#12 トルウァトゥス討伐戦
◆
──〈竜の渓谷〉、〈死に絶えし盆地〉。
──動物も、植物も一切存在しないその地に…突如、空間の亀裂が発生していた。
空間の亀裂は徐々に大きくなり…しばらくすると、巨大な空間の裂け目を形成する。
出現した巨大な空間の裂け目から姿を現したのは…歪な姿をした竜だった。
──その異様な姿の竜は…本来は前足と後ろ足だけの筈の四肢以外に、背中からも異常な程長くて太い二本の腕が生えている。
背中の竜翼は六翼三対となっているが、内の三番目と六番目の翼の飛膜は完全に破れ…翼の用途をなしてはいない。
左目は潰れているのか…瞼は閉じられたままである。
異形の竜の口が僅かに開き…唸る様な声で一言呟く。
『〈エンパシオム〉ヲ、サクシュセネバ…』
異形の竜の喉から発せられた声は、魂を凍えさせる様な不気味な響きを持っていた……。
▽
──〈竜の都〉の中心部にある…一際高い建物の屋上に、深い蒼穹色の長い髪を風になびかせる一人の女性が瞼を閉じたままで静かに佇んでいた。
(……不思議です。今から行おうと思う事は、かつてワタクシが捨てたいと思った“能力”を活かす事。
その力が誰かを助ける力になるなんて…)
そんな風に考える女性の脳裏には、悲しくも辛い…過去の情景が浮かんでいた。
──かつての女性の前世は、アルヴの王族の姫─〈六傾姫〉の一人である〈五姫〉だった。
アルヴの姫だった彼女の生まれ持った力は、“力ある言葉を操る能力”だった。
良かれと思って使った能力……。
それが結果として…『〈ウェンの大地〉のアルヴ族総てを根絶やしにされる』という最悪の結末を招いた。
──だからこそ、彼女は自らの“能力”を嫌い…捨て去りたいと強く願った。
(けれど…生まれ変わっても、“能力”は引き継がれてしまった。
しかも、その“力”を僅かばかり受け継がせてしまったせいで…シェリアを苦しめる事にも繋がってしまった…。
だけど、この“力”で〈竜の都〉を…この地に住む人々を救えるのなら…転生しても引き継いだ事も無駄じゃなかったという事ですね)
そう思い…どこか晴れ晴れとした気持ちを抱いた女性─ソフィリアは、ゆっくりと瞼を開くと…深く息を吸い、歌を歌い始める。
──その歌は、身近な誰かと助け合い…共に生きる事の素晴らしさを歌っていた。
そしてソフィリアは、歌う歌の中に…何よりも、他者を信じ、相手を思いやり、互いに助け合い、その心を慈しむ事が大切である…という強い思いを“力ある言葉”に込める。
“力”を乗せた歌を歌っているソフィリアの髪と瞳は、本来の蒼穹色と瑠璃色ではなく…鮮やかな蒼色へと変化し、淡く燐光を纏っていた。
──〈不和の王〉が仕掛けたのが『互いを疑い、疑心暗鬼を抱かせ、不和を助長する』ものなら…彼女の歌は、『互いを信じ、思いやり、助け合う気持ちを抱かせる』ものだった……。
◆▽
──常葉より伝えられた夜櫻からの応援要請に応える為、女帝─ヴィクトリア達は常葉と共に〈竜の都〉の街中を駆けていた。
突然、何処からともなく優しげな旋律の歌声が聞こえてくる。
聞こえてきた歌声の主が誰であるのかを瞬時に理解したヴィクトリアは、思わず笑みを浮かべる。
(ソフィリア…自らの力を受け入れ、使う事を決めた様じゃな。これも、あの〈冒険者〉のおかげであろうな…)
そう考え…嬉しさの余り、頬が緩む。
──ヴィクトリアは知っていた。
ソフィリアが、前世から引き継いだ自らの力を忌み嫌い…拒絶してきた事を。
