?」
女性神官が再び問い掛ける。
その問い掛けに、巫女装束の女性はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。
「実は…〈竜の都〉実装当初には、授与される印章は全部で五つあったって…知ってる?」
巫女装束のその言葉に、女性神官と和装女性が驚いた表情を見せた。
◆○
「──という訳で。我々としては、オルステン伯爵家とは是非とも誼を結びたいと考えているのです。
如何でしょう。〈西天使の都〉の他の利己的な〈冒険者〉達の動きを知る為や〈ビッグアップル〉の凶悪な〈冒険者〉による略奪の脅威から〈竜の都〉を守る為にも…我々と協力しませんか?」
カウェールからの提案に…オルステン伯爵の心が揺れ動いていた。
──〈悪夢の五月〉以降、本当に心から信用出来る〈冒険者〉は激減してしまった。
今、〈竜の都〉に定住している〈冒険者〉達は…現在の〈ウェンの大地〉が置かれている現状の中では数少ない信用出来る〈冒険者〉である。
そして、大事な領民達の明日を守る事を考えると…伯爵の心情としては、『少しでも多くの〈冒険者〉を抱え込み、その力を〈竜の都〉防衛の頼みにしたい』というのが本音なのだ。
「……話は分かりました。その件ですが──」
「その話、是非妾も聞きたいのう」
「!?」
──カウェールの提案に返事をしようとした伯爵の言葉を遮って突如現れたのは、女帝─ヴィクトリアだった。
突然のヴィクトリアの登場に…伯爵は驚きつつも、彼女へと声を掛ける。
「これはこれは、〈紅水晶の女帝〉様。突然、何用ですか?」
「なにやら、もう一人の当事者を抜きに〈竜の都〉の今後の話をしている様であったからのう…話の途中で悪いとは思うが、割り込ませてもらったぞ」
そう告げた後、ヴィクトリアは伯爵の座るソファーへと腰掛ける。
「さて、カウェールとやら。妾にも、是非聞かせてもらおうかのう。
……〈竜の都〉の今後についての話を」
穏やかな口調で、カウェールに話し掛けるヴィクトリアだったが…その視線には、決して友好的とは言い難い程に敵意を顕にした目をしていた。
◆
──カウェールは内心、舌打ちしたい気持ちだった。
突如現れた人物は、伯爵の言動から察するに…敬う様な立場である上に自分に明確な敵意を向けている。
(もう少しで、伯爵との交渉が上手くいく筈だったのに…いらない邪魔を!)
そう内心では悪態をつきながらも…カウェールは、ヴィクトリアにも友好的な態度で話し掛ける。
「実は…我々は、将来的には〈西天使の都〉とは完全に決別し、〈竜の都〉に永住したいと考えています。
無論、定住した暁には…〈ビッグアップル〉や〈西天使の都〉の脅威から守る為の〈竜の都〉の防衛や街の発展にも貢献したいと思っているのです。如何でしょう。我々と手を取り合い…助け合いませんか?」
カウェールは、伯爵に取り入った様に…ヴィクトリアにも取り入ろうと提案を持ち掛ける。
しかし、ヴィクトリアは…カウェールの言葉に不快感を顕にし、侮蔑の目を向ける。
「悪いのじゃが…妾は、貴様の様な腹の底が真っ黒な者と誼を結ぶ程、お人好しではないわ!!」
「「!?」」
ヴィクトリアの上げた一喝の一言に、カウェールと伯爵の二人は驚愕の表情となった。
──室内をしばらくの間、沈黙が支配する。
先程の言葉で、ヴィクトリアを“敵”と認識したカウェールと…未だに敵意を顕にしているヴィクトリが、お互いに睨み合いをしている。
伯爵は、ヴィクトリアの態度に困惑の表情を浮かべながら…カウェールとヴィクトリアの二人を交互に見ている。
──そんな…重苦しい雰囲気をぶち破ったのは、新たな第三者の登場だった。
◇
──応接室へと辿り着き、断り無く室内へと入室した三人の女性〈冒険者〉達の目に飛び込んできた光景は…豪奢なドレスの女性─女帝ヴィクトリアと、数日前に〈幻竜神殿〉で見掛けた男性─討伐責任統括官カウェール…の二人が険悪な雰囲気を醸しながら睨み合いをしているという状況だった。
