#03 現れし〈不和の典災〉
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──翌朝、夜櫻が作ってくれたこんがりと焼いたパンにハムと塩で味付けした目玉焼きを乗せたものと野菜サラダにオニオンスープという簡単な朝食を一緒に取っていた…深い蒼穹色の髪をした“歌姫”─〈蒼穹の瑠璃竜〉のソフィリアは、〈竜の渓谷〉全体が張りつめた雰囲気を醸し出している事を感じ取っていた。
「ん?どうしたの?」
「…渓谷全体が、ピリピリとした張りつめた雰囲気を醸し出しています。
おそらく…〈西天使の都〉からやって来た〈冒険者〉の方々が、〈竜の渓谷〉に足を踏み入れようとしているのだと思います」
ソフィリアのその言葉に、咀嚼していたものをゴクンと飲み込んだ夜櫻は真剣な面持ちで尋ねてくる。
「その〈冒険者〉の一団、どの位の規模?」
「〈竜の都〉に居る竜達からの報告では…大体50人位だと言う話です」
人数を聞いて夜櫻の頭の中には、とあるレイドクエストが複数浮かんでいた。
「成程。それなら、彼らが挑戦するのは『水晶の試練』か『天空を征するもの』か『白銀の守護者』のどれかかな?」
「何ですか?それは?」
ソフィリアの純粋な問い掛けに、どう答えたら良いのか…夜櫻は少し迷っている様子だった。
──ちなみに…『水晶の試練』とは、〈黒水晶竜〉に挑むレイドクエストで…『天空を征するもの』とは、〈紅玉髄竜〉に挑むレイドクエストで…『白銀の守護者』とは、〈古代竜〉に挑むレイドクエストであり…どれもが、〈竜の都〉から直接挑戦出来るダブルレイドクエストだ。
とは言え…そのまま伝えたところで、ソフィリアには全く通じないであろう事が分かっている夜櫻は、言葉を選びながら説明する。
「うーんと…〈冒険者〉の間での呼び方とか隠語的なものかな?
『水晶の試練』は、〈黒水晶竜〉に挑むもので…『天空を征するもの』は、〈紅玉髄竜〉に挑むもので…『白銀の守護者』は、〈古代竜〉に挑むもので……総勢48人で協力して挑戦する戦闘の事を挙げてみたんだ」
「成程。そういうものなのですね」
夜櫻の説明に、ソフィリアなりに理解を示していると…突如、〈竜の渓谷〉内に巨大な殺気が発生し、それを夜櫻とソフィリアは同時に感じ取った。
「何?今の…。ものすごい殺気だったけど…」
「……不味いですね。
〈ルークィンジェ・ドロップス〉の発するエネルギーの影響をシェリアが受けてしまった様です」
口伝〈神眼〉で、殺気の発生源を探ろうとしている夜櫻の隣で…殺気の中に混じっている気配の中から、シェリアの気配があるのを感じ取り…ソフィリアは青い顔をした。
「ヨザクラ様、ぐずぐすしてはいられなくなりました。
急ぎ、戦いの支度を整えて下さい。
ワタクシの感じ取った限りでは、シェリアの気配の向かう先は“例の石舞台”です!!」
「!!?」
ソフィリアの言葉を聞いた夜櫻は、食べ終えた食器類をそのままに…素早くメニュー操作を行って、ラフな和服姿から現在の戦闘用の装備へと瞬時に着替える。
「ソフィーさん、石舞台までの道を最短距離で道案内して。
多少道が険しくても、アタシは全く気にしないから」
夜櫻のその言葉に…ソフィリアは硬い面持ちで頷くと、二人は素早くベースの洞穴を飛び出し、一直線に石舞台へと駆け出していった。
◆▽
──〈竜の渓谷〉内を深い蒼穹色の長い髪を風にたなびかせ、道なき道を全速力で駆けながら…ソフィリアは、『夜櫻』という〈冒険者〉に深い関心を抱いていた。
