#01 交差の始まり
▽
──赤茶けた断崖が切り立った様な険しい渓谷地帯が広がる〈竜の渓谷〉の…その全貌をよく見渡せる高台の様な断崖絶壁の崖の上に二人の人物が悠然と立っていた。
〈竜の渓谷〉は、『竜達の住処』と呼べる場所であり…周辺に住む大抵の〈大地人〉は、〈竜の渓谷〉に“畏敬”か“畏怖”のどちらかの感情を抱くものだが…その二人は、そのどちらの感情も抱いている様子は全く無かった。
──当然であろう。何故ならば…この二人の人物は、どちらも竜が人型を取ったものだからだ。
「……不愉快じゃな」
そう呟く…二人の人物の内の片方は、艶やかな桃色の唇に…淡いコバルトブルーの瞳で、鮮やかな緋色の足首までの長さがあるストレートな髪、見た目は20代後半位で…誰もが思わず見惚れる程の美貌を兼ね備え、蒼色から碧色に変化する美しいグラデーションのロングドレスで身を飾りながらも…出るところは出て、引っ込むところ引っ込み…ドレスでは隠しきれない程の溢れ出る様な艶やかな色香を感じさせる魅力的な身体つきをしている…まさに、“絶世の美女”と表現してもいい容姿をしていた。
美しい彼女のその身を飾るのは…大玉の紅玉を始めとした…様々な宝石が散りばめられた白銀色の豪奢なティアラに、首元には大玉の蒼い石と複数の小粒の青い宝石で作られたネックレス、耳には大玉で薔薇型の翠玉のイヤリングである。
──彼女は、ゲーム時代には〈冒険者〉の間で『緋尖晶竜の女帝』と呼ばれていて…その本性は〈尖晶竜〉であり、彼女─“女帝”は、王者の風格を滲ませながらも…その美貌を今は不快感で歪ませ、しかしその美貌を少しも損なう事は無く…なおも不愉快さを顕にしながら呟き続ける。
「…どうやら、妾達の住処を土足で踏み荒らす愚か者共がおる様じゃな」
どこか忌々しそうに呟き続ける“女帝”のその言葉に…もう片方の人物─腰までの長さがあるストレートな深い墨色の髪は束ねずに流したままにし、日の沈んだ夜空を思わせる濃い藍色の瞳に、背はかなり高く、見た目は20代後半位の凛々しい面差しの美丈夫であり…黒系統の色彩の装備一式で身を固め、全体が漆黒色で白銀色の細やかな紋様が刻み込まれたロングソードを腰の左側に提げた剣士風の装いの─〈常闇竜〉の“墓守り”が苦笑いを浮かべながらも、彼女の呟きの意味を問い掛ける。
「それは、“侵入者達”ですか?
それとも、“侵略者”の方ですか?」
「……両方じゃな。
特に、後者の方が住処だけでなく〈竜の都〉の内部にまで侵食しておるから厄介じゃ。
まあ、前者を軽んじれるか…と言えば、軽んじてはならんじゃろうな」
“女帝”からの答えを聞いた“墓守り”は…しばし考えた後、再度問い掛けた。
「……では、現在〈竜の都〉に居る竜達にこの事を伝えますか?」
「そうじゃな…伝えるのは、“侵入者達”の事だけにしておくがよいじゃろう。
〈冒険者〉達は、昔の頃の様に…ただ〈竜の渓谷〉に挑みに来る訳では無かろう。
おそらく、何等かの野心を抱いている筈じゃ。
ついでに、竜達には『〈竜の都〉にとって害悪となる様ならば、問答無用で排除せよ』と…〈混血の大地人〉達には『〈冒険者〉達は、もしかすると〈竜の都〉を害するつもりやも知れぬ…その言動には充分に注視せよ。濃い薄いの違いはあれど…竜の血を引く者である以上、自らの敵か味方のどちらであるかを“竜の本能”で見分けられるであろうからな』…と、言葉も添えておいてくれぬか?
“宇宙からの侵略者”については…もし伝えれば、〈竜の都〉全体にいらぬ混乱を招きかねんからな…今は、あえて伝えぬ方が良かろう。
それに…年若き竜達は、“侵略者”については一切知りはせぬしな。
いちいち、不安を煽る様な真似をする必要もあるまい?
