#04 それぞれの分かれ道
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──〈竜の渓谷〉、石舞台付近。
〈不和の王〉が暴れた為に完全に崩落し、見る影が無くなった元“石舞台”だった場所を眺めながら…“歌姫”─ソフィリアは、普段は封じている未来を視る力を解放して使用してみる。
──視えたのは…シェリアが〈幻竜神殿〉に務める〈竜巫女〉となって、〈竜の渓谷〉と〈竜の都〉…竜と人を繋ぐ架け橋の役目を担う様になった未来の姿だった。
「…良かった。ヨザクラ様は、見事にシェリアの運命を…未来を変えて下さった。これで、あの子の未来は守られた。
…しかし…」
──ソフィリアには分かっていた。
今回の一件、〈不和の王〉は一時退けただけで…完全に倒した訳では無いと。
そして…〈竜の都〉のこれからの未来に、徐々に厚い暗雲が立ちこめ始めている事を…。
「〈竜の都〉の命運を握る“鍵”は…やはり、ヨザクラ様みたいですね」
ソフィリアが、笑みを浮かべながら最後にもう一度行使した“未来を視る力”で垣間視た未来には…あの鮮やかな桜色の髪を僅かに揺らして振り返って自信に満ちた笑みを浮かべる姿が視えたのだった……。
◆▽
──〈竜の都〉から少し離れた広大な荒野の一角に…二体の竜がいる。
片方は、王者の風格が漂う鮮やかな緋色の竜─〈緋尖晶竜〉。
もう片方は、項垂れた様な様子の淡い黄色の竜─〈尖晶竜〉。
項垂れた様子の〈尖晶竜〉は、〈緋尖晶竜〉に謝罪の言葉を述べていた。
「申し訳御座いません!竜女帝様!!
貴女様のお手を煩わせた上に、〈竜の都〉を害する様な事態を引き起こしかけてしまい…
私は…私は!!」
「よいよい。お主が正気を失っていた事は妾は十二分に承知しておる。
もうその様に、自らを責めるでない」
女帝─ヴィクトリアは、未だに自らを責めて続けている〈尖晶竜〉に慈愛に満ちた微笑みを見せながら〈尖晶竜〉を宥めている。
「竜女帝様…。分かりました。
今後、〈竜の都〉と〈大地人〉達の為に全身全霊を尽くして罪滅ぼしをしたいと思います」
「そうするがよい。
それが、何よりも〈大地人〉達にとって充分な償いになるであろう」
そう言って、〈緋尖晶竜〉が大きく竜翼を広げる。
「ほれ、〈竜の渓谷〉に戻るぞ。
…今の〈竜の都〉には、厄介な余所者達が居るしのぅ」
そう呟き、緋色の竜翼を羽ばたかせると…〈緋尖晶竜〉は荒野から大空へと飛び立つ。
それに続く様に〈尖晶竜〉が荒野を飛び立つと、二体の竜は〈竜の渓谷〉へ向けて飛んで行った……。
○
──〈竜の都〉、西地区。
オルステン伯爵邸。
クロード・オルステン伯爵は、家臣を集め…ある命令を下そうとしていた。
「皆、今から私が言う事をよく聞いてくれ。
まず…アレンの一件に伴い、今まで立ち入りを禁止していた西地区,南地区,中央地区,北地区の一部の封鎖を解除し、住んでいた住民に返還してくれ。
後、封鎖地区で壊れた建物等があれば…住民に申し出る様にも通達を頼む。
無論、申し出がある場合は…オルステン伯爵家の名に懸けて、復興を全面的に支援するのだ。
それと…〈放牧地のオアシス〉に向かう街道や〈マザーロード〉の封鎖も同時に解除して欲しい」
オルステン伯爵の言葉を聞いた家臣団の筆頭である人物が頭を上げて驚いた表情を見せる。
「……では!!」
「うむ。ようやく…〈竜の都〉を本来の在るべき姿に戻す時が来た。皆、どうか力を貸してくれ」
「「「承知しました!!」」」
──自分達の仕える主の言葉を聞き…家臣一同は、涙ぐみながらも主の言葉にしっかりと応えていた。
○□
「──そうですか。
街と街道の封鎖解除の命が伯爵様から発令されたのですね」
「はい!アレン兄様も、元通り元気になられました!!」
〈竜戦士団〉本部、総司令用の執務室で…ゼノン総司令とオルステン伯爵家の子息ゼノン少年が会話している。
話題は、『オルステン伯爵による街と街道の封鎖解除の件』である。
「ようやく、〈竜の都〉の住民達は元通りの生活に戻れるのですね」
「……そうですね」
ゼノン少年のその言葉に、ゼノン総司令は相づちを打ったが…頭の中では、正反対の事を考えていた。
(果たして…街道の封鎖を解除した事は、本当に良かったのでしょうか…。
