番外編#01 天才魔法美少女(自称)とニャンコ吟遊詩人【改訂版】
◇
──謎の『竜達の狂暴化』によって…今や〈竜の都〉に住む〈大地人〉ですら、迂闊には渓谷内に立ち入れない程の危険地帯と化した〈竜の渓谷〉内部へと…鮮やかな桜色の長い髪を背中の辺りで水引で一つに束ね、淡い灰色の白衣と濃い黒の袴の巫女服、その上に身に纏うのは淡い桜色の武者鎧、額に巻いた黒鉄くろがね色の鉢金はちがねには、ジロリと睨みつける龍の姿が彫り込まれている…それらを身に着けた〈冒険者〉─夜櫻は、恐れる様子も怯む様子も微塵も感じさせない堂々とした歩みで足を踏み入れていく。
(謎の竜の狂暴化か…。一体、何が原因だろう?)
そんな事をつらつらと思考しているが…彼女には一切の隙は無く、常に口伝〈神眼〉での周辺警戒を怠ってはいない。
(ま、狂暴化の原因をじっくりと調査していけばいいだけだよね)
そう思考をまとめると、夜櫻は軽く駆け出し…渓谷の中へと消えていった。
◆
──〈竜の渓谷〉近くにある〈妖精の輪〉が一際強い光で突如輝き…光が徐々に収束する頃には、〈弧状列島ヤマト〉から〈ウェンの大地〉へとやって来た三人の〈冒険者〉が立っていた。
一人は、長い金髪にピンクカラーの露出度が高い魔女風コスチュームで着飾ったミステリアスなハーフ・アルヴの美少女〈妖術師〉─自称『天才魔法美少女』のゲルダ・ミスティリア。
一人は、海賊風の衣装に緑のコートを身に纏い、緑色のパイレーツハットを被ったラグドール種の糸目猫人族の〈吟遊詩人〉─ロビン・フッド。
一人は、オレンジ色が掛かった茶髪のロングヘアーに、眼鏡を掛けたツンデレっぽい少女〈森呪遣い〉─エリシア。
──彼ら三人は〈ウェンの大地〉に到着してすぐに、自分達の現在地の確認を始める。
「フムフム。どうやら、この〈妖精の輪〉は北米サーバー─〈ウェンの大地〉に繋がっていた様だねぇ〜」
「そのようね。これでミナミ近辺の〈妖精の輪〉の移動先は調べつくしたと……」
ロビンとエリシアの言葉に、自らの現在地を理解したゲルダは少し考える。
「うむむ?確か、ミナミ近隣の〈妖精の輪〉のタイムテーブルには北米サーバーは無かった筈だが…?」
「ゲルダも気づいた?やっぱりタイムテーブルが狂っていたのね。どうりでおかしいと思ったわ」
ゲルダとエリシアのその言葉に、ロビンは自身の記憶を呼び起こしてみるが…〈妖精の輪〉の膨大なタイムテーブルを正確に記憶しておらず、そんなものだろうと首を軽く振って思考を中断させる。
「さて、ゲルダちゃん。これからどうしようかねぇ〜?」
「とりあえず…まずは、この〈妖精の輪〉のタイムテーブルの調査から始めようとするか」
ロビンの問い掛けにそう答えたゲルダは、早速〈妖精の輪〉の調査を始めようとする。
──しかし、突如遠くから聞こえてきた複数の爆発音によって、三人は調査を中断せざろうえなかった。
「はぁ!? こんな時に爆破事件? 爆発なんて魔法水薬作りで懲り懲りよっ!」
「ムムム。何だか凄く騒がしいぞ? ゲルダちゃんのセンサーがピーンッ!と来たぁーっ!」
「気になるねぇ〜。ゲルダちゃん、エリシアちゃん、調べに行ってみる?」
ロビンの問い掛けに、エリシアは嫌そうな顔をする一方で、ゲルダはニヤリと笑みを浮かべる。
「勿論、行くに決まってるだろう!面白そうな事件に突っ込んでいくのが私のポリシー。
此処は、『天にも勝る大魔法使いにして、最強にして最高の頭脳を持つ超天才ウルトラスーパー美少女』のゲルダ様の出番だぞ〜♪」
「自称“美少女”…でしょ?」
「ゲルダちゃんは、相変わらずだねぇ〜」
力強く力説するゲルダに、ゲルダの言動には慣れた感じでニコニコ笑顔のロビンは動じた様子も無く、そう切り返す。エリシアは呆れながらも「ゲルダなら仕方がない」と感じ、既に諦めていた。
──三人は、爆発音の発生源へと駆け出して行った。
◇
──〈竜の渓谷〉内へと立ち入った夜櫻は、口伝〈神眼〉で周辺警戒を行いつつ…ゆっくりとした歩みで渓谷内を歩いていた。
(今のところ、狂暴化した竜の姿は一切見られないね。
代わりに、色々な竜達が遠巻きに視線を向けてきているね。
感じとしては、アタシの目的を探っている…ってところかな?)
