#06 暗躍する影 動き出す光
▽
──〈幻竜神殿〉、『癒しの間』。
そこは、沢山の椅子やベッド,手や傷口を洗う為の水が入った大量の甕,血を拭う為の大量の布,血を拭った使用済みの布を入れる木箱のみが置かれているだけの簡素な部屋だった。
──そこは…今まさに、“戦場”となっていた。
「布が足りないわ!布を持って来て!!」
「はい、次!押さないで下さい!順番通りに!!」
「こちらの方が重症です!先にお願いします!!」
次々にやって来る怪我人や病人に…〈竜巫女〉と〈竜神官〉の中でも、特に治療に優れた者達が次々に治療を施していく。
──そんな忙しなく治療が行われる中で…一際多くの怪我人や病人の治療を行っているのは、白銀色の長い髪の女性─レティシアだった。
〈幻竜神殿〉に務める〈竜巫女〉や〈竜神官〉の中で、ずば抜けた高さの治癒魔法を行使出来る為、必然的に重傷者や重篤な病人を受け持つのは彼女の担当となる。
「安心して下さい。息子さんは、必ずお助けしますから」
「……はい!」
今にも泣き出しそうな母親に優しく笑い掛けながら、レティシアはベッドにぐったりと横たわる少年に治癒魔法を行使する。
〈幻竜神殿〉に務める〈竜巫女〉と〈竜神官〉は、『祭壇の間』で祭壇に供物となる肉や野菜等を捧げ…感謝の祈りを捧げるだけが仕事の全てでは無い。
他には…竜達の意思を〈大地人〉に伝えたり、余所から〈竜の都〉にやって来た者達に〈竜の渓谷〉へ無闇に立ち入らない様に忠告したり、〈幻竜神殿〉で〈冒険者〉達が復活する『蘇生の間』を問題無い様に整えたり、今みたいに治癒魔法を使用して治療を行ったりするのも仕事の一環である。
──〈悪夢の五月〉以前…レティシアよりも優れた治癒魔法の使い手が、たまに〈幻竜神殿〉を訪れたり、周辺の村や町を巡り歩いて治療を施してくれていた。
しかし、〈悪夢の五月〉以降…その治癒魔法の使い手が、〈幻竜神殿〉や周辺の村や町を訪れる事は無く…その為、現在では高度な治癒魔法を使える〈幻竜神殿〉の〈竜巫女〉や〈竜神官〉は、〈竜の都〉や周辺の村や町に住む〈大地人〉にとって貴重な存在になりつつあった。
「…はい。治療は終わりました。
後は、食事をしっかりと食べさせて…しっかりと休養を取らせて下さいね」
「はい!はい!!ありがとうございます!
ありがとうございます!!〈竜巫女〉様!!」
治療を終え、顔色が良くなった息子の様子を見て…堪えきれずに涙を流した母親は、レティシアに何度も頭を下げる。
頭を下げて礼を言う母親に、ニコリと微笑みを向けて「これも、ワタクシ達の役目ですから」と一言掛けた後…次の者の治療へと向かう。
──それを何度も繰り返し…今日の治療を受けに訪れている人の長い行列の大半を消化し、残りの未治療者が三分の一にまで減った時…その者達は現れた。
如何にもガラの悪そうな〈冒険者〉の5人組が、嫌な笑みを浮かべながら『癒しの間』の中を歩いている。
周りにいる治療待ちの〈大地人〉達は、突然現れた〈冒険者〉に対して皆一様に怯えた様な表情を浮かべている。
レティシアは、引き止めようとする〈竜巫女〉や〈竜神官〉の制止を振り切って5人組の〈冒険者〉の前へと歩み出た。
「すみません、こちらへは何の御用でしょうか?