……あれらの存在を知っておるのは、長い歳月生きている妾とお主とヴォーメット位じゃ」
“女帝”からのその返答に、“墓守り”はおもむろに不満そうな様子を見せてくる。
「なんじゃ?何やら不満そうじゃな」
「…ええ。〈竜の渓谷〉でも、〈古代竜〉に次ぐ絶大な力をお持ちの〈尖晶竜〉が…これ程の事態に際しても、何故全く動かないのか?…と思いましてね」
“墓守り”の不満を顕にした言葉に…“女帝”は誤魔化し等を一切せずに、真剣な態度で返答した。
「先程、お主が申した通り…妾達が“絶大な力を持つ”が故よ。
妾、お主、ヴォーメット…妾達三体は、この〈竜の渓谷〉では突出した能力を持っておる。
その“絶大な力”を制限せずに無闇に振るえば…辺り一帯は完全な焼け野原となるであろう。
……本当に守りたいものすらも、完全に破壊尽くしてな。
それ故に…己を厳しく律し、“絶大な力”の振るいどころをよく見極めねばならぬのじゃ。
それに…妾達が全ての事柄に手を出しておったら、いつまで経っても後進が育たぬぞ?」
“女帝”からの鋭い指摘を受け、“墓守り”はぐうの音も出なかった。
“墓守り”のその様子に、“女帝”は少し苦笑しつつ…付け足す様に言葉を続ける。
「…とはいえ。もし“侵略者共”が、妾の逆鱗に触れる様であれば…その時は、決して容赦はせぬぞ」
そう述べた“女帝”は、凄絶で冷悧な笑みを浮かべ…“墓守り”は、彼女の浮かべた冷悧な笑みに戦慄を覚えるのだった……。
○
──〈竜の都〉の…かつては、各地区を行き交う人達で賑わっていたが…オルステン伯爵が出した“とある”命令のせいで、今では完全に静まり返り…当時のその面影は何処にも無い寂れた大通りを…首元で軽く切り揃えた淡い水色の髪に仕立ての良い貴族の子息が着る様な服を身に付けた一人の少年が、白銀色の瞳の目尻一杯に涙を溜めながら一つの場所を目指して必死に走っていた。
少年の名は、ゼノン…ゼノン=オルステン。
クロード=オルステン伯爵の次男であり…13歳と、まだ年若くはあるが聡明で物分かりが良く…父親譲りの他者を思いやれる心優しい少年でもある。
そのゼノン少年は、ある場所…自警団〈竜戦士団〉の本部へと辿り着くと、“とある部屋”へと駆けていくゼノン少年の…普段とは違う様子を見て心配したり、怪訝そうな表情を見せる団員の間を素早く通り抜け…そのまま“とある部屋”─総司令室内へと駆け込む。
「ん?ゼノン君?
……そんなに今にも泣きそうな顔をして、一体どうしましたか?」
室内には…背中までの長さはある淡い金髪を軽く束ね、黒色の軍服を身に着けた翠色の優しげな眼差しをしたエルフの〈竜戦士団〉総司令が…つい先程まで目を通していた書類を机に置き、腰掛けていた椅子から立ち上がると…優しく声を掛けながら、ゆっくりとゼノン少年の方へと近付いていく。
──最初は同じ名前というだけで慕っていた大好きな〈冒険者〉の…自分を気遣う優しげな声を聞いた瞬間、ゼノン少年は最早堪えきれなくなった感情のままに言葉を吐き出した。
「ゼノン様!お願いです!兄様を…アレン兄様を助けて下さい!!」
──留めなく溢れてくる涙を流し続けながら…ゼノン少年は、総司令─ゼノンの胸にすがり付き…嗚咽を漏らす。
ゼノンは、泣き出したゼノン少年の発言に驚きながらつつも…今は、弱々しい幼い少年のその背中を優しく撫でる事しか出来なかった…。
○□
──ようやく落ち着いたゼノン少年は、急かす様な事は一切せず…自分が話し出すまで、ただ黙って待ち続けてくれているゼノンのその優しい心遣いに…内心で感謝をしつつ、ゆっくりと語り出した。
「…ゼノン様。少し前に、アレン兄様が〈竜の都〉周辺の領地視察に出掛けられた事を御存知ですか?」
「はい。〈竜戦士団〉内での情報共有は徹底していますからね。
……それが一体何か?」
一瞬、言い淀む様な様子を見せるゼノン少年だったが…兄アレンを助けて欲しい一心で、ポツポツと話の核心を話し始めた。
「領地視察から戻られた後、少ししてから兄様は具合を悪くされました。
父様は、そんな兄様を心配して〈幻竜神殿〉の〈竜巫女〉レティシア様を頼りました。しかし…」
