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BOOK MARKER  作者: 姫城 クラン
第一章
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第一章・2 『ドアをノックするのは彼か?-2-』

 ホームルームが終わり、大河内が教室を離れると、すぐに転入生の周囲に幾人かの生徒が寄って来る。支見と杉掛の二人は、4、5人の生徒と談笑を交わし始めた。

 といっても、集まっているのは杉掛の席。支見の方に人がいないのは、目の前の席が私だからだろう。加えて、彼自身の近寄り難さが大きく関与しているに違いない。

 彼らの様子を見て、私は教室を一旦退出することにした。彼らに遠慮したわけではない。ただ単に、後ろが騒がしいのが嫌だったから、私は黙って静かに席を立ち上がると、人気の少ない後方の戸から教室を出た。

 廊下には人が少ない。当然か、ホームルーム後の休憩時間は10分程度。この短い時間を教室外で過ごしてすぐに戻るというのは面倒だ。

 私としても、残り7分程度の時間をわざわざ教室から出て潰すというのも確かに億劫だ。体調は至って芳しいが、一限きっかり保健室で休ませてもらうことにしようか。或いは――


「……屋上でもいいかな」


 私は去年から頻繁に、発作や病院通いなどで授業や学校自体を欠席することが多かった。けれど、ただ単に気分が乗らないという理由だけで授業を欠席することも稀にある。今更、クラスメイト達は何も言わない。いつも通り体調不良だと思い込んでいることだろう。ただ、教師の方は少々煩くなるが。

 こうした気が乗らない時にいつも使っているのが、屋上だ。本来ならば開放厳禁の立ち入り禁止区域であるのだが、なぜかは知らないが施錠はされていない。正確には鍵自体が破損していて使い物になっていない。

 お陰で、去年はてっきり開放されているものだと思い込んでいた。今年からは扉に、『開放厳禁』と張り紙がしてあるから判りやすい。

 私が屋上に出ることに変わりはないけれども。

 教師に見つかればお小言は避けられないだろう。しかし授業中であれば誰もここに近寄る者はいない。鍵が壊れていることを知る生徒もどうやら他にはいないようで、他に屋上へ上がる生徒を見たことはない。

 もやもやしたりして、気持ちを切り替えたくなった時にうってつけの場所。

 ――屋上へ上がること決めた私は、階段を上る。幸いなことに周囲には誰もいない。踊り場などは時間が時間であれば生徒がたむろしていることもあるが、この時間は流石に見当たらない。

 少し重さを感じる鉄扉が金具のきしむ音を立てながら開き、私は外に出る。その瞬間、隙間を通り抜けようと入り込んでくる春風が、髪を乱す。

 誰もいない、がらんどうの広場。

 清々しいほどの快晴、程よく心地良い春風。陽光の眩しさが多少鬱陶しく感じるけれど、背を向ければなんということはない。

 遠くを見れば澄み渡った空の向こうに山が見える。景色は悪くない。街を一望するのも一興というもの。


「…………」


 感傷に浸っているわけでもないのに、何故だろう、切なさを感じる。

 ――そんな理由なんて、どこにもないのに。

 少し風景を眺めた後、フェンスに寄りかかるようにして座り込み、制服のポケットから本を一冊取り出した。先程も教室で開いていた本。

 クリスティーという外国人作家の、ポアロという探偵が主役のシリーズの古い文庫サイズの小説。そしてシリーズの中でも異色の、本は薄いが内容は濃い、舞台劇チックな珍しい一冊だ。

 普段のポアロシリーズは通常通りの形態の小説だが、このタイトルには通常の形態の一冊と、舞台劇風にされた一冊の二種類が存在する。ちなみにどちらも読了済みで、これを読むのも五度目になる。

