#05 陰謀の火種
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──〈竜の渓谷〉と〈竜の都〉を襲った…〈不和の王〉が関わる一連の事件が、一応の決着を迎え…終息してから約三週間という時間が過ぎようとしていた。
所々破壊されていた〈竜の都〉の街並みは…人型を取った竜達や〈大地人〉,〈冒険者〉の職人達の全面的な協力とオルステン伯爵家の全面的な支援もあって、約三週間が経過する事には復興も終わり…かつての賑やかな街並みが戻っていた。
「さて、〈竜の都〉も元通りに戻った。
…頃合いだ。そろそろ本格的に動くか」
そんな賑やかな街中で…明らかに場違いな雰囲気を纏った〈冒険者〉は、そう呟くと…街の北側に向けて歩き出し、喧騒の中へと消えていった。
▽
「──また随分と、堂々とした居座りじゃな」
手元の報告書に一通り目を通した後に、この部屋の主─副総司令レグドラが腰掛ける執務用の机の上へと無造作に放り投げると、女帝─ヴィクトリアは呆れと侮蔑を含んだ言葉を口にする。
「ええ。随分、堂々とした居座りです。
『〈竜の都〉の一連の騒動の終息に尽力した』等という妄言や世迷い言を抜かした上での…ですがね」
レグドラも、冷ややかな眼差しで卓上に放り投げられた報告書を睨み付けながら言葉を述べる。
「…とは言いますが、街に住む〈大地人〉達に発言に関する真偽を確かめる術はありません。
今のところ、北地区のトレイルセンターに居座っていますが…今後も大人しくトレイルセンターに留まり続けるとは限りません」
「分かっておる。妾達も、その事を懸念しておるからな。しばしは、〈竜の都〉内におるつもりじゃ。
お主らは、街中や周辺地域の巡回警備だけでなく…オルステン一族の身辺の警護にも重視せねばならぬぞ?」
「はっ!」
ヴィクトリアからの警告に、レグドラは了承の返事を返した。
○
──〈幻竜神殿〉の『祭壇の間』には、三人の〈竜巫女〉の女性が静かに祈りを捧げていた。
一人は、全ての〈竜巫女〉を纏める長的立場にある白銀色の長い髪に鮮やかな紅色の瞳をした純白色の巫女服姿の女性─レティシア。
一人は、軽くウェーブがかった腰までの長さの鮮やかな青紫色の髪を肩の辺りで軽く結んでいる…濃い菫色の瞳をした淡い菖蒲色の巫女服姿の女性─レイチェル。
一人は、最近〈竜巫女見習い〉になったばかりの蒼色の髪に蒼色の瞳をした淡い海色の巫女服姿の女性─シェリア。
三人は、祈り終えると…『祭壇の間』を後にして、〈幻竜神殿〉内の〈竜巫女〉や〈竜神官〉が『祭壇の間』での祭祀以外のお務めを行う時に使用している大部屋へと戻って来た。
シェリアは、これから此処で〈竜巫女見習い〉として…レイチェルから〈幻竜神殿〉での祭祀の行い方や祭祀の際の所作や礼儀作法を学ぶ事になるのだが……
「…皆さん、なんだか表情が暗いですね」
大部屋へと入って来てすぐに、〈竜巫女見習い〉や〈竜神官見習い〉だけでなく…〈竜巫女〉や〈竜神官〉までもが暗い表情をしている光景が目に飛び込んでくる。
「…仕方がありません。
〈幻竜神殿〉から〈竜巫女〉や〈竜神官〉用の居住区に向かう道中や…最近活気が戻ってきた北地区に、〈西天使の都〉からやって来た〈冒険者〉の方々の姿をよく見掛ける様になりましたから」
「それに…〈西天使の都〉から来られた〈冒険者〉の方々の…全員が全員、人柄が良い人物とは限りませんわ。
中には、横暴を働く〈冒険者〉の方もいらっしゃるとお聞きしています…」
レティシアとレイチェル…二人の先輩〈竜巫女〉の言葉に、シェリアは少し申し訳無い様な気持ちになる。
「すみません…。私には、毎日〈幻竜神殿〉と居住区の間の道中を夜櫻さん達が護衛に付いているという状況で…」