今、ワタクシ達は怪我人や病人の治療の最中なのです。
治療の御用が無いのでしたら…このまま、お引き取り願えますか?」
レティシアの発言に、〈竜巫女〉や〈竜神官〉の皆が青い顔をする。
5人組の〈冒険者〉の一人─レードが、ニヤリと笑みを浮かべながら口を開いた。
「随分と強気なねぇちゃんだな。
まあ、俺らの用は簡単だ。
アンタは、〈幻竜神殿〉では最高の回復職って話じゃねぇか。
だったら…その力を生かして、俺らの竜討伐で回復として役に立ってくれよ?」
レードの一方的な要求に、レティシアは真っ直ぐに彼らを見据えたまま答える。
「…お断りします」
「なんだと!」
「名誉ある俺ら〈冒険者〉の竜討伐大隊に参加させてやるって言ってんだぞ!」
「俺らを舐めてるのか!!」
「…待て。で?断る理由は何だ?」
喚き始めた仲間を片手で制し、レードはレティシアに先を促す。
「ワタクシは〈竜巫女〉。
竜と人の絆を結ぶ架け橋となる者であり、竜に害する方々に力を貸す訳にはいきません。
それに…〈幻竜神殿〉の〈竜巫女〉や〈竜神官〉を頼って来ている方々を癒す役目を疎かにする事も出来ません。
治癒魔法を使用出来る人物は、別の方をお探し下さい」
〈冒険者〉に全く怯まず、凛とした姿勢でレードの要求を断るレティシアの態度に…唐突にレードは大きな声で笑い始める。
レードが突然笑い出したその様子に、戸惑う〈竜巫女〉,〈竜神官〉,〈大地人〉達だったが…次にレードが見せた表情を見た時に皆一様に恐怖を抱き、顔を引きつらせた。
──レードの見せた表情は、獲物を狙う獰猛な猛獣のそれだった。
「……悪いが、アンタの事情とか都合とかは一切知らねぇな。
アンタは黙って俺らに協力しろ。
…それとも、一度は俺らに可愛がられた方が素直に言う事を聞くのか?」
そう言ってレードはレティシアの手首を掴み、無理矢理自分の方へと引き寄せる。
「っ!離して下さい!!」
「レティシア様!!」
「〈竜巫女〉様!!」
拘束されて嫌がるレティシアの様子に、レード達〈冒険者〉は下卑た笑みを浮かべ…〈竜巫女〉達は青ざめて叫ぶ。
──〈幻竜神殿〉は、横暴な〈冒険者〉によって絶望的な状況へと変貌していた……。
◎
──〈竜の都〉の街中に漂う嫌な雰囲気に…白銀色の長い髪を揺らし、白銀の騎士鎧に空色のマントを身に纏った男性─セフィードは、端整な顔を歪ませていた。
「…随分と街の中に嫌な空気が漂う様になったものですね」
セフィードのその呟きを聞く者は誰もいない。
不快感を顕にしたままの表情でセフィードは、西地区にあるアンジェラの療養用に使われている邸宅のある区画へと向かって歩き始める。
(少なくとも…〈西天使の都〉からやって来た〈冒険者〉が居座る前は、もっと活気に溢れ、賑やかで楽しげな雰囲気に満ちていました。
しかし…)
──セフィードにも、分かっていた。
〈竜の都〉の雰囲気を暗く沈んだ雰囲気にしている原因が、〈西天使の都〉からやって来た大人数の〈冒険者〉の中にいる無法者の〈冒険者〉達の…〈大地人〉に対する振る舞いにある事を。
そして…頭の切れる人物の策略で、〈竜戦士団〉の取り締まりから逃れている事も…。
「…出来れば、自分達で解決すべきなのでしょうけど…やはり、ここは第三者としての立場である人物─夜櫻殿の力を借りるべきなのでしょうか…」
セフィードは、軽くため息を漏らす。
アンジェラは、体調が回復してきているとは言え…未だ本調子に戻った訳では無い。