シンフィノ=カウェールという人物が率いる〈西天使の都〉からやって来た遠征大隊…ただの〈竜の渓谷〉に挑戦するだけならば良いのですが…)
─それは、〈西天使の都〉からやって来た〈冒険者〉に対する懸念だった。
街道封鎖が、彼等の行動に何等かの制限を設けていた場合…街道封鎖を解除する事がその制限を取り除く事にも繋がりかねない。
(もし、〈竜の都〉に対しても何等かの意図があるのだとしたら……今後は、竜討伐大隊の〈冒険者〉達の行動を逐一監視する必要があるかもしれませんね)
起こりうる事態に若干頭を痛めつつも、ゼノン総司令はゼノン少年の話に耳を傾け、時に相づちを打ちながらも…今後の対策を講じる為に考えを纏め始めるのだった……。
◆▽□
──〈竜の都〉、北地区。
上空で滞空していた竜の大群の半数が、住処である〈竜の渓谷〉へと戻っていく。
残りもう半数は、北地区の比較的拓けた場所へと着陸していき…背に騎乗していた〈冒険者〉達が降りた者から順に人型形態へと変化していく。
──その内の一人…長身でかなり厳つい体格をし、短い髪をオールバックにしている鮮やかな柘榴色の髪色に、赤みが強めの柘榴色の瞳をした…見た目は、20代後半位であり、真紅色の武闘家風の服装に、炎の模様が描かれたレザーアーマーとレザーブーツ、両手には、レザーアーマーと同じ様な炎の模様が描かれたレザーグローブを身に着けた姿の…イグニスが腕を軽く回しながらボヤく。
「…はぁー、正直やり辛い戦いだったぜ」
イグニスのボヤいた言葉に、すぐ傍に居た…先程まで相棒だった〈冒険者〉─グレイドが苦笑いを浮かべる。
「……確かに。正気を失った竜達を殺さない様に注意しつつ…尚且つ、街に出来る限り被害が及ばない様に上手く立ち回る必要がありましたからね」
グレイドの言葉に、周りにいる人型を取った竜達や仲間の〈冒険者〉達が同じ様に苦笑いを浮かべながら同意する。
「けど、〈西天使の都〉の連中…この非常事態に一切協力もせずに、〈竜の渓谷〉に強行挑戦なんて…アイツらは、一体何考えてんだろうな」
〈冒険者〉の内の誰かが何気無く呟いた言葉に…竜達の方は険しい表情を見せ、〈冒険者〉達は呆れた表情をする。
「さあ?元々、俺達とアイツらは考え方が相容れなかったからこそ…俺達は〈竜の都〉に移住してきた訳なんだし。
アイツらの中での優先順位は、〈竜の渓谷〉攻略が一番なんだろうよ」
「まあ、リーディックからの報告によると…大隊の責任統括官のシンフィノ=カウェールって人物は、『ロクでもない人物だ』って話だぞ?
…まあ、報告書の内容の半分にはリーディックの私情も含まれてるだろうけどさ」
その言葉に、〈冒険者〉一同は苦笑いを浮かべる。
「とは言うものの…リーディックが、わざわざ報告に挙げる位だからね。
今後、このカウェールという人物は“要注意人物”として、徹底的にマークした方がいいかもしれないね」
そう纏めた誰かの言葉に、〈冒険者〉と竜の両方から同意の返事が上がると…全員で〈竜戦士団〉の本部への撤収に向けて動き始めるのであった……。
◇
──元“石舞台”だった場所の前で、ヨサクと別れた夜櫻達は…〈竜の都〉にある〈竜戦士団〉本部内にある食堂へとやって来ていた。
〈竜戦士団〉所属の〈料理人〉が作ってくれたチキンと野菜のホットサンドとブラックコーヒーで、遅めの昼食を摂りながら…夜櫻は、モノノフに話し掛けた。
「…ところで、モノノフ君。君は、一旦ヤマトのアキバ─〈ホネスティ〉へ報告に戻るのだとして…その後の予定はあるの?」
「……え?」
夜櫻の唐突な質問に、モノノフはすっとんきょうな声を上げる。
しばらくの沈黙の後…夜櫻の質問の意味を理解したモノノフは、少し困った様な表情を見せる。
「一応、〈妖精の輪〉調査を継続する予定ですけど…」
報告が終わった後の予定を伝えると、夜櫻が“爆弾”を盛大に投下した。
「うん。君、シェリアちゃんの為にも…もう一度〈竜の都〉に戻って来なさい」
「…は?」
夜櫻の発言に、モノノフは困惑の表情を見せる。
「風を纏う者、正気か?」
「断然正気だよ。でもこれは、シェリアちゃんとモノノフ君の仲を取り持つ為とかじゃなくて…〈不和の王〉対策の為だよ」
その言葉に、場の空気が一変する。
「…それは、どういう意味ですか?