「誰だね!君達は!?」
険悪な睨み合いを続けるカウェール達と違い…ほぼ傍観に徹するしかする事が無かった伯爵は、一足先に夜櫻達の入室に気が付く。
巫女装束の女性─夜櫻は、伯爵に対して丁寧な挨拶をした。
「お久しぶりです、オルステン伯爵様。
その後、アレン様にお変わりありませんか?」
夜櫻の言葉を聞き…彼女が以前、息子アレンの一件で助力してくれた〈冒険者〉だと分かった。
「ああ!あの時の〈冒険者〉の方ですね。アレンは、今では…『あれは一時の悪夢だったのでは?』と思う程に、次期領主として頑張っていますよ。
ところで…どうして、此処へ?今日は、カウェール殿との会談があるので…他の方の面会は断る様に通達してあった筈ですが…?」
ふと、その事を疑問に思って…伯爵はそう呟く。
──いつの間にか、睨み合っていた筈のヴィクトリアとカウェールの視線が夜櫻達へと向いている。
室内に居る全員の視線を浴びながら…夜櫻はしれっと答えた。
「簡単だよ?〈竜の都〉が興ってから、たった一人のみに与えられた印章…〈緋竜妃の印章〉を提示しただけだし」
──そう言って、夜櫻が鞄から取り出したのは…鮮やかな緋色の印章の裏側には竜の紋章が、表側には豪奢なティアラを身に付けた美しい女性の横顔が刻まれた…丁寧で細やかな細工と紋様が施されている代物だった。
夜櫻の手の中にある印章を見た伯爵は…それが何であるのかを理解し、思わず驚愕した。
同じ様に印章を眺めるカウェールは訝しげな顔をし、ヴィクトリアは面白げな顔をしている。
「すみません、それをよく見させていただけませんか?」
伯爵の頼みに快く応じた夜櫻は、〈緋竜妃の印章〉を伯爵へと手渡す。
それを受け取った伯爵は、代々オルステン伯爵家に受け継がれてきた〈竜紋の指輪〉をそっと近付ける。
〈竜紋の指輪〉を近付けると…〈緋竜妃の印章〉は、緋色の仄かな光で発光した。
「……間違いありません。
伯爵家初代領主のウォルディス=オルステンが、伯爵家の大恩人である…たった一人の〈冒険者〉に授与した印章です!!」
伯爵のその言葉を聞いたカウェールは驚愕のあまりに目を見開き、ヴィクトリアは楽しそうに笑みを浮かべる。
「馬鹿な!?何故ヤマトの〈冒険者〉ごときが、幻と言われた印章を持っているんだ!!」
信じられないのか…カウェールが、思わず叫ぶ様に問い掛ける。
「何故って…。だって、期間限定のタイムアタッククエスト『水晶谷の月命草』の最短での完全攻略者ってアタシの事だもん」
夜櫻の返答に、カウェールが信じられないとばかりに何回も首を横に振っている。
そんなカウェールを無視して、夜櫻は伯爵へと話し掛ける。
「伯爵様、彼と協力関係を築くのはやめた方がいいです。
彼は、この〈竜の都〉にとって“災い”にしかなりません」
「なっ!余所の…ヤマトの〈冒険者〉のクセに!!いい加減な事を言うな!!」
夜櫻の発言に対してカウェールは、すかさず反論する。
「ふむ。その根拠は、一体何ですかな?〈冒険者〉殿」
相変わらずニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべるヴィクトリアに苦笑いを浮かべつつも…伯爵は、夜櫻へと丁寧に問い掛ける。
「さっき、アタシの仲間から入った緊急報告で…〈放牧地のオアシス〉の方角から、完全武装した〈冒険者〉の大隊がやって来ているらしいけど…これって、『〈竜の都〉に対する明確な敵対行動』って言えなくないかな?」
夜櫻の口にした返答を聞いたヴィクトリアは不快感を顕にし、伯爵は青ざめた表情へと変わる。
カウェールは、取り繕う様に笑みを見せる。
「一体、何を根拠に『敵対行動』と?…彼等は、〈竜の渓谷〉への挑戦の為の援軍──」
「アタシの仲間に…敵意に対して特に敏感な“竜”がいる。
彼女は、彼等から〈竜の都〉に対する“明確な悪意と敵意”を感じると証言してるわ。
そして…実は、とても耳の良い“協力者”から『〈竜の都〉に攻め込んで、占領支配をする』という報告も挙がっているけど?