そんな彼女の力を借りる訳にはいかず…そうなると、セフィードが次に頼れるのは…自分の知る〈冒険者〉の中では、聡明で公平な判断能力と物事や状況を正確に分析出来る能力を持ちつつ、セフィード自身とも関わり深い…夜櫻しか居なかった。
「本来なら彼女は、ヤマトの地にいるべき〈冒険者〉で…ウェンの地での問題に巻き込むべきでは無いのは理解しています。
しかし…〈竜戦士団〉の巡回ルートや問題への対応等の行動が徹底的に把握されている為に荷が重く、的確な対応が出来ない様に巧妙に立ち回る程の狡猾な人物を相手にするには、その行動を把握されていない人物─夜櫻殿の力を借りる事しか有効な手段がありません…」
──問題は、彼女─夜櫻がこの問題解決に協力してくれるかどうか…。
「…ここは、夜櫻殿の人柄を信じるしかありませんね」
──そう結論付けたセフィードは、出来るだけ早く夜櫻に接触する為にも、アンジェラの元へと急ぎ駆け出して行った……。
□
──今日の〈竜戦士団〉の街中巡回班担当の〈冒険者〉ヘーゼルは、〈竜の渓谷〉から北地区のトレイルセンターへと戻って来た〈西天使の都〉の〈冒険者〉の8人組─おそらく、元は12人のハーフの人数だったと思われる─一団と偶然遭遇した。
「やあ。〈竜の渓谷〉のマッピングは捗ってるかい?」
ヘーゼルは、疲弊している〈冒険者〉の一団の一人─〈付与術師〉のシーザーへと声を掛ける。
「…あまり芳しくないね。仲間の何人かが竜の襲撃で神殿送りになっていたよ」
トレイルセンターに戻ってくるまで、竜の襲撃を警戒しながらの長時間の移動を強いられたシーザーの…答える声は、疲弊している為か弱々しい感じだった。
──〈西天使の都〉の〈冒険者〉と〈竜戦士団〉の〈冒険者〉は、全員が全員敵対している訳では無い。
ヘーゼルとシーザーの様に仲良くなって挨拶や会話を交わす位の良好な関係の者もいる。
だがそれは、竜討伐大隊メンバー内で常識的な考えを持つ〈冒険者〉達に限られている状況だ。
「…ヘーゼル。仲間が色々と迷惑を掛けているみたいで…本当にごめん」
そう謝罪するシーザーに、ヘーゼルは苦笑しながら答える。
「謝るなよ、シーザー。別にお前のせいじゃないだろ?
お前はただ、任務の一環である〈竜の渓谷〉のマッピングを忠実に行っているだけだ。
マッピングしているだけで、街に何等かの迷惑を掛けた訳じゃないお前を責めるかよ。
もし、誰かが悪いと責めるなら…オレは、お前達を纏める人物を責めるね」
ヘーゼルの言葉に、今度はシーザーが苦笑する。
シーザーとしても、何故カウェールが街や住人に対して狼藉を働く仲間を諫めないのかを疑問に思ってはいる。
「そろそろ、〈幻竜神殿〉で仲間が復活している頃だろうから…ボク達は、彼らを迎えに行くよ」
「おう!気を付けてな!
最近は、オレの仲間内がピリピリしてるから…対応には充分注意しろよ?」
「忠告、受け取っておくね」
そう言うと、シーザー達は〈幻竜神殿〉へと向かって移動を再開する。
その後ろ姿を見送りながら…ヘーゼルは思った。
──少なくとも、自分が親しくなったシーザーやジョトレの様に…〈西天使の都〉の大隊の中には、真面目に〈竜の渓谷〉攻略に向けてマッピングを行っている者達もいる。
(……けど、そうじゃない連中も確かにいる。
本来なら、『チームワークを乱すな!』と指揮官役が叱責すべきなんだが…なんか、きな臭いな)
──自身も、かつては北米サーバーで大手戦闘系ギルドでレイドやレギオンに参加した経験がある。
その際、チームワークを乱す者は容赦なく叱責されていたのを良く覚えている。
しかし…この竜討伐大隊は、チームワークを乱す者達がいるにも拘わらず、それを放置している節がある。