現在、彼女が案内している石舞台までの最短の道のりは…〈竜戦士団〉に所属している〈冒険者〉や混血の〈大地人〉達でも音を上げた難所であり…ほぼ垂直の崖を駆け上がったり、500mも離れた渓谷の割れ目を飛び越えたり、ビル4階建てに匹敵する高さの崖を駆け降りたりする程に険しい道なのだ。
それを夜櫻は、スピードを全く落とす事無く…ソフィリアの動きをトレースしながら最適解のルートを導き出し、全速力で駆けている。
(ヨザクラ様は、他の〈冒険者〉の方々と違って…自身の能力を最大限に引き出せているのですね。
本当に…興味深くて面白い方ですわ)
──ソフィリアは、『夜櫻になら“自分の秘密”を明かしてもいいかもしれない』…と考える程に、徐々に夜櫻に心を開きつつあった。
それは、夜櫻の持つ『人好きする様な人柄』に徐々に惹かれつつある事も関係していたが…竜達以外には付いて来れないだろうと思っていた険しい道のりを脱落する事無く…寧ろ全力疾走で駆け抜け、一度も立ち止まらずに完走し切った夜櫻の能力の高さを認めた事が一番の要因だろう。
しばらくして、渓谷の底に出来た通路を駆け出す様になったソフィリアに…夜櫻が問い掛ける。
「何で、急に谷底の通路を走り出したの?」
「此処から先の上空には、狂暴化した竜達が徘徊しています。
急いでいる今の状況で、いちいち相手にしていてはタイムロスに繋がります」
「…確かにね。今は1分1秒でも時間が惜しい状況だし、ソフィーさんの判断は賢い選択だと思うよ」
ソフィリアからの返答に、納得出来る理由を理解した夜櫻は、返事を返すとすぐに口を閉ざして疾走に専念する。
夜櫻が、一生懸命シェリアを助ける為に真摯に行動してくれている事に内心感謝しつつ…ソフィリアは、祈る様な思いとシェリアに謝りたいという思いを抱いていた。
(いっその事…前世の記憶も、前世の力も、持ったまま生まれ変わらなければ良かったですのに…
そして…その力を僅かばかりでも受け継がせてしまったせいで、シェリアには酷な運命を負わせてしまった…)
──だからこそ、その運命を覆す為に…ソフィリアは自身の持つ“未来予知”の能力で視た映像に居た桜色の髪の〈冒険者〉─夜櫻に接触し、シェリアを〈不和の王〉より守って欲しいと依頼したのだ。
(シェリアの未来を…暗き絶望の閉ざされた未来では無く、明るく希望溢れる未来へと変えてみせます!!
ヨザクラ様は、未来を切り開く一条の光!
彼女をシェリアの元へ必ず連れて行きます!!)
決意を新たにしたソフィリアは、夜櫻と共に石舞台へと続く道のりを全力で駆けていくのだった……
○◎▽
──〈竜の都〉に定住する〈大地人〉一家…アレックスと妻のジェシカと娘のティファニーは、身を寄せ合う様に震えていた。
身を寄せ合う様に震えていた。
彼らの視線の先には、〈竜の渓谷〉があるが…今日の渓谷を見た瞬間、彼らは恐怖を抱いた。
…いや、彼らだけではない。よく周囲を見渡すと、周りに居る〈大地人〉は皆、同じ様に身を寄せ合って震えている。
「ダディ…怖いよ…」
青い顔をして怯える娘と妻をしっかりと抱きしめながら…アレックスは考えていた。
自分の血筋…ひい祖父さんか祖父さん辺りが、竜だったと聞いている。
だからだろうか…今の“渓谷全体”に恐ろしい気配を感じる。
(クソッ!俺が怖じけずいてどうする!!
ジェシカとティファニーを俺が守らないでどうするんだ!!)