そう口にした後、ゼノン少年は一旦言葉を区切り…出されたミルクティーを一口飲んでから再度口を開く。
「ある日突然、アレン兄様のご様子が急変して…突如、暴れ出したのです。
その時は、騎士団の皆様と…偶々通り掛かられた変わった服装の〈冒険者〉の方のご助力で、その時は止める事が出来ました。
でも…騎士団の皆様は、暴れる兄様を止める際に酷い怪我を負われたのです……」
ゼノン少年の語った内容に…ゼノンは思わず絶句していた。
──以前、オルステン伯爵一家が〈竜戦士団〉の本部を視察…という名の訪問をした際、アレン子息のレベルは護衛として同行していた騎士団の者達よりも10以上も低かった。
いくら暴れていたとはいえ…10以上もレベル差があった筈のアレンを止める為に、対応した騎士団の者達が酷い怪我を負う程の被害が起こった……それは、信じられない程のショックだった。
(それに…〈幻竜神殿〉の〈竜巫女長〉レティシアは、〈大地人〉としては破格の治癒魔法の使い手だった筈。
その彼女が治せないものを…我々〈冒険者〉が果たして治せるのか……。
不確定な可能性に賭けて、駄目だった時の事を考えると…今、安易な賭けに出るのは悪手ですね。
弟の様に可愛がっているゼノンを悲しませるは、本当は心苦しくて嫌なんですけど…下手な気休めは言わず、変に希望を持たせる様な発言は確実に控えた方がいいですね)
しばらく考えをまとめ…そう結論を出したゼノンは、ゼノン少年を悲しませると分かっていても、安易に気休めの言葉を掛ける事だけはしない事に決めた。
「残念ですが…ゼノン、〈竜巫女長〉レティシア殿が治療出来ないものを…我々〈冒険者〉御抱えの治療を得意とする者達に治療出来るのかは怪しいですね…。
それよりも…アレン様を隔離して療養に専念して戴いた方が宜しいかと。
騎士団の者達は職務上、怪我等を負うのは致し方無いとは思いますが…もし、ただの領民を誤って傷付けてしまったら…お優しい気性のアレン様は、そんなご自身を生涯責め続け…後悔し続けると思いますよ?」
ゼノンの告げた言葉に…ゼノン少年は、残念そうな表情を見せ…気になる事を小さく呟いた。
「ゼノン様も、兄様を止めてくだった〈冒険者〉の方と同じ事を仰るのですね…」
「……それは、どういう事でしょうか?」
ゼノン少年の口から呟かれた…気になる言葉が聞こえてしまったゼノンは、思わずゼノン少年に聞き返す。
ゼノンからの問い掛けに、ゼノン少年は素直に答えた。
「はい。先程お話しした“変わった服装の〈冒険者〉の方”も、ゼノン様と同じ様に『この症状は、〈冒険者〉でも治せないね。一般人の〈大地人〉達とは隔離して離さないと彼らに危害が及ぶ可能性があるよ』と仰ったのです」
ゼノン少年の答えを聞いたゼノンは、目を見開いた。
──ゼノンの発言は、あくまで“予測”であり…確かな“確信”があった訳ではない。
しかし…ゼノン少年の話に挙がっている“冒険者”は、『冒険者でも治せない』と明確に断言してみせたのだ。
しかも、“アレンを隔離すべきだ”という同じ意見を述べ、“一般の〈大地人〉への被害の可能性”にも気が付いている。
(その〈冒険者〉は、アレン様の症状に何等かの心当たりがあり…さらに、かなり頭が切れる人物の様ですね)
内心でそう感心しながらつつも…ゼノンは、なおも問い掛ける。
「ゼノン。その〈冒険者〉の発言を受けて…クロード様は、どう判断されたのですか?」
ゼノンからの問い掛けに、ゼノン少年は少し悲しそうな表情を見せながら答えた。
「父様は……兄様を鉄の鎖で拘束した状態で、地下室にある地下牢に閉じ込めたそうです…。
そして、もしもの事態を想定して…兄様から領民や〈冒険者〉,〈竜戦士団〉の皆様を遠ざける為に、西地区,南地区,中央地区,北地区の一部から、領民や〈冒険者〉,〈竜戦士団〉の皆様を退去させる命を下したそうです…」
「それが、妥当な判断でしょうね。
訓練された騎士団の者達が、大怪我を負わせる程に暴れるアレン様の現在の状況ならば…最悪、領民が死亡する事態になりかねません。
クロード様としても、苦渋の決断だったと思われますよ?」
「……そうでしょうか?」