そして、今現在は争いを止める為に敢えて使用している事も。
(アヤツも、ようやく過去の悔恨を乗り越え…前へと進もうとしておる……本当に喜ばしい限りじゃ。
なれば、これからの愛しき子らの未来を守る為にも…〈典災〉を確実に仕留めねばな)
そう結論付け、気を引き締めたヴィクトリアは…常葉の導きに従い、〈不和の典災〉トルウァトゥスが潜む〈竜の渓谷〉を目指して駆け続けた。
◎□◆
──〈竜戦士団〉と襲撃者との争いを止めようと奮闘していたセフィードは…街中に響く優しい歌声に気付いた。
「これは…なんて優しい歌なのでしょうか」
「綺麗な歌声ね…」
「心が和むなぁ〜」
歌声に耳を傾けている〈竜戦士団〉の者達は、皆一様に穏やかな気持ちになっている。
周囲の雰囲気が落ち着いたのを見て、セフィードはホッと胸を撫で下ろす。
「ソフィリア殿のご助力のおかげですね」
そう安堵し、気を緩めかけたセフィードの背後から…〈狐尾族〉の〈武士〉─桔梗が声を掛けてくる。
「すみません。〈古来種〉のセフィード=ラグーン様で間違い御座いませんか?」
「〈古来種〉で〈聖竜騎士〉のセフィード=ラグーンで間違いありませんが……私に何の用でしょうか?」
桔梗の声に答え、彼女の方へと向き直ったセフィードだったが…彼女の真剣な眼差しと纏う雰囲気から何等かの事情がある事を察し、改めて気を引き締め直す。
「〈竜の渓谷〉に〈不和の典災〉が再び現れましたわ」
「……ッ!?」
桔梗から告げられた内容に、セフィードは思わず息を飲む。
「今のワタクシは、夜櫻さんより〈不和の典災〉討伐の為の仲間集めを依頼されました。
セフィード様。何卒、御助力御願い致します。
そして……〈冒険者〉の皆々様。
もし、お力添えして戴けるのなら…どうか、力を戴けませんか?」
頭を下げてまで懇願する桔梗の言葉に…周囲にいる〈竜戦士団〉所属の〈冒険者〉達はお互いの顔を見合わせる。
頭を下げたままの桔梗に最初に応えたのは、元〈西天使の都〉からやって来て〈竜の都〉に定住した二人の〈冒険者〉─シーザーとジョトレだった。
「僕達は、〈不和の王〉とは一度戦っています。きっと、今回も役に立てる筈です!」
「微力ながら、僕達の力を御貸ししますね」
シーザーとジョトレの二人の言葉を切っ掛けに…元〈西天使の都〉からの定住〈冒険者〉達が次々と「自分達も助力する」と声を上げてくる。
そんな中…尻込みしている他の〈冒険者〉達の人垣を掻き分ける様に現れた気だるげな雰囲気のマダム〈召喚術師〉─菜穂美がにこやかな笑みを浮かべながら声を掛けてくる。
「……なら、わたくしもお力添え致しますわ」
「えっ!?菜穂美さん!!?
……いえ。〈ホネスティ〉は現在、ギルドをあげての大々的な〈妖精の輪〉のタイムテーブル調査を行っていましたわね。
それなら、貴女が今〈竜の都〉にいらっしゃるのは少しもおかしな事ではありませんでしたわ」
菜穂美がこの場にいる理由に思い至った桔梗は、改めて菜穂美に頭を下げる。
「菜穂美さん。〈ウェンの大地〉を…〈竜の都〉を〈不和の典災〉の魔の手から守る為に、どうか御助力…宜しくお願い致しますわ」
「ええ、了承致しましたわ」
菜穂美と桔梗のやり取りを見届けていた〈竜戦士団〉の〈冒険者〉達だったが…そのやり取りが最後の後押しとなったのか…お互いに頷き合うと、その内の一人─〈守護戦士〉のヴァングレンが代表として口を開いた。
「我々も、〈竜の都〉を守る戦いに協力させて下さい。