申し訳無さそうに表情を曇らせたシェリアに、レティシアは首を軽く振ってから諭す様に話し掛ける。
「シェリア。貴女の場合は、状況が状況ですから…仕方がありませんわ。
貴女の事を狙っていた〈不和の王〉と呼ばれる存在が、未だ健在である以上…貴女の身辺に充分な警戒を行うのは当然でしょう」
「…はい」
それでも未だに曇らせた表情を続けているシェリアを…レティシアは優しく撫でる。
「北地区の街中の様子や〈大地人〉の置かれている状況を〈竜戦士団〉の皆様も憂いています。きっと、近い内に何等かの対処をして下さる筈です。
…だから、貴女がその様に気に病んではいけませんよ?」
「…はい」
ようやくシェリアの表情に微笑みが浮かんだのを見たレティシアは、優しげな微笑みを浮かべる。
「では、レイチェル。シェリアの指導、宜しく頼みました」
「分かりましたわ。ではシェリア、行きましょうか」
「はい。レティシア様、失礼しました」
レティシアに一礼をすると、レイチェルとシェリアは他の〈竜巫女見習い〉達と共に所作や礼儀作法を学ぶ為に別の部屋へと移動していった。
レティシアはそれを笑顔で見送ると、〈幻竜神殿〉の一角…怪我人や病人の治療を行う為の『癒しの間』に向かう為に大部屋を後にする。
「…ワタクシも、今の状況を良いとは思っておりませんわ」
『癒しの間』に向かう長い廊下を移動する最中、レティシアは誰に聞かせる訳でも無く、ポソリと呟く。
「少なくとも…今まで〈竜の都〉に定住を決めた〈冒険者〉の方々は、自分達の領分や立ち振舞いをきちんと弁えた上で〈大地人〉達との良好な関係を築いてきました。
しかし…今回、北地区に留まる〈冒険者〉達の中には『〈竜の都〉を支配下に置いて自分の利潤を満たす為の道具として使う』という野望を抱く方や『〈竜の都〉を自分達の食い物にしよう』という身勝手な考え方を持っている方もいる様ですね…」
そう呟くと、レティシアは深いため息を漏らす。
──無論、それを良しとしない竜達が密かに各々の判断で動いているのを薄々と感じ取る事が出来る。
「何も悪い事が起こらなければ良いのですが…」
──嫌な予感を感じて祈る様に呟いたレティシアの希望は、残念ながら叶う事は無かった……。
□
「…何か、嫌な感じだな」
北地区を巡回中の自分達の事を…嫌な笑みを浮かべながら見ている〈西天使の都〉の〈冒険者〉の一団に、ヨシアは不快感を感じていた。
「…そうだよな。積極的に何か仕掛けてくる訳じゃないのが、また嫌な感じだよな」
一緒に歩いているベイトの言葉に、ヨシアは黙って頷く。
──『北地区に居座る〈西天使の都〉からやって来た〈冒険者〉の大隊の一部の者達が、街の〈大地人〉に手を出している』という報告が時より挙がっているのだが…自分達〈竜戦士団〉が巡回警備にやって来ると、途端になりを潜め…大人しくなるのだ。
その為、『決定的な現場を押さえて〈竜の都〉より追い出す』という強行手段を取れずにいる…というのが現状だ。
「絶対に頭の切れる奴が、的確に指示を出してる筈だ。
…でなければ、何処かで必ずボロが出ている筈だからな」
その言葉に、全員が渋い顔をする。
──〈西天使の都〉の〈冒険者〉達に対して、的確な対処が出来ない現状に〈竜戦士団〉の皆が苦々しい思いを感じていた。
しかし…一度は報告を受けてから後、排除に動こうとした時に「言い掛かりをつけられた」や「確かな証拠も無いのに、冤罪で俺達を追い出すのか」という風に猛抗議をされ…「〈竜戦士団〉という自警団は、『自分達が正しい』と強権を振り回す組織だ」という悪評を言い出してくる始末だ。
(今のところ…〈竜戦士団〉が約半年間に築き上げてきた実績と信頼があるから、〈西天使の都〉の〈冒険者〉達の言葉は戯言だと思って全く信じる者はいないが…このままだと、組織としての信用に関わる問題に発展しかねないぞ!)