さて、伯爵様。聡明な伯爵様なら…今、目の前にいる“カウェール”と〈竜の渓谷〉と〈竜の都〉の守護者たる“竜”…どちらの御言葉を信じますか?」
夜櫻の言葉を聞いた伯爵は、カウェールに目を向ける。
「カウェール殿…貴方は、我々を騙していたのか!!」
伯爵のその言葉に、カウェールは突然笑い出す。
突然笑い出したカウェールの様子に…睨み付ける夜櫻達とヴィクトリア、戸惑う伯爵だったが…笑うのが収まると、凶悪な顔を見せた。
「ちっ!前回の“ミスターサムライ”といい、今回の“アンタ”といい…ヤマトの〈冒険者〉は、つくづく私の邪魔をしてくる!!」
「では!やはり!!」
「ああ、そうだ!私は、この〈竜の都〉を狙っていたさ!
伯爵家と繋ぎを得て、もう少しで上手くいく筈だったんだがな。
もう、内側から切り崩すのは無理そうだ。
…なら、力ずくで〈竜の都〉を落とさせてもらうさ」
そう言うとカウェールは、いつの間にか準備していたのか…〈帰還呪文〉を使い、伯爵家邸宅より姿を眩ました。
「桔梗!常葉!追うよ!!」
「承知しました」
「かしこ参りましたわ」
「「「帰還呪文!!」」」
夜櫻の言葉に桔梗と常葉は返事をし、三人は同時に〈帰還呪文〉で街の入り口へと飛んだ。
「…さて、妾達も向かうとするかのう。
伯爵よ。後は、〈竜戦士団〉に護衛を頼んである故…彼等を招き入れるのじゃぞ?」
そう言うと…シエルとアレクセイルの二人が大きな窓を開き、いつの間にかバルコニーの傍で滞空している〈常闇竜〉の背に、ヴィクトリア,アレクセイル,シエルの順に飛び乗ると…〈常闇竜〉は、〈放牧地のオアシス〉に通じる街道方面に向けて飛び立っていく。
──応接室には、それら一連の動向を茫然と見届け…力無く床に座り込んだ伯爵のみが残されていた……。
◆◇
──〈帰還呪文〉の魔法効果で、〈竜の都〉の南側…〈放牧地のオアシス〉に続く街道と〈マザーロード〉から分かれた街道の二つが合流して街へと続く街道に開かれた南門の目の前に夜櫻達三人の〈冒険者〉が降り立った。
突然の三人の〈冒険者〉の出現に…街の中へと移動していた〈大地人〉の商隊の中には驚いて何度も振り返ったり、怪訝そうな顔をした者もいたが…夜櫻達はそれらを一切無視したまま、すぐに〈西天使の都〉から〈竜の都〉を目指して現在も移動中の〈冒険者〉の大隊へ向けて全速力で駆け出した。
──しばらくして…全速力で疾走していた夜櫻達にゆっくりと並ぶ様に低空飛行をする〈常闇竜〉の…その背から、ヴィクトリアが声を掛ける。
「お主ら、〈竜の都〉を守る為に善意で動いてくれている様じゃな。
戦闘の人手が足りぬと言うのであれば、妾達も力を貸そうと思っておるが…如何じゃ?」
「本当?だったら、お願い。力を貸してくれないかな?