この街は、絶望していた我々を受け入れ…助けてくれました。
その恩返しをする絶好の機会…逃す訳にはいきません。
……そうだろ?皆!」
ヴァングレンの呼び掛けに、〈竜戦士団〉の〈冒険者〉達が次々と応じる。
「……ありがとうございます。では、〈不和の典災〉討伐へと参りましょうか…皆様」
「「「おう!!」」」
「「「はい!!」」」
桔梗の言葉に、この場にいる頼もしい協力者達が力強く応じた。
◇
──〈竜の渓谷〉内─〈不和の典災〉が潜んでいるであろう場所に向けて走っていた(※シェリアに合わせて走る速度は抑え気味)夜櫻達は…上空から翼の羽ばたく音が聞こえてきたので、そちらに目を向けてみるとワールウィンドが此方に向けて飛んで来ていた。
よく見ると、少し遅れて飛んで来ているのは…ワールウィンドの仲間である〈鷲頭人族〉だろうか…と、〈鷲頭人族〉の飛ぶ直ぐ真下の辺りをアロとアロ2を先頭に〈精狼狗族〉が大人数でやって来ている。
「アロ達を呼んできて欲しいとは言ったけど…気を利かせて〈鷲頭人族〉と〈精狼狗族〉の仲間も呼んできてくれるなんてね。
この事態は、予想外だったけど…嬉しい誤算だね」
そう呟く夜櫻の口元には自然と笑みが浮かんでいる。
ゆっくりと舞い降りてきたワールウィンドが夜櫻へと声を掛けてくる。
「〈不和の王〉との戦いで戦力は必要かと思い、我の独断で〈鷲頭人族〉の中でも戦いに長けた仲間達を連れて来た」
「ありがとう、ワールウィンド。桔梗さんと常葉の二人が〈竜の都〉からどれだけの戦力を呼んでこれるのかが未だに分からない状況だから…少しでも戦力の底上げは本当に助かるよ」
「ならば、我の気遣いは〈風を纏う者〉にとっての助けとなったか」
ワールウィンドと夜櫻が会話をしている内に…〈鷲頭人族〉達が次々と夜櫻達の周りに舞い降り、少し遅れてアロ達〈精狼狗族〉が到着する。
「我、夜櫻に、力貸す。戦える仲間、集めてきた」
「私も、モノノフの為、戦いに協力する」
「アロにアロ2も、本当にありがとう!」
アロとアロ2に感謝の言葉を述べていると…〈竜の都〉から竜が数十頭飛んで来ている。
よく見ると、その背には何十人もの〈冒険者〉が乗っている。
その中には、桔梗や常葉…ヴィクトリアにセフィード、ソフィリアの姿もある。
ゆっくりと飛んで来た竜達が夜櫻達の周りをしばらく飛び回った後、緩やかに飛行速度を落としてから少し距離をおいて地表へと着陸した。
竜の背から降りてきた桔梗と常葉は、夜櫻の傍まで駆け足でやって来ると…夜櫻へと声を掛けた。
「夜櫻。頼まれた通り、ヴィクトリアさんを呼んできました。
その途中、ソフィリアさんや桔梗達と合流をしたので…そのまま一緒に竜達に運んでもらいました」
「こちらも、セフィード様に御助力を願い出ていた時にジョトレさんやシーザーさんにお会い出来たので…そのまま助力をお願いしました。
その際、他の〈冒険者〉の方々も協力して下さると仰ったので…こうして御一緒しましたわ。
後、偶然〈竜の都〉を訪れていらした菜穂美さんにも助力を乞い、彼女も協力して下さる事になりましたわ」
「アハハハ!桔梗さんと常葉さんなら必ずやり遂げてくれると信じてたけど…予想以上の働きをしてくれたみたいだね。
これだけの戦力があるなら、大隊規模じゃなくて世界共通100人規模戦闘並みの戦闘が出来そうだね…」
そう呟きながら、夜櫻は思わず苦笑いを浮かべる。
「この場合、全体をまとめる指揮官が必要ですよね?
