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眠れる王女と、眠れぬ王子  作者: 八知 美鶴
95/102

95話

「一生振り向いてもくれない最愛のアスターの側に居続けることが、どんなに苦痛か貴方にはわからないでしょうね」

「……苦痛といいながらも、貴方はアスターの子供を身ごもったわ。それはアスターが貴方の想いにこたえ始めたことじゃないの」

「想いに……こたえた…ですって…!」

 暗い怒りを瞳にたぎらせ、セリアは想いのたけをぶつけるように吐き出した。

「貴方の面影ばかり追い求め、責務まで放棄したアスターは薬に手を出したわ。幻覚を見る間は貴方と会えるから。そんなアスターの側に私は連れて行かれたの。嫌がる私など構わず、アスターは貴方を抱くように私を抱いたわ。うわごとのように囁く甘い言葉や、虚ろな瞳で、私を見つめる眼差し。正気に戻れば私にした行為を後悔し、そして現実逃避するためにまた薬に手を出す。これのどこが想いにこえたというの!」

「……」

「そして私は子を身ごもった。大臣達は……最初からこれが目的で私を王妃に据えたのよ。薬で堕落したとは言え、アスターは王としての資質は優れていたから、大臣達は次の後継者が欲しかったのよ。だから私が妊娠した途端、アスターは退位させられ、第三王子が仮初めの王として即位した」

 それから私は、地獄のような日々が続いた。

 城からでることはもちろん、ほとんど室内に軟禁状態にされ、出産するまで常に誰かの監視下に置かれた。

 無事に出産したあとも、すぐに赤ん坊は奪われ、月に数回しか会わせてもらえなかった。

 その頃のアスターは薬漬けになっていて、面会に行った私の顔すら判別がつかなくなっていた。

 そして出産して一年後、アスターはあっけなく亡くなった。

 その表情はやすらかで、幸福そうですらあった。

 幼馴染みだった人達すべていなくなり、残った私も死んでしまいたかった。

 だけどそれすら許されなかった。

 何故なら第三王子が就いた途端、原因不明の病にかかり始めたから。

 医師を含め私も原因をさがすために、あらゆる手をつくした。

 そしてある日、貴方が私の夢に出てきた。

 優しい笑みを浮べながら、王位に就く者を殺してやると残酷な言葉を吐き出すのを。

 目が覚めて、私はぞっとしたわ。

 自分の身に降りかかったすべての不幸を、誰かのせいにしようとしていることが恐かった。

 自分本位で貴方を殺害したテイラ、現実を受け入れられず薬に走ってしまったアスター。

 そのために無理矢理王妃にさせられ、赤ん坊を産み落とした私。

 そしてタイミング良く第三王子が病にかかり、それに関連するかのように貴方の夢を見た。

 私は辛い出来事から逃げたくて、そんな夢を見たのだと思ったわ。

 だけど違った。

 貴方は毎晩私の夢に現れ、殺された温室で怨嗟の声を叫び続けてていた。

 夢と同時に第三王子の病状は悪くなり、私は貴方の呪いかどうか確かめるため、封鎖された温室に行ったわ。

 そして貴方が殺された場所に、白い大輪の花々が咲き乱れているのを見て、真実だと知ったわ。

 だけどそれを認めたくなくて、私は第三王子の治療に専念した。

 でも私の努力は無駄に終わり、私の子供が成人すると同時に、第三王子は亡くなった。

 そして息子が王位について数年後、同じ症状が出始めた。

 とうとう私は病でなく、貴方の呪いだと認め、あらゆる解呪の方法を探した。

 その様子を見ていた周囲は冷たく、発狂したのではと恐れるほどだった。

 恐らくあの時から、私も狂い始めていたのかもしれない。

 すべてを奪われ、唯一希望の光とも言える存在が、呪いで奪われることが許せなかった。

 けれど必死に探しても、解呪の方法は見つからなかった。

 ……ただし呪いを遅らせる方法があることがわかった。

 私は徐々に弱っていく息子を助けるため、覚悟を決めたわ。

 そして呪いが始まった場所……温室へ行った。

 そして貴方が息を引き取った所で、私は自害した。

 呪いが解けることを祈りながら。

「……病は多少弱まったけれど、やはり完治することはできずに今に至ったということよ。私はずっとここに留まり、解呪の方法を見つけて欲しくて、必死に子孫に訴え続けたわ。そして私に気づき、なんとか身体を借りることができた。貴方と同じように……」