口伝〈神眼〉で読み取った膨大な情報を素早く取捨選択しながらつつ…竜達の行動について思考しながら歩き続けていた夜櫻の耳が、遠く離れた場所から聞こえてくる複数の爆発音を拾う。
「(ん?爆発音??)
……何か問題事が起こっているみたいだね」
素早く状況分析を済ませた夜櫻は、すぐに行動に移す。
──〈冒険者〉の身体能力をフル活用し、渓谷特有の岩壁や崖等の地形すらも利用して爆発音の発生源へ向けて、夜櫻は文字通り“飛び越す”様に渓谷内を駆け抜けて行くのだった。
◆
──〈竜の渓谷〉内の…少し入り組んだ地形の辺りをフードを目深く被ったローブ姿の人物が、必死に逃げ回っていた。
「ハァ、ハァ、ハァ…」
ローブの人物から少し遅れる様に両目を赤く爛々と光らせている竜が三体程追尾している。
その内の二体が飛行しながら、一体はドスンドスンと地面を揺らしながら走って追い掛けてきている。
「ハァ、ハァ、ハァ…。……ッ!?」
息を切らせ、必死に逃げ回り続けていたローブの人物だったが…天然の袋小路へと追い詰められてしまった。
──そして…その人物を逃すまいと、三体の竜が空と陸の両方から追い詰める様にジリジリと迫ってくる。
逃げ場の無い袋小路に追い詰められたローブの人物の命運も、風前の灯火かと思われた……。
──しかし、何処からか飛んできた複数の溶岩の塊─〈オーブ・オブ・ラーヴァ〉が、狙いすましたかの様に竜達の背中へと見事に命中する。
攻撃を受けた竜達は、ゆっくりと背後へと振り返る。
──そこには、二人のハーフ・アルヴの少女と猫人族の男性─ゲルダとエリシア、そしてロビンの三人が堂々と立っていた。
突然の〈冒険者〉三人の介入に、驚くローブの人物に対してゲルダは、ニカッと笑いながら言葉を掛ける。
「天にも勝る大魔法使いにして、最強にして最高の頭脳を持つ超天才ウルトラスーパー美少女のゲルダ様が助けに来たぞ〜♪」
「ゲルダちゃんは、相変わらずブレないねぇ〜」
「相変わらずその長い言い回し何とかならないの?」
「何を言うっ!これは私にとってお約束の様なものだぞっ!」
竜達から向けられる強烈な敵意など何処吹く風といった感じに場違いな程の暢気な会話を繰り広げる謎の三人組に、ローブの人物が竜達の注意が向く危険を冒してまで彼女達へと警告を発す。
「その竜達は、理性を失い…目につくもの全てを破壊する破壊の化身と化しています!
今は、とても危険な存在なんです!どうか、気を付けて下さい!!」
ローブの人物─声音で女性と判明─から警告を受けるが…三人は変わらず暢気な雰囲気のまま、〈冒険者〉の高い身体能力を駆使してローブの女性の傍へと駆けて来る。
「んなの分かってるわよ。どうせ〈典災〉とか何かの仕業でしょ?ナカスでも似たようなもん見たわ」
「嬢ちゃん、随分と難儀した様だな。だが、安心するといい。
私達が来たからには、嬢ちゃんの事は必ず助けるぞ」
「ゲルダちゃんもエリシアちゃんも、女性なのに男前だねぇ〜」
「男前は余計だっつーのっ」
「えっ?えっ?あ、あの…」
気を付ける様に忠告した筈の三人が暢気な雰囲気を纏いつつも…自分の傍までやって来ただけでなく、『自分の事を助ける』と豪語した事にローブの女性は思考が追い付かず、軽く混乱している。
◇
──爆発音の発生源へと近付いていた時…夜櫻の口伝─〈神眼〉には、三人の〈冒険者〉と一人の〈大地人〉…そして、パーティーランク6の竜が三体いる事を察知していた。
(フムフム。〈冒険者〉の内訳は…〈妖術師〉と〈吟遊詩人〉、それに〈森呪遣い〉か。
前衛が不在なら、アタシが務めた方が良さそうだね)
口伝〈神眼〉で得た簡易的な状況情報で自身の行動指針を素早く決めた夜櫻は、断崖絶壁を勢い良く駆け上がってからの…崖上から跳躍すると、そのまま〈武士〉の挑発・攻撃系特技〈流星撃〉を発動させる。
