#07 企む者と守る者と巻き込まれる者
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──翌日の早朝…オルステン伯爵家邸宅は、慌ただしい空気に包まれていた。
それは…突如、オルステン伯爵家に三人の来訪者が現れたからだった。
三人は各々…長い緋色の髪の“女帝”─ヴィクトリアと、その連れである片眼鏡を掛けた万能執事─アレクセイルと、長い茜色の髪の殺戮人形の侍女─シエルである。
──伯爵家邸宅の一角…応接室には現在、来訪者のヴィクトリアと…その背後に控える執事アレクセイルと侍女シエル、応対するのはクロード=オルステン伯爵を始めとするオルステン伯爵一族と背後に控える二名の側近、接客をしている侍女達がいるだけである。
「…ふむ。唐突な訪問、すまぬな。
しかし、“とある人物”より…お主ら、伯爵家を守護して欲しいと要請があったのよ」
そう謝罪を口にするヴィクトリアに対し…伯爵は、恐縮した様に問い掛ける。
「〈紅水晶の女帝〉様、御自らが動かれる程の事態が発生しているのですか…?」
「うむ。その通りじゃ」
伯爵の問い掛けに、ヴィクトリアは渋い顔をしたまま頷く。
ヴィクトリアのその表情を見た伯爵は、思わず姿勢を正した。
「では、〈紅水晶の女帝〉様。貴女様程の人物が動かなければならない事態とは…一体、何なのでしょうか?」
再び問い掛けてくる伯爵に…出されていた紅茶を一口飲んでからヴィクトリアは口を開いた。
「簡単に言えば…“この〈竜の都〉を食い物にしようと策謀を巡らせている者がいる。”
そして、“ある者”の話では…その策謀巡らす人物が次に目を付けるのは、この〈竜の都〉の実質支配者とも言える領主のオルステン伯爵家…という訳じゃ」
ヴィクトリアの説明を聞いた伯爵一族とその側近達の顔が目に見えて青ざめる。
「そ、その様な事態にまで至っていたとは…」
伯爵自身も、気付いていなかったのだろう…青ざめた顔のまま、そう呟いている。
「落ち着くがよい、伯爵とその一族に臣下の者達よ。
“まだ”、最悪の事態には陥っておらぬ。
それを回避する為に、妾が護衛の名目で此処に来訪した訳なのじゃ」
そう告げるヴィクトリアの言葉に、伯爵一族と側近は安堵の息を漏らす。
「そうだったのですか…。
では、〈紅水晶の女帝〉様の御言葉に甘えさせていただきます」
「うむ。任されたのじゃ」
仰々しく頭を下げる伯爵と悠然とした態度を取るヴィクトリア。
──本来は、護衛する側のヴィクトリアが頭を下げるべきなのだが…これでは、どちらが護衛される側なのかと頭を捻りたくなる様な珍妙な光景であった……。
◆
──〈幻竜神殿〉の一件で…無法者の〈冒険者〉に対するカウェールの迅速な対応に充分な功績が認められたとして、オルステン伯爵家より〈白銀竜の印章〉が贈られていた。
「フッ。まずは、第一課題はクリアだな」
トレイルセンターの一角…竜討伐大隊の活動拠点として借りている大きな宿屋の一室で、カウェールがそう呟いていた。
──当初の予定より随分と遅くはなったが…伯爵家に接触出来るところまで漕ぎ着ける事が出来た。
「これも、増長した馬鹿達のおかげだな」
──これが、〈幻竜神殿〉の一件までカウェールが傍観に徹していた理由である。
好き放題している者達を…本来、諫める立場である筈の大隊責任総括官であるカウェールが止めなければ、それで気を良くして増長した者が暴走して何等かの大問題を引き起こす。
後は、大隊の責任総括官として大問題を引き起こした者達を厳しく処罰し、その後は他の問題ある者達を厳しく取り締まっていけば…〈竜の都〉を治めるオルステン伯爵家から接触してくる筈。
そして…自らの目論見通りに伯爵家からの使いの者がカウェールの元を訪れ、〈白銀竜の印章〉と一度面会したい旨を伝えてきた。
「後は、オルステン伯爵に上手く取り入って…ゆくゆくは、〈竜の都〉の支配権を乗っ取る計画…もう少しで第二課題もクリア出来そうだな」
──更に、伯爵家との親交を親密に深める事が出来れば…邪魔な自警団〈竜戦士団〉を排除するのも容易になる筈。
「まあ、それまでの辛抱だな」
そう呟いていたカウェールの顔には、不敵な笑みが浮かんでいた……。
○
──カウェールに〈白銀竜の印章〉を渡し、伯爵様が一度面会したいと申していた旨を伝え終え…トレイルセンターを後にした伯爵家の使者は…ようやく安堵の息を漏らした。