 続きのページを開き、読み始める。

 まだ四月初頭で、屋上ということもあって、微かに風に冷たさを感じるが、暖かな陽光が背中を照り付けるのが心地良く、ちぐはぐな感覚が妙な快感をもたらす。

 一限目の始業を伝えるチャイムが遠くに聞こえる。けれど私は意にも介さない。ただ静かに、本の世界に入り込んでいた。


 教室へ戻ったのは、一限の終了のチャイムが鳴り響いた後だった。




 午後の授業が全て修了。昼休みの時間。

 私は大体昼食をパンなどで簡単に済ませる。今日も変わらない。コロッケパンと小さいチョコパン。しかし騒がしくなる教室で食事をする気にはならない。いつもと同じように、小さなエコバッグにパンをつめて静かなところへ移動する。

 候補へ挙がるのは屋上。ただし気をつけなければならないのは、昼はグラウンドなどに人が多く、屋上を見上げられると見つかってしまう可能性もあるので、グラウンド側に寄ることは避ける必要があるということと、屋上へ上がる階段付近で不審な態度を取らないこと。

 最も、後者は過敏に気にし過ぎなところもあるけれど。

 他には、中庭や空き教室という選択肢もある。中庭の場合は全く人がいないわけではないけれど、意外と静かな方だ。

 取り敢えず、第一候補である屋上へ向かう。途中の階段付近には、今日は誰もいない。どうやら杞憂だったらしい。

 朝に来た時よりも心地良い陽気。風はあるが、冷たさは感じられない。

 私は校舎裏方面のフェンスに寄りかかるようにして腰掛けた。

 バッグからパンを取り出し包装を破る。コロッケパンに染み込んだソースの香りが、食欲を刺激した。昼は食事を採らないことも多い私にしては珍しい反応だと思う。

 スーパーで買ったものだが、味や食感は気にしない。出来合いの惣菜やこの手のパンは、期待を持たずに“この程度”と考えて食べるようにしている。というより、好き嫌いはあれど食事自体にあまり関心を持ってはいない。

 黙々と食べていると次第に手持ち無沙汰になる。私は今朝もここで読んだ本の続きを読みながら残りのパンを食べることにしよう。

 と、考えながら制服のポケットの中に手を入れた――その時だった。

 キィ、と校内へと繋がる鉄扉の金具が軋む音。私は硬直した。しかし頭だけはどういうことかを思考しようと瞬時に動かした。

 教師? 若しくは生徒? 生徒である可能性は低い。ここが開放厳禁であることは知っているはず。しかし先週から新入生が入って来ている。或いは張り紙をよく見ないで入ってきてしまったのかもしれない。

 などと真相を模索している間に、私が知りたかった真実はいとも呆気なく扉を開けてこちら側へとやって来た。

 その人物は私の推測に当たらずとも遠からず。新入生ではなかったが、確かにこの学園の細かい規則を知らなくてもおかしくない人物。

 転入生。


「なんだ、開いているのか」


 意外そうな顔をして扉と屋上のどこかを交互に見ていたのは支見湊矢。

 彼は扉を閉めるとすぐに私に気がついたらしく、また意外そうな表情を浮かべかと思うと、フッと頬を綻ばせて薄く微笑んだ。

 意外に感じたのは寧ろ私の方だった。まさか彼が今みたいな……本当に微かだったが、笑顔を浮かべるとは思ってもいなかった。


「悪いな。少し邪魔をする」


 彼は妙な断りを入れた。別にここは誰の場所でもないのだから必要ないのに。

 風変わりな人だと思いながらも、何故かは分からないが――或いは“だからこそ”だったのか――私もつい余計なことを口走る。


「そこ、外から見えるかもしれないから、もっとこっちに寄った方がいいかもしれないわ」


 言葉を発した途端、全身から力が抜けた。どうやら彼の登場には思いがけずも緊張していたようだ。

 ポケットに入れたまま本を掴みかかっていた手を離し、食べ終えたコロッケパンの袋を丸めてバッグに放り込むと、グラウンド側へ近づいていた彼が忽ち離れてこちらへ歩み寄って来た。