【特技〈流星撃〉】
『〈武士〉の持つ特技の一つで、挑発と攻撃の両方の性質を兼ね備えている。
また、特技選択から発動までが早い上に30%の低確率ながらも気絶の状態異常も発生する事もあるので…敵を一時的に足止めしたい際にも有効活用され、移動中や跳躍ジャンプ中に使用出来る数少ない特技でもある。
しかし、攻撃の動きが刀の柄頭による一直線攻撃である為、攻撃射線上から少しずれるだけで簡単に回避されてしまう…使いどころが難しい特技でもある。
その為、この特技は玄人向けの特技といえる。』
そんな一癖のある特技を…夜櫻は空中浮遊中の二体いる竜の内の一体の身体ボディへと見事に命中させる。
〈流星撃〉が見事に命中した竜は特技の特性である気絶の状態異常を引き起こし、そのまま地面へと真っ逆さまに墜落…激突していた。
攻撃を命中させ…その後に夜櫻は、空中で何回か前方回転し…スタッ!という効果音がピッタリな感じで地面へと見事な着地を果たした。
竜が地面に激突した際に発生した土煙がモウモウと立ち込める中、夜櫻はゆっくりと立ち上がる。
「前衛は、必要かな?」
──土煙が風に散らされて薄くなりつつある中…夜櫻は、三人の〈冒険者〉と一人の〈大地人〉のいる方向へと声を掛けた。
◆
──『前衛は、必要かな?』
緊迫した状況に不釣り合いな明るく暢気な言葉を発する〈武士〉─夜櫻の声を聞きながらも…ゲルダはニヤリと笑みを浮かべる。
「有難いな。丁度良く、前衛が欲しかったところだ」
「貴女も、〈大災害〉以降も相変わらずだねぇ〜」
ゲルダの返答の後に、ロビンがのんびりとした口調で夜櫻へと話し掛ける。
「え?…え??えっ???」
二人にとって、夜櫻の『辻支援』はいつもの事なので軽く受け流しているが…初対面であるローブの女性は突然の夜櫻の参入とその発言に、さらに混乱し続けている。
混乱し続けるローブの女性を置き去りにしたまま…ゲルダ、ロビン、エリシア、そして夜櫻の四人は臨戦態勢に入る。
「さて、今日も派手に暴れるよ〜!」
「〈姫侍〉が大暴れするなら、私も全力を出そうかね」
「ふ~ん、この女がゲルダの言っていた奴ね。別に興味がある訳じゃないけど」
「二人共、やり過ぎには注意だよ〜」
──緊張感の欠片も無い様な会話を繰り広げながらも…四人は油断無く、竜達との戦闘に突入していった。
◇
──竜二体との戦闘の最中に夜櫻は、〈エルダー・テイル〉がゲーム時代の頃の…サナエがまだギルド〈ホネスティ〉に所属していて、自分も短い期間だったが〈ホネスティ〉に所属していた頃にギルドの精鋭メンバーで大規模戦闘に挑戦していた時の事を思い出していた。
今思えば、夜櫻が居たあの頃の〈ホネスティ〉こそが全盛期だったと言えるだろう。
戦闘部隊の中核は、事実上決まっていた。夜櫻、シゲル、ゲルダ、ロビン、サナエ、菜穂美、十条=シロガネの七人だけ。これまで、幾つもの大規模戦闘をクリア出来たのはこのメンバーの貢献だ。それ以外のメンバーは一部を除いて、あまりこう言いたくはないが足を引っ張る輩が多かった。〈ホネスティ〉には、あまり戦闘に優れた〈冒険者〉は居ないのだ。
今現在の〈ホネスティ〉の戦闘部隊は、アインスの理想に共鳴したメンバーで構成されている。だが、その殆どが戦闘において貢献していない。これは事実だ。
数少ない実力者である月詠やタクミは正式なギルドメンバーじゃないし、葉桜は元々生産系の方が得意だ。〈モンスター調査隊〉は独自の路線を築き上げていると聞いているし、ケイタやフェラク、ベンヤミン、ロマノフの四人は年齢的にまだ未熟だし、セシルとローズ・リーフに至っては、既に破滅を予測してギルドを抜けている。