「…正直、〈悪夢の五月〉以降の…自警団〈竜戦士団〉に所属している者達と街に定住している者達以外の〈冒険者〉は、皆…傍に近寄るのは今でも凄く恐ろしいな…」
彼の呟きは、このトレイルセンターを含む〈竜の都〉に住む〈大地人〉の現在の心境を如実に表したものだった。
──彼ら、〈竜の都〉に住む〈大地人〉達は…他ならない〈悪夢の五月〉以降、この〈竜の都〉に移住してきた〈冒険者〉達と共に〈竜の都〉を発展させてきた。
また、〈大地人〉の行商人や商隊から得た情報で…〈ビッグアップル〉や〈西天使の都〉近辺での〈冒険者〉による奴隷狩りや略奪といった数々の凶行を聞いている為、今現在〈竜の都〉に定住した〈冒険者〉以外は基本、簡単には信用しない様にしている。
「──とは言うものの、〈白銀竜の印章〉とは…伯爵様も、随分と破格の物を渡されたものだ」
使者の男は、今までの街の外からやって来た〈冒険者〉への対応を知っているだけに…自ら仕える主の今回の対応に、本当に信じられないとばかりに再び呟いた。
──今回、カウェールに授けた〈白銀竜の印章〉を含め…オルステン伯爵家には、四つの印章が存在する。
四つの印章は各々、〈瑠璃竜の印章〉は、〈蒼穹の瑠璃竜〉の…〈漆黒竜の印章〉は、〈常闇竜〉の…〈白銀竜の印章〉は、〈古代竜〉の…〈赤緋竜の印章〉は、〈緋尖晶竜〉の鱗を特殊な魔術的加工を施し、印章として加工した上で、各々の鱗の持ち主の姿を紋章の様に彫り込んである。
印章の材料に使われている四体の竜の鱗は…オルステン伯爵家初代当主が、〈竜の渓谷〉に住む四体の竜達との間に盟約を結んだ際の“盟約の証”として与えられた物であり…四つの印章は、〈瑠璃竜の印章〉→〈漆黒竜の印章〉→〈白銀竜の印章〉→〈赤緋竜の印章〉の順に印章の所有者に対する伯爵家と竜達からの対応が変わってくるという噂だ。
「そう言えば…〈古代竜〉と〈緋尖晶竜〉の二体は、本来は同格の筈だけど…何故、〈白銀竜の印章〉と〈赤緋竜の印章〉では〈赤緋竜の印章〉の方が上なのだろうか…?」
ふと浮かんだ疑問に首を傾げるが…理由が全く見当もつかなかった使者の男は、疑問を振り払うとすぐに思考を切り替えて、そのまま西地区にある伯爵家邸宅へと戻って行った……。
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「──それは、本当なのか?」
──〈竜の都〉東地区…自警団〈竜戦士団〉の本部内の大会議室では、オルステン伯爵を除いた幹部メンバー全員が集まって定例の会議を行っていた。
いつも通りに街中での警邏や周辺巡回に関する事柄、他の〈大地人〉の街や村の状況に関する事柄等の報告が終わり…次の議題に挙がったのは、北地区のトレイルセンターを拠点にして〈竜の渓谷〉攻略を行っている〈西天使の都〉の〈冒険者〉に関連する事柄だったのだが……
その挙がった議題内容を聞いた幹部メンバーの一人が、信じられないという思いを抱いたが故に…先程の言葉を発したのだ。
「竜討伐大隊責任統括官のシンフィノ=カウェールだったか…?
伯爵家から〈白銀竜の印章〉を授与されたそうだが…授与されるに価する人物なのか?」
「俺は、伯爵家に取り入る魂胆が見え見えな気がするが…」
「そもそも、〈幻竜神殿〉の騒動の一件まで無法者達の事を一切取り締まっていなかった事が全く信用出来ない点だ!」
〈冒険者〉,〈大地人〉,竜…とか関係無く挙がる意見は、『カウェールは信用出来ない』という満場一致した意見だった。
「だが…我々〈竜戦士団〉が介入する前に、無法者達の起こした数々の問題を大隊の者達に解決させる事で、我々に対する伯爵家からの評価を下げる事に成功しているのだ。
…迂闊な行動は、我々の首を絞める事に繋がってしまうぞ」
その発言に、全員が一斉に口を閉ざし…黙り込んでしまう。
「カウェールという人物に対抗するには…我々〈竜戦士団〉の関係者は間違いなく監視されているだろうから、我々が直に対応するのは無理だろうな…」
続く言葉に…大会議室内を重苦しい沈黙が支配し出していた時、〈古来種〉のセフィードが手を挙げた。
「〈竜戦士団〉が対処出来ないのならば…第三者に頼むというのは、どうでしょうか?」
「…と言うと?」
「私は、ヤマトからやって来た〈冒険者〉と知人関係にある。
彼女に、カウェールへの対応を頼んでみては如何だろうか?