 落ち着いた声で話し終わると、セリアは一歩レイールに近づく。

「もうこれ以上犠牲者を出すのはやめてちょうだい。殺されて深い悲しみと憎しみがあるのはわかっているわ。だけど、今更過去を取り戻しても、けして幸せだったあの頃には戻れないわ。だから、私と一緒に逝きましょう」

「セリア…」

 ゆっくりと差しのべるセリアの腕に、レイールの瞳は揺らいだ。

 恐れるようにセリアの腕に手を伸ばそうとして、レイールはすぐに顔を強ばらせる。

 伸ばした手がゆっくりと拳を作り、再び降ろされる様子に、セリアの瞳が開かれる。

「くっくっくっ……!」

 俯きながら喉の奥で嗤うレイールの声に、セリアの手が震える。

「レイール…」

 顔を隠していた髪をさっと払いのけると、レイールは忌々しげにセリアを睨みつけた。

「そんな話を私が信じるとでも思ったの、セリア。貴方がテイラと共謀して私を殺したくせに、よくもそんな被害者ぶったことが言えるわね!」

「違うわ! 私とテイラはそんなことはしていないっ。貴方はずっとここにいたのでしょう? だったら私がどんな最期を迎えたのか知っているはずよ!」

 必死に思い出させようとするセリアを、レイールは髪をかき上げながらせせら笑う。

「いいえ、私の記憶にはそんなものなどなかった。死してなお、嘘をつき続けるなんて……私はずいぶんと酷い友達と付き合っていたのね。……いいえ、今では親友だと思っていたことが屈辱的だわ」

「よくもそんなこと……! ならば貴方は何だというの。歴代の国王を殺す殺戮者じゃないの!」

「ええ、そうよ。だって私にはそうする権利があるわ。私を死に追い込み、すべてを奪った者に制裁を与えるためだけに、私は存在しているのよ!」

「すべてですって……。貴方はアスターの愛と、王妃の座を手にしたじゃない! これ以上何を求めるっていうのっ」

「……子供よ。アスターと私の血を受け継いだ、後継者」

「なんですって。……まさか歴代の国王に呪いをかけて、死に追い込んだ理由がそれなの? だけど貴方は……」

「そう…子供ができない身体だった。私は王妃の座なんて興味などなかった。だけど、アスターの子供だけは欲しかった。周囲もそれを強く要求したわ。その重圧が辛く、不完全な自分を呪ったわ」

「それはアスターだって知っていたはずだし、自分が産めないからといって殺す理由は…」

「身ごもっていたのよ!」

 セリアの言葉を激しく遮り、レイールは涙を浮べながらそっと腹部に両手を添えた。

「できないと思っていたわ。だけど貴方がアスターに告白したその日、妊娠していたことがわかったのよ。どんなに嬉しかったかわかる? すぐにアスターに教えたくて……私は温室に走ったわ。そして……テイラに殺された」

 優しく撫でていた両腕がだらりとさがり、悲しみから相手を殺してしまいそうなほどの強い憎しみにレイールの全身が覆われていく。

「まさか……テイラは知って……」

 青ざめた表情でよろめくセリアに、しらじらしい演技だとレイールは侮蔑を込めた笑みを浮べる。

「テイラは言ったわ。私がアスターと婚姻したのは同情したからだと。そして時期が来たら殺すつもりだったと。なのに子供までできてしまったら、セリアの婚姻に差し障ると言っていたわ。だから面倒なことにならないうちに始末すると……あの男は私の死に際に吐き捨てていったわ!」

「う……そよ」

「そして私の死後、貴方はアスターと婚姻。しかも後継者まで産んだ。これのどこが嘘だって言うの! すべてテイラの言ったとおりになったじゃないっ!」

「レイール、落ち着いて話を聞いて! 私は…」

「うるさいっ。……話すことなどもう、何もありはしないわ。私は……私のやるべきことをするだけ。アスターと我が子を取り戻すわ。そのためなら、誰が犠牲になろうと構わない」

