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BOOK MARKER  作者: 姫城 クラン
序章 『現在の彼女と過去の彼女』
4/12

序章・4 『永嶺玲亜の日記-2-』

前々回から引き続き、主人公の日記による独白回です。


2017/1/13 序章の大幅修正により内容修正

 <永嶺玲亜の日記>


 ――4月21日。昨夜、疑問が解消されたからか寝起きが良かった。週明け早々にこうであると非常に気分が良い。ところで、世間的に週の始まりは日曜日。カレンダーでも左端には日曜日が来ている。しかし“休み明け”という意味では、やはり月曜が一週間のスタートの様に感じる。どうでもいいことであるが。

 ふと気付いたことがあるので書いておく。私は日記をかなり詳細に記載している。というのも、私の生活はあまりにも起伏がなさ過ぎるからだ。人との関わりを持たない為だろう。大きな出来事といえば、病院に訪れた時や発作を起こした時ぐらいのものだ。だからこそ私は、些細な出来事でも詳細に書き残している。

 しかし最近はあまり細かく書き記していない。例えば食事の内容。朝食はほぼ代わり映えしないからいいのだが、4月、いや、3月の半ばから夕食のメニューについて書いていない。後は読んだ本の内容。感想は書いてあるが、展開について残されていない。

 抑々、日記というのは本来思ったこと、つまり感情の機微を書き記すべきものだと思うのだから、別段問題はないのだろうが、私の残すべきことは“確かな場面”なのだ。今後、簡易な日記にならないように気をつけよう(こうして簡素な内容になっていたのは、環境が変わったからなのかもしれない)。

 しかして突然こんなことを考えたのは、今日あった出来事があまりにも不可思議な感情を私に残していたからだ。あの出来事を――忘れることはないだろうが――出来うる限り詳細に書き残して、いつ日記を見ても鮮明に思い出せるようにしたい。

 当の出来事は夕方に起きた。なので、敢えて今日は朝から昼の出来事について記載せず、早々にあの事について書き始める。

 学校の帰り道、新しい本を買うつもりは無かったが、小説の新刊が並んでいるかと思い本屋に立ち寄った。特にめぼしい本はなかったが、今読んでいる本がまだ始まったばかりなので目移りしないで済む(ちなみに、今日は続きを読んでいない)。

 ――『彼』に出会ったのは、本屋を出た時だった。私は時間を確認しようと愛用の懐中時計を取り出した。時計を見てはいたが、この時点での時間までは詳細に覚えていない。直後、時計を閉じて顔を上げた私の視界に、こちらをジッと見つめる男が映った。これだけ聞くとまるで相手が変質者の様に思えるが、違う。彼の視線は、決して“嫌な視線”ではなかった。男の風体はよく覚えている。左で跳ね分かれた右が長めの前髪、どの様に例えたらいいか分からない妙に鋭い目つき、高めの身長に細身ながらも鍛えられていそうな体躯(特に首の辺りを見るとよく分かる)。大人びて見えるが歳は分からない。服装も黒いワイシャツに黒い綿パンと落ち着いている。悪く言えば若者らしいセンスはない。全体を見ても、私は彼のことを知らない。まったく関係のない人物。見たこともない相手に射抜かれていた。だが彼がどんな感情を持って私を見ていたのかは分からない。何故なら、私はこの時点では彼のことなど気にも留めていなかったからだ。私は時計をポケットに仕舞うとすぐに帰路に着くために歩き出し、彼と擦れ違う。

 ――真横を擦れ違う刹那、彼と視線が絡み合った。この時初めて男の鋭い目を焼き付けた。男の瞳に宿っていた、何か“特別なもの”を映す感情を見た。彼から『同じ気配』を感じた。

 『同じ気配』。私と、同じ気配。或いはそれは、『陰』とも言うべきだろうか。彼にはそれがあった。だから、擦れ違って暫くしてから私は振り返った。見えたのは彼の後姿。商店街といえど数メートル先の人間が見えなくなるほど人は集まらないのでしっかりと見えた。感じたのは矢張り『陰』だ。私は最後にもう一度男の姿を見納め、今度こそ本当に帰路に着いた。

 あの男のことは知らない。傍にいた幼い少女のことも知らない。しかし何故か今こうして日記を書いている間も、あの時のことが気にかかっている。あの『陰』のことが――

 日記帳の本日分の行が終ってしまった。長く書き過ぎた。この文章は既に次の日の行に移っている。考えが纏まっていないが、確かに今日のことは書き残せたのでこの辺にしておこうと思う。


 ――4月22日。悩み、というほどではないが、気に掛かる事がまた一つ出来てしまった為か、寝起きの頭はすっきりしていない。気だるさを覚えていたので、朝食は軽くトーストだけにした。支度を終えた時初めて気付いたが、気だるさの割に起きた時間は早かったらしい。いつも通りに朝を過ごしていたつもりが、30分ほど早く支度を済ませていた。少し早かったが特にすることもないので家を出て学園へと向った。

 通学路にて。散りきってしまった桜の木を眺めていたら、頬に一枚の桜の花びらが舞いついた。少し物悲しさを感じた。この時私は昨日の出来事を――この日記を書いている時点ではまた気になりだしているが――すっかり気にしていなかった。

