#13 各々の未来(あす)への歩み
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──〈竜の渓谷〉、〈死に絶えし盆地〉での〈不和の典災〉トルウァトゥスとの激戦から三日後……
〈竜の都〉には、いつもと変わらない賑わいで活気に満ち溢れていた。
ようやく、〈竜の都〉にも平和な街の日常が戻ってきたのである。
▽
──〈竜戦士団〉本部。
トルウァトゥスの一件が片付き…ようやく、本来の〈竜の都〉に住む全ての人々の安心・安全を守る…という役割に戻る事が出来、また、その一件で発生した大量の始末書の処理に追われる日々を過ごしながら…レグドラは笑みを浮かべていた。
──本当は、自分も〈竜の都〉の為に尽力してくれたヤマトの〈冒険者〉達に感謝の気持ちを述べたかった。
しかし、総司令が不在となる以上…副総司令が組織を回さなければならない。
その事もあって、少し残念な気持ちはあれど…役割を疎かにするつもりは無かった。
(それに…我々竜達の感謝の気持ちは、ヴィクトリアが伝えて下さるでしょうしね)
そう結論付けたレグドラは、大量の始末書の処理に集中するのであった……。
◯□
──街に住む〈大地人〉達は、忙しい日々の生活に追われながらも…〈冒険者〉達が守ってくれた平和を噛み締めていた。
街中に溢れる賑やかな喧騒には、商売に励む者の元気な声や子供達の楽しげな声、歩く人達の他愛もない会話、奥様方の井戸端会議等が聞こえてきて…ようやく、当たり前の街の日常が戻ってきたのだと実感出来る。
その平和な日常風景を背景に…複数人数で組んで警邏を行っている〈竜戦士団〉所属の者達の歩いている姿を眺めつつも、〈料理人〉の〈冒険者〉のエクレールと〈大地人〉のリリィが、今日提供する分の料理の仕込みを行っていた。
「やっと、安心して暮らせるんだね」
そう呟くリリィに…苦笑いを浮かべながら、エクレールが答える。
「『〈ビッグアップル〉と〈サウス・エンジェル〉に住む利己的な〈冒険者〉達の脅威』っていう不安要素は未だにあるけど……少なくとも、あたし達の結束力は前より強まったから…余程の事でもない限り、あたし達が共に協力し合えば、どんな困難も乗り越えられるよ!」
エクレールのその言葉に、リリィは嬉しそうに頷く。
会話を終わらせた彼女達は、自分達の仕事に励む為に頑張って料理に専念する。
──彼女達を含む、多くの〈冒険者〉や〈大地人〉は知らない。
この街の平和を守った一番の功労者は、ヤマトからやって来た〈冒険者〉─夜櫻─である事……
何の見返りを求めずに、純粋な善意と慈悲の心でもって行動した事 ……
そして…その功労者が、その功績を街の人達に一切知られる事無く、人知れずに街を去ろうとしている事に……。
◇◆
──〈竜の都〉の北側地区の一角…〈冒険者〉用に開放されている宿屋では夜櫻達、ヤマトからの〈冒険者〉達が帰還に向けての帰り支度を済ませていた。
「いやぁ~。最初は、アンジェラちゃんの様子とスズカちゃんのメッセージを伝えるだけのつもりが……気が付けば、二ヶ月近くも滞在する事になるなんて、予想もして無かったよ~」
帰り支度を済ませた夜櫻が、苦笑いを浮かべながらそう呟いている。
「なんだかんだ言って、夜櫻は困っている人を見掛けたら放っておけない人物ですからね」
常葉のその言葉に…モノノフ23号、桔梗、菜穂美の三人が同意する。
「さてと。帰り支度も済んだし…いい加減、アタシ達はアキバに戻らないとね」
夜櫻のその言葉に同意した桔梗達は、同じ様に帰り支度を済ませ、そのまま宿屋を後にする。
──〈竜の都〉の外…アキバ近くへと転移する〈妖精の輪〉に向けて歩き出した夜櫻達は…街の出入口の門の辺りで、複数の人物達に呼び止められた。
それは…度々共闘した〈鷲頭人族〉のワールウィンドや〈精狼狗族〉のアロとアロ2、〈西天使の都〉からの移住者であるシーザーとジョトレ、〈竜巫女見習い〉のシェリアに〈幻竜神殿〉からの代表であるレティシア、〈竜の渓谷〉からの代表であるヴィクトリアとソフィリア、〈竜の都〉からの代表であるクロード=オルステン、〈竜戦士団〉からの代表である〈古来種〉のセフィードと〈冒険者〉のゼノンであった。
ある意味、錚錚たるメンバーからの見送りに…思わず唖然としている夜櫻達に最初に言葉を掛けたのは、この街の領主クロード=オルステンだった。
「夜櫻様。貴女の慈悲と善意の行動のおかげで、この街とそこに住む者達の日常が守られました。貴女は、我が街の大恩人です!!
