#11 不和の開花と動き始める有志達
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──〈大地人〉大商隊が、〈竜の都〉へと辿り着いた…その日の夜。
いつもの夜の巡回警備を行っていた〈竜戦士団〉の巡回警備班が、何者かに襲撃された。
──幸い、死者は一人もいなかった。
だが…〈竜の都〉の治安を守っている〈竜戦士団〉が襲撃された事件は、街全体を巻き込む〈不和の典災〉トルウァトゥスの仕込んだ計画の始まりを告げる狼煙だった……。
▽○□
──〈竜の都〉、東側地区…〈竜戦士団〉本部。
──今の本部会議室には、重苦しい空気が充満していた。
その原因となっているのは、昨日の『巡回警備班襲撃事件』だった。
本来は〈竜戦士団〉の一員では無いが…会議に参加している女帝─ヴィクトリアが口を開いた。
「今回の襲撃事件…おそらくじゃが、その裏には“〈不和の王〉トルウァトゥス”が関わっておる」
女帝の口から紡がれた言葉に…竜達は険しい表情に変わり、〈大地人〉達はざわめき、〈冒険者〉達は首を傾げた。
「なんですか?その〈不和の王〉とは?」
〈冒険者〉を代表して、ゼノンが問い掛ける。
それに返答したのは女帝本人では無く、傍に控えていた執事─アレクセイルだった。
「私達、古くから生きている竜や〈大地人〉の間では…『セルデシアの大地に災いなす存在の一つ』として語られているモノです。
そして…先の『竜達の狂暴化』の一件の裏にも、“〈不和の王〉トルウァトゥス”が暗躍していた…という話です」
アレクセイルの説明に、〈冒険者〉一同は顔を強張らせ…息を飲む者もいた。
「かなり厄介な存在の様ですね。
では、〈不和の王〉トルウァトゥスが〈竜戦士団〉の仲間を襲撃した…という事ですか?」
ゼノンのその言葉に、女帝は首を横に振る。
「アヤツ自身が直接襲撃を行った訳では無い。
アヤツの息のかかった者か利用され…踊らされておる者の仕業であろうな」
女帝のその言葉に、〈冒険者〉の一人が意見を述べる。
「その場合、一番怪しいのは昨日到着した商隊ですよね?
商隊全体が、“〈不和の王〉”の手先って可能性は?」
〈冒険者〉のその意見に、レグドラが答える。
「その可能性はゼロではありませんが…おそらく、一番低いでしょう。
むしろ、その中に紛れ込んでいる可能性の方が高いかと」
レグドラのその言葉に、一同はまた重苦しい雰囲気へと変わる。
「……とりあえず。一度は、その商隊に接触する必要があるかもしれません。
クリストファー、シルビア。少数精鋭を連れて、その商隊に接触してみて下さい」
ゼノンの指示に、椅子から立ち上がりながら二人が返事をする。
「分かりました。早速、行動を開始します」
「了解しましたわ。出来る限り、急ぎますわね」
返事をすると二人は、素早く行動に移して会議室を後にした。
──残された面々は…女帝と付き添いの二人を除き、皆一様に険しい表情のままだった……。
◎
──険しい表情をしたまま…セフィードは、〈竜の都〉の街中を歩いていた。
セフィードは、街中が不穏な気配とピリピリと張りつめた様な空気を纏っている事に気付いていた。
「……嫌な雰囲気ですね」
街中に漂う異様な雰囲気に、セフィードは思わず顔を顰める。
街中に漂うその雰囲気から、ただ事でない何かが起ころうとしている事を薄々とだが察する事は出来る。
「この地に、何が起ころうしているのでしょうか…?
…だとしたら、私の力が及ぶ限りで〈竜の都〉を守らなければ!」
そう呟きながら、強い意志を瞳に宿らせていたセフィードの耳に…遠くから聞こえてくる喧騒と爆発音を捉えた。
「……!?やはり、何かが起こった様ですね。
よくない事が起こったのなら、私に出来る事をしなければ!!」
そう呟きながらセフィードは、騒動の渦中へと駆け出した。
□
「クソッ!またか!!」
本日の巡回警備班は、前日と同じ様に突然の襲撃を受けていた。
「彼ら、昨日〈竜の都〉にやって来た〈大地人〉商隊の仲間よ!」
襲撃者達の姿に見覚えがあった〈暗殺者〉の女性〈冒険者〉は、そう発言する。
「余所から来た〈冒険者〉の次は、余所から来た〈大地人〉かよ!