こういう手合いの奴って…徹底的に叩きのめさないと、何度でもやって来るんだよねぇ〜。
だから、絶対に討ち漏らしを出さない上で…徹底的に打ちのめし、同時に味方に損害を出さない“完全勝利”で相手の心をへし折っておく必要があるの」
ヴィクトリアの提案に、夜櫻は協力要請と同時に作戦概要と目的を手早く説明する。
「了解したのじゃ。フフッ。久方ぶりの〈冒険者〉達との大きな戦じゃ…腕が鳴るのう」
夜櫻からの協力要請を承諾したヴィクトリアは、何処か楽しそうな笑みを浮かべていた。
◆◇
──しばらく疾走していた夜櫻達は、見晴らしの良い崖に辿り着いていた。
崖からは、〈放牧地のオアシス〉から〈竜の都〉へと通じる街道がよく見渡せ…〈放牧地のオアシス〉のある方角から、大人数の完全武装した〈冒険者〉の大隊が進軍している姿を見る事が出来た。
その崖の上には…夜櫻達を待っていたかの様に、モノノフ,ジョトレ,シーザーの三人の〈冒険者〉と歌姫─ソフィリア,〈精狼狗族〉のアロとアロ2,〈鷲頭人族〉のワールウィンドの四人と三体が居た。
彼等の前へと到着した夜櫻は、全員を見渡しながら口を開いた。
「状況は、見て分かる通り…カウェールが、〈竜の都〉を完全に占領する為に密かに進行させていた〈冒険者〉…約50人規模の大隊を相手にする事になる。
対して、こちらは追加参戦した四名を含めても…たった十四人で相手取る事になる。
そこで、各々に役割分担をしようと思うの。
…今のところ、何か反論とか意見はあるかな?」
夜櫻からの問い掛けに…皆、彼女を全面的に信頼してくれているのか…反論する者は誰も居なかった。
皆のその様子に…軽く笑みを浮かべると、夜櫻は作戦概要説明を始めた。
「まずは、モノノフ君と…常葉。貴方達は今回、回復役として後方から回復を行って。
モノノフ君。常葉は基本、アーマークレリックビルドの殴りクレリックだけど…レイドやレギオンの第一線でも活躍出来る位の優秀なヒーラーだから、お互いに打ち合わせしながら回復作業を行う様にして。
常葉。貴女は今回、ヒーラーとしてだけじゃなく…情報管理と戦域哨戒も同時に務めてね。
…二人とも、分かった?」
「分かりました」
「承知しました」
二人の返事を確認した後…夜櫻は今度、桔梗へと声を掛けた。
「桔梗。貴女には今回、モノノフ君と常葉の二人の専属護衛をお願いするね。
アタシ達には、回復職がたった二人しか居ないから…生命線とも言える二人を守れるのは、アタシと同じ前衛職の〈武士〉である桔梗だけだからね。お願い出来るかな?」
「心得ましたわ」
頼まれた桔梗は、快く返事を返し…夜櫻は、次にソフィリアとシーザーへと声を掛ける。
「ソフィーさんとシーザー君の二人は、敵への阻害や味方への支援に専念してね。
ソフィーさんは特に、全体に効果を発揮するタイプの使用をお願いするね」
「分かりましたわ」
「分かりました」
二人の返事に、うんうんと頷くと…残りのメンバーへと目を向ける。
「残りのメンバーは、アタシが派手に立ち回って敵の目を引き付けるから…基本は一対一で撃破を狙って、無理なら連携して各個撃破を目指してね。
…以上で、作戦概要説明は終了だけど…何か質問はある?」
夜櫻の問い掛けに全員が首を横に振ったのを確認した夜櫻は、この一言で言葉を締めた。
「皆…〈冒険者〉,〈大地人〉,竜,亜人族なんて関係無く、力を合わせて〈竜の都〉の平穏を守ろう!!」
「「「「おーっ!!」」」」
全員が握り拳を高く掲げ、掛け声を上げて団結する。
──今此処に、〈西天使の都〉の〈冒険者〉大隊vs混成ハーフレイドパーティーの戦いの火蓋が切って落とされようとしていた……。
◆◇
──徐々に近付いてくる〈西天使の都〉からの大隊の進路上で腕を組んで直立不動の姿勢で待機しながら…夜櫻は、レイド用のパーティーチャット機能を作動させる。
「…さてと。最後に、ジョトレ君とシーザー君の二人に確認。
今回の大隊への攻撃に参加するって事は…“〈西天使の都〉との完全な決別”を意味するけど、本当にいいの?」
夜櫻からの問い掛けに、二人は各々の答えを返した。
