#10 不和の種
◆
──それは、ある日突然起こった。
その日も、〈竜の都〉の外から大きな〈大地人〉商隊がやって来た。
いつもなら、外部の〈大地人〉商隊の行動は、南側地区で定期的に開かれる市場で商売するか、この街に商店を持つ商人に品物を卸すかのどちらなのだが…その〈大地人〉商隊は違っていた。
『〈竜の都〉に定住して、自分達の店を開きたい』
──その商隊が突然告げてきた要望は、〈竜の都〉に一つの波紋を巻き起こした。
▽
「“定住して、店を持ちたい”…ですか」
〈竜の都〉で、長年大棚の店を持つ〈大地人〉商人達からの報告をまとめた報告書に目を通したレグドラは…深い溜め息を洩らした。
──最近、〈ビッグアップル〉や〈西天使の都〉の〈冒険者〉達が行っている略奪や奴隷狩り,搾取等から逃れる為に…〈竜の都〉の様に比較的治安や秩序が整っていて、安全で生活が保障されている街や大都市へと移住を希望する〈大地人〉が後を絶たない。
それ自体は、〈悪夢の五月〉以降の〈ウェンの大地〉ではごくありふれた光景の一つとなりつつあり…特に珍しい事では無い。
(もっとも、“〈冒険者〉から逃れる為の移住”が…最早、当たり前になりつつある今の〈ウェンの大地〉の現状は…我々としては、非常に受け入れ難い状況です)
──〈悪夢の五月〉や〈血濡れの六月〉の後…この〈竜の都〉に定住した〈冒険者〉達は皆、良識を持つ友好的な者達ばかりだった。
つい最近、この街に移住した〈西天使の都〉の〈冒険者〉達もそうだ。
(……ですが、〈ビッグアップル〉や〈西天使の都〉に未だに住んでいる〈冒険者〉の殆どが、〈大地人〉や弱者の〈冒険者〉を奴隷として扱い…自らの欲求を満たす利己的な者ばかりだと聞いています。
…そう、この前のカウェールという〈冒険者〉の様に)
自分で考えていた思考で…吐き気を覚えたレグドラは、軽く頭を振って嫌な気分を振り払う。
考えを再び〈大地人〉商隊の件へと戻し、また深い溜め息を洩らす。
「竜としての勘…なのでしょうか?この商隊の存在、何故か嫌な予感しかしません…」
妙な胸騒ぎを感じながらも…商隊への対応をどうするべきかを考える為、レグドラは再び思考の海へと沈むのだった……。
○
「だから!いきなり『定住して、店を持ちたい』って言われても、こっちも困るんだよ!!」
〈竜の都〉に住んでいる商人達で作る〈商業組合〉の責任者である〈大地人〉商人のライアスは…商隊のリーダー─ダリウスの言い分に対して、真っ向から反論する。
「そんなに全否定しなくてもいいじゃないか!
俺は怖いんだよ!“略奪者”によって、この商隊の仲間や家族を失ってしまうのが…」
ダリウスのその言葉を聞いたライアス達─この〈竜の都〉に住む〈大地人〉達─は気が付いた。
──大所帯のこの商隊には、女や子供が混ざっており…略奪者と化した〈冒険者〉から逃れる為に、家族諸ともに旅してきたのを…瞬時に理解出来た。
ダリウスの悲痛な訴えを聞いたライアスは、その気持ちを汲んだ上でこう答えた。
「……貴方達の事情はよく分かった。貴方達が、そこまでこの街に定住したい理由も理解出来た。
だが、すぐの受け入れは難しい。
この街は、オルステン伯爵様が治めていらっしゃるから移住許可を戴く必要がいるし…それに、幾度か厄介事が起こっていて…住人達が物凄くピリピリしているんだ」
ライアスの言葉に、ダリウス達商隊の面々の表情は重苦しく沈んだものへと変化していく。
しかし、ライアスの次の言葉を聞いた瞬間には皆の表情が一斉に急変する。
「だからこそ、しばらくの間は貴方達の監視…という名目で、俺の所に来てもらうぞ。
無論、滞在中の衣食住は俺の商会が全面的に保障する。
……辛かったんだな」
ニコリと笑みを浮かべて告げたライアスの言葉に、ダリウス達は堪えきれず…思わず涙を流し、嗚咽を漏らした。
「ありがとう。ありがとう…」
「お礼なんて、いいんだ。
私も、大切な家族を持つ身…他人事とは思えなかったからだしな。
さあ、ついて来てくれ」
ライアスに促され、ダリウス達は未だに涙を流しながら追従する。
──この時、ダリウスの商隊の中に場違いな怪しい笑みを浮かべる者が数名程いたのだが…その事に気が付いた者は、誰一人としていなかった……。
□
「ん?あれは…ライアスさんか」
街中を見廻り中の〈竜戦士団〉の巡回警備班の一人、トルネドは見覚えある商人の姿を見掛けて足を止めた。
「後ろの列は、新たな移住希望者かな?