「ええ。伯爵様は、御家族の事を本当に大切になさっていますから…アレン様をその様な目に遭わせて、全く心が痛まない筈がありません」
優しく語り掛けるゼノンの言葉に…ゼノン少年は、再びポロポロと涙を流していた。
そんなゼノン少年をそっと抱きしめ、優しく頭を撫でながら…ゼノンは、今まで空気の様に振る舞っていた─背中にかかる位の長さがある白銀色の髪を肩の辺りで軽く束ね、鮮やかな紅色の知的な瞳に…細長い長方形のレンズをした白銀色の縁の眼鏡を掛け、見た目は20歳前後位であり、長身の華奢な白皙の美青年姿に見えるが…実は、無駄の無い様に筋肉がついている細マッチョ系の─副総司令レグドラへと視線を向ける。
「レグドラ殿、団員全員に通達を。
我々〈竜戦士団〉は、伯爵様の出された命令に従うと。
それと…先程までゼノンが語った現在の伯爵家の内情については、情報共有は幹部までに留めておいて下さい。
それから…もし〈大地人〉や〈冒険者〉から理由を問われても…三つの地区と一つの地区の一部が封鎖され、退去させられた理由についてはあえてぼかし…表向きは、『伯爵様より全ての〈大地人〉,〈冒険者〉,〈竜戦士団〉の団員達は、封鎖地区より速やかに退去せよと命が下されたのだ』と伝えるだけに留めておいて下さい。
後、もしもの事態に備えて…街中の見廻りを強化しておいて下さい。
それと、これは出来ればですが…暴れたアレン様を止めたという〈冒険者〉に、一度対面してみたいので“〈竜戦士団〉の本部”に連れて来てもらえませんか?」
ゼノンの言葉に静かに頷くと、レグドラは無言のまま…一切の音を立てずに総司令室を退室していった。
──レグドラが退室した後…室内に残されたゼノンは、未だ泣き続けるゼノン少年を優しく撫で続けながら…最近の〈竜の都〉を取り巻く様に起こっている不穏な出来事の数々に、妙な胸騒ぎを覚えずにはいられなかった……。
◇
──〈竜の都〉の北側…トレイルセンターがある地区内を…丸々と大きなつぶらな深い蒼い瞳に少し困惑の色を滲ませ…背中までの長さがある鮮やかな桜色の髪をポニーテール状に束ね、深い黒色の布地で月,雪,白い花が描かれた和服姿をした美少女顔のエルフ─ヤマトから〈ウェンの大地〉の〈竜の都〉を訪れた〈武士〉─夜櫻は、困惑気味な表情で深く溜め息を吐いた。
──ちなみに…彼女、種族はエルフなのに胸はかなり大きいのである(笑)
「はぁ〜…。何で毎回〈ウェンの大地〉を訪れると、バッドなタイミングで何等かのイベントが発生するかなぁ〜…」
そう呟いている夜櫻の脳裏には、数日前の出来事が思い出されていた。
◆回想◆
──今から数日前…
夜櫻は、“とあるアイテム”を使用して〈竜の都〉を訪れた。
「着いた!〈竜の都〉!!」
右手に持つそれは…〈放浪者の軌跡水晶〉と呼ばれるアイテムで、サブ職業〈放浪者〉のレベルを80以上に上げた上で〈放浪者〉専用のクエストをクリアする事で入手出来るアイテムである。
このアイテムは、一度訪れた場所をクリスタルに記憶させる事で、クリスタル内部に刻まれた転移の魔法陣を発動させて任意の場所に転移出来る…というものである。
「…けど、使い勝手悪いんだよねぇ〜」
──便利なアイテムは総じて…ゲームバランスを保つ為に、何等かの制限(現実化した今は、“制約”と言った方がいいかもしれない)が設定されている。
無論、〈放浪者の軌跡水晶〉も例外なく…幾つかの制約が掛けられている。
一つ目は、〈放浪者の軌跡水晶〉には使用後の再使用規制時間が24時間もあり…その為、一日一回の使用が限度である。
二つ目は、〈放浪者の軌跡水晶〉を所持してから…転移先を一度訪れてから転移先リストに登録しておかないと転移出来ない。しかも、転移先リストの登録数は最大30までである。
三つ目は、〈放浪者の軌跡水晶〉を使用出来るのは〈放浪者〉だけであり、使用効果の対象は使用者のみ…つまり、実質〈放浪者〉しか使用出来ない。
「…でも、それなりに利点もあるんだよねぇ〜。
〈転送石〉と違って、異なるサーバーへも転移出来るし…戦闘の最中でも使用可能だし、それに…〈妖精の輪〉の現在の転送先を調べて見れる上に、今現在居るゾーンの自動マッピング機能付きだもんね」