それでも、ギルドを渡り歩いている私の中で、一番戦いやすかったのは〈ホネスティ〉だったことだけは覚えている。私を除けば〈ホネスティ〉の中で一番の実力者だったシゲルが指揮官を務め、参謀的存在だったゲルダが戦域哨戒と情報監視者を担当していて…その時の大規模戦闘は、凄く戦い易かったのをよく覚えている。
何と言っても、あの時のMVPはゲルダだろう。彼女曰く「私のライバルはシロエただ一人」だと言うが、洞察力はシロエを超えているだろう。
──そして、この戦闘でも…
「ロビンは〈アルペジオ〉と〈のろまなカタツムリのバラッド〉を発動。エリシアは〈コールストーム〉の準備を」
『了解だねぇ~』
「エリシア、試作品の攻撃用ポーションは使うなよ?私達まで爆発に巻き込まれる可能性が高いからな」
『言われなくても分かってるわよ!』
──ゲルダちゃんは、輝いていた。
(ゲルダちゃん式・全力管制戦闘が冴え渡っているね〜。
おかげで、アタシも全力で暴れる戦う事が出来るよ〜)
竜二体の敵愾心操作を巧みにこなしながらつつ、夜櫻はゲルダの指示の的確さにしみじみと感心していた。
『右側の竜が、そろそろ〈竜の息吹〉を使用可能になる筈だ。
夜櫻、〈竜の息吹〉の範囲攻撃に嬢ちゃんを巻き込まない様に〈竜の息吹〉の射線軸の位置取りを上手く調整してくれないか?』
「了解!」
パーティーチャット経由で出されるゲルダの細かい指示に対して、夜櫻は理想的な結果へと繋がる様に的確に応える。
『左側の竜に〈アルペジオ〉と〈のろまなカタツムリのバラッド〉、連続でいくよ〜』
『〈アルペジオ〉と〈のろまなカタツムリのバラッド〉の詠唱が終わったら、私の〈サーペントボルト〉発動のタイミングに合わせて〈マエストロエコー〉を使用してくれ。そこでエリシアの〈コールストーム〉を叩きこむ!』
『わかったよ〜』
『了解』
無論…ゲルダは、ただ指示を出すだけで無く、自身も攻撃を加える事も忘れていない。
さらにロビンに〈マエストロエコー〉の使用を指示して、特技効果による追撃を加えさせる。
それにより、竜達に対してより効果的にダメージを蓄積させていく。
──エリシアの〈コールストーム〉が打ち終わりしばらくして…竜達の残りHPが3割を切った辺りで、ゲルダが夜櫻に最後の指示を出す。
『夜櫻、そろそろ〈流星撃〉の再使用規制時間が終わっている頃合いだろう?
二体の竜を〈峰打ち〉と〈流星撃〉で沈黙させて欲しい』
「了解!行っくよ〜…〈峰打ち〉!〈流星撃〉!!」
ゲルダの指示に従い、まず地上にいる竜の首筋へと〈峰打ち〉を命中させる。
返す刃で、空中浮遊中の竜に…跳躍して頭上から頭目掛けての〈流星撃〉へと繋げて命中させる。
〈武士〉の特技効果─気絶の状態異常を引き起こした二体の竜は、そのまま倒れてしまう(※内一体は、墜落した勢いそのままに地面へ激突)。
──跳躍から〈流星撃〉へと繋げた後、夜櫻は地面へ軽やかに着地を決め、地面へと激突する竜の姿を背景バックに…打刀を真っ直ぐに振り下ろした仕草の後に腰に差した鞘へと納刀する。
「……戦闘終了!!」
『戦闘の終了に合わせて、刀を納刀する動作をする…そこは、ゲーム時代と変わらない様だな』
『そこは相変わらず、御約束だねぇ〜』
一連の流れる様な動きと場違いな程の暢気な会話が繰り広げられた後に…竜三体との戦闘が完全に終了した。
◇◆
──場所を安全な岩場地帯へと移し…夜櫻達はローブの女性が落ち着いたのを見計らって、お互いの自己紹介をする事にした。
「アタシの名前は、夜櫻。咲良と呼んでも良いよ?〈ヤマト〉からやって来た〈冒険者〉で…〈武士〉で、自由気儘な〈放浪者〉だよ♪
今は、この〈竜の渓谷〉で発生している『竜の狂暴化』の原因を調査しているの」
「私は、『天にも勝る大魔法使いにして、最強にして最高の頭脳を持つ超天才ウルトラスーパー美少女』のゲルダ・ミスティリアだぞ〜♪
私達は、旅の最中なのだ」
「だから名乗りが長いって、それどうにかならないの?