「やめて! そんなことをしても、アスターは喜ばないわっ」

「…それでも私の願いは叶うわ。それにもう……遅いわ。私は長い年月をかけて、アスターのカケラを集め、アルクでやっと全部揃う。そのための準備はもうできているの。あとは婚儀の日を待つだけ。誰も……邪魔はさせないわ!」

 凄むレイールに、セリアは阻むように構える。

「いいえ! そんなことは絶対にさせない! 必ず阻止して見せるっ!」

「でしょうね。……だから今、ここで排除するわ」

「!」

 右手を掲げると、手のひらに陽炎のようなものが、徐々に短剣を形どり始めた。

「今度は貴方が殺される番よ、セリア。けれど一人じゃ可哀想だから、貴方の子孫を道連れにしてあげる!」

 振り下ろそうとした矢先、甲高い声が部屋に響き渡った。

「止めて、レイール!」

 突如として二人の間にまばゆい光が現われ、絶叫と共に振り下ろされた短剣を受け止めた。

 その場に倒れ込んだレイールは胸を押さえ、苦悶に顔を歪ませながら光を睨みつけた。

「お……のれ、ルキア…」

 レイールの声にセリアの意識は急速に遠のき、押しやられていたカルの意識が戻った。

「…姫…様……」

 光は徐々に輪郭を取り始め、カルの知っているルキアの姿を形取った。

 しかしルキアは苦しそうにカルに一瞥をくれると、すぐにレイールを凝視する。

「カル……早く、逃げて…」

「姫様…!」

「許さない……どこまで私の邪魔をすれば気が済むの、ルキア!」

「私が死ぬまでよ。これ以上誰も傷つけさせないわ!」

 両手を広げてカルを守るルキアの姿に、レイールは荒い息を吐きながら、ゆっくりと身体を起した。

「だったらお前から始末してやるっ!」

 両手を胸の前に突き出して黒い光の塊を作ると、ルキアに向かって投げつけた。

「やめてーーーーっ!」

 絶叫と共にカルは走り出し、ルキアに向かって手を差しのばす。

 だが、光の波動でカルは吹き飛ばされ、後ろに倒れ込んだ。

 一瞬頭が真っ白になり、すぐに全身を打撲したような痛みが走り、カルは身体を丸めて呻いた。

「…カ……ル…」

 消え入りそうな囁き声にカルは、這いつくばった格好でルキアを見上げる。

「ひ…め……さ…ま」

 弱い光を発しながら、ルキアは泣くのを堪えるように顔を歪め、唇に笑みを貼り付けた。

「ごめ……願…い………………アルク…………助け……ほし……わ…た………も……だ」

 急速に消えゆくルキアの姿に、カルはよろめきながら身体を起し、涙に濡れた顔でなんとか捕まえようと手を伸ばす。

「嫌……イヤよ……お願い、消えないで姫様……。逝かないで………」

 必死に引き留めようとすがりつくカルの姿にルキアの笑みははがれ落ち、悲しみに歪んだ表情を浮べる。

 ルキアも手を差しのべたが、カルの手に触れる前に光の霧となって消えてしまった。

「嘘……よ」

 呟く声と同時に左肩に激痛が走り、絶叫とともにカルは仰向けに倒れた。

「く……外れた。次は……お前の番よ……セリ…ア」

 強く胸を押さえながら、レイールは力を使い果たしたようにその場に倒れ込んだ。

 だがカルはレイールの言葉など聞いていなかった。

 鼻につく鉄の嫌な匂いに、カルは恐る恐る左肩に触れる。

 生暖かくねっとりとした液体に触れ、鋭い痛みが全身を震わせる。

「嘘よ……」

 緩慢な動きで血のついた手のひらを自分の顔に掲げ、目頭が熱くなる。

 ルキアが消えてしまったことを信じたくないのに、痛みが事実だと残酷に告げる。

 つい今しがた起きた出来事を信じたくなくて、カルは否定するように赤く染まった手を握りしめ叫んだ。

「嘘よーーーっ!!」

 絶望の混じった絶叫は肩から全身に回る激痛に凌駕され、カルの意識は吹き飛んだ。

 掲げた腕は力なく床に落ち、意識の混濁した闇の中に落とされながら、カルは強く死を願わずにはいられなかった。


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