『伯爵家と友好関係を築く姿勢を見せながら…その裏側で〈竜の都〉への騙し討ちを計画する様な人に、ボクは従いたいとは思わないよ』
──これは、シーザーの言葉。
『ボク達と同じ様に〈竜の都〉に住む〈大地人〉や〈冒険者〉と仲良くなった仲間達も、今回のカウェール大隊責任統括官の行いに思うところがあったみたいでね…ボク達に代表として懲らしめて欲しいって頼まれたんだ。
無論、ボク達も快く引き受けたけどね』
──これは、ジョトレの言葉。
二人の返事を聞いた夜櫻は、二人の心には一切迷いが無い事を確認すると…前方を見据える。
「……二人の決意と覚悟は分かったよ。じゃあ…作戦を始めるよ」
夜櫻の言葉に、パーティーチャット越しに全員が無言で頷く気配を感じ取ると…夜櫻は秘伝の特技〈アサルトスタンス〉と〈常在戦場〉の発動に、口伝の〈神眼〉と〈疾風怒濤〉を合わせて発動させて手早く戦闘準備を済ませた。
◆◇
──指揮官であるカウェールと合流し、〈竜の都〉へ向けて進行していた〈西天使の都〉からやって来た〈冒険者〉達は…前方で腕を組んで直立不動の姿勢で待ち構える女性〈冒険者〉─夜櫻の姿を見つけた。
「……何だ?」
大隊の〈冒険者〉の一人がそう呟く。
夜櫻の姿を確認したカウェールが、大隊の全員に向けて指示を出す。
「あの者は、私達の敵だ!遠慮はいらない…打ち倒せ!!」
カウェールの指示を聞いた〈冒険者〉達が、各々に動き出す。
中には、夜櫻に向けて下卑た笑みを浮かべる者も居る。
──一斉に向かって来る大隊人数の〈冒険者〉達に一切怯む様な様子は無く…夜櫻は、口伝〈残影舞踏乱舞〉を発動させた。
夜櫻からの開戦を告げる最初の一撃は、大隊の回復職の一人─施療神官の男性の首を一刀両断してみせたところだった。
夜櫻からの初撃に…一瞬、全体が怯んだ様な様子を見せた大隊だったが…すぐに体勢を立て直し、夜櫻を包囲する様に動き出す。
しかし、夜櫻は口伝〈残影舞踏乱舞〉を使ってあっさりと包囲陣の外へと脱出し、二人目の回復職─森呪遣いと魔法攻撃職─妖術師の胴を同時に一閃で斬り捨てる。
二回に渡る速攻の攻撃に浮き足立った大隊全体に向けて、夜櫻は挑発を行う。
「フッ。これだけの大人数が居て、その程度?
坊やは赤ちゃんらしく、お家に帰って寝んねしてなよ!」
そう言いながら夜櫻は右手に持った打ち刀を肩に担ぎ、左腕を真っ直ぐに突き出して手の甲を相手側に向けた姿勢のまま…コイコイと言わんばかりに手を前後に振る。
夜櫻のその挑発行動に、大隊全員が顔を真っ赤にして激怒する。
「……あの女!ゼッテェー!ブッ殺す!!」
「クソアマがぁー!!」
「ナメんじゃねぇーぞ!!」
「殺す!何回でもブッ殺してやる!!」
夜櫻の挑発行為に大隊の〈冒険者〉達は、夜櫻目掛けて一斉に攻撃を開始する。
「お前ら!落ち着け!!私の指示に従え!!」
カウェールは、苛立ちを顕にした声音で大隊全体を叱咤するが…完全に頭に血が上った状態の〈冒険者〉達は誰も聞く耳を持たない。
カウェールの言葉を無視したまま…夜櫻へ明確な殺意を向け、突撃する様な勢いで進攻していた〈冒険者〉達の歩みは…唐突にその速度が衰えた。
──〈冒険者〉達の歩む速度が衰えた原因は、戦場全体に響き渡る美しい歌声で歌われた呪歌〈のろまなカタツムリのバラッド〉による鈍足化効果だった。
鈍足化により歩みが衰えた〈冒険者〉達に対して…まるで追い打ちをかけるかの様に突如、竜巻が襲い掛かる。
突如発生した竜巻によって、2〜6人程が上空へと吹き飛ばされた。
その事により、混乱状態に陥った大隊の側面に2体の〈精狼狗族〉から襲撃が行われる。
襲撃された数名の〈冒険者〉達は首や手首,足等に深手を負い、その傷口からは大量の血が流れていた。
「うぎゃあああ!!手が!手がぁぁぁあああああ!!」
「クソッタレが!!」
「モンスターの襲撃だ!!」
「あそこだ!早く討ち取れ!!」
──悲鳴と怒号が飛び交い…混沌と化した大隊に向けて、更なる追撃として奇襲が加えられる。
数名の〈冒険者〉の額,目,頸椎,胸部といった人体の急所に当たる部分を…黒鉄色をした小型のナイフが正確に射抜いていく。