私はエリシア、〈森呪遣い〉で、趣味はポーション作りよ」
「ゲルダちゃんは、ブレないねぇ〜。
〈吟遊詩人〉で〈楽器職人〉のロビン・フッドだよ〜。宜しくねぇ〜」
「ヨザクラ様、ゲルダ様、エリシア様、それとロビン様ですね。
私の名前は、シェリアと言います。こちらこそ、宜しくお願いします。
後、助けて戴いてありがとうございました」
夜櫻が一瞬、本名を名乗った事をゲルダとロビンは敢えてスルーし、お互いの自己紹介を終えた。
自己紹介が終わると…夜櫻は、ゲルダ達に話し掛けた。
「……にしても。ゲルダちゃんとロビンさんの二人と会うのは、〈大災害〉発生前の時以来だから久しぶりだよね〜。
まぁ、〈大災害〉前にギルド抜けちゃったからしょうがないかぁ~」
「アインスってギルマスと大喧嘩してギルドを抜けたんでしょ? そんでもって、ミナミで知り合いである私と合流した所で〈大災害〉に巻き込まれたって所かしら」
エリシアが話に割り込んで来るが、夜櫻はニヤニヤとほくそ笑みながらエリシアに顔を向けた。
「エリシアちゃんだっけ? ゲルダちゃんから聞いたよ。ナカスの戦闘系ギルド〈紅姫〉の幹部だったんでしょ~?」
「……昔の話よ」
ナカスの大手戦闘系ギルド〈紅姫〉の事情についてはあまり知らない。だが、ナカスが今危機的状況であることには違わないし、ミナミに支配されていることも事実だ。
「所で、ゲルダちゃんとロビンさんの二人は、
ギルドを抜けてからの間、何処で何をしていたの?」
「〈大災害〉後から…シゲルからの依頼で〈妖精の輪〉のタイムテーブルを調査しつつも、ミナミ近辺をブラブラと旅をしていた…といったところだな」
「〈大災害〉発生早々に、僕達アキバを飛び出したからねぇ〜」
夜櫻からの問い掛けに…ゲルダはニヤリと笑みを浮かべ、ロビンはマイペースな感じに返答する。
「ヨザクラ様とゲルダ様達は、古くからのお知り合いなのですか?」
親しげな感じに話し始めた夜櫻達の様子を見て、疑問に思ったシェリアが問い掛けてくる。
その質問に、ニコリと人好きそうな笑顔で夜櫻が答える。
「咲良で良いよ。……そうだね。ゲルダちゃん達がかつて在籍している組織に…昔、少しの間だけ在籍していた事があってね……その頃からの長い付き合いなんだよ」
「抜けた後でも、度々助っ人として組織に色々と協力してくれていたからな」
「咲良ちゃんって、気さくでお人好しだよねぇ〜」
「そうなんですか…」
夜櫻達の説明で、シェリアは『古くから関係が続いている、かなり親しい友人』と解釈した。
「言っておくけど、私は知り合いじゃないからね?話は大体聞いているけど」
「まぁまぁ、そんな固いこと言わないでよ。折角の対面なんだし、仲よくしようよ?」
「べ、別に仲良くしたい訳じゃ……!」
「そう言えば…咲良の方は〈大災害〉以降、どうしていたんだ?」
「〈大災害〉前と変わらないよ〜?
妹や知人の頼まれ事をこなしたり、厄介事を片付けたり、新米〈冒険者〉の面倒を見たり…今回みたいに、フラフラっと旅に出たりね」
「咲良ちゃんも、相変わらずだねぇ〜」
夜櫻の近況報告に、ゲルダとロビンは笑みを浮かべている。
すると…何かを思い出したかの様に、夜櫻が唐突に声を上げる。
「あっ!そうだ、そうだ。ゲルダちゃんに伝えとかないと。
桔梗さん、インしてたから今現在もアキバに居るよ〜」
「げえぇぇぇ〜!?」
──夜櫻から盛大に投下された“爆弾”に…ゲルダの顔から一気に血の気が引いて顔色は青ざめ、顔を引きつらせながら大声を上げる事になった……。
「ゲルダちゃん、ますますアキバに帰れなくなったねぇ~♪」
「面白がるんじゃないっ!!」
「自業自得でしょっ」
「あはははっ」
「うふふふっ」
◆◇
──夜櫻が、最近〈竜の渓谷〉で発生している“竜の狂暴化現象”を自主的に調査している事を聞いたゲルダ達は、夜櫻の調査に協力する事にした。
その際、夜櫻が所有していた隠密系装備品〈幻霧のローブ〉をシェリアに装備してもらい、竜達に狙われる危険性を減らす様にした。万が一の為に、エリシアがシェリアの護衛に入った。
【幻霧のローブ】
『魔法級の装備品で全職業装備可能。
ローブの周囲にうっすらと纏っている幻霧が、装備者に対する敵愾心の上昇を抑え、敵対者の命中率を20%低下させる常動効果を備えている。』
──竜との戦闘を避け、しばらく調査して回ってから…ゲルダが、唐突に口を開いた。
「…気が付いたんだが。通常の竜達と違い…“狂暴化した”竜達は、全て目が爛々と赤く光っていないか?」
ゲルダの鋭い指摘に…“狂暴化した竜”を遠目に確認したロビンとエリシアと夜櫻は、指摘通りに目が赤く光っている事に気付く。
「本当だ〜。目が赤く光っているねぇ〜」
「これは……(前に、にゃあさんから聞いた“竜星雨現象”の時の〈鋼尾翼竜〉と同じ状態…。もしかして……)」
──ゲルダの指摘に対しての…ロビンと夜櫻の態度は違った。
ロビンはいつも通りの穏やかでのんびりとした口調だったのに対し、夜櫻は険しい表情で考え込む様な感じだった。
「咲良、どうかしたのか?