そう心の中で自分を叱咤している時、誰かがこう呟いた。
「昨日やって来た〈冒険者〉達が、きっと厄災を引き連れてきたんだ!!」
「最近の竜達の異変も、アイツらのせいだ!」
「そもそも、〈悪夢の五月〉が発生してから…〈冒険者〉は〈ウェンの大地〉を荒らしてばかりだ!」
「〈悪夢の五月〉から〈竜の都〉に降りかかる厄災は、全て〈冒険者〉のせいだ!!」
「そうだ!〈冒険者〉は疫病神だ!!」
「そうだ!全て元凶は〈冒険者〉のせいだ!!」
アレックスは、周りの〈大地人〉が口々に紡がれる言葉を聞き…内心焦り出す。
──アレックスは、大切な家族を守る為に〈竜戦士団〉に入っている。
〈竜戦士団〉の任務上、何度も命の危機に晒される事もあり…その度に仲間の〈冒険者〉に助けられる事が多かった。
──それに…この〈竜の都〉は最早、〈冒険者〉とは切っても切り離せない程に密接な関係になっている。
治安維持然り、生産然り、文化然り、娯楽然り…
そして…〈竜の都〉が、今まで利己的な〈冒険者〉達に蹂躙されずに済んでいるのは…〈冒険者〉と竜達と〈大地人〉の有志達で結成した〈竜戦士団〉の堅実な活動の賜物である。
(不味い!このままだと、〈冒険者〉の排斥運動にまで発展しかねないぞ!!
そうなれば…〈竜の都〉はおしまいだ!!)
〈冒険者〉の排斥にまで発展しかねない程に不穏で異様な雰囲気が漂い始めている状況に、アレックスは皆を止めようと口を開こうとする。
──すると…
『皆、静まりなさい!!』
凛とした声音が周囲に響き渡り…辺りに漂い出していた異様で不穏だった雰囲気が一斉に静まっていく。
──そこには…瑞々しい桃色の唇に、膝下までの長さがあるストレートの白銀色の髪色で、鮮やかな紅色の瞳、誰もが溜め息を漏らす程の麗しの美貌は…今は凛とした雰囲気を纏っていて、胸はかなり大きくてスレンダーな体型、見た目の年齢は10〜20代位だろうか…慎ましげで淑やかな雰囲気を滲ませる純白色の巫女服に身を包んだ〈竜巫女〉レティシアが、白銀色の髪に白銀色の騎士服と深い空色のマントを身に纏った長身の〈古来種〉の男性であるセフィードと蒼色から碧色に変化するグラデーションで彩られた豪奢なドレスを身に纏った“女帝”─ヴィクトリアを引き連れて立っていた。
レティシアは、更に言葉を続ける。
「皆さん、悪しき存在の“思考誘導”に惑わされてはなりません。
確かに、〈ビッグアップル〉や〈西天使の都〉の現状を鑑みて…〈冒険者〉の方々の中にも、悪い方がいらっしゃる事は否定出来ません…」
表情を曇らせるレティシアの言葉を引き継いだのは、セフィードだった。
「しかし、この〈竜の都〉に定住した〈冒険者〉達は、街の発展と治安維持に大きく貢献してくれている事を忘れてはいけません」
「皆の者、今一度よく考えよ。
真に〈冒険者〉は“害悪”か?
真に〈冒険者〉は“厄災”か?
真に〈冒険者〉は“元凶”か?
この〈竜の都〉で共に過ごしてきた他ならぬお主ら自身がよく分かっているのではないのか?」
淀みなく発言したセフィードの後にヴィクトリアが、そう言葉を締め括ると…先程まで『〈冒険者〉を排斥する』という雰囲気になりかけていた〈大地人〉達は、お互いを見合って考えている。
「…確かに。俺のパン屋が大繁盛したのは、〈冒険者〉から多種多様のパンを教えてもらい、一緒に試行錯誤して作ってきたからだ」
「私の服屋も一緒よ」
「俺ん所の食堂が繁盛したのもだ」
「あたしの所の喫茶店もよ」
「僕は、放牧中にモンスターに襲われそうになったところを助けられたよ」
「オレ達、こんなにも〈冒険者〉に助けられていたんだな…」
レティシア達の言葉を聞いた後に今までの事を思い返してみると…〈冒険者〉から多くの恩恵を受けていた事に気付かされた。
暴動になりかけた皆が落ち着いた事に、アレックスは安堵の息を漏らそうとした時…大きな雄叫びと共に瞳を赤色に爛々と光らせて〈尖晶竜〉の巨体が〈竜の都〉の上空へと飛来してくる。
その姿を目撃した〈大地人〉全員が青ざめていると…“女帝”ヴィクトリアが言葉を掛ける。
「案ずるな。お主らが妾達の良き隣人で在り続ける限り、妾達はお主らを決して見捨てぬぞ!」
ヴィクトリアの言葉を聞いた〈大地人〉達は、次々とヴィクトリアに注目する。
「さて。たかだか数百年程度しか生きておらぬ小わっぱが!
