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眠れる王女と、眠れぬ王子  作者: 八知 美鶴
93/102

93話

 どうしてあんなことを言ってしまったのだろう…。

 部屋の中で、レイールは唇を噛みしめながら、アルクに言ったことを後悔していた。

 ただアルクの中にある、彼の魂のカケラを知りたかっただけなのに。

「あれほど……強かったなんて…」

 歴代の王の中で、アルクの魂がいちばん彼に近かった。

 それは今まで集めてきたカケラと同等……いや、アルクの魂を手に入れば、間違いなく彼は甦るだろう。

 それを肌で感じて、懐かしい記憶まで思い出した。

 それともアルクが話した、過去のことに触発されただけなのだろうか。

 そう……私はかつて彼の赤ん坊を身ごもった。

 けれどもこの世に生まれる前に、私と共に奪い取られてしまった。

 あの男に……っ。

 そして死に間際に、彼は愛を囁いてくれた。

 だけど……その前に彼は……セリアと…。

 拳をきつく握りしめ、レイールは目を閉じて歯を食いしばるが、ふっと肩の力を抜くと、皮肉げな笑みを浮べる。

 修道院から一歩外へ出た時から、たくさん傷つけられてきた。

 周囲の批判、王女としての品格、和平という名の人質交換。

 そして見知らぬオーク国に捨て置かれ、頼る術を失った孤独感を味わされた。

 王女としての扱いはほとんどなく、幽閉に近い扱いを受けながら、私は安堵していた。

 このまま誰とも接することなく過ごすことができると。

 だがその望みは、アスターとの出会いで失われてしまった。

 アスターは病弱とはいえなくとも、無理をするとすぐに体調を崩していた。

 その病を緩和するために、私はオーク国の医師の手伝いをすることになった。

 というのもクローブ国は薬草をいくつか取り扱っていたこともあり、王女ならば自国の薬の知識はあるだろうと考えたのだろう。

 別段そのことに異論はなかったし、修道院でも似たようなことをしていたから、日々の気を紛らわすにはちょうど良かった。

 私が思っていた以上に薬草の扱いが長けていたことに驚き、医師は助手として私を扱い始め、そのうちアスターの看護の手伝いもするようになった。

 そしてアスターの看護をしていくうちに親しくなり、私は彼に惹かれ始めた。

 それが……私の思い違いだったのだ。

 あの時の私は必要とされることに飢えていて、たまたまアスターがそれを与えてくれたに過ぎなかった。

 セリアという婚約者の存在がいたのにもかかわらず、私はアスターに恋してしまった。

 優しい言葉と、心を掴んで離さない甘い囁き。

 アスターにとって私は、婚前前の戯れに過ぎなかった。

 だからセリアも、何も言わなかった。

 何も知らない私は、同情だとは気づかずアスターにのぼせていった。

 だが同情していたアスターの気持ちは、私の一途な気持ちに揺り動かされ、私を妻にと望むようになった。

 もちろん周囲は反対したが、婚約者のセリアは賛成してくれた。

 何故、あの時気づかなかったのだろう。

 あの言葉は単なるアスターの気まぐれなのだと、セリアは分かっていたのに!

 そうとは知らず私は、嬉しさと、後ろめたさで悩みながらもアスターの求婚を受けた。

 よく考えれば、何の後ろ盾もない、人質として寄こされた王女の身代わりが、一国の王妃など無理だとわかっていたはずなのに。

 だから周囲の反対は当然だったし、孤立していくアスターを見るに堪えられず、自分の素性をすべて明かした。

 にもかかわらず……彼は望んでくれた。

 そして私は……彼の妻となった。

 周囲の祝福を受けることはなかったけれど、それでも私は幸せだった。

 セリアとアスターがいてくれれば、私はそれで十分だと思っていた。

 だがそれも長くは続かなかった。

 唯一私が努力をしてもできないことを、周囲は強く求めてきた。

 後継者を産むこと。

 アスターは気に病むことはないと言ってくれたが、本当は内心安堵していたのではないのだろうか。

 私が子供を産むことができない経緯を、アスターとセリアには婚姻する前に話していた。

 だからセリアもそのことを知っていたから、私が王妃になることに反対しなかったのだろうか。

 そして時期が来たら、セリアとアスターは婚姻するつもりだったのだろう。

 人質を王妃として迎え入れたが、後継者を産むことができず、王妃の座を剥奪。

 そして事故、もしくは失意の上に自殺……そう見せかけて暗殺すれば、クローブ国に体裁を取り繕え、厄介者の処分もできる。

 けれども幸か不幸か、私は妊娠した。

 誰にも知らないはずだったのに、テイラは知っていた。

 だがアスターが、私を監視させていたと考えれば納得できる。

 テイラはアスターの腹心の部下で、私の婚儀に最後まで反対していた。

 以来、アスターとテイラの関係は途絶えてしまったと聞いていたが、実は私を騙すために仕組んだものなら……。

 ……そしてセリアも関係していたのならば、忌まわしい温室の出来事も理解できる。

 私が妊娠したことを知った二人は、私が来ることを計算して、演技をした。

 ……いいえ、あれは演技だというにはセリアの表情は真剣だった。 初めから二人は愛し合っていて、私という存在がオーク国にとって再び起こるかもしれない争いの火種になると感じていた。

 だから体面を保つために、私を愛している振りをして王妃という地位を与えた。

 だが妊娠してしまっては、セリアを王妃として迎え入れることができなくなる。

 だからテイラに頼んで、私を殺したのだ。

 死の間際に見た、テイラの冷酷な表情。

 絶望に彩られた顔のアスターの囁きも、セリアの恐怖に震える姿もみな、演技だったのだ。

 死ぬ間際にすべてが茶番だったのだと気づいた瞬間、絶望、悲しみ、そしてあふれ出てくる憎しみの中に、私は落ちていった。

 そして気づくと私は温室にいた。

 誰にも姿がみえず、大好きだったら白薔薇はすべて引き抜かれ、燃やされていた。

 その時、私の存在すべてを抹消されたと知り、私は復讐すると決めたのだ。

 私を忘れることがないように、王の死の間際に必ず白薔薇を贈ることを。

 そして今、最後の白薔薇は、彼の命と繋がっている。

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