私は、運命に打ち克ちました。…未来を変えられた筈です」
「でも、〈不和の王〉はあくまでも“一時的に退けた”だけ。
根本的な解決がなされるまでは、シェリアちゃんの身辺には充分に注意する必要があるからだよ」
「成程。先を見据えての対策という訳か」
夜櫻のその説明に、ワールウィンドが納得する。
しかし、モノノフの表情は暗い。
「理由は分かりました。
しかし、ボクが再び〈竜の都〉に戻ってくるのは無理があります。
まず、〈妖精の輪〉の転移先は狂っている。狙って〈ウェンの大地〉に再びやって来るのは無理なんだよ」
モノノフの言葉に…心なしか、シェリアが残念そうな表情を見せる。
「その問題、完璧に解決する術があるって言ったら…どうする?」
「「「…え?」」」
夜櫻の自信満々に浮かべた笑みを眺めながら…モノノフ達はしばらくの間、発言の意味が分からずに思考をフリーズさせていた。
◆
──しばらくして…モノノフ達が正気に戻ったタイミングで、夜櫻は〈魔法の鞄〉から一つのアイテムを取り出す。
「これだよ。〈時空神の転移虹水晶〉。
…一回限りしか使用出来ない使い切りのアイテムだけど、サーバー間を超えて移動出来る数少ないアイテムだよ。
但し、アタシが持っているのはこれたった1個だけだからね。
これを使って、必ず〈竜の都〉に戻って来る事。無駄遣いは絶対駄目だよ?」
そう言って、掌サイズの〈時空神の転移虹水晶〉をモノノフへと手渡す。
〈時空神の転移虹水晶〉を受け取り…少し思案をしたモノノフは、顔を上げると答えた。
「…分かりました。
〈ホネスティ〉での報告が終わった後、もう一度〈竜の都〉に戻って来ます」
モノノフの返事に、夜櫻は満足げにうんうんと頷く。
「それで良し!
じゃあまずは、ヤマトに帰れる転移先の〈妖精の輪〉探しを協力してあげるよ」
「…出来るのですか?」
「アタシにドンと任せて!」
夜櫻のその科白に、モノノフだけでなく…シェリアやワールウィンドが思わず笑みを浮かべる。
しばらく楽しげに笑い合った後…夜櫻は、思い出したかの様にワールウィンドに声を掛ける。
「あー、ワールウィンド?
貴方は、これからどうするつもりなの?
もし良ければ、もうしばらくは〈竜の都〉に留まってくれないかな?
〈不和の王〉の件が完全に片付くまででいいから」
夜櫻から掛けられた言葉に、ワールウィンドは少し考えてから答える。
「賢き者からの頼み事である…アリソン殿への届け物と伝言の用事を済ませた後ならば」
「ありがと〜。さてお腹一杯になったし、皆は各々の用事を済ませてよ?
アタシは、モノノフ君をヤマト行きの〈妖精の輪〉に案内しないとね」
「だったら、私も一緒に同行します。
色々とお世話になったモノノフさんの事をきちんとお見送りしたいんです」
シェリアの申し出に、モノノフは若干戸惑い…夜櫻は後ろから軽く小突くと、ニコリと笑って答えた。
「勿論大歓迎だよ!折角お世話になったのに、見送り出来ないのは良くないよねぇ〜?
…モノノフ君、異論は?」
肩に腕をかけてモノノフを引き寄せると、夜櫻は有無を言わせない雰囲気を醸し出す。
その雰囲気に根負けしたモノノフは、こう返事を返すしかなかった。
「……ありません」
「だって。良かったね、シェリアちゃん」
「はい!」
シェリアの輝く様な満面の笑みを見てしまったモノノフは…今更、前言撤回など出来る筈も無く…そのまま机に突っ伏す事となった。
「では、我はアリソン殿の元へ向かうとしよう」
「そっか。じゃあワールウィンドとは、此処で一旦お別れだね。
お互いの用事を済ませたら、〈竜の都〉の中央広場にある〈四竜像〉の前に集合ね」
「心得た」
そう言って、夜櫻達とワールウィンドは一旦別れる事となった。
◆
──〈放浪者の軌跡水晶〉でヤマトのイースタル圏内に転移する〈妖精の輪〉を探り当てた後、モノノフは〈妖精の輪〉を使ってヤマトへと帰還していった。
無論、約束した通りに彼は…ヤマトより〈竜の都〉へと舞い戻り、〈不和の王〉との決戦の際には共に戦って、その一件の決着に尽力する事になる。
一方の夜櫻は…ヤマトには帰還せず、そのまま〈竜の都〉に留まる事を選んだ。
彼女がヤマトに戻ったのは、〈不和の王〉との決戦に決着がつき…〈竜の都〉に平穏が戻る時である。
──〈蒼き瞳の姫〉を巡る…〈不和の王〉との攻防は、一旦の終息を迎える。
しかし、〈竜の都〉に災いを呼び込む火種は…この時には既に燃え始め、徐々に〈竜の都〉を呑み込まんとする欲望と陰謀の渦巻く巨大な炎へと変化しようとしていたのだった……。