番外編#03 それぞれの道筋(ライン)
#01:与えられた役割とその意味【シーザー&ジョトレ編】
──〈竜の都〉から〈竜の渓谷〉へと向かう道中を…〈冒険者〉の一団がゆっくりと歩いていた。
彼等は、元は〈西天使の都〉に住んでいたのだが…現在は〈竜の都〉に移住し、定住している〈冒険者〉達だ。
今現在の彼等は、〈竜戦士団〉からの依頼で〈竜の渓谷〉内を地図の編纂ついでに探索している状況なのである。
「〈悪夢の五月〉と呼ばれた、あの日から……丸一年が過ぎたんですね」
そう呟いたのは、一人の〈付与術師〉…シーザーだった。
「夜櫻さんと初めて出会ったあの日の出来事が、もう随分と前の様に感じるけど…まだ、二ヶ月ちょっとしか経っていないんだよね」
そう発言するのは、一人の〈召喚術師〉…ジョトレだった。
ジョトレの言葉に、一団のメンバー内から思わず笑みが溢れる。
──彼等の中で、夜櫻は『尊敬出来る凄い人』であった。
彼女は…困っている誰かがいれば自らの意思で自主的に動き出し、理不尽な暴力には自ら矢面に立って果敢に立ち向かい、一度助けると決めた相手はどんな状況だろうと決して見捨てず…戦いの中では、凛とした雰囲気を持ちながらも仲間思いで優しくて、真っ直ぐに自らの意思を貫く…本当に強い人だと、彼等は認識している。
「きっと、〈大地人〉達が思い描いてきた“英雄としての〈冒険者〉”は…彼女みたいな人の事を言うんだろうね」
「そうだね」
「まさに、〈大地人〉達が望む〈冒険者〉像を見事なまでに体現している人だよね」
「確かに」
「それに…仲間を助ける為に凛々しく戦う後ろ姿は、カッコいいよなぁ~」
「うんうん。憧れるよなぁ~」
「夜櫻さんの様な強さは無理でも……
あんな風に、誰かを守れる様になりたいよなぁ~」
「なりたいよねぇ~」
ジョトレが呟いた言葉を皮切りに、仲間が次々に話し出す。その内容は、完全に夜櫻の話題onlyだ。
「コホンッ!……お主ら、当初の目的を忘れておらぬか?」
わざとらしい咳払いをしたのは…足首までの長さがある鮮やかな緋色のストレートヘア、意思の強そうな淡いコバルトブルーの瞳に今は険を帯びさせた…蒼色から碧色に変化するグラデーションのドレスを身に纏う女帝─ヴィクトリアが、その美しい美貌に凄みを宿している。
凄みを宿した顔でジトリと睨まれ、自分達の本来の役割を思い出したシーザー達は慌てて話を終了させる。
「全く……。夜櫻殿がお主らにとって、人として見倣うべき尊敬出来る人物である事は妾も認めるが…話に夢中になって、今のお主らに任されておる仕事を疎かにしてよい理由にはならぬぞ?」
ヴィクトリアから窘められ、シーザー達はシュン…と項垂れる。
──彼女の言う通り、シーザー達が今任されている仕事は〈竜の都〉にとって、将来的にとても重要な役割となるかもしれないのだ。
……というのも、〈悪夢の五月〉以降…〈ビッグアップル〉や〈西天使の都〉の利己的な〈冒険者〉達による村や街等に対する略奪や搾取によって、〈ウェンの大地〉では街や村同士の交流や物流が滞ったり途絶えたりして、様々な資源確保が死活問題となりつつあった。
〈竜の都〉は今まで、定住した〈冒険者〉や領主がいざという時の為に貯蔵してあった資源を提供してきた為、街にあまり大きな影響は無かった。
だが…一年という歳月が経ち、街に蓄えられていた資源が徐々に枯渇してきている為、少しずつだが市場や市民生活に影響が出始めている。
「……その事を既に予見していた夜櫻さんからの提案で、〈竜の都〉周辺の未開拓地の地質調査や地図の作成が行われる事になったんだっけ?」
「そう考えるならば、夜櫻殿は先見の明があるのう。以前、夜櫻殿自身や彼の者の昔の仲間が資源を見つけていた地点を幾つか挙げておったしな」
──そう、彼等の役割とは…夜櫻が『資源がある』と断言していた場所とそこで採れる資源の種類を調査してリスト化する事が目的なのだ。
それから…〈竜の渓谷〉全域を隈無く調査して、他に資源が採取出来る場所が無いかを調べる事も彼等の役割の一環である。
移動を再開する事に一団は、再び〈竜の渓谷〉を進み出す。
「それにしても……夜櫻さんには、本当に感謝しなければいけませんね」
「……そうだね」
シーザーがポツリと漏らした独白に近い呟きに対して、ジョトレが同意して頷き…他のメンバー(※ヴィクトリアを除く)も同様に頷く。
──元〈西天使の都〉から移住した彼等に、『〈竜の渓谷〉の調査』という重要な役割が任される事になった背景には…夜櫻が大きく関わってくる。