一体、誰が指揮官をするのですか?」
モノノフの呟く様な問い掛けに…菜穂美、常葉、桔梗の三人がほぼ同時に返答をする。
「夜櫻さんに決まっていますわ」
「夜櫻にしか指揮は出来ないでしょう」
「夜櫻さんが一番の適役ですわ」
「何故にアタシ押し!?」
三人の推薦に、夜櫻が不満を述べると…菜穂美達は三者三様に理由を述べる。
「その1。これだけの人数を指揮するには、最低でも大隊規模戦闘での指揮経験者でなければ務まりませんわ」
「その2。この場にいる〈冒険者〉の中で、戦場全体の状況を素早く理解し、的確な指示を出せるだけの戦況分析能力と戦いながら全体の指揮出来るだけの技量を持ち合わせているのは貴女だけです」
「その3。戦況が急変した際に、単身で戦線の回復を可能な程の能力を持ち合わせている方が指揮官を務められた方が、いざという時の手助けもスムーズに行えると思いますの」
「……以上の点から、私達は夜櫻以外には指揮官は務まらないだろうと判断しましたが…何か反論は?」
「……はい。引き受けます…」
三人の…隙が無く、容赦ない発言に反論出来ない夜櫻は、諦観の心境で指揮官の件を承諾するしか無かった。
四人のやり取りに、この場にいる皆が思わず笑みを浮かべている。
気持ちを切り替える事にした夜櫻は、集まった一同に目を向けると…気を引き締める様に声を掛けた。
「さあ!〈竜の渓谷〉に潜む〈不和の典災〉を討伐しに行くよ!!」
「「「おーーー!!」」」
──〈冒険者〉、〈鷲頭人族〉、〈精狼狗族〉、人型に変身している竜達による混成大隊規模戦闘が〈不和の典災〉トルウァトゥスの討伐に向けて動き始めた。
◆
──〈竜の渓谷〉、〈死に絶えし盆地〉。
夜櫻の口伝〈神眼〉とヴィクトリアの竜としての第六感で、〈不和の典災〉が潜んでいる場所を特定した大隊は…〈死に絶えし盆地〉へとやって来ていた。
到着した夜櫻達の目に最初に飛び込んできた光景は、異形の竜が盆地の中心部に鎮座している姿だった。
「何…あれ…?」
「気持ち悪い…」
「……不愉快じゃ」
異形の竜─〈不和の典災〉トルウァトゥス─の異様な姿に思わず後退りしかけた一同を夜櫻が一喝する。
「敵の姿に怯んでいたら駄目だよ!
皆!戦闘陣形を形成!!
第一大隊部隊は、敵の優先目標であるシェリアちゃんを中心に…〈守護戦士〉、〈海賊〉、〈施療神官〉、〈森呪遣い〉、〈霊媒師〉、竜の中でも防御に長けた人達で盾役部隊を構成!
桔梗、第一大隊部隊の指揮官は任せた。
モノノフ君、シェリアちゃんの護衛に情報監視者と戦域哨戒をお願い。何かあれば、レギオン用のパーティーチャットで知らせてね」
「かしこ参りましたわ」
「分かりました。シェリアは、必ず僕が守ります!!」
二人の返事を聞くと、夜櫻は素早く次の指示を飛ばす。
「第二大隊部隊は、機動力のある〈武闘家〉を中心に…〈盗剣士〉、近接戦闘型の〈暗殺者〉、〈精狼狗族〉、支援特化の〈吟遊詩人〉と〈付与術師〉、近距離攻撃特化の竜、それとアタシで攻撃部隊を構成!
ソフィーさん、貴女は一緒の部隊で支援と攻撃の両方を兼任して下さい。
常葉さんは、今回は攻撃主体でお願いするよ。
アロとアロ2は、〈精狼狗族〉達と共に主力の攻撃をお願いするね。
セフィードさんも、第二大隊部隊で攻撃の主体を務めて下さい」
「分かりましたわ」
「分かりました」
「分かった」
「私、モノノフの為、頑張る」
「無論、任せて下さい。典災は、私の〈古来種〉の仇でもあります!」
五人の返事を聞くと、夜櫻は次の指示へと移る。
「第三、第四大隊部隊は、〈妖術師〉、〈召喚術師〉、遠距離攻撃型の〈暗殺者〉、〈鷲頭人族〉、遠距離攻撃特化の竜達の混成による遠距離攻撃部隊を構成!
ワールウィンド、貴方は風を使った遠距離攻撃をお願い。
菜穂美さん、両部隊の指揮官をお願いするね。
シーザー君は、遠距離攻撃部隊の支援に回って。
ジョトレ君は、いざという時は遠距離攻撃部隊の防衛をお願いしたいの。頼める?」
「承知した」
「分かりましたわ」
「任せて下さい」
「分かったよ!」
「……以上!皆、行くよ!!」
「「「おーーー!!!」」」
一通りの指示を出し終えた大隊は、〈不和の典災〉トルウァトゥスとの戦闘を開始した。
──夜櫻の予想通り、トルウァトゥスはシェリアを視界に捉えると…第一大隊部隊へと攻撃を仕掛ける。
その攻撃を防御特化の竜達が防ぎ切る。
すかさず、〈妖術師〉と〈召喚術師〉と〈暗殺者〉と〈鷲頭人族〉の遠距離攻撃と竜達による一斉〈竜の息吹〉が放たれる。
遠距離攻撃が止むと、機動力のある〈武闘家〉や〈盗剣士〉、〈暗殺者〉、〈精狼狗族〉、近距離攻撃特化の竜達による苛烈な攻撃が加えられる。
近接戦闘部隊が後退すると、再び遠距離攻撃部隊が一斉攻撃を行う…戦闘は、これの繰り返しであった。
──全ては順調に進んでいる様に見えた……
しかし、〈不和の典災〉トルウァトゥスの特殊能力が発動する事によって戦況が一変する事となった。
仲間の攻撃が、自らの意思に反して仲間を攻撃する同士討ちが次々と大隊の各所で発生する。
それにより、大隊全体が一時混乱状態に陥り掛ける。
だが、咄嗟の機転で歌い出したソフィリアの歌声が混乱状態に陥り掛ける大隊全体を正気に戻す。
「回復役は、大隊全体の回復を優先!