──〈西天使の都〉の〈冒険者〉達の存在に頭を痛め…不安を募らせながらつつも、ヨシア達は街の巡回警備を続けていくのだった……。
◇
「それにしても…モノノフ君がヤマトから戻ってきて、連れてきた同行者を見た時には本当にビックリしたよ〜。」
──時間帯が夕刻になり…シェリアを迎えに〈幻竜神殿〉へと向かっている最中、桜色のポニテを揺らして歩いている女〈武士〉─夜櫻が唐突に発したその言葉に…〈施療神官〉の男性─モノノフは思わず苦笑いを浮かべる。
「アキバから〈時空神の転移虹水晶〉を使用して〈竜の都〉へと向かおうとしていた時に、桔梗さんと常葉さんが〈時空神の転移虹水晶〉に興味を示されて…入手した経緯や事情やらを説明させられた上に、突然〈竜の都〉への同行を申し出てきた時には、ボクも本当にビックリしましたよ…」
困惑の色を滲ませながら…モノノフが夜櫻の言葉の後に続く様に、そう言葉を口にする。
──話題に挙がっている当の二人は……
「詳しい事情を聞く限り、戦力は多い方が良いと判断したまでです」
そう返答をしたのは…〈猫人族〉としての容姿は少し毛が長めのロシアンブルー種風であり、毛色が鮮やかなコバルトグリーン色、淡い桜色の瞳、キリリとした精悍な面差し、見た目の年齢は、多分10〜20代位だろうか…の細身で胸は程々、背中に鮮やかな蒼穹色の聖剣を背負い、蒼色の聖衣に純白色の聖堂騎士のガチガチの中鎧装備を身に付けたアーマークレリックで、サブが〈戦司祭〉のバリバリの超攻撃特化型の〈施療神官〉の女性─常葉である。
「あらあら、常葉さん。
充分な戦力が必要なのは分かりますが…その言い方だと、好戦的な人物と誤解されてしまいますわよ?」
常葉の後に発言したのは…唇に紅をさし、腰までの長さがある髪を背中から毛先15cmの辺りまでを長い布紐でグルグル巻きに縛って一つに纏めてあって、髪の色は鮮やかな桔梗色、淡い青磁色の瞳、頭の上に生えた狐耳と尻尾は髪色と同じ鮮やかな桔梗色で、穏やかな微笑みを浮かべる顔は優しげな面差しで…見た目の年齢は10〜20代位、闇色の和服に隠された胸は豊満で…和服の上には黒地に白い炎柄が描かれた軽めの武者風鎧、さらにその上には夜色の外套を身に付け…腰には白い鞘に黒い九尾の狐が描かれた漆黒の打ち刀と黒い鞘に白い九尾の狐が描かれた純白の打ち刀を提げたヴェンジャンスに重きを置いたソードサムライとのハイブリッドタイプの〈狐尾族〉で〈武士〉の女性─桔梗である。
──実は、この二人は…〈D.D.D〉の最古参である〈狼牙族〉の〈吟遊詩人〉─秋音のサブアカキャラなのだが…〈大災害〉の直前、同時ログインをしていた為にこうして存在しているのだ。
「流石に、秋音さんは来なかったんだ。
まあ…今は、〈D.D.D〉が大変な状況だから当然か」
夜櫻の言葉に、常葉と桔梗が同時に頷く。
「ギルドの仲間の危機的状況で動かずして、何時動くと言うのですか」
「ギルドに所属している者同士、お気持ちは分かります。
きっと、可愛い後輩達の助けになりたいと思っている筈ですわ」