彼女は、シーザー達がカウェールが問題を起こして〈竜の都〉を追い出されるまで真面目に〈竜の渓谷〉の地図作成と情報収集を行っていた事を知っている。
そして…彼等が、〈西天使の都〉と決別すると決断してくれたあの日から……夜櫻なりに色々と助力してくれた彼等に対してのお礼も兼ねて、何かを残していきたい…と考えていた。
そこで彼女は、〈竜戦士団〉の総司令であるゼノンや〈竜の都〉の領主クロード=オルステン伯爵と直接対話し、『彼等が地道に〈竜の渓谷〉を調査していた事』を伝えた上で…『彼等が〈竜の都〉の住人達に受け入れられる様に力添えして欲しい事』、『その為に彼等を〈竜戦士団〉の一員に加えて欲しい事』、『彼等と住人達との間のわだかまりを完全に無くす意味でも彼等に〈竜の渓谷〉調査という重要な役割を任せて欲しい事』等の数々の要望を伝え、最後に…『彼等の人となりは自分が保証する事』を明言して、それを『今回の一件での自分に対して謝礼の代わりにして欲しい』と頼み込んだ……という訳である。
──結果として、総司令ゼノンとオルステン伯爵は…夜櫻の要望を聞き入れ、こうしてシーザー達に重要な仕事を任せてくれた…というのが今の現状である。
「折角、褒美を貰える機会を蹴ってタダ働き同然になる事を選んでくれてまで…お主らの為に頭を下げた夜櫻殿の好意を絶対に無駄にするでないぞ?」
ヴィクトリアのその一言に、シーザー達は改めて気を引き締め直す。
「……そうですね。そこまでして下さったんですから、夜櫻さんの心遣いにしっかりと応えないといけませんね」
「じゃないと…夜櫻さんの気持ちを踏みにじる事になってしまいますからね」
「「「調査、頑張るぞー!!」」」
シーザーとジョトレの言葉に応える様に、一団から気合いのこもった声が上がる。
──夜櫻が回した善意の気遣いは、その後見事に実を結び…シーザー達はしっかりとした成果を上げる事によって、〈竜の都〉の住人達から同じ街に住む仲間として快く受け入れられる事となったのであった。
#02:共に居られる幸せ【シェリア&モノノフ編】
──〈幻竜神殿〉の『祭壇の間』で、蒼い髪と瞳に淡い海色の巫女服の女性─シェリアが静かに祈りを捧げていた。
彼女が祈る事は、ただひとつ。
自分を〈不和の王〉の魔の手から守り抜き…絶望しか無い暗い未来を塗り替えて、幸せで明るい未来を与えてくれた大恩人─夜櫻の平穏無事である。
一生懸命に祈りを捧げ続けているシェリアの後ろ姿を…少し離れた場所から、〈施療神官〉の男性─モノノフ23号が穏やかな表情で見守っていた。
──シェリアが、夜櫻を“恩人”と思い深く感謝している様に…彼もまた、夜櫻に深く感謝していた。
〈弧状列島ヤマト〉に戻ってから、しばらくして…彼の居場所でもあった古巣─〈ホネスティ〉が解散、消滅した。
その事が最後のひと押しになったのは確かだが…夜櫻の然り気無い気遣いやシェリアの自分に対して抱く強い想い、何よりも…自分自身の変わらぬシェリアへの気持ちがあって、〈ウェンの大地〉へ移り住む事を決断した。
きっと、夜櫻が『〈不和の典災〉の一件』で色々と気を回してくれていなかったら…もしかしたら、今此処に…シェリアの傍に自分は居なかったかもしれないのだ。
(そう考えるなら……夜櫻さんは、僕とシェリアの間を取り持ってくれた“恋のキューピッド”的な役を、純粋な善意で担ってくれていた訳ですね)
『そう考えると、夜櫻さんには頭が上がらないな』……モノノフは苦笑いを浮かべながら、思わずそう考えてしまう。
「モノノフさん、今日のお祈りが終わりましたよ?」
自分が思考の海を漂っている間に、ここ最近シェリアの日課となりつつあるお祈りがいつの間にか終わっていた様だ。
シェリアが可愛らしく首を傾げて、不思議そうな顔をしている。
そんなシェリアの姿を微笑ましく思いながら、モノノフが笑い掛ける。
「すみません、シェリア。少しだけ、考え事をしていました」
「そうだったのですね」
モノノフの言葉に、シェリアが柔らかく微笑みを浮かべる。
シェリアのその微笑みを眺めながらも…モノノフはつい、考えてしまう。
──シェリアと出会えなかったら、自分はどうしていたのだろうか?……と。
もし、シェリアと出会えなかったら…シェリアに対して、変わらぬ想いを今も抱き続けていなかったら……〈ホネスティ〉が解散したあの日、自分はギルマスであるアインスさんに付いて行ったのだろうか?