“狂暴化”の原因に、何か思い当たる節でもあるのか?」
問い掛けてくるゲルダに、険しい表情のままで夜櫻は答える。
「確固たる確証がある訳じゃないけど…原因に思い当たる節はある。
でも確信がある訳じゃないから、“竜の狂暴化現象”によく似た“現象”を経験した“ある人”に確認してから話すね」
夜櫻のその返答に、承諾の意を示したゲルダ達は…調査を再び再開した後には、その事には一切触れなかった……。
◇◆
──太陽が地平線へと徐々に傾き始め…時間帯としては夕方に差し掛かった頃合いの時間になり、夜櫻達一行は、夜櫻が〈竜の渓谷〉調査の最中に基地として目をつけていた洞窟へと辿り着くと…〈新妻のエプロンドレス〉を身に付けた夜櫻が、手慣れた様に夕食の仕度を始める。
ロビン、エリシア、シェリアの三人はというと…夜櫻が〈ダザネッグの魔法の鞄〉から取り出した〈海洋機構〉製の折り畳み式の机と椅子を手分けして組み立ている。ゲルダの姿が見当たらないが、どうせ元ギルドに連絡しているのであろう。
その様子を手際よく調理する片手間に眺めながら…夜櫻は、〈フレンド・リスト〉から『桜童子にゃあ』という名前を探し出して押タップした。
「こんばんは、にゃあさん。今、ちょっと時間が空いてるかな?」
『やあ、こんばんは。夜櫻嬢。
時間は空いているけど、おいらに何用かな?』
つながると同時に挨拶をする夜櫻に…挨拶を返した桜童子にゃあは、夜櫻に用件を尋ねる。
「…実はね。アタシは今、〈ウェンの大地〉にある〈竜の渓谷〉に来てるんだけど…現在、〈竜の渓谷〉に生息する竜達の一部が狂暴化しているの」
『竜が棲む渓谷で、竜の狂暴化……。
また、穏やかじゃない事態が起こっているじゃねぇか』
野菜スープを煮込み始めた寸胴鍋の中をお玉でゆっくりとかき混ぜながら、夜櫻は話を続ける。
「うん。しかもね…その狂暴化した竜達の目は、“赤く爛々と光って”いたんだよ。
…にゃあさん、これを聞いてどう思う?」
『……〈ルークィンジェ・ドロップス〉が原因で発生した“竜星雨現象”の〈鋼尾翼竜〉達と似た様な状態だな。
もしかすると、〈ウェンの大地〉にも〈ルークィンジェ・ドロップス〉があるのかもしれないね。
…といっても、あくまで夜櫻嬢の話を聞いた上でのおいらの推測でしかないけどな』
火加減を調節し、野菜スープをじっくりと煮込む様に整えた後…下拵えを済ませた〈水牛〉の肉をフライパンで焼き始めながら、夜櫻は桜童子にゃあの言葉を噛み締める。
「……分かった。その可能性を視野に入れて、渓谷調査を続けてみるよ。もし、何か分かったら知らせるね」
『それはいいけど…無茶はするんじゃないぞー』
「アハハ。その言葉…そっくりそのまま、にゃあさんにお返しするよ。
…レンちゃんが、『にゃあちゃんが、ギルメンの為にいつも無理をするよ』って嘆いてたよ?」
『…耳が痛いな。けど、皆を守る為には多少の無茶は必要なんだよ。
……今のナインテイルが置かれている状況が状況だからな。
〈紅姫〉が頼れない今はおいら達が頑張るしかねぇ。
ただ、無茶はしても無理はしねぇから安心しろって言ってたと伝えとくれー』
桜童子にゃあのその言葉に、思わず夜櫻は苦笑いを浮かべる。
「それ、何か違うの?」
『答え合わせが必要かい?』
「いらない。今度念話する時に聞かせてね。
それまで、無事でいないと駄目だからね。
ギルメンが大切なのは分かるけどさ。レンちゃんとか、ドリちゃんとか、サクラちゃんとか…皆に、あまり心配かけちゃ駄目だよ?」
『一応、忠告として受け取っとくよー』
「……もう。じゃあ、またね」
『じゃあなー』
──そのやり取りを最後に、夜櫻は桜童子にゃあとの念話を終了し、調理に意識を向け直した。
◇
「──…と言う訳だ。以上の報告を持って私からの〈妖精の輪〉の調査は中断する」
『……嘘だろ!? お前だけが頼りだったんだぞ!』
ゲルダの独断によって、シゲルは慌てふためく。最後の望みである彼女に希望を託していたが、それは余りにも簡単に打ち砕かれてしまった。