トルウァトゥスの〈リピートノート〉に近い能力が厄介だね……
アタシは回避出来るけど、大隊全体に対する発動の場合はどうやって対応すれば良いのか……」
トルウァトゥスの厄介な能力への対応に夜櫻が頭を悩ませていた時、ソフィリアとレティシアの二人が提案してくる。
「ワタクシ達に考えがあります」
「夜櫻様は、このまま戦闘に集中して下さい」
「ソフィーさん、レティシアさん…。分かったよ!二人を信じて攻撃を続けるね!!」
トルウァトゥスの能力への対処をソフィリアとレティシアに任せ、夜櫻は戦況の回復とその時間を稼ぐ意味での特攻を敢行する為にトルウァトゥスに向けて駆け出していく。
その後ろ姿を見送りながら…ソフィリアとレティシアがお互いに頷き合い、各々に動き始める。
ソフィリアは、前世から引き継いだ自身の能力の封印を解き、完全に解放した状態で使用する為の準備に掛かる。
レティシアは、今回の〈不和の典災〉討伐戦の回復要員として志願した〈竜巫女〉のレイチェルとシンシアに〈竜神官〉アーノルドとキールへと声を掛ける。
「レイチェル、シンシア、アーノルド、キール。
〈竜の都〉を守る為に戦っている〈冒険者〉を手助けする為に…『四竜の護り』を発動させます。どうか、力を貸して下さい」
「分かりました。『緋晶竜の護り』は、私が担当します」
「はい。『蒼穹竜の護り』は、ワタシが頑張って支えます」
「分かりました。恐れ多くも…私が『白銀竜の護り』を務めさせていただきます」
「承知しました。私が『漆黒竜の護り』を担当すればいいのですね?」
自らの果たすべき役割を理解していたレイチェル、シンシア、アーノルド、キールは…四つの宝珠を持って四方へ向けて駆け出して行く。
四人が大隊を囲う様に四方の所定位置へと到着すると…四人は各々宝珠をその場に配置し、祈りを捧げ始める。
それを確認したレティシアも…胸の前で両手を組み、祈りを捧げ始めた。
『『『『『古の盟約に従いて…我等、竜と〈大地人〉の橋渡しとなる者。
竜と〈大地人〉との間に交わされし誓約の元、護り人たる〈冒険者〉達の一助の助けとなる為に…今、『四竜の護り』によりて…この地の護りとする!!』』』』』
レティシア達、五人の厳かな祝詞が紡がれ…四つの宝珠が強烈な光で輝き出すと同時に、大隊全体を覆う様に虹色の半透明のドーム状の障壁が出現した。
突然の障壁の出現に…大規模戦闘クエスト『邪黒竜の襲撃』に挑戦した事の無い〈冒険者〉達は困惑するが、挑戦済みの〈冒険者〉達が「あれは、味方の護りです」とか「竜の息吹をも防ぐ程強力な障壁だぜ」という説明がされると、戦闘に意識を向け直して攻撃に集中する。
それらを見届けたソフィリアは…深い瑠璃色の瞳と深い蒼穹色の髪を輝く様な蒼色へと変化させ、深く息を吸い込むと…歌う様に言葉を紡ぎ始めた。
『汝ら、何も恐れる事は無い。汝らの歩みを止める事は無い。
自らを信じよ。仲間を信じよ。戦友を信じよ。
信じる事こそが、汝らの力となる。
信じ続ける事こそが、汝らを支える事になる。
今こそ進め。この戦いにおいて、何者も汝らの勝利への歩みを止める事は出来ないであろう!!』
ソフィリアが“力ある言葉”を紡ぎ終えると同時に、大隊全体に強力な支援効果がかかる。
──『ステータス2倍』、『全属性耐性50%上昇』、『物理攻撃無効』、『魔法攻撃無効』。
ゲーム時代ではあり得ない程の強力な支援効果に、多くの〈冒険者〉が驚愕する中…夜櫻が全体に号令を掛ける。
「皆、勝利は目前だよ!全員、総攻撃!!」