それとも、アキバに残ったシゲルさんと共に新生〈円卓会議〉のサポートやアキバの為に尽くしたのだろうか?
それとも……行く宛ても無い旅路に旅立ったのだろうか?
そう……考えてしまうのだ。
(……駄目ですね。“もしも”の仮定での話を考えてしまうなんて。
『シェリアの気持ちに答えて、彼女と共にいる事を選んだ』……それが、僕自身が選んだ未来。それでいい筈です)
そう結論付けたモノノフは、軽く頭を振ると…シェリアと手を繋ぐ。
「では、シェリア。行きましょうか」
「はい、モノノフさん!」
──少し照れながらも、お互いに手を繋ぎ…共に歩き出した二人の指には、御揃いの白銀の婚約指輪がはめられていたのだった。
#03:喜びの唄【ソフィリア編】
──〈竜の都〉の中心部にある…時計塔広場で、深い蒼穹色の長い髪に深い瑠璃色の瞳をした一人の歌姫が美しい歌声で歌を歌っていた。
歌姫─ソフィリアは…〈竜の渓谷〉に生息する〈蒼穹の瑠璃竜〉の長であり、かつて〈六傾姫〉と呼ばれた〈アルヴ族〉の姫…〈五姫〉の生まれ変わりであった。
ソフィリアの前世─〈五姫〉には、『力ある言葉を操る能力』という…力を込めて口にした言葉で総ての事象に対して干渉する強い能力を有していた。
彼女は、虐げられてきた同胞─〈アルヴ族〉の置かれている状況を憂いて、その状況を少しでもよい方向に変えようと思い能力を使ってきた。
だが、その力を強く恐れた三種族─〈人間〉、〈エルフ〉、〈ドワーフ〉は、〈ウェンの大地〉にいた全ての〈アルヴ族〉を根絶やしにするという強硬手段を取り…結果として、彼女の前世を含む全ての〈アルヴ族〉が殺されるという悲劇的な結末を辿る事となった。
その〈アルヴ族〉が辿った悲しい結末が…“後悔”という鋭い刺となり、その後の彼女の心の奥深くに刺さり続け、来世で彼女が能力を忌み嫌って使う事に躊躇う様になり、封印し続ける事となった。
(夜櫻様は仰った。『力は、使い方によって諸刃の剣となりうる』……と。力の使い方を誤れば、誰かに不幸をもたらす恐ろしい力ともなる。
前世でのワタクシはその事を知らず、能力を〈アルヴ族〉の為だけに使っていた。
ワタクシのその力の使い方に、底知れぬ不安を抱いた三種族の方々に『自分達への大きな災いとなる前に、〈アルヴ族〉全てを消し去ろう』という考えへと至らせてしまった。
その悲しい前世がワタクシを臆病にし、能力を使う事を恐れる様になり…忌み嫌う様になった。
けど…彼女─夜櫻様と出会い、彼女の心の有り様を見ている内に…ワタクシの心に大きな影響をもたらし、考え方を大きく変えるきっかけになった。
ワタクシは、竜達と〈大地人〉と〈冒険者〉と助け合っていく為にこの能力を受け入れ、使おうと思います!!)