最早、この街の〈大地人〉と〈冒険者〉以外は信用出来ないな」
そう呟いたのは、女性〈暗殺者〉と並走する〈施療神官〉の男性〈冒険者〉だ。
「……そうね。余所者は、本当に信用出来ないわ」
女性〈暗殺者〉と男性〈施療神官〉と一緒に並走する〈盗剣士〉の女性〈冒険者〉は、不穏な雰囲気を纏いながらそう呟く。
──少しずつ…〈竜の都〉の街中には、余所者に対する不信感と疑心暗鬼の芽が芽生えようとしていた。
◇
「……不味いね。
〈竜の都〉全体に、“不和の王”の濃厚な気配が漂い出しているよ」
いつも通り、シェリアを〈幻竜神殿〉へと送っている最中の道中で…夜櫻が唐突にそう呟く。
夜櫻の呟きを聞いた一同は顔を強張らせ、一気に緊張感を纏った雰囲気へと変わる。
「…どういう意味ですか?」
青ざめた顔をしたシェリアが、恐る恐るといった感じに尋ねる。
「“トルウァトゥス”が本格的に動き出したって事だよ。
けど…やっぱり不味いね。
街中の雰囲気に不穏な感じが漂い出してる…放っておくと、血を見る様な事態になりかねないかもね」
「それは、つまり…この街に〈不和の王〉の魔の手が及んでいる…という事ですか?」
夜櫻のさらなる発言を聞いて、ソフィリアが硬い面持ちで問い掛け…夜櫻は無言で頷く。
「そんな!!」
シェリアが思わず悲痛な声を上げる。
「どうするんですの?夜櫻?」
桔梗の問い掛けに、真っ直ぐで揺らぐ事の無い様な強い意志を宿した瞳で夜櫻が答える。
「“トルウァトゥス”の企みをブッ潰した上で、今日こそアイツと決着をつける!!
そして…今度こそ、シェリアちゃんの未来を守り抜くよ!!」
夜櫻のその言葉に、皆が力強く頷いた。
それを確認した夜櫻は、素早く口を開く。
「まずは、この街全体に広がっている不穏な雰囲気の大元を断たないといけないね」
「それについては、ワタクシに考えがあります。
ワタクシに任せて下さいませんか?」
ソフィリアからの提案に、一瞬驚いた表情を見せた夜櫻だったが…すぐに笑顔に変わり、彼女の言葉に頷く。
「分かった。街中については、ソフィーさんに任せたよ!」
「ありがとうございます。では、早速。行動を開始しますね」
そう言うが早いか…ソフィリアは、背中に竜翼を生やして何処かへと飛んで行く。
夜櫻達は、それを黙って見送る。
「…さてと。街の事はソフィーさんに任せて、アタシ達はアタシ達に出来る事をしよう」
振り向きながらそう言って夜櫻は、残ったメンバーに素早く指示を出していく。
「まず、戦力確保に…機動力の高いワールウィンドと常葉さんの二人には動いてもらうよ。
その機動力を活かして…常葉さんには、西側地区にあるオルステン伯爵邸に滞在中のヴィクトリアさん達を呼んで来て欲しいの。
そっちにいないなら、多分〈竜戦士団〉本部の方だと思うの。前に、『たまに顔を出している』って聞いたからね。
ワールウィンドは、アロとアロ2の二人とジョトレ君とシーザー君の二人を探して来て。空を飛翔出来るワールウィンドだけにしか頼めないからね」
「分かりました」
「承知した」
夜櫻の指示に従い、常葉とワールウィンドの二人が早速行動を起こし…夜櫻達の元を離れる。
「桔梗さんは、街中で〈古来種〉のセフィードを捜しつつ、トルウァトゥス討伐に参加してくれそうな有志を集めてきて」
「分かりましたわ」
夜櫻の次の指示を聞いた桔梗は頷くと、そのまま街中へと駆けて行く。
残ったモノノフとシェリアへと目を向けた夜櫻は、声を掛ける。
「トルウァトゥスの前の狙いは、シェリアちゃんだった。今回も、貴女は狙われていると考えた方がいいと思うの。
だから…モノノフ君とシェリアちゃんは、アタシと行動を共にし、トルウァトゥスの居場所へとこのまま向かうよ!」
夜櫻のその宣言に、モノノフとシェリアは思わず驚く。
「ちょっ!よりにもよって、狙っている張本人の元にシェリアを連れて行くなんて…正気ですか!?」
「正気も正気。護衛対象は、近くにいた方が守り易いでしょ?
それに…『虎穴に入らずんば虎子を得ず』。
トルウァトゥスを確実に討伐する為には、多少の危険は覚悟しないと駄目だよ?」
夜櫻のその言葉に…モノノフはため息を漏らし、シェリアは思わず笑みを浮かべる。
「…分かりました。ボクも、覚悟を決めます」
「私も守られるだけでなく、共に戦います。
モノノフさん、貴方が守って下さると信じています」
シェリアのその言葉に、モノノフは思わず顔を赤らめる。
二人のやり取りを微笑ましく眺めた後、夜櫻は気を引き締める様に宣言する。
「よっしゃあ!向かうは、〈竜の渓谷〉に潜伏中のトルウァトゥスの元!
目指すは、トルウァトゥスの完全討伐!!行くよ!!」
──〈不和の典災〉トルウァトゥスの計略が〈竜の都〉に仕掛けられる中…夜櫻達による『トルウァトゥス討伐作戦』が動き出そうとしていた……。