彼女なら快く引き受けてくれるだろうし…彼女の人となりについては、私が保証しよう」
セフィードの提案に、幹部メンバーが次々に頷く。
「…それが、今の我々が取れる唯一の最善策なのだろうな…」
その呟きに、皆一様に頷きながらも…〈竜の都〉の部外者であるヤマトの〈冒険者〉に頼らねばならない現状に、全員が胸の内に歯痒い思いを抱いていたのであった……。
◆
「……嘘でしょ?」
夜櫻が現在の活動拠点として使っている住居の一室─夜櫻用の個室としてゾーン購入してある部屋へと訪れたセフィードから唐突に告げられた頼み事に対する…夜櫻の第一声が先程の言葉だった。
「え〜!何で部外者である筈のアタシに、そんな責任重大な役目を任せるのさー。
普通は、この〈竜の都〉の住人達で協力して解決すべきじゃないの〜?」
「夜櫻殿。確かに、貴女の言う通り…本来は、我々〈竜の都〉に住む者達で解決すべき問題なのは分かっています。
しかし…相手はかなり狡猾で、〈竜戦士団〉は迂闊に動けない状況なのです。
恥を忍んでお願いします。〈竜の都〉を守る為にも、どうか!我々に力を貸して下さい!!」
切実な思いで訴えてくるセフィードの言葉を聞き…夜櫻としては、最早断れない雰囲気だった。
(まあ…シェリアちゃんの件で、〈竜の渓谷〉と〈竜の都〉の問題に此処まで深く関わっちゃった訳だし…今更、「はい、さようなら〜」って言って見捨てるなんて…アタシには出来ないよね〜)
そう心の中で苦笑いを浮かべながら考えていた夜櫻は、セフィードへと返事を返す事にした。
「…分かったよ。カウェールって人物の件は、一応アタシなりにどうにかしてみるよ」
「ありがとうございます!どうか、宜しくお頼みします」
夜櫻の返事に、セフィードは安堵すると…頭を軽く下げて礼をしてから部屋を退室していった。
部屋に残された夜櫻は、「ハァ〜〜〜」という深いため息を漏らしていた。
「何か…すごく面倒な事になったなぁ〜」
「……なら、見捨てるのですか?」
夜櫻のボヤいた言葉に、常葉がそう問い掛ける。
無論、長い付き合いで夜櫻が答えるであろう答えを分かった上で…であるが。
「まっさかぁ〜!アタシが、一度引き受けた事を投げ出す訳無いのは…常葉さんが一番知ってるじゃない。勿論、アタシなりに最善を尽くすよ」
「…だと思いました」
「で、どの様にしてカウェールという方から〈竜の都〉を守るのですか?」
桔梗からの問い掛けに、「う〜ん」と考え込みながら夜櫻が口を開く。
「とりあえず、ソフィーさんに頼んで…伯爵家には先手を打つ事と万が一の時の為の護衛を兼ねた人物を派遣しているから、すぐに最悪な事態に陥る事は無いと思うよ。
後は…やっぱりアタシ自身が直接出向いて、『〈竜の都〉に手出すな!』って釘指しに動くしかないのかなぁ…。
第二、第三のカウェールを出さない様にするという意味でも」
そう呟くと、夜櫻は再びため息を漏らす。
「…となると、カウェールが伯爵家に出向く日を作戦決行日として…色々と調べたりしないとね」
夜櫻のその言葉に、ニッコリと微笑みながらポン!という音を立てて軽く手を合わせた桔梗が提案を述べる。
「でしたら、手分けして動きませんか?
わたくしが〈竜戦士団〉に赴いて、カウェールという方の人物像を聞いて参りますわ」
「なら私は、〈竜の都〉内の〈大地人〉達に色々と話を聞いてみよう。
特に、街での噂や〈西天使の都〉の〈冒険者〉についてを重点的に聞いてみます」
「だったら、アタシはジョトレ君やシーザー君に連絡を入れてカウェールの予定を聞いてみるね。
そうと決まれば…動くよ!」
夜櫻の宣言に、桔梗と常葉が共に頷くと…三人は、各々にやるべき事を行う為に動き出すのであった……。