本当に、何度感謝してもし足りない位です」
クロードの後に口を開いたのは、〈竜戦士団〉代表のセフィードとゼノンだった。
「夜櫻殿、ありがとうございます。
本来は、〈ウェンの守り手〉である私が率先して動くべきだったのですが……それなのに、貴女は見返りを求めず、苦しむ誰かの為に率先して動く……。〈古来種〉としても、人としても見習いたいと思う程に素晴らしい人物だと思います」
「私からもお礼を言わせてもらう。この街の為に尽力してくれてありがとう。そして…本来は、私達が竜達やセフィード殿と協力して解決するべきところを…貴女に全て押し付ける形になった事を謝罪したい。……本当にすまなかった」
ゼノンの謝罪やセフィードの称賛に、夜櫻は「気にしなくていいよ」と手を振りながら声を掛ける。
次に口を開いたのは、ワールウィンドとアロ、アロ2だった。
「風の纏う者。そなたと共に戦えた事、我等は誇りに思う。汝の行く末に、我等〈鷲頭人族〉と共にある大いなる風の御加護があらん事を」
「アロ、貴女を、尊敬する。〈精狼狗族〉、一族全て、貴女に感謝。貴女の事、未来永劫、一族で語り継ぐ」
「私も同じ。貴女に感謝。そして、モノノフ。私はいつか、貴方の役に立ちたい」
「そんな、大袈裟だよ~」
そう言って、夜櫻にワールウィンドとアロの各々から〈鷲頭人族の守り羽根〉─風撃属性の完全な無力化効果─と〈精狼狗族の毛飾り〉─〈ウェンの大地〉限定で、〈精狼狗族〉からフィールド探索への助力や戦闘支援が受けられる様になる─が贈られる。二人(?)から贈り物を受け取っている夜櫻は、スゴく恥ずかしそうにしている。
次に口を開いたのは、ジョトレとシーザーだった。
「夜櫻さん。貴女との出会いが、僕達に新しい生き方を選ぶ良いきっかけになりました」
「貴女と出会えた事は、僕達にとっては宝物の様な大切な時間と思い出になりました。本当にありがとうございました!!」
「うんうん。アタシも、君達と出会えて楽しかったよ。後、自分達が後悔する様な結果だけは選ばない様にね?」
夜櫻は二人の言葉をしっかりと噛み締め、助言の言葉を掛ける。二人は、夜櫻からの助言に力強く頷く。
次に口を開いたのは、レティシアだった。
「夜櫻様。いつかは、無体な〈冒険者〉達の暴挙を止めて戴き…また、〈竜神官〉ノルドの命を助けて下さってありがとうございます。
そして、〈竜の都〉に生きる全ての人々を救って下さり…本当に感謝に絶えません。
これは、ワタクシ達〈幻竜神殿〉の者一同からの感謝の気持ちです」
そう言って渡されたのは、〈幻竜の神鈴〉─持ち主に20%のステータス上昇の恩恵と精神系状態異常耐性を与える─という装飾品だった。それを夜櫻は、ニッコリと満面の笑顔で受け取る。
「〈幻竜神殿〉の皆の感謝の気持ち…確かに受け取ったよ!」
最後に口を開いたのは、シェリアにヴィクトリアとソフィリアだった。
「夜櫻さん。私の為に、色々とありがとうございました。
そして…モノノフさん、桔梗さん、常葉さん、菜穂美さん。貴女方の尽力、本当に感謝しています」
「お主らのおかげで、妾達の子供達と隣人達の未来が無事に守られた。竜達代表として、お主には本当に感謝しておるぞ」
「夜櫻様。貴女のおかげで、シェリアの未来を奪われる事を防ぐ事が出来ました。それに…ワタクシは、貴女のおかげでようやく…自らが忌み嫌っていた能力を受け入れ、前を向いて進む事が出来る様になりました。本当にありがとうございます。
それと…これは、ワタクシからの感謝の気持ちです」
三人の感謝の気持ちとソフィリアからの贈り物─〈蒼穹の瑠璃竜の契約指輪〉─を受け取りながら、夜櫻は穏やかな微笑みを浮かべる事でそれに答える。