とち狂っておるとは言え…隣人たる〈大地人〉を恐怖させた罪、思い知らせてやろうぞ!!」
そう言ってヴィクトリアは、重い筈のドレスの重量を全く感じさせない見事な跳躍力で上空へと跳び上がると…自らの本性─〈緋尖晶竜〉の姿へと変化させて〈尖晶竜〉へと一気に距離を詰めて体当たりを食らわす。
そのまま人気の無い場所へと〈尖晶竜〉を吹き飛ばした〈緋尖晶竜〉は、地上に居るセフィード達に声を掛ける。
『妾は、このまま小わっぱの相手をする。
事後の諸々は、お主らに全て任せたぞ!』
そう言い終えた〈緋尖晶竜〉は、〈尖晶竜〉の墜落地点へと飛び去っていった。
それを見送ったセフィードは苦笑いを浮かべ、レティシアは怪我人がいないかの確認作業に取り掛かり…アレックスを含めた〈大地人〉達は、ただ茫然としたまま…「あれは…伝承で語られている〈竜女帝〉か…?」と呟く事しか出来なかった……
□▽
──〈竜の都〉の北地区区画の上空では、〈竜の渓谷〉から飛来してきた狂暴化した竜達と〈竜戦士団〉所属の〈冒険者〉達を背に乗せた竜達の激しい攻防戦が繰り広げられていた。
〈大災害〉以前、竜への騎乗は〈召喚術師〉か〈竜使い〉のみの特権であった。
しかし…〈大災害〉以降は、竜達に心から信頼を得られれば誰でもその背に乗る事が許される様になっていた。
〈大災害〉以降、〈竜の都〉の周辺警邏や大規模な戦闘の際し…定住し、〈竜戦士団〉に所属した〈冒険者〉達は彼らの協力を得て、今日まで〈竜の都〉を守り続けてきたのだ。
「イグニスさん、街に向かいそうな個体がいます。回り込んで妨害してください」
『心得た!!』
グレイドの指示に、〈紅竜〉のイグニスが素早く応じ…今まさに街へと向かおうとしていた〈赤竜〉の目の前へと回り込んで妨害する。
周りの竜達も、背に乗せた〈冒険者〉達の巧みな指示と連携する事で狂暴化した竜達が街へ向かうのを阻止している。
「竜達の狂暴化…何が原因だと思います?」
『さーてね。流石のオレにも分からんな。
もっと上の存在なら、分かるかもしれんが…』
日頃、同じ鍛冶の分野で意気投合している〈冒険者〉のライラと〈赤竜〉のガンツは“竜達の狂暴化”について話すが…原因らしきものが思い付かない。
しばらくの間、〈幻竜神殿〉や北地区の上空で狂暴化した竜達vs〈竜戦士団〉所属の竜達&〈冒険者〉の連合の激しい攻防戦が繰り広げられていたが…突如、狂暴化していた竜達の爛々と赤く光っていた目の光が消えると…先程までの狂暴さがまるで嘘の様に大人しくなる。
「何?何が起きたの??」
『どうやら、誰かが“狂暴化の原因”を取り除いて下さったみたいですね』
唐突な竜達の変化に混乱をきたす〈冒険者〉のエリスに、苦笑混じりに〈氷雪竜〉のグラシアルが説明をする。
──実はこの時、渓谷に居るヨサクが〈ルークィンジェ・ドロップス〉を採掘した事により〈竜星雨〉現象が鎮静化したのだが…彼らは、その事実を全く知らない。
──こうして、『狂暴化した竜達が〈竜の都〉を襲撃する』という最悪の事態は…〈冒険者〉と竜達─〈竜戦士団〉で共に肩を並べる戦友達の活躍のおかげで、一切の被害を出す事なく阻止する事が出来たのだった……
◇
──ベースの洞穴から全力疾走を続けていた夜櫻達は、もうすぐ“例の石舞台”へと辿り着こうとしていた。