「言った筈だろう。馴染みのあるギルドだ。ある程度の協力はすると言ったが、タイムテーブルが狂っているようじゃ、私達だけではとてもじゃないが手に負えない。これ以上の干渉は出来ない」
かつて〈ホネスティ〉随一の有能と言われたゲルダにも限界と言うものはある。寧ろ、ゲルダ達三人だけでは〈妖精の輪〉の調査を完全随行する事は出来ない。〈ホネスティ〉の力が必要だ。
本来だったら〈妖精の輪〉の調査の隊長として、ギルドを纏める筈だった人物は、このゲルダ・ミスティリアだったからだ。狂ったタイムテーブルを調べ上げるにはとてもじゃないが途轍もないが時間が掛かる。ゲルダ達だけではこの先何年かかるか分からない。早くても三年くらいだろうと、ゲルダは予測する。
その為には彼女のギルドである〈ホネスティ〉の協力が無いと不可能だった。だが、そんな彼女をアインスが追い出してしまった。シゲルや菜穂美は反対したが、アインスの思考に賛同していた為に、完全に止める事は出来ず、ゲルダはギルドから追放されたのだ。
ギルドの協力が出来ないとなると、当然〈妖精の輪〉の調査を続ける事が出来ないという事だ。
「──シゲル、〈ホネスティ〉はもう駄目だ。お前だってもう分かっているだろう」
シゲルは青ざめた。〈ホネスティ〉崩壊の予兆は、〈天秤祭〉の後からだった。
それを、いち早く気づいたのはゲルダだった。ゲルダはゲーム時代から既に気付いていた。このギルドはこのままでは長く持たないと。ギルドの方針を見直そうと提案したが、アインスは受け応えなかった。「このままでは〈ホネスティ〉は弱くなるばかりだ」と言うゲルダと、「強者ばかり優遇して弱者を見捨てるつもりですか」と訴えるアインス。
結局、二人は確執の末に、決別する選択を選んだ。
『…………これからお前はどうするんだ?』
「私はさっきの〈妖精の輪〉を調べ終わったらお前に報告し、暫くロビン達と共にイコマかキョウの都でゆったりと過ごすよ。あそこは温泉街があると有名だからなぁ」
相変わらずのんきな彼女に呆れながらも、内心では自身に焦りを感じていた。
「シゲル。お前はどうしたいんだ」
『……それでも諦めたくない、ギルドを捨てられない。それは彼奴を完全に見捨てるのと同じだ』
「そうか、どんな形でも私は止めんぞ」
『承知の覚悟だ』
念話はそこで切れた。「終わったか、やれやれ」と、ゲルダはため息をつく。
「どうなっても知らんからな」
後に〈ホネスティ〉のギルドマスター、アインスはシロエ達〈円卓会議〉との決別、そして〈アキバ統治府〉と設立の呼びかけと〈アキバ公爵〉の地位の獲得を得て、〈円卓会議〉を崩壊へと導く大悪人と呼ばれることになる運命を辿る事になる。
◇◆
──その日の夕食のメニューは…水牛の香草焼き、野菜スープ、サーモンサラダ、桃の砂糖漬け…というライナップになった。
各々に少し遅めの夕食を摂っている最中に、夜櫻が口を開いた。
「そう言えば……。ゲルダちゃん達は、〈妖精の輪〉のタイムテーブルが狂っているって知ってる?」
夜櫻のその一言を聞いて、ゲルダとロビン、エリシアの三人はタイムテーブルの事を思い出す。
「既に知っているわよ。おかしいと思って、あの竜との戦闘の後調べなおしたのよ。ありゃ〈ホネスティ〉も手こずる訳ね」
「記憶している限り…ミナミ近隣の〈妖精の輪〉に、北米サーバー行きのタイムテーブルは無かった筈だよねぇ〜」
「“無かった筈”じゃなくて“無かった”よ。
ミナミ近隣の〈妖精の輪〉で“転移出来た”のは、ロシア、南米、ヨーロッパの三つのサーバーだけだよ」
恐ろしい程の記憶力を持つ夜櫻はロビンの言葉に補足を付けた上に、正常なタイムテーブルでの海外サーバーへの転移先を挙げる。
「流石、“記憶力の鬼”…〈妖精の輪〉のタイムテーブルも、全部記憶していたんだねぇ〜」
「けど、現在の〈妖精の輪〉のタイムテーブルの狂い様は本当に酷いから…アタシの持つ“特殊アイテム”の様な…『〈妖精の輪〉の転移先を調べる方法』が無い場合は、使用をお奨めしないね」
「ふむ、分かった。シゲルには、後日、その様に伝えておく」
