#09 不和の胎動
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──1週間前にカウェールが起こした一騒動は……〈竜の都〉には、大きな影響を一切与える事は無く密かに鎮圧され…街は、今日も平穏無事な日常を過ごしている。
しかし…その平穏は、しばらく行方を眩ませていた〈不和の王〉─〈不和の典災〉トルウァトゥスが再び暗躍し出す事で破られる事となる……。
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──カウェールの一件の後…当初は、〈竜の渓谷〉へと戻ると見られていた女帝─ヴィクトリア達だったが…渓谷には帰らず、そのまま〈竜の都〉に留まり続けていた。
「〈紅水晶の女帝〉様、どうされたのですか?
厄介な〈冒険者〉達を追い返された後は、〈竜の渓谷〉に帰られるとばかり思っておりましたが…」
問い掛けてくるオルステン伯爵に…優雅に紅茶を飲みながら、女帝─ヴィクトリアは答えた。
「妾は、先の〈冒険者〉達の一件…単純に、彼の者が野望を叶えんが為の愚行だと思い込んでいた。
しかし…先月の〈竜の都〉を揺るがす一件と今回の一件、もし裏で繋がっていたとしたら…厄介な事態になるやもしれぬぞ」
ヴィクトリアの口から語られた…不吉な言葉に、伯爵は思わず身震いするのだった……。
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──〈竜の都〉の一角…西側地区にある〈古来種〉アンジェラの療養用の住居では、アンジェラとセフィード,幼い〈冒険者〉の少女5人と幼い〈冒険者〉の少年5人が共に、少し遅めの朝食を摂っていた。
体力的にも随分と回復してきたアンジェラは、普通に食事を食べれる位には食欲も戻ってきている。
その事を心の中で嬉しく思いながら…セフィードは、アンジェラと共に〈冒険者〉の少年少女達が美味しそうに朝食を食べている光景を微笑ましく眺めていた。
(……この子らには、本当に感謝しないといけないな。
アンジェラが精神的にも良い方へと回復しつつある一因は、この子らが献身的に支えてくれた事だろう。
そして…この子らが安心して過ごせる場所である〈竜の都〉を私の力が及ぶ限りで守ってみせる!!)
セフィードは、優しい少年少女の〈冒険者〉達の為に…改めて、〈竜の都〉を守り続ける決意を密かに固めていた。
──彼は知らなかった。
〈不和の王〉─〈不和の典災〉トルウァトゥスが再び、〈竜の都〉へと…その災いの牙を向けようとしている事に……。
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──カウェールの一件が解決し…最近、〈西天使の都〉から〈竜の都〉へと定住を決めた〈冒険者〉の中には〈竜戦士団〉に所属する事を希望する者も少なからずいた。
その為…最近の〈竜戦士団〉は、部隊の再編成等で大忙しの毎日となっていた。
「……まぁ。これって、ある意味平和な証拠だよねぇ〜」
「確かに」
部隊の再編成に巻き込まれなかった…ある意味幸運な〈冒険者〉の2人組─ロナとヴァートンは、のんびりとした会話をしていた。
聞いている会話の端々から、2人の間には危機感が全く無いのが感じ取れる。
──それは、仕方が無い事だった。
カウェールの一件が片付いた事で、〈冒険者〉の大多数が『もう〈竜の都〉を脅かす脅威は無くなった』と楽観的に考える様になっていたからだ。
──そうした油断が、〈不和の典災〉トルウァトゥスの“不和を演出する”為の工作を行う際に付け入る隙を与える事に繋がる等…彼等は思いもしなかった……。
◇
──カウェールの一件後…一番油断していなかったのは、彼女達であろう。
今日も夜櫻達は、いつもの日課となりつつある…〈竜巫女見習い〉シェリアを〈幻竜神殿〉へと送迎していた。
その道中…唐突に夜櫻が不愉快そうに呟いた。
「……嫌な気配が微かに〈竜の都〉の空気に混じっているね。
“石舞台”に現れた〈不和の王〉の気配が…ね」
夜櫻のその言葉に…シェリア,モノノフ,ワールウィンド,ソフィリアの4人の表情が一斉に強張る。
〈不和の王〉と一度も対面した事の無い桔梗と常葉は、夜櫻の言葉やモノノフ達の様子から何かを察したのか…緊張した面持ちへと変化する。
「……それは、本当なのですか?」
硬い表情のまま…ソフィリアが問い掛けてくる。
彼女の問い掛けに、夜櫻はゆっくりと頷きながら答える。
「間違いないよ。アタシ、一度読んだ気配は絶対忘れないから。
まあ、“微か”だから…“トルウァトゥス”じゃなくて、その息のかかった者か何等かの干渉を受けた被害者だろうけどね」
さらりと、何でもない風に皆には告げている夜櫻だったが…その頭の中で考えている事は違っていた。
(“カウェールの陰謀”……もし成功していたら、〈竜の都〉の〈冒険者〉と〈大地人〉の間には不和が生じていたかもしれないね。
そう考えると…もしかしたら、“カウェール”の一件の裏にも“トルウァトゥス”の影があって…カウェールも、知らず知らずの内に利用されていたのかもね)
──そこまで考え…改めて気を引き締めて直すと、夜櫻は仲間達と共に〈幻竜神殿〉へと向けて歩き出すのだった……