「シーザー達は、良い奴らなんだよな。
出来れば…彼奴らとは、このまま良い関係でいたいなぁ〜」
もう姿の見えなくなったシーザー達の向かった方向を見続けながら…ヘーゼルは、ポツリとそう呟いていた。
◆▽○
「こ、困ります!レティシア様は、我らが〈幻竜神殿〉で最高位の〈竜巫女〉。それに、今は治療の最中なのです…連れて行かないで下さい!!」
〈竜巫女〉レティシアを無理矢理連れて行こうとするレード率いる5人組の〈冒険者〉達に…〈竜神官〉アーノルドが覚悟を決め、止めようと必死に懇願する。
しかし…
「うるせぇー!!」
アーノルドは、〈冒険者〉の一人に殴り飛ばされる。
「うぐっ!」
「アーノルド様!!」
「きゃあぁぁあああ!!」
「うわぁぁぁあああん!!」
その光景に、周りからは悲鳴や絶叫が飛び交う。
「ノルド!!」
「俺達の邪魔をするからだ。おい、ついでだ。
俺達に逆らうとどうなるか…見せしめにしろ」
レードの腕の中にガッチリと掴まれたまま…レティシアは、アーノルドの心配をして手を伸ばそうとするが…レードの腕は少しも緩まない。
それどころか、レードは獰猛な笑みを浮かべて周りの仲間に冷酷な命令を下す。
その言葉を聞いた〈竜巫女〉,〈竜神官〉,〈大地人〉から悲痛な悲鳴が上がる。
殴られたアーノルドは、ぐったりして動く様子が無く…そのアーノルドへと4人の〈冒険者〉達が獰猛な笑みを浮かべてゆっくりと近付いていく。
──粗暴な〈冒険者〉達の暴力の嵐により…〈幻竜神殿〉に居る〈大地人〉達には絶望感が漂い出していた……。
◇
「あれ?あれは…ジョトレ君に、シーザー君じゃない!ヤッホ〜!おひさ〜」
──だいぶ薄暗くなってきた〈幻竜神殿〉前の広場にやって来た夜櫻は…同じく〈幻竜神殿〉へとやって来た〈冒険者〉の一団の中に、見覚えのある二人を見つけて声を掛ける。
「あ、〈剣速の姫侍〉に、モノノフ君」
「お久しぶりです」
ジョトレとシーザーの方も、夜櫻達に気付いたらしく軽く挨拶を交わす。
「ところで…何?〈幻竜神殿〉に何か用なの?」
「ボク達は、神殿送りになった仲間を迎えに…夜櫻さんは?」
「アタシは、シェリアちゃんを〈竜巫女〉・〈竜神官〉用の居住区まで送り迎えを兼ねた護衛の為に迎えに来たとこなんだ」
「へぇ〜、そうなんだ」
不和の王の一件で、仲良くなった二人の〈冒険者〉に…夜櫻が〈幻竜神殿〉を訪ねた理由を告げれば、即座にその理由を理解する。
二人は、その件で共闘している事もあり…詳しい事情を知っている事から、夜櫻の説明を聞いておおよその事情を察したのだろう。
「夜櫻様、そちらの〈冒険者〉のお二人と仲が良いのは分かりますが…シェリアの迎えがあまり遅くなるのはお奨め出来ません。
特に、今の〈竜の都〉は治安が悪化していますし…」
ソフィリアが、夜櫻へと掛けた言葉を聞いて…ジョトレとシーザーが申し訳なさそうな顔をする。
「ん〜、そうだね。
ジョトレ君とシーザー君も、〈幻竜神殿〉に用があるみたいだし…中まで一緒に行こうよ!」
ソフィリアの言葉に返事を返した夜櫻は、ジョトレ達にそう声を掛ける。
「それじゃあ、お言葉に甘えて…」
「ご一緒しますね」
夜櫻の誘いに乗った二人は、仲間の〈冒険者〉達も共に連れて夜櫻達と一緒に〈幻竜神殿〉へと足を踏み入れた。
◆
──〈幻竜神殿〉内へと足を踏み入れた夜櫻は…神殿内にいつもと違う不穏な空気を感じ取った。
唐突に足を止めた夜櫻に、ジョトレ達やモノノフ達が不思議に思って首を傾げている。
すると、突然何かが壊れる大きな破壊音と共に微かに複数の悲鳴が聞こえてくる。