夜櫻からの『総攻撃』の号令が掛かると、〈付与術師〉や〈吟遊詩人〉が一斉に支援効果を大隊全体に重ね掛けしていく。
また、クラウドコントローラービルドの〈付与術師〉や一部の〈吟遊詩人〉が敵弱体化系の呪歌を〈不和の典災〉に向けて重ね掛けしていく。
──それらが終わると、大隊全体の総攻撃が開始された。
〈鷲頭人族〉達の苛烈な竜巻が叩き込まれ…
〈妖術師〉達が〈フレアアロー〉、〈フラッシュニードル〉、〈オーブ・オブ・ラーヴァ〉、〈サーペントボルト〉を一斉に叩き込み…
〈召喚術師〉達の召喚した従者達が各々の攻撃を繰り出し…
竜達が一斉に〈竜の息吹〉を放ち…
〈精狼狗族〉達が波状攻撃を仕掛け…
〈盗剣士〉達が〈デュアルベット〉、〈アーリースラスト〉、〈ブラッディピアッシング〉、〈ヴァイパーストラッシュ〉で攻撃を加えたり、〈エンドオブアクト〉で大ダメージを狙ったり…
〈暗殺者〉達は、近接攻撃型が〈アクセルファング〉、〈ステルスブレイド〉、〈サドンインパクト〉、〈クイックアサルト〉、〈エクスターミネイション〉等の攻撃を与えたり、遠距離攻撃型が〈ラピッドショット〉、〈スパークショット〉、〈ヴェノムストライク〉等で狙い撃ちしたり、一撃必殺の〈アサシネイト〉の攻撃で大打撃を与えようとしたり…
盾役を務めていた戦士職も全員攻撃に転じ、〈守護戦士〉達
が〈スマッシュ〉、〈オーラセイバー〉、〈スカーレットスラスト〉、〈シールドスマッシュ〉、〈オンスロート〉で攻撃を行い…
〈武闘家〉達が〈マーシャルアーツ〉、〈タイガーエコーフィスト〉、〈ワイバーンキック〉、〈オリオンディレイブロウ〉、〈タウンティングブロウ〉を回避系特技と織り交ぜながら繰り出し…
〈海賊〉達は一撃一撃が強力な攻撃系特技による攻撃を命中させ…
〈武士〉の桔梗も〈兜割り〉、〈飯綱斬り〉、〈火車の太刀〉、〈螺旋風車〉、〈虎口破り〉、〈一刀両断〉をタイミング良く繰り出してコンボの様に攻撃を繋げ…
回復役である回復職も攻撃へと回り、〈施療神官〉達が〈アージェントシャイン〉、〈ジャッジメントレイ〉等の攻撃魔法や〈フェイスフルブレード〉の攻撃系特技での攻撃や武器での通常攻撃を行ったり…
〈森呪遣い〉達が〈バーニングバイト〉、〈ライトニングフォール〉、〈ヘイルウィンド〉、〈コールストーム〉等の攻撃魔法や〈グレイウルフ〉、〈フォレストベア〉、〈ワイルドボア〉による攻撃を敢行し…
〈霊媒師〉達が各々に攻撃系特技で攻撃を加え…
ヴィクトリアの苛烈な攻撃魔法と剣撃が、エストレイとクリストファーの大剣による強力な攻撃が、アレクセイルの暗器を使った急所を狙う攻撃が、シエルの細剣から繰り出される鋭い突き攻撃が、イグニスの強烈な拳の連撃が、次々とトルウァトゥスへと加えられる。
──大隊規模からの総攻撃を受け…また、ソフィリアと〈竜巫女〉・〈竜神官〉の協力によって攻撃を無効にされ、特殊能力を封殺された〈不和の典災〉トルウァトゥスに反撃をする術など最早無く、残りHP総量は5%までに激減していた。
このまま止めを…と各々が武器を構え直した時、唐突にトルウァトゥスが口を開いた。
『ナゼ、ジャマヲスル。〈エンパシオム〉ヲ テイキョウスレバ、オマエタチノ ノゾムキカンニツナガルトイウノニ』
トルウァトゥスの言葉を聞いた〈冒険者〉の大多数が迷い、戸惑い…武器を下ろしかける。
しかし、次に夜櫻が口にした力強い言葉を聞いて、心の迷いを振り払った。
「もし、お前の語る言葉が例え真実であろうと…アタシ達の運命を軽々しく委ねられる程、お前達は信用出来る様な存在じゃない!