──しかし、〈放浪者の軌跡水晶〉を実際に所持しているのは…夜櫻のみである。
それは…〈エルダー・テイル〉でソロプレイを続けるにも、限界があるからである。
先にも述べた通り、〈放浪者の軌跡水晶〉を入手するには…『〈放浪者〉のレベルを80以上にした後、専用クエストをクリアする』必要がある。
しかし、メインのレベルが50を越えた辺りから…パーティー用のクエストが急増し、レイド用のクエストが徐々に増加していく。
反対にソロ用のクエストが激減していく為、〈放浪者〉が持つ“ソロ向きのサブ職”の強みが薄れていってしまう。
「…だから、アタシ以外の〈放浪者〉サブ職持ちの人が全然いなくなっちゃったんだよね…」
そこまで呟いた夜櫻は、目的地である〈竜の都〉の西地区へと足を踏み入れた。
◇◆
──訪れた邸宅には…腰までの長さがあるストレートの白銀色の髪に、鮮やかな紅色の瞳には力強い意思を宿し、見た目の年齢は20〜30代位で、長身であり精悍で理知的な騎士風の姿をした男性と…腰までの長さがある少しウェーブがかっている緑色が混じった金髪に、かつては強い意思を宿していた筈の鮮やかな蒼色の瞳には…今は弱々しい光しか宿っておらず、凛とした綺麗だった面差しは…今では頬が少し痩せこけている上に、身体も痩せている為、どこか儚げな印象を与えている…純白のネグリジェに軽くショールを身に着けた…20代前半位の女性がいた。
──男性の名は、セフィード=ラグーン。女性の名は、アンジェラ。
かつて、〈ウェンの大地〉を守っていた〈全界十三騎士団〉の一つ─〈ウェンの守り手〉に所属していた〈古来種〉であり…現在、〈ウェンの大地〉で唯一残っている〈古来種〉でもある。
(アンジェちゃん。これでも、前より元気になった方なんだよね…)
そう内心で呟いている夜櫻の言う通り…最初に対面した時には、アンジェラは自責と後悔の思いで…今にも儚くなってしまいそうな位に憔悴しきっていた。
アンジェラのその様子を見た夜櫻は、“ある手”を講じた。
──それは、ヤマトの〈古来種〉…スズカとアオバを引き合わせる事だった。
(結果としては、見事に大成功だったんだよね。
スズカちゃんの言葉を聞いて、アンジェちゃん…少しずつ元気を取り戻せているみたいだし)
しかし、現在でもアンジェラの体調等を詳しく診ている〈竜巫女長〉レティシアの話では…彼女が、かつての〈古来種〉としての能力を取り戻すまでには、まだまだ時間が掛かるらしい。
(それでも…体調に回復の兆しが出てきただけでも、大きな進歩だよね)
今回の〈竜の都〉訪問の目的は、スズカからのたっての願いもあってアンジェラのその後の様子を伺いに来たのだが…体調に良い兆候が見られる様になった事は一番の喜ばしい変化だろう。
「うんうん。以前は、死人の様な真っ白い肌をしていたけど…だいぶ肌に赤みが戻ってきてるね。
アンジェちゃんの元気が戻ったって分かったら、スズカちゃんも絶対に喜ぶよ!」
「優しいお気遣い、ありがとうございます。
“あの時”のスズカさんの言葉には、本当に救われる思いでした。
彼女に、私がお礼を言っていた事を伝えて下さいますか?」
「勿論!」
夜櫻の元気の良い返事に、アンジェラから思わず笑みが溢れる。
久しぶりに見せるアンジェラの笑顔に、セフィードは本当に嬉しそうに笑みを浮かべていた。
◆◇
──アンジェラ達と別れ、後は〈竜の都〉内を軽く観光巡りをしてからアキバへと帰還か…と夜櫻が考えていた時、“それ”は起こった。
「ん?んん??」
夜櫻の視線の先…複数の〈大地人〉─おそらく、この街を含む一帯を治める伯爵の配下の騎士団の人達─が背中までの長さがある淡い水色の髪の身なりの良い…大体17〜19歳位の青年〈大地人〉を必死に取り押さえようとしては、乱暴に振り回されて思いっきり吹き飛ばされている…というなんとも奇妙な光景が繰り広げられていた。
夜櫻は、素早く青年〈大地人〉のステータスを確認する。
(名前は…アレン=オルステン。
苗字から推察すると…この辺り一帯を治めるオルステン伯爵一族の者だろうけど…何これ?〈狂気者〉って何?