「そうしてね」
──そこまでの夜櫻達の会話についてこれないシェリアは、黙々と夕食を食べるという選択しか出来なかった……。
◆◇
──夜も遅くなり…夜櫻の持つ〈四神の護り石〉で安全を確保した洞窟で一夜を過ごす事となり、各々の持つ寝袋(※シェリアの分は夜櫻が貸した)で就寝する事にした。
──夜中。
シェリアは、夜櫻達を起こさない様に細心の注意を払いながら洞窟の入り口へと移動していた。
洞窟の入り口へと辿り着くと…シェリアは洞窟の中の方へと振り向いた。
(サクラ様、ゲルダ様、ロビン様、エリシア様。助けていただき…ありがとうございました。
黙って出ていく事に、負い目はありますが……私にはどうしても、〈竜の都〉に急がなければならない理由があります。なので…ここでお別れです)
そう心の中で呟くと、シェリアは一礼をしてから洞窟を去って行った……。
──実は、シェリアの一連のその行動を…ロビンと夜櫻は全部察知していた。
夜櫻は口伝〈神眼〉で、ロビンは猫人族特有の五感の鋭さで察知しながらも…引き留める事をせず、寝たふりを続けていたのだった。
──無論、お互いに寝たふりをしている事を理解した上で。
(それが、シェリアちゃんの選択なら…アタシ達が引き留めたりしたら駄目だもんね)
(そうだねぇ〜。シェリアちゃんの意思は、尊重してあげないと駄目だよねぇ〜)
お互いにウィンクでアイコンタクトし、小声で会話を済ませると…少しして、二人はそのまま眠りへと落ちた。
◇◆
──翌朝。
──目を覚ましたゲルダは、昨日の夜には居た筈のシェリアがいなくなっている事に気付いた。
「アンタも気が付いた?私があの子を起こそうとした時にはもう居なくなっていたわ」
如何やら、エリシアも気付いていたらしい。
「夜櫻、ロビン。どうやら、嬢ちゃんはどっかに行った様だぞ〜」
ゲルダのその言葉に…夜櫻とロビンはお互いに顔を見合わせてから、苦笑しながらつつも答える。
「シェリアちゃんなら、昨日の夜中に出て行ったんだよ〜」
「アタシも、ロビンさんも、気が付いていたんだけど…彼女の意思を尊重して、そのまま行かせる事にしたんだ」
ロビンと夜櫻の二人の説明に納得したゲルダとエリシアは…『シェリアの意思を尊重し、その後を追わずにそのまま行かせる』という夜櫻達の選択を了承したのだった……。
──フレンチトースト、サラダ、コーンスープの簡単な朝食を済ませ、出立の支度を整えたゲルダとロビンは…夜櫻が“とあるアイテム”で調べてくれた〈妖精の輪〉で、〈弧状列島ヤマト〉のミナミ近隣へと帰還する事にした。
ちなみに、夜櫻は〈竜の渓谷〉調査を継続するつもりらしい(※桜童子にゃあの推測、『竜達の狂暴化=〈ルークィンジェ・ドロップス〉が原因』で合っているのかを詳しく調査する為)。
ヤマト行きの〈妖精の輪〉へとやって来た夜櫻達は、お互いに向き合うと別れの挨拶を交わした。
「……それでは。縁があれば、また会えるだろう」
「じゃあねぇ〜夜櫻ちゃ〜ん」
「まったねぇ〜!!
バイバ〜イ!ゲルダちゃん、ロビンさん、それにエリシアちゃんも!」
「そうね、またどっかで会えると良いわね」
──別れの挨拶を済ませた後、ゲルダとロビン、エリシアの三人は〈妖精の輪〉の放つ虹色の光に包まれてヤマトへと帰還していった。
三人のヤマト帰還を見届け終えた夜櫻は、軽く背伸びをして呟く。
「…さて、アタシも自分のやるべき事をやるか!」
そう呟いて、気持ちを引き締めた夜櫻は…昨日とは違い、本来の装備一式を身に付けると、〈竜の渓谷〉の中へと駆け出していったのであった……。
◆
──〈竜の渓谷〉内へと駆け出していく夜櫻の後ろ姿を…三白眼で浅黒い肌、日本の軍人の格好をした短髪の男が、頭に被った軍人帽子のつばを持ちながら油断の無い目で崖上から眺めていた。
「……フッ。遠き異国の地で、面白そうな奴と巡り会えそうだ」
──そう呟いた軍人風の男─覇王丸は…不敵な笑みを浮かべると、誰にも気付かれる事も無いまま崖上から姿を消したのだった……。