すると…突如、ソフィリアが移動速度を急速に減速し始める。
「ソフィーさん…?」
ソフィリアの突然の行動に…疑問に思った夜櫻は、足を一旦止めてソフィリアの方を振り返る。
完全に立ち止まったソフィリアは突然、首を軽く振った。
「…ここから先へは、ワタクシは行けません」
「どうして!?」
ソフィリアの唐突な発言に…夜櫻は困惑し、思わず問い質す。
「予言には、『不和の王より蒼き瞳の姫を守れ』とありました。
しかし、“蒼き瞳の姫”について…実は、誰の事を指すのかを明確に言及する言葉は一切ありませんでした。
そして…ワタクシは仲間の間では“蒼き姫”とも呼ばれています。
不確定要素であるワタクシも、石舞台に近付くべきではありません」
答えたソフィリアの真っ直ぐな深い瑠璃色の瞳に宿るのは、揺るがぬ確かな強い意思の光だった。
「…分かった。そういう理由なら、近付く訳にはいかないね。
うん、後はアタシに任せて。
シェリアちゃんは、必ず〈不和の王〉から守り抜いてみせるよ!」
「はい。シェリアの事、くれぐれも宜しくお願いしますね。
ヨザクラ様なら、必ず成し遂げて下さる事を信じております」
力強く答える夜櫻に、ソフィリアが深々と頭を下げて事後を託す。
託された夜櫻は、前に向き直ると…決して振り返らず、石舞台へ向けて一直線に駆け出していった。
◆◇
──“例の石舞台”へと徐々に近付いていた夜櫻は、視界に飛び込んできたそこで事が起こっている状況を瞬時に理解し、口伝〈神眼〉をまず発動させる。
桜色のポニーテールをたなびかせ、駆ける速度を全く緩めず…その場に居る者達─ヨサクやモノノフ達〈冒険者〉とワールウィンド,アロ,アロ2─に自分の存在を認知させる為に一言を口にする
「横殴り御免!」
「あざみ?」
知り合いの名を口にした〈武闘家〉を〈放浪者〉の持つ鑑定系スキル〈見極め〉で探れば、“ヨサク”という名である事が分かる。
(ふーん。あざみちゃんの話に出てくる“ヨサク”君って、彼なのかな?)
次いで、口伝〈残影舞踏乱舞〉と口伝〈疾風怒濤〉を発動させて竜の爪みたいなモノに捕らわれた蒼い髪の女性─シェリアを無事救出する。
シェリアをモノノフに引き渡す為に彼の方を向いていると、モノノフが突如叫ぶ様に声を掛ける。
「おい、君!」
背後より迫る敵─不和の王─の気配を口伝〈神眼〉で読んでいた夜櫻は、口伝〈残影舞踏乱舞〉を使ってモノノフの背後へと瞬時に移動する。
「何?」
「え、いつの間に?」
夜櫻の瞬間移動に、モノノフが呆けた声を上げる。
「はい、任せた!」
夜櫻は、シェリアをモノノフに手早く託し…すぐに戦闘体勢に入ろうとする。
「その技、あなたは〈剣速の姫侍〉なんじゃ!?」
「あら、アタシ有名?」
ジョトレのその一言に、夜櫻はおどけてみせながらも口伝〈残影舞踏乱舞〉を発動させてヨサクの隣へと移動する。
そして、ヨサクの方に目を向けて問い掛ける。
「ひょっとして、〈ナインテイル〉のあざみちゃんと間違えた?」
「あ、いや、すまん。見間違えた」
ヨサクの素直な謝罪に、「自分とあざみちゃんでは随分と性格やら何やらが違うと思うけどなぁ〜」…と内心思いながらも、場を少しでも和ませて緊張を解そうと再びおどけてみせる。
「ふっふっふ。まだJDでもいけるわね。ここのリーダーはあなた?」
「いや、あそこの〈施療神官〉でいいんじゃねえか?」