…どう考えてもこれは、ただ事じゃないよね?
……よし、止めるか)
そう結論付けると、夜櫻は口伝〈神眼〉を発動させて青年─アレンの動きを先読みし、素早く近付くと〈武士〉の特技の一つ〈峰打ち〉を使用して瞬時にアレンを意識を刈り取る。
──特技〈峰打ち〉は…攻撃力は0で、攻撃対象に〈気絶〉の状態異常を付与するものである。
この〈気絶〉は、通常の状態なら100%発動するが…2つの条件下では発動しない。
一つは、専用の耐性装備を身に付ける事。もう一つは、〈混乱〉〈狂気化〉〈恐慌〉の状態異常の状態に陥っている事。
ゲーム時代は、〈混乱〉〈狂気化〉〈恐慌〉の状態異常を回復魔法や回復薬以外の回復手段として習得している〈武士〉は結構いて…夜櫻も、その一人だった。
アレンを〈峰打ち〉で沈黙させると、拘束系アイテムの一つ〈龍尾毛の縄紐〉で再び暴れられない様にする意味でも、手早く縛り上げ…拘束する。
「これで良し!…と」
──〈龍尾毛の縄紐〉は…本来、パワーのあるモンスターの動きを拘束する為の罠用アイテムなのだが…現実化した今の状況では、こういう使い方も出来る様になっていた。
しかし…
「〈大地人〉の騎士団の人達…レベルが低い訳じゃないんだけどね〜。
むしろ、〈竜の渓谷〉に近い街だから…割と高めの筈なんだけど…」
散々な状態の騎士団の状況を見渡しながら…夜櫻はそう呟いた。
──その後は…怒濤の勢いで、状況が急展開していった。
騎士団の責任者─騎士団長から声を掛けられ、暴れるアレンを止めてくれたお礼をする為として…夜櫻はオルステン伯爵の邸宅へと招かれ、この〈竜の都〉一帯を治める領主であり伯爵の…クロード=オルステンと対面する事になった。
伯爵と対面して夜櫻はすぐに『この症状は〈冒険者〉でも治せない事』、『一般人の〈大地人〉達とは隔離して離さないと〈大地人〉に危害が及ぶ可能性がある事』を示唆した。
伯爵は夜櫻からのその指摘を聞いて…すぐに臣下に指示を飛ばし、街の大部分の区画封鎖を実行した。
また、夜櫻にはきちんとお礼を渡した上で…『しばらくの間、邸宅に滞在して欲しい』と嘆願されたのだが…夜櫻は、これを固辞してそのまま邸宅を後にした。
──その後、〈竜の渓谷〉に生息する竜達も『昔と違って暴れている』という街に住む〈大地人〉から少し気になる話を聞いて…北地区のトレイルセンターを拠点にして、現在に至るまで〈竜の渓谷〉の竜達の行動調査を…誰に頼まれた訳でも無いのに自主的に行っている…という状況である。
◆回想終了◆
「今現在までに一つ判った事は…竜達も、オルステン伯爵の御子息も…“目を真っ赤に爛々と光らせて、暴れていた”という共通点があるって事位だね」
そう呟きつつ…夜櫻は、今日も〈竜の渓谷〉へと足を踏み入れる為の準備として、トレイルセンターで軽く食事を済ませ、補給を行う為に早速行動を開始するのだった……。