あの人、情に厚い人だもんねぇ〜。…かく言う私も、世話してもらった口だし」
足を止めたトルネドと一緒に足を止めた同僚の女〈冒険者〉は、微笑ましそうにその光景を眺めている。
「おーい。今、巡回中なのを忘れるなぁ〜」
足を止めていた二人に、巡回班の仲間が苦笑しながら声を掛ける。
「あ、悪い悪い」
「ごめ〜ん。今行くよ」
声を掛けられた二人は、慌てて駆け出すと…仲間と合流し、そのまま街中の巡回警備へと戻っていく。
──この時、巡回班にいる誰かが商隊全員の簡易ステータスを確認していれば、〈大地人〉の中に数名の〈冒険者〉が混じっていた事に気が付いただろう。
しかし…カウェールの一件が解決した事によって出来た気の緩みにより、ステータスの確認は怠られ…商隊に混じる〈冒険者〉の存在は、見過ごされる事となった……。
◇
「アタシの口伝、あーちゃんの口伝の様に“広域探知”だったらよかったんだけどなぁ〜」
「突然、どうしたんですか…」
唐突な夜櫻の呟きに、常葉が怪訝そうな表情になる。
「アタシの口伝ってね、一定範囲内のみの敵対者の攻撃を先読み─予測をする…戦闘に重点を置いたものなんだよね。だから範囲はあまり広くないし、何より何処かに潜んでいる敵を探索するのには向かないんだよ。
逆に、あーちゃんの口伝は広域探知─範囲内の索敵や戦況判断…つまり、状況把握に重点を置いているんだ。
だから、今回の様に何処かに隠れている敵を探すのにはすごく向いているんだよねぇ〜」
「成程。夜櫻と朝霧の口伝には、その様な違いがあるのですね」
説明を聞いて常葉は納得していたが…夜櫻は、その返答を聞かないまま自らの思考の海に沈んでいた。
──夜櫻は、何故二つの口伝がこんなにも違うのかを分かっていた。
自分と朝霧の口伝の違いは、〈大災害〉以降の自らの在り方の違い…そのものであると。
自分は敵を倒す事に重きを置いたが故に、戦闘向きの口伝に…
朝霧は仲間を守る事に重きを置いたが故に、広域探知向きの口伝になったのだと。
(……結局のところ、〈大災害〉から現在まで…戦闘ありきでやってきたアタシが悪いんだろうけどね)
そう思考の中で結論付けた夜櫻は、軽くため息をつく。
「ま、無い物ねだりしてもしょうがないよね。
今、アタシに出来る範囲で頑張るしかないか!」
決意を口にした夜櫻の様子を見ていた常葉と桔梗は、お互いに苦笑いを浮かべている。
「覚悟しなさい〈不和の典災〉!
絶対に、お前の好きにはさせないからね!!」
──自らが出来る範囲の…出来る限りの力を持って、〈不和の王〉に対抗する。
ヤマトの〈姫侍〉は、〈不和の典災〉トルウァトゥスの魔の手から〈竜巫女見習い〉のシェリアと〈竜の都〉を守り抜く事を心の中で力強く誓うのだった……。