「成程。しかし、見つかったらまずいのか?」

「張り紙を見なかった? 開放厳禁よ、ここは」


 私はチョコパンをバッグから引っ張り出しながら答える。


「私も去年は知らずに来ていたけれど。扉が開いているから、てっきり開放されているものだと思ってた」

「そういうことか」


 簡素な説明に頷く支見君。


「それを知って、何故今もここに?」

「ここが一番、静かで心地良いから。それに私には、バレた時の覚悟もあるし」

「成程……分かり易い考え方だ。悪くないな」


 自分でも一般的ではないと思えることを言ったにも関らず、彼は妙に納得した表情でまた薄く笑っていた。


「……変な人」


 彼に聞こえるか聞こえないか程度の小さな呟きを漏らす私。

 不意に、この男がつい先刻まで私の悩みの種だったことを思い出した。彼は私と同じ“陰”を持つ人だということを。そしてもうそのことは考えず、いつも通りに接する筈だったということを。

 今まで通り、他の人にやって来た通りに、私は彼を冷たくあしらおうとした。だが――


「わざわざ教えてくれて有難う」

「え?」


 突然のお礼。あまりの突拍子の無さに、思わず疑問を訴える声が裏返った。


「そっちに寄ったら危ないってことをだ」


 グラウンド側を親指で差して示す支見君。その表情は教室で見た時と変わらず、気難しそうな仏頂面のままだったが、だからこそ他意はないと感じられた。


「別に……貴方が見つかったら私まで巻き込まれそうだったから。それだけよ」


 私は出来る限り素っ気無くなるように答えた。感謝される機会なんてなかったからどう答えるべきか逡巡したが、今のは及第点だろう。

「そうか」

 やがて、彼もこちら側のフェンスに寄り掛かる様に腰掛けて、ズボンのポケットから昼食と思われる何かを取り出した。包装を開けて取り出したのは、薄いナン生地に様々な具が包まれている食べ物だった(コンビニで見たことがあるが私はそれの名称を知らない)。

 彼が食事を始めると私達の間に会話は無くなる。お互いが座る位置は距離が微妙に離れている。

 ここに支見君が来たのは予想外だったが、彼もあまり人と話をするタイプではないようで、内心ではホッとしている自分がいる。

 まだ微かに“陰”のことが気に掛かってはいるけれど。


「どうした、永嶺」

「別に」


 無意識の内に少し横目で彼を見つめていたようだ。彼も私の視線に気付いたが、平常心を装って答える。いや、それよりも一つだけ気に掛かったことがあった。

「それより、名前」

「ん? あぁ、クラスのやつに少しだけ話を聞いた」

「話……? 私のこと?」


 思ったより噂の足というのは素早いらしい。今日から来たばかりの生徒にすら話が流れているなんて。


「そう。それなら私が他人とのコミュニケーションを嫌うってことも、知っているでしょう?」

「聞いたよ。俺もコミュニケーションは面倒だから理解出来る」


 彼は想像通り私に似たタイプの人間の様だ。


「それなら、一つだけ忠告しておいてあげるわ」

「聞いておく」


 この人はいちいち反応が今まで出会って来た人と異なり、どうにも調子が狂う。しかし構わず言い放つ。


「私には関わらない方がいいわ、支見君」


 明らかな拒絶の一言。これでも他の相手にして来た対応から比べれば、遥かにやんわりとしている。彼が事前に私のことを聞いていたと話すからこその対応だった。

 支見君は無言。私は彼の無言を了承、承知と受け取った。

 後にはただ静寂が残った。昼食を終えてすることがなくなっても、二人の間に会話は戻らなかった。

 次第に、先に立ち上がったのは私。本を読む気分にもならなかったので教室へ戻ろうと思い、一言だけ「それじゃ」と断りを入れて屋上を後にした。


「――話に聞いたよりも、よっぽど愛嬌があるじゃないか」


 最後に彼が何かを言った気がするが、扉の隙間を風が擦り抜ける音に掻き消され、私が正確に聞き取ることは出来なかった。


閲読、有難うございます

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