夜櫻からの問い掛けに、ヨサクはこう切り返すが…鑑定系スキル〈見極め〉で、この場にいる〈冒険者〉ではヨサクのレベルが一番高い(※ここで、自分のレベルが一番高い事は…〈放浪者〉の持つ隠蔽系スキル〈世渡り上手〉でステータスを隠している為、全くバレてない)事を引き合いに出す。
「あなたの方がレベルは上だけど?」
「やる気がねえんだがな」
ヨサクのその言葉に…夜櫻は、以前念話であざみから聞いていた通りの言動をしている事に内心苦笑しつつも、やる気を出させる為に言葉を掛ける。
「あざみちゃんから聞いた通りの人だね、君は。竜退治は得意なんじゃないの?その脚装備」
「夢中で立ち向かった結果さ」
とは言うものの…ヨサクのやる気が蘇った事は、口伝〈神眼〉を使わずとも…長年の経験から雰囲気の変化で察する事が出来る。
「作戦立ててよ。撤退?徹底抗戦?」
「やれやれだ」
ヨサクのその態度に、昔辞めた友人の不敵な態度が重なり…夜櫻は内心で思わず笑みを溢す。
「こいつがトルウァトゥスか。じゃあモグラ叩きでいいんじゃないか。叩きゃ引っ込むだろ」
「どの位のダメージが必要かな?」
「考えた事もねえな。とにかくやるぜ」
そう言うが早いか…ヨサクは一番に飛び出し、トルウァトゥスの鼻先へと〈ワイバーンキック〉を叩き込む。
「せっかちな子だなぁ〜…。ま、若い子には負けてらんないね!」
そう言いながらも…夜櫻は口伝〈神眼〉で戦場全体の状況を意識上で瞬時に理解し、口伝〈疾風怒濤〉で移動速度と攻撃力を底上げし、口伝〈残影舞踏乱舞〉で瞬時にトルウァトゥスへと接近すると…〈旋風斬り〉〈火車の太刀〉〈螺旋風車〉〈兜割り〉と次々と攻撃を繰り出しつつも、攻撃しては位置を移動してまた攻撃…というトリッキーな動きで敵を翻弄する。
その間シーザーは〈キーンエッジ〉等で援護を行い、ワールウィンドは風で喉笛を狙い、アロとアロ2は腕を狙って攻撃している。
──しかし…トルウァトゥスの狙いは、“あくまでも”シェリアなのだろう。
彼女を狙って、トルウァトゥスの竜の様な腕が振り降ろされる。
「ヘイト無視かよ!」
モノノフが咄嗟にカバーリングして、盾でトルウァトゥスの攻撃を防ぐ。
トルウァトゥスの攻撃は、本来はモノノフの盾を破壊してもおかしくない程強力なものだったが…そこは、ジョトレのGSG耐衝撃コーティングのおかげで見事に耐え抜く。
「ナイス、ジョトレ!」
「GSG耐衝撃コーティングだよ!ただのスライムとは違うのさ!ただのスライムとはね!」
(ブフーッ!!此処で、まさかの○ンダムネタが出たー!?)
勝ち誇るジョトレを余所に、夜櫻は心の中で思いっきり噴き出している(笑)
そんな風に爆笑する夜櫻の内心など露知らず…モノノフは、背後に庇うシェリアに退避する様に語り掛けている。
「此処を離れよう、シェリア」
「ありがとうモノノフ。でも私は───」
モノノフの優しい心遣いに、シェリアは内心感謝していた。
しかし、彼女は…“未来予知”で告げられた自分の運命を覆す為に、自ら立ち向かう事を既に決意していた。
──ただ、未来の…運命の流れに流されるままでは無く、敢えてその流れに逆らい…自らの望む未来を掴む為に。
「(…その為には、だだ守られているだけでは駄目。運命に打ち克つには、自ら動かなくては!)