その悲鳴に最初に気付いたのは、猫人族の常葉だったが…いつの間にか、夜櫻が悲鳴の聞こえた方向に向けて全速力で駆け出していく。
「え?え??」
「あちらの方向から、複数の悲鳴が聞こえました。
おそらく、何等かのトラブルが発生した模様です。
今から、夜櫻の後を追います」
困惑するモノノフ達に、常葉は軽く事情説明をする。
説明を終えると、常葉,桔梗,ソフィリア,ワールウィンドは夜櫻を追って駆け出す。
「ボ、ボク達も追うよ!」
シーザーのその言葉に、正気に戻ったモノノフ達は…急ぎ、駆け出していった夜櫻達の後を追い掛けた。
◆
──4人組の〈冒険者〉の一人が、アーノルドに蹴りを入れる。
それだけで、アーノルドの身体は沢山の甕が置かれた場所へと簡単に吹き飛ばされる。
それを見た〈竜巫女〉・〈竜神官〉や〈大地人〉から悲痛な悲鳴が上がる。
──アーノルドは、竜の血の混じった混血の〈大地人〉だ。
普通の〈大地人〉だったら〈冒険者〉に殴られた上に蹴りを入れられた時点で死んでいただろう。
竜との混血だったが故に、〈冒険者〉のその2撃にも耐えられた。
だが、だからといって…それは、更なる暴力が止む事には繋がらないだろう。
現に…〈冒険者〉の一人は、更なる暴力を加える為に口から血を流し…ぐったりとしているアーノルドの胸ぐらを掴み、拳を振り上げる。
周りの〈大地人〉達からは短い悲鳴が上がり、レティシアは見ていられなくなって…思わず目を逸らし、レードは満足げな笑みを浮かべる。
──しかし、〈冒険者〉の腕は振り降ろされる事は無かった。
「アンタらさ……何やってるの?」
いつの間にか〈冒険者〉の真後ろに現れた夜櫻が、振り上げた腕を掴み…その手首を思い切り握り締めていた。
「ぐあぁぁぁあああ!!」
手首を力一杯に握り締められ、〈冒険者〉はその痛みに耐えかねてアーノルドをその場に落とす。
すると、後からやって来た〈施療神官〉の常葉がぐったりとしたアーノルドの状態に気付き、傍へと駆け寄って急いで〈ヒール〉をかける。
常葉とほぼ同じタイミングでやって来たソフィリアと桔梗は各々の武器を構えて臨戦態勢に入る。
同じくやって来たワールウィンドも、すぐに臨戦態勢を取る。
遅れてやって来たモノノフとジョトレ達は、状況を見て素早く判断を下すと…夜櫻達に加勢する者、応援を呼ぶ為に念話を掛ける者、周りの〈大地人〉達を避難させる者に分かれて各々の役割を分担して行っている。
「キミ達は、何をやっているんだ!!」
夜櫻達に加勢するメンバーの一人であるジョトレは、目の前で狼藉を働く…同じ大隊メンバーを叱責する。
「何って…回復職が不足しているから勧誘だけど?」
ジョトレの叱責に、悪びれる風も無い態度でレードは告げる。
「これが……勧誘ですって!!」
レードのその言葉と態度に、ソフィリアは思わず怒りを顕にする。
──嫌がりながら…レードの腕の中で、もがいているレティシアの様子や…恐怖に怯える周りの〈大地人〉達の様子、〈冒険者〉達の態度を見て…勧誘とは到底呼べない状況なのは、誰の目から見ても明らかだろう。
「それよりも…邪魔しないでくれないか?
俺達、これから彼女とじっくりと打ち合わせをしようと思うので」
そう言っているレードも、4人の〈冒険者〉達も下卑た笑みを浮かべる。
「…このっ!!」
怒りを顕にし、今にも切りかかりそうな勢いで腰に提げた細剣に素早く手を掛けて抜刀しようとしていたソフィリアだったが…いつの間にか目の前に移動してきた夜櫻に片手で制止され、思い止まる。
「君達…彼女を置いていって、そのまま立ち去ってくれないかな?