──〈不和の典災〉の一件をきっかけに…悲しい前世を乗り越え、新しい未来へと真っ直ぐに目を向けた歌姫は、この世に無事に生まれてきた事を喜び、共に居られる幸せを喜び、平和な日常を喜び、未だ見ぬ未来がある事を喜び、愛し愛される事を喜ぶ……それら全ての喜びを言祝ぐ唄を風に乗せて〈竜の都〉全体に届かせるのだった。
#04:頼もしき仲間と共に【夜櫻編】
──〈弧状列島ヤマト〉の…〈自由都市同盟イースタル〉の文化圏にある〈影蜥蜴の廃鉱洞窟〉と呼ばれる洞窟内を、〈冒険者〉の一団が猛スピードで駆け抜けている。
その一団の先頭を走るのは、漆黒の黒備の鎧を身に着けた女性エルフの〈武士〉─夜櫻が、長い鮮やかな桜色のポニーテール状の髪を靡かせながら迫り来る三匹の〈影蜥蜴〉を同時に一刀両断の元に切り伏せていく。
別方向から襲撃を仕掛けてきた四匹の〈影蜥蜴〉だったが…漆黒の忍び装束の〈暗殺者〉─アルセントの振るう小太刀と、黒色の軍服の〈盗剣士〉─土方歳三が振るう細剣によって、瞬時にその命を絶たれる。
〈マジック・トーチ〉の灯りが届かぬ暗がりから様子を伺っていた数十匹の〈影蜥蜴〉が、仲間が次々と倒される様子を見て一団を危険と判断したのか…一斉攻撃を仕掛けてくる。
だが……エルフの〈付与術師〉─フェイディットの放つ〈パルスブリット〉や狼牙族の〈召喚術師〉─瑞穂とハーフアルヴの〈召喚術師〉─北斗が召喚した召喚生物による攻撃、ハーフアルヴの〈盗剣士〉─ガブリエルが繰り出す〈デュアルベット〉の鋭い連撃、後方から放たれる〈狙撃手〉である〈暗殺者〉─ホークの正確な狙撃によって徐々に数を減らしていく。
最後は、〈審判者〉であるエルフの〈施療神官〉─シークの放った〈ジャッジメントレイ〉の凪ぎ払い攻撃により、残っていた〈影蜥蜴〉が一気に焼き払われる。
全ての〈影蜥蜴〉を倒し終わると、ハーフアルヴの〈森呪遣い〉─蒲公英とハーフアルヴの〈施療神官〉─アイシアが各々に仲間達のHPの回復を行い始める。
二人が回復している間に、狐尾族の〈吟遊詩人〉─フルートが周辺警戒を行っている。
皆がHP・MPの回復の為の休息を取っている間、夜櫻は〈魔法の鞄〉から取り出した〈影蜥蜴の廃鉱洞窟〉内部の地図を広げる。
「う~ん….。ボス部屋まで、後五フロアは突っ切らないと駄目みたいだね」
「此処まで来る間の〈影蜥蜴〉との遭遇率が、異常な程に多くなっていますね」
「これは….ハーフレイド『〈闇蜥蜴王〉の咆哮』が発生していると見た方がいいかもしれませんね」
地図を眺めながら…夜櫻、フェイディット、土方の三人が各々に意見を出し合う。
「そもそも。これは本来、中堅レベルの〈冒険者〉が受ける依頼ですよね?何で、夜櫻さん程の高レベルの人が調査しているのですか?」
「このハーフレイド。放っておくと、近くの〈大地人〉の村が襲われますからね~。後、中堅に任せるより高レベルのあたし達が受けた方が、被害を最小限に抑えられるって理由もあるけどねぇ~」
北斗の疑問に、周辺警戒中のフルートがのんびりとした口調で答える。
「安らかなる休息は、終わりの時を迎えた。忌まわしき〈影蜥蜴〉に、清浄なる正義の鉄槌を」
「シークは、こんな時でもブレないなぁ~(苦笑)」
「……相変わらず、徹底したロールプレイだね」
シークの発言に、ホークとガブリエルの二人が思わず苦笑いを浮かべている。
よく見てみると、夜櫻を除いた他の面々も苦笑いを浮かべている。
「皆、休憩は終わりだよ!早いとこ、〈闇蜥蜴王〉をやっつけて…〈大地人〉の人達の生命の安全と日常の安泰を守るよ!さぁ、もうひと踏ん張りだよ!!」
「「ええ」」
「そうだね」
「情報収集もお忘れなく」
「頑張りましょう!」
「やってやるよー!」
「頑張ろうかなぁ~」
「次も、仕留めてやるぜ」
「さぁ、審判の刻だ」
──夜櫻の号令に、各々の返答を返し…休息を終えた一同は、洞窟の最奥に潜む〈闇蜥蜴王〉を倒す為に再び駆け出し始めるのだった。
◆
──〈ウェンの大地〉で交錯した道筋は、各々の新たな出発の起点となった。
彼等・彼女等が、これからどの様な未来を歩むかは…彼等・彼女等次第であろう。
ただ…彼等・彼女等の未来への歩みは始まったばかりの道半ば。
より良い未来になるのか、最悪の未来になるのかは……彼等・彼女等の心掛け一つで、幾らでも変わっていくのだろう。
彼等・彼女等のこれからの未来が、幸せな未来である事を……ただ、願うのみである。
ようやく、『交錯する道筋』の完結を迎えました。
長らくの御視聴、ありがとうございました!!m(_ _)m