急所への攻撃を受けた数名の〈冒険者〉が、次々とそのまま絶命し〈西天使の都〉へと神殿送りしていく。
「気を付けろ!奇襲だ!!」
「クソッタレ!何処から投げてきやがった!!」
「蘇生が間に合わねぇ!!」
──奇襲攻撃が加えられた事により、より混迷している大隊へと…漆黒のロングソードを振るう剣士と片手に仕込みナイフを握りしめた物騒な執事,細剣を持つ物騒な侍女,バスターソードを片手で振るう物騒な女帝が、両側面から切り込んでいく。
更に、口伝〈残影舞踏乱舞〉を駆使しながら夜櫻が、回復職に遠距離攻撃を行える魔法攻撃職や弓装備の武器攻撃職を重点的に仕留めていくので…大隊が態勢を立て直す隙など全く存在しなかった。
──現れては消え、現れては消える…夜櫻の振るう刹那の幻影の様な一閃が…
ワールウィンドが自在に操る吹き荒れる竜巻が…
アロとアロ2の二体の見事なコンビネーションによる風の様に駆ける素早い攻撃が…
ヴィクトリアが軽やかに扱う強烈なバスターソードでの攻撃と乱れ舞う広範囲魔法が…
エストレイの持つロングソードから繰り出される鋭い一撃が…
アレクセイルの舞う様に軽やかな一撃が…
シエルの持つ細剣から繰り出される精密機械の様な正確無比な一撃が、敵対する〈冒険者〉達の命脈を一つ…また一つと、刈り取っていく。
──夜櫻の切り込みから始まった戦闘は…僅か、2時間足らずの間にカウェールと〈竜の都〉に復活ポイントが設定されている数名の〈冒険者〉を残した状態で、味方への損害を一切出さずに全ての〈冒険者〉を討ち取って終了したのだった……。
◆◇
──ヴィクトリア達に囲まれ、武器を向けられたまま…腕を組む夜櫻と対面しているカウェールは、夜櫻を睨んでいた。
「……全く。ミスターサムライといい、お前といい…日本人は、いつも私の邪魔ばかりする忌々しい存在だな」
カウェールのその言葉に、口を開いたのは当の夜櫻…では無く、女帝─ヴィクトリアだった。
「本当に忌々しいのは…貴様の様に、自分の利益の事しか考えておらぬ利己主義者達よ!」
そう言うと、ヴィクトリアの纏う気配が〈大地人〉のものから…レギオンランクの竜の“ソレ”へと徐々に変貌する。
「〈冒険者〉が力試しで〈竜の渓谷〉に幾度も挑もうが、〈竜の都〉以外の町や村に住む〈大地人〉からの依頼で討伐に来ようが…妾達は一向に気にはせぬ。
〈冒険者〉とは、昔から“そういう者達”だと知っておるからな。
だがのう…愛しい混血児達や大切な〈大地人〉の未来を脅かすというのなら、妾達も黙ってはおらぬわ!」
怒りを露にし、カウェール達を威圧する様に睨むヴィクトリアのその目は…最早、人間のものでは無くなっている。
──彼女の目の瞳孔は縦に裂け…爬虫類系─竜特有の目に変化していた。
カウェールを睥睨しながら、ヴィクトリアはそのまま言葉を続けた。
「此度は貴様らの命までは取らぬ。
その代わり、〈竜の都〉より早々に立ち去れ!
次に貴様らの姿を見掛けた時には、妾達の仲間が貴様らを八つ裂きにするであろう!!」
ヴィクトリアのその言葉を合図に、カウェール達は〈西天使の都〉の方角へと慌てて駆けていく。
──この状況に至ってから初めて、カウェールは思い知った。
何故、〈大地人〉の街である筈の〈竜の都〉が今まで〈ビッグアップル〉や〈西天使の都〉の略奪や侵略の被害から逃れ続けられていたのかを……
そして…自分達は、一番敵に回してはならない存在と完全に敵対し、二度と〈竜の都〉へと足を踏み入れる事が叶わなくなってしまった事を……
◆
──この一件を期に、カウェールが〈竜の都〉へと訪れる事は二度と無くなり…また、しばらくの間は〈西天使の都〉から竜討伐大隊が派遣される事は無かった。
さらに、この件を切っ掛けに…シーザーやジョトレを含む〈西天使の都〉との決別を選んだ〈冒険者〉達が、〈竜の都〉へと定住する事になった。
これにより、カウェールとの一件は解決・終息を迎えた。
──しかし…一度行方を眩まし、何処かで伏在し続けていた典災が…〈竜の都〉─〈竜巫女見習い〉であるシェリアへと再びその牙を向けようと密かに動き出そうとしていた……。