…アタシが、言葉で注意している内に」
ニコリと笑顔(※実は、目が全然笑っていない)で夜櫻が、レード達に声を掛ける。
夜櫻の言葉に、レード達は小馬鹿にした様な笑い声を上げる。
「『彼女を置いて、そのまま立ち去れ』?…俺らを舐めるのもいい加減にしろよ、“小娘”」
レードのその言葉を聞いた瞬間…常葉と桔梗の二人は、夜櫻の堪忍袋の緒が盛大に切れる音を聞いた気がした。
「…うん。君達、『神殿送り』決定。
三下の雑魚達、かかってきな。君達なんて、アタシ一人で余裕で相手出来るよ」
「ちょっ!夜櫻さん!?」
レード達を挑発する夜櫻に、シーザーが思わず声を上げる。
「皆、手出し無用だよ」
そう言うと…夜櫻は特技〈アサルトスタンス〉と〈常在戦場〉を発動し、続けて口伝〈神眼〉と〈疾風怒濤〉を発動させた。
──夜櫻の言葉とその態度に、怒りを顕にしたレード達はレティシアを突き飛ばして解放すると…夜櫻を囲む様な陣形を組む。
レード達のパーティー構成は…レードがジャガーノートビルドで大剣持ちの〈守護戦士〉、シャドウブレイドビルドでナイフ使い〈暗殺者〉のガイルとスナイパービルドでボウガン使い〈暗殺者〉のロフト、グラディエイタービルドでバックラーとショートソード装備の〈盗剣士〉のワイヤード、コンサートマスタービルドで槍使い〈吟遊詩人〉のゼクス…の5人パーティーである。
まずは、レードの大剣から強烈な一撃が繰り出される。
周りの〈大地人〉達からは短い悲鳴が上がり、〈冒険者〉達はハラハラと心配そうにしているが…桔梗達や共闘して夜櫻の実力を知っているシーザーとジョトレは、彼女の心配を全くしていない。
──案の定、夜櫻はレードの攻撃を僅かに身体をずらしただけで避けていた。
「…その程度?君達、弱いね。
さて、今度はこっちから行くよ!」
レード達を再び挑発して、夜櫻は攻撃に移る。
口伝〈残影舞踏乱舞〉で瞬時にゼクスの背後へと回り込み…まずは刀でゼクスの胸を真っ直ぐに貫き、刀を引き抜いたそのままの勢いで首をはねる。
…その間、僅か10秒。
「まずは、一人!」
夜櫻のその言葉で、仲間の一人─ゼクスが討たれた事にようやく気付いたレード達は、闇雲に攻撃を仕掛ける。
しかし、夜櫻は口伝〈残影舞踏乱舞〉で…自分を背後から攻撃しようとしていたガイルの真横に瞬時に移動すると、鞘から抜刀する勢いそのままに刀を振り抜き…ガイルの胴を一刀両断する。
「二人!」
「このっ!!」
夜櫻の言葉を聞き、ロフトがボウガンに矢をつがえて構える。
だが……
「なっ!?」
突如、夜櫻が自分のすぐ間近に現れ…刀を真っ直ぐ上段に構えている姿が目に入り…ロフトは驚愕する。
「三人!」
上段に構えた刀を真っ直ぐに振り下ろし、ロフトを縦真っ二つに切り伏せると…再び、口伝〈残影舞踏乱舞〉でワイヤードの真正面に現れ、ワイヤードを袈裟斬りに切り伏せた。
「四人!」
回復職のいないレード達パーティーは、蘇生させる手段が限られている為…蘇生措置がとられなかったゼクス,ガイル,ロフト,ワイヤードの四人の身体は、倒された順番に虹色の泡となって消え失せる。
四人の身体が虹色の泡となって消えた後には、彼らが落としたアイテムや金貨が散乱している。
──四人を撃破するのに掛かった所要時間は、僅か五分だった。
「君で最後だけど……それでも、まだやる?」
いつの間にかレードの喉元近く─喉まで後ミリの位置─に刀の切っ先を突きつけ、夜櫻は酷薄な笑みを浮かべながら…そう告げる。
「うっ…、ぐっ…。く、クソッ!!」
レードは、苦し紛れに悪態をついていたが…その態度への返礼の様に夜櫻は、更に刀の切っ先を喉元へと突きつける。
切っ先の当たっている喉元辺りの皮膚から軽く出血が起こる。
誰もが固唾を飲んで見守る緊迫した状況の中…夜櫻とレードの戦いに終止符を打ったのは、第三者の上げた一言だった。
「そこまでだ!」
その言葉に反応した夜櫻は、軽く刀を数回程回転させた後に手慣れた感じに鞘に納刀する。
だが…その表情は無表情ながらも、完全に目が据わっていた。
一方の解放されたレードの方は、その場にヘナヘナと力無くへたり込む。
──そんな両者の様子を全く意に介さない様に出入口からゆっくりと現れた声の主は、シンフィノ=カウェールだった。