それに、地球への帰還を目指すなら…アタシは他人任せになどせずに、自ら行動を起こしてその方法を探し出す!!
そして…〈典災〉は、〈セルデシア〉に生きる総ての存在にとって害悪でしかない。
アタシ達と共に生き、助け合う良き隣人である彼等の生存を脅かす存在である以上、お前達の存在を…行いを容認する事は絶対に出来ない!!」
そう宣言した夜櫻は、トルウァトゥスに向けて刀を真っ直ぐに構える。
「アタシ達は自らの力で運命を切り開き、自らの意思で未来へと向かう!
滅びろ!〈不和の典災〉!!」
『オノレェェェエエエエエ!!!!!』
夜櫻が素早く流れる様な洗練された動作で刀を鞘に納刀し、少し腰を落とす様にして攻撃補助系特技〈居合いの構え〉を取る。
夜櫻のその構えを見た桔梗と常葉、webにアップされていた動画で度々その行動を見てきたモノノフは、大隊全体に素早く指示を出す。
「〈付与術師〉と〈吟遊詩人〉と他に支援が出来る人は、夜櫻に向けて支援効果の重ね掛けを行って下さい!」
「同時に、トルウァトゥスに対して阻害効果の重ね掛けも行って下さいね」
「後、夜櫻さんが攻撃を行うまでは敵に一切邪魔をさせない様に攻撃阻害も行って下さい」
三人からの指示に素早く反応して、大隊全体が夜櫻の攻撃支援に動き出す。
動き出すと同時に、トルウァトゥスに対しての阻害効果や夜櫻に向けての支援効果が一斉に掛けられる。
味方からの多重支援効果を受けた夜櫻は、深くゆっくりとした呼吸を行い…攻撃に余計な雑念を消し去り、心を空っぽにして『明鏡止水』の境地へと至る。
そして、補助系特技〈朱雀の構え〉に口伝〈神眼〉と〈疾風怒濤〉を発動して自己強化を行ってから…口伝〈残影舞踏乱舞〉を発動してトルウァトゥスとの間合いを瞬時に詰める。
『残月!一刀両断!!』
〈武士〉専用の特殊クエストをクリアする事で入手出来る〈武士〉専用の補助系特殊特技〈残月〉─次に行う攻撃系特技の攻撃回数を最大十回まで増やす特技─を発動し、〈武士〉の持つ攻撃系必殺技〈一刀両断〉を発動させる。
──味方からの支援により攻撃速度や攻撃力を底上げされ、また自身の特技〈居合いの構え〉(※〈大災害〉後に、〈居合いの構え〉から別の攻撃系特技へと繋げられる事が可能になった事が判明している)や口伝〈神眼〉による回避率の向上や補助系特技〈朱雀の構え〉と口伝〈疾風怒濤〉による自己強化を行い、口伝〈残影舞踏乱舞〉で間合いを詰めて攻撃の命中率を上げ、補助系特殊特技〈残月〉で攻撃回数を増加させ、充分に強化された夜櫻の必殺攻撃─〈一刀両断〉は…その全てがトルウァトゥスに見事に命中する。
攻撃から逃れる術が無かったトルウァトゥスのHPの残量は完全に0となる。
『〈エンパシオム〉ノ…サイシュガ……』
その言葉を最後に、トルウァトゥスの身体は虹色の泡となって消え去った。
──こうして、〈竜の都〉を…シェリアの未来を脅かしていた〈不和の典災〉トルウァトゥスが引き起こした一連の大事件は、竜達と〈冒険者〉、〈鷲頭人族〉と〈精狼狗族〉の協力と尽力によって、無事に幕を下ろす事が出来たのだった……。