───運命に負けたくない」
シェリアは、モノノフの肩を借りて飛び上がると…トルウァトゥスが振りかぶろうとした腕を螺旋状に切り裂く。
──自ら決意した運命へと抗う為の第一歩として。
「ライトニング、ストレーーートオオオ!」
ヨサクの拳から繰り出された〈ライトニングストレート〉の一撃は、トルウァトゥスの頭部へと見事に直撃する。
ヨサクの攻撃を受けたトルウァトゥスは、ギター音の様な悲鳴を上げる。
だが次の瞬間、ヨサクの意識とは関係無く〈ライトニングストレート〉が発動し、近くにいた夜櫻に向けて放たれる。
(敵には、〈リピートノート〉の様な厄介な能力を持ってるって事か!)
夜櫻は、口伝〈神眼〉で既にこの攻撃を先読みしていた為、慌てず冷静に口伝〈残影舞踏乱舞〉で最後列に居たシーザーの傍らへと避難する。
「あっぶなぁ〜。かすりでもしたら、流石のアタシでも怒るんだからね。
(…とは言いつつも、全然危なくは無かったんだけどね)」
そんな事を言いながらも…シーザーの肩に肘を乗せ、夜櫻は余裕の笑みを浮かべる。
「いつの間に」
「ただもんじゃない動きだな。あの人」
夜櫻の口伝による神出鬼没っぷりに…シーザーは舌を巻き、ヨサクは驚いた後に口元を歪めて笑う。
口伝〈神眼〉で、トルウァトゥスの後列一掃の範囲攻撃の兆候を先読みした夜櫻は、肘を乗せたままでシーザーに行動阻害系スキル〈ブレインバイス〉の使用を指示する。
「ほれ、お兄さん。〈ブレインバイス〉」
「え?は、はい!〈ブレインバイス〉!!」
夜櫻に言われるままにシーザーはトルウァトゥスに向けて〈ブレインバイス〉を放つ。
夜櫻の的確な指示が功を奏して、シーザーの放った〈ブレインバイス〉がトルウァトゥスの範囲攻撃を見事に封殺する。
「あの動き、〈口伝〉に〈口伝〉を重ねた動きか」
戦闘を共にしている内に…ヨサクは、夜櫻の戦い方は複数の口伝を連続使用や並行使用している事を見抜いていた。
そして…同時に、その天才的なセンスと積み重ねてきた修練の重みに感心を抱いていた。
「じゃあ俺もやってみるか」
夜櫻に感化され、ヨサクは自身の口伝〈掘削奇術〉で新たな試みに挑戦してみる。
──それは…最小限の挙動で最小限の力を使い、トルウァトゥスの左側の眼球付近に口伝〈掘削奇術〉を使用しながら拳を打ち込む…というものだった。
攻撃が命中し、トルウァトゥスが叫び声を上げた時には…ヨサクの手元にはラグビーボール大の水晶体が握られていた。
「離れろ!」
「此方へ!」
ヨサクの掛けた言葉にすぐに応じた夜櫻は、口伝〈神眼〉で退避先を素早く選出して皆を避難誘導する。
怒り狂っているのか…トルウァトゥスは、腕を滅茶苦茶に振り回して石舞台のあった場所を破壊していく。
洞門まで退避した一同は…ジョトレが入り口付近に作ったGSGの半透明な壁とワールウィンドが吹き上げた竜巻のおかげで、破壊の余波を一切受ける事は無く全員無事だった。
──しばらくして破壊が収まると…トルウァトゥスは左目を押さえて呻いていた。
『オボエテイヨ』
夜櫻には、トルウァトゥスがそう確かに言った声を聞いた気がした。
左目を押さえたまま…空間のヒビの中へとトルウァトゥスが身を隠していく。
──しばらくして…空間のヒビが完全に消滅し、〈不和の典災〉トルウァトゥスとの激しい戦闘は終わりを告げた……