見送りの挨拶が終わり…夜櫻達が街を出ようとした時、シェリアがモノノフを呼び止めた。
「モノノフさん!待って下さい!!貴方に、是非渡したい物があります!!」
「渡したい物…?」
そう言って、シェリアからモノノフに渡されたのは〈双竜の呼び声石〉と呼ばれる─本来なら、〈冒険者〉には入手不可能な魔法品で…サーバーを超えた転移(※二つの石が対同士であり、その対の石がある場所へのみ転移可能)が出来る代物─魔法品だった。
──それは、シェリアの気持ち…『何度でも、自分の元に訪れて欲しい』…という乙女心が込められた品だった。
それを受け取ったモノノフは、シェリアの気持ちを受け止め…彼なりの答えを返した。
「……シェリア。僕は、君の気持ちを確かに受け取ったよ。だからこそ、もうしばらくは僕の返事を待っていて欲しい。
僕が〈アキバの街〉でのやるべき事、身辺整理等を済ませた後…改めて、君の元を訪れて君の気持ちに返事を返させてもらうね」
モノノフの精一杯の答えに…目に涙を浮かべながら、シェリアはこう口にした。
「……はい。モノノフさんが、再び私の元を訪れる時を…〈幻竜神殿〉で〈竜巫女見習い〉として色々と学びながら、ずっと待っています!」
シェリアの涙を浮かべながらの微笑みに…その眩しさと美しさに頬を赤く染めながらも、モノノフは静かに頷く。
──モノノフとシェリアとの間で交わされた一連の流れを見ていて、心穏やかでいられなかった者が二人いる。
一人はアロ2。彼女は、「シェリアには負けない!私も、モノノフの役に立つ為に、一生懸命頑張る!!」と嫉妬心を顕にした発言の後、突然何処かへと走り去りだし、慌ててアロがその後を追い掛ける。
もう一人は、菜穂美。二人がお互いに惹かれ合っている事は既に知っているが、未だに未練がましく抱いているモノノフへの密かな恋心を上手く消化出来ていない菜穂美だったが…それでも、好いているモノノフの心を尊重する事にしたらしい。シェリアに、
「……シェリアさん。モノノフさんは、とても良い方です。どうか大事になさって下さい。そして…もし、モノノフさんが貴女の気持ちに応えて下さった場合、モノノフさんと必ず幸せになって下さいね」
…という言葉を掛ける位には、大人の広い心は持っていた。
それらの賑やかしい光景に微笑ましさを感じ、少しの苦笑いを浮かべながら…夜櫻達は再び歩き出した。
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──その後、ヤマトの〈アキバの街〉では…〈召喚の典災タリクタン〉が召喚した〈常蛾〉による昏睡事件や〈神聖皇国ウェストランデ〉の介入による自治組織〈円卓会議〉の崩壊、最大規模の戦闘系ギルド〈D.D.D〉の解体と個別ギルドへの再編成やギルド〈ホネスティ〉の解散、ミノリ達低レベルの〈冒険者〉達による〈失望の典災エレイヌス〉との大規模戦闘、東と西─新生〈円卓会議〉と〈Plant hwyaden〉との関係改善の為の使節団派遣等…様々な騒動が次々と巻き起こる。
しかし、その時夜櫻は…時にその渦中の真っ只中に、時に陰ながらに、時に傍観者としてそれらの騒動に関わっていく事となる。
そして、モノノフは……古巣であるギルド〈ホネスティ〉の解散を契機に、ヤマトからその姿を忽然と消した。
──その後の彼の足取りで…彼が〈竜の都〉に居るシェリアの元を訪れ、彼女の気持ちに応えて〈ウェンの大地〉─〈竜の都〉に定住した…という話が、元〈ホネスティ〉メンバーの間で、まことしやかに囁かれていたが……それが真実かどうかについては、彼の行く先を唯一知っているであろう夜櫻達だけの秘密となった……