二人の返答の言葉に、モノノフは再び苦笑いを浮かべる。
「風を纏う者の知り合いは、思い切りのある人物なのか」
「夜櫻様は、変わったお知り合いの方が多いのですね」
“鷲頭人族”─ワールウィンドと“歌姫”─ソフィリアの言葉に、夜櫻は少し苦笑する。
「う〜ん。アタシの知り合いには、にゃあさんみたいにマトモな考え方や立ち振舞いをするオットナーな知り合いもいるんだけど?」
夜櫻は、今もナインテールで〈工房ハナノナ〉の仲間を守る為に奮闘しているであろう友人─桜童子にゃあの事を思い出す。
「『類は友を呼ぶ』とも言います。
……主に、“奇人変人”の類いの」
「夜櫻さんの変わったお知り合いなら…〈審判者〉のシーク=エンスさんとか、〈穴堀名人〉のココリコさんとか、〈炎と氷の奇術師〉のアンバランサーさんとか、〈吸血男爵〉のブラッドさんとか、〈天使の微笑み〉雪天使さんとか、〈超弩級少女〉ポコたんさんとか、〈ミニマムアサシン〉のエトワールさんとか…いらっしゃいましたよね?」
「常葉さん!桔梗さん!何気に酷いよ!?
二人は、アタシをどんな捉え方してるの!?」
抗議する夜櫻に、二人はしれっと返答する。
「自由奔放で、若干放浪癖のある好戦的な奇人変人」
「常識の斜め上を平気で歩いて行かれる…奇人変人のお仲間さん?」
「酷っ!?二人の言葉がアタシの心を容赦なく抉るぅぅぅううううう!!」
夜櫻と桔梗達の賑やかなやり取りに…モノノフ,ワールウィンド,ソフィリアの三人の顔には、思わず笑みが溢れる。
──最近の北地区は、破落戸と呼んでも差し支えない様なガラの悪い〈冒険者〉達がたむろしている姿をよく見掛ける事もあり…北地区全体の雰囲気は、あまり良いとは言えない状況である。
そんな…街中の悪い雰囲気が漂う中での夜櫻達の賑やかなやり取りは、嫌な雰囲気を払拭し、場を和ませるには充分な程に楽しいものだった。
事実、周りにいた〈大地人〉達も可笑しかったのか…皆、思わず楽しそうに笑っている。
「常葉さんと桔梗さんのせいで、笑い者にされた〜…
晒し者にされた〜…」
しばらくの間、その場にしゃがみ込んで“のノ字”を書いていじけていた夜櫻だったが…すくりと立ち上がると、〈幻竜神殿〉へ向けて再び歩き出す。
「よし!〈幻竜神殿〉に向かうよ!皆!!」
突然の夜櫻の様子の…その早変わり加減に、モノノフ,ワールウィンド,ソフィリアの三人は思わず驚く。
「わっ!ビックリしました…」
「風を纏う者の纏う風は、唐突に風向きを変えるな」
「夜櫻様は、ワタクシの予想を超えた動きをされるので…本当に驚かされます」
そんな三人の言葉を…何処吹く風の如く華麗にスルーした夜櫻は、そのまま〈幻竜神殿〉へと向けてズンズンと進んで行く。
「ほらほら、皆〜!早く早く!のんびりしてると置いて行くよ〜!」
夜櫻がそう言葉を掛けた後、駆け出して行くのを見て…桔梗と常葉はやれやれと軽くため息を吐いてから駆け足で後を追い、モノノフ達は苦笑いを浮かべながらも駆け出して夜櫻の後を追い掛けて行くのだった……。