カウェールは、まず〈竜巫女〉と〈竜神官〉の前に歩いて行き…いきなり謝罪した。
「此度の問題は、我々の監督が行き届いていなかったせいだ。…すまない」
「あ、え、い、いえ…」
そして、夜櫻の方を向き…こう言葉を口にした。
「彼らの行いは、〈竜の渓谷〉攻略に大きく支障をきたす程の大問題だ。それ故に、彼らにはそれ相応の処罰を科すつもりだ。
だからこそ、彼らの処遇を我々に任せてもらえないだろうか?」
カウェールのその言葉に対する夜櫻の答えは一言。
「…好きにすれば」
「感謝する。…連れていけ。復活してくるメンバーも、取り押さえて連行するんだ」
夜櫻に一言礼の言葉を述べたカウェールは、引き連れていた〈冒険者〉達に命令を下していく。
床にへたり込んでいたレードは、〈冒険者〉達に両脇を掴まれて無理矢理立たされた後に連行されていく。
それら一連の動きを見届けた後、カウェールは〈冒険者〉達を引き連れて立ち去っていった。
「あ、ボク達も失礼します」
「街に居る間にボク達の力が必要だったら、いつでも貸しますね」
ジョトレとシーザーが一言ずつ挨拶をし、ジョトレ達と同行者の〈冒険者〉達が慌ててカウェール達の後を追って行った。
◆
残された夜櫻は、口伝〈神眼〉でカウェール達が〈幻竜神殿〉から完全に立ち去ったのを確認した後…ポソリと呟いた。
「“宣伝行為”…」
「えっ?」
夜櫻の呟きの聞こえたモノノフが、思わず疑問の声を上げる。
目が据わったままだった夜櫻は、軽くため息を漏らすと…桔梗,常葉,ソフィリア,モノノフを軽く手招きしてから部屋の隅へと移動する。
桔梗達も夜櫻の動きに合わせて、部屋の隅へと移動する。
全員が集まったのを確認してから夜櫻は…壊れた甕の欠片の片付けを始めた者達や治療を再開した者達に聞こえない様に声を潜めて話し出した。
「“宣伝行為”って言うのは…特定の思想,世論,意識,行動に誘導する意図を持って行う宣伝行為の事だよ。
ジョトレ君に以前、確認した事があったんだけど…今までカウェールって人物が大隊メンバーの問題行動を良識あるメンバーに対処を任せたままで常に傍観に徹していたらしいの。
…で、今回の大事に限っては直々に対処する為に出てきた。
普通は、責任者として動いた様に見えるけど…アタシには、“宣伝行為”を行う為に動いたとしか思えないね。
レード達は、カウェールの“売名”の為の“生贄”にされたって訳だよ」
夜櫻の語った話の内容に、モノノフは驚愕していたが…常葉,桔梗,ソフィリアの三人は、同じ結論に至っていたのか…特に反応を示さなかった。
「では、彼の目的は…?」
モノノフの問い掛けに、夜櫻は抜き身の刃の様な雰囲気を纏いながら答える。
「きっと、今回の件を利用してオルステン伯爵家に近付くつもりだよ。
そして、あわよくば…この〈竜の都〉を自分の支配下に置くつもりだろうね」
夜櫻の纏う雰囲気と告げられた内容に…モノノフは思わず戦慄を覚える。
「では、如何しますか?」
常葉からの問い掛けに…夜櫻は少し思案するが、すぐに先手を打つ為の策を思い付く。
「ソフィーさん。貴女が一番信頼出来て、〈冒険者〉に太刀打ち出来るだけの実力を持った人物を…オルステン伯爵家に“護衛”の名目で、派遣してくれない?」
「ええ、別段構いませんが…何故に?」
ソフィリアの質問に、夜櫻はニッコリと笑みを浮かべて答える。
「理由の半分は、釘指し。
『〈竜の都〉に手を出したら、アタシらが黙ってないぞー』って感じのね。
もう半分は、オルステン伯爵家の一族の誰かを人質に取られたりしない為の護衛と不利益な交渉を吹っ掛けられない様に阻止する為だよ」
夜櫻からの答えに納得したソフィリアは、少しの間考える。
「(成程。夜櫻様なりに、カウェールという人物の思考を推測しての対策…という訳ですね。それでしたら…“女帝”が、一番最適でしょうね)
分かりました。仲間とよく話し合って、伯爵家に“護衛”を派遣しますね」
「うん、宜しく〜」
──夜櫻は知らなかったが…この時ソフィリアが考えた人選(?)で、とんでもない大物が伯爵家に派遣される事になるとは…露にも思っていなかった。
カウェールに対する先手を打つ事が出来る確かな手応えを感じた夜櫻は…シェリアを迎えに行くのを再開する為に、桔梗達を引き連れながら神殿の奥へと歩き出して行った……。