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眠れる王女と、眠れぬ王子  作者: 八知 美鶴
97/102

97話

 柔らかな日差しが差し込む室内は、重苦しい雰囲気に包まれていた。

 執務室の奥の部屋の長椅子にはそれぞれアルク、フィンソス、レクシュが向き合う形で座っていた。

 誰もが厳しい表情で口を閉ざしていたが、最初に開いたのはアルクだった。

「婚儀まで三日ですが……レクシュ殿、準備の方は順調ですか?」

「ええ……それは大丈夫ですが……」

 ちらりとフィンソスを盗み見ながら、レクシュは心の中でため息をつく。

 いまだに怒りが収まっていない様子で、憮然とした顔でフィンソスは宙を睨みつけていた。

 フィンソスが怒るのは当然のことで、その気持ちが痛いほどレクシュにはわかった。

 青ざめて倒れているルキアと、肩から大量の出血をし意識不明のカルの姿を、この二人は目撃してしまったのだから。

 しかも二人だけならまだしも複数の兵士達にも目られてしまい、この出来事はあっという間に城内に広まってしまった。

 なんとかその場を収めたが、当然のように婚儀の延期をと臣下達が騒ぎ出した。

 意外にもその筆頭がフィンソスで、カルの無惨な姿を目の辺りにしただけに、婚儀には猛反発した。

 それをアルクは一喝し、婚儀を決行すると断言したのだ。

 説得してもアルクの決意が変わらないことがわかると、フィンソスはこうやって今も無言の圧力をかけているのだ。

 正直レクシュも、レイールがここまで暴挙に出るとは思っていなかっただけに、フィンソスの意見に賛成していたのだ。

 それにレクシュには、もう一つ反対する理由があった。

「……陛下は、本当に婚儀をなさるおつもりなのですか? カル空の報告が本当ならば、ルキアはもう…」

「私の気持ちは変わりません。予定通り、婚儀を行います。レクシュ殿は前に打ち合わせしたとおりに動いてくださればいいのです」

 ちらりとフィンソスを一瞥し、アルクは軽くため息を漏らすと腰を浮かした。

「話は以上です。私は政務がありますのでこれで…」

「何故、わざわざ命を落とすような真似をするんだ!」

 礼儀をかなぐり捨て、フィンソスは詰るようにアルクに叫ぶ。「お前の命は、オーク国全てがかかっているんだぞ! なのに彼女のために命を捨てるなんて、国王としての責任を放棄するのかっ」

 胸倉をつかんで責めるフィンソスの腕を、アルクは乱暴に振り払う。

「じゃあ延期しろと? そしたら寿命が延びるとでも? 彼女に言われたよ、婚儀をしてもしなくてもその日が命日だと。それまで部屋で震えて、命がつきるのを待ってろとでもいうのか!」

「!」

「俺はそんな臆病な真似をするくらいなら、命が尽きる最後まであがきたいんだ! ……少なくとも、病死したと憐れまれなくてすむからな」

 感情を抑え、息を吐いて衣類を整えると、アルクは拳を握りしめながら項垂れるフィンソスに力なく微笑んだ。

「フィンソスが心配してくれるのはとても嬉しい。だが……これだけはどうにもならないことなんだ。それに……カルのことを信じないわけではないが、ルキアは生きているような気がするんだ」

「生きている?」

 今まで黙っていたレクシュは、すがるような眼差しをアルクに向けた。

「本当ですか? ……ならば今どこにいるんです?」

「それは……私にもわからない。ただ感じるのです。私は彼女とルキアの魂と繋がっているから。今はルキアの身体は彼女に支配されていますが、もしかしたら婚儀の時に現われるんじゃないかと……そんな予感がするのです」