 夕方。思い出したので帰りに珈琲を買っていった。エチオピアモカの焙煎豆。ちなみに私は浅煎でも深煎でもどちらでもいい。苦味が強い方が好きなので、比較すれば深煎の方が好みといえるだろう。

 夜。本を読みながら、昨日のことについて考えてみた。思えば、人からすれば非常に些細なことだろう。寧ろ不可思議なことか。見ず知らずの相手に何かを感じるなどということは、地球上、歴史上に数多くいる人間の、ありとあらゆる人生の中でもかなり稀ではないのか。というのは私の思い込みだろうか。とにかく、冷静になって省みてみれば、彼は名前も知らない相手。気に掛けたところでもう一度出会う機会すら訪れるかどうか分からないのだ。

 私はこれ以上気にしないことにした。読書はあまり進まなかったが、内容が頭に入らないのも困るのでまた今度にすることにした。今日はこの辺りにしておく。


 ――4月23日。私は、気付けばあの彼と出会った本屋に立ち寄っていた。ほぼ常連となっている本屋ではあるが、今日は本を探す予定でここに来たわけではないのは明確だ。気にしないことにする筈だったのに……。もしかしたら私は、同じ“陰”を持つ彼に縋りたいのだろうか?いや、ありえない。私は当の昔に諦めているのだから。駄目だ、これ以上書き記すと更に考え込んでしまいそうだ。今日はこの辺りにしておこう。


 ――4月24日。物音がすると思い目覚めたら、雨が降り頻っていた。陽が出て明るくなってくるはずの時間にも関わらず、濃い雨雲に覆われており薄暗い。雨は嫌いではないが、身体の調子は悪くなる。長い髪にも癖が付き易くなり、梳かすのに苦労する。すると必然的に気分も滅入る。しかし今月は雨が降ったのは初めてだ。例年で言えば四月頭には大抵一度は振っていた様な気がする(と思ったので過去の日記を確認したところ、私が日記をつけ始めた二年前と去年、双方共四月頭に雨が降っていたことが書き記されていた)。取り敢えず、洗濯が出来ないのが一番のネックか。

 外に出て初めて分かること。雨の日はいつもだが、目測による雨量は当てにならないと思い知らされる。窓越しに見る雨脚は然程では無いように思えるのは何故なのだろう。別段気にすることでもないのだが。案の定といったところか、この雨で桜並木はすっかり寂しくなってしまっていた。

 学校の帰りに買い物へ寄って来た。食材の買い足しと必要雑貨を漁っただけだが。雨の日に買い物というのは疲れるが、気づいた時にして置かないと忘れてしまうこともままある。特に先延ばしというのは一度だけに留まらず連続するものだ。

 本屋の近くには寄らなかった。意図的に避けたわけではない。どうやら気にならなくなってきたようだ。


 ――4月26日。朝から気になっていた読書を続けた。実は今日一日はほぼこの読書だけで過ごしていた。気付けば夕陽が沈む黄昏時。窓際に座って読んでいた為、本の開いたページに重なる夕焼けの灯りが、私に時間を気付かせた。大体昼前から読んでいたのだが―私は速読も出来るがこの本はじっくり読んでいる―まだ読み終わっていない。だがもう終盤だ。展開は悪くない。

 ちなみに、私がよく読むのはミステリーやサスペンス、あとは怪奇モノだが、例えば殺人事件モノではいつも勧善懲悪というのはあまり好きではない。寧ろ事件が解決しなくても面白いと思う(トリックはどこかで明かされていてほしいので、こういった展開に持っていく場合はトリックに気付いても犯人を捕まえられないなどの結末が面白い)。基本、トリックが奇怪、或いは意外性を思わせる衝撃的な場面があれば勧善懲悪でも十分面白いのだが。更に言えば、お涙頂戴っぽい結末は苦手だ。日記なので濁す必要も無いが、一応“苦手”という表現に止めておく。

 気付けば自分自身のことを長々と連ねてしまった。この日記を読むのは私しかいないというのに、私自身の読書の好みを書いてもあまり意味は無いだろう。今日はこの辺りにしておく。


 ――4月27日。発作を起こした。危うく買い物の手荷物を道路にばら撒けてしまいそうになったのを、意識を必死に保つことによって避けた。手に力が入らなくなる寸前に道の傍らによって屈み込み、荷物を置いて一休みをした。

 突拍子もない発作。いや、前兆のある発作もあればない発作もあるのだが。しかし今回は本当に軽いものだった。呼吸が多少荒くなりはしたが、意識が朦朧とすることも無かった。多少苦しげな顔をしていたようで、周囲の人間が心配そうにこちらを見て来たが、声をかける者はいなかった。どうでもいいことだが。

 あの発作は、あの本屋の前で見た男とは何の関係もないだろう。しかしここ最近のいくつかの不思議な現象は何だというのだろう。あまり非科学的なことは――本のジャンルとしては良く読むが――信じないタイプだが、もしかすると私の身に何かが起きる前兆なのかもしれない。

 発作の所為か酷く疲れた。今日はこの辺りにして早めに体を休めようと思う。


 <4月21日~4月27日>

これにて日記回は終りです。

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