「……」

「……あまり私の言葉を信じないでください。確証はないのですから。ただ……ルキアの死を認めたくなくて、勝手に私がそう思い込もうとしているだけかもしれません…」

「アルク殿……」

 辛そうに見つめるレクシュの表情を見るに堪えず、アルクは背を向けた。

「それでは私は先に失礼します。レクシュ殿は……見舞いに?」

 誰とも言わなくても、びくりと肩を強ばらせるフィンソスを横目で見ながら、レクシュは重々しく頷く。

「ええ……看護も兼ねて、と思っています」

「そうですか……一日も早い回復を祈っていると、伝え下さい」

「わかりました……」

 静かに立ち上がり礼をとるレクシュに、アルクも軽く頭を下げ退出していった。

 レクシュは身体を強ばらせ、立ちつくしているフィンソスの側に近づき、声をかけようかどうか迷った

 だが慰めの言葉はかえってフィンソスを傷つけることだと考え、レクシュは気軽な口調で切り出した。

「私はこれから見舞いにいくけど、貴方はどうする?」

「俺は……!」

 声を荒げていることに気づいたフィンソスは、何度か呼吸をしながら自分を落ち着かせてから、ゆっくりと顔を上げた。

「私は……行けません」

 今まで溜めていた怒りがはぎ取られたフィンソスは、憔悴した顔で頭を振った。

「私は……怒りで我を忘れ、陛下を傷つけてしまった。こんな状態でカルに会えば……きっと同じことをしてしまうでしょう。だから……見舞いには一人で行って下さい」

「わかったわ……すぐに仕事に戻るの?」

「いえ……少し頭を冷やしてから戻ります」

「そう……」

 レクシュはフィンソスに一礼すると、静かに部屋を出て行った。

 残されたフィンソスは、壁に寄りかかると、髪をかきむしるように強く額を押さえた。

 あと少しで、レクシュに向かって口走るところだった。

 カルがあんな状態になったのは、すべてルキアのせいだと。

 廃人同然のようになってしまったカルを見ていると、あの時なにが何でも引き留めれば良かったと、繰り返し後悔の念に駆られる。

 だが……それができなかった。

 フィンソスは陛下と別れた後、ルキア王女の部屋の様子を伺っていた部下と合流した。

 部下から報告を受けていたフィンソスは、カルがルキアの部屋に向かっているのに気づいた。

 すぐに引き留めようと動こうとしたが、カルと目が合った瞬間その場から動けなくなった。

 その時のカルはいつもと違い、他者を近づけない雰囲気と、邪魔をすることを許さない視線を向けてきた。

 戸惑うフィンソスにカルは一瞥し、静かにルキアの部屋に入っていってしまった。

 中の様子を探りたくても迂闊に近づけず、悶々としていた矢先に扉から漏れるほどの光とカルの絶叫が廊下に響いたのだ。

 急いで部屋に入ると、窓際で倒れているルキアと、向かい合うようにカルが肩から血を流し、気絶していた。

 それを見た瞬間、フィンソスは頭の中が真っ白になった。

 部下が何を言っているかわからず、フィンソスはカルに駆け寄ると、血で服が汚れるのも構わず抱きしめた。

 そして必死で目覚させようと声をかけ続けた。

 気づくと陛下もルキアの側に駆け寄り、部下に指示を出している姿が映った。

 本来なら自分がしなければならないのに、カルのことで動転してしまい、何もできなかった。

 アルクはルキアの安否を確認すると、フィンソスに急いでカルを医務室へ運べと声をかけた。

 その時になってやっと状況が理解でき、カルを抱きかかえて医務室へと急いだ。

 ひたすらカルが助かって欲しいことだけを祈りながら。

 幸いにも命に別状はなかったが、心が……死んでしまった。

 目覚めてカルが発した言葉は、謝罪とルキアの死を告げたのだ。

 自分のせいで死んでしまったのだと、カルはアルクとレクシュの前で跪く勢いで泣きながら謝罪し続けた。

 アルクとレクシュは、怪我で気が動転しているのだろうと、カルが落ち着くまで詳しいことは聞かず、ゆっくり静養するよう伝えた。

 それからルキアも目覚めたが、体力が回復すると用意された客室へ移ったが、誰も面会することはできなかった。

 そのことでやっと二人はカルの言葉を信じるしかなく、それでもカルを責めることはしなかった。

 それがかえってカルには辛かったのか、自分の殻に閉じこもってしまった。

 フィンソスは毎日見舞いに訪れたが、カルの表情は虚ろで、話しかけてもほとんど返事はなかった。

 その姿を見るたび、フィンソスは自分の無力さを痛感するばかりだった。

 カルを愛しているのに、何もできないことが悲しいと同時に腹ただしかった。

 そしてルキアだけが、カルの心を取り戻せるのだと、否応にも突き付けられた。

 打ちひしがれているフィンソスにレクシュは、元に戻るまで時間がかかると告げた。

 ルキアもまた時間をかけて、カルの心を開いたのだと。

 だがフィンソスの場合は違うのだ。

 幼い頃からカルを知っていて、しかも一度は婚約までした間柄なのだ。

 なのに何の反応すら返ってこないことが、フィンソスは何よりも堪える。

 カルにとって私はどんな存在なのだと。

 今にもルキアを追って死んでしまいそうな様子を見ていると、肩を揺さぶりたい正気に戻したくなる。

「どうしたら元にもどってくれるんだ……カルスティーラ…」

 壁に強く拳を打ち付け、フィンソスは辛い表情で呻いた。


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