91話
レクシュが退出した瞬間、机の上にあったものは霧のように消えてしまった。
「私の演技はどうだったかしら、ルキア?」
ざわつく胸に軽く手を当てながら、レイールは歌うように囁く。
レクシュに怪我を負わせたときから、ルキアは怒りをレイールに向かって投げつけていた。
だが、その程度の痛みなど、レイールには煩わしい小虫が周囲を飛び交っている程度にしか感じなかった。
「そんなに怒ったところで、私には何の害もないのよ。それよりも自分のことを心配したらどうなの? 私に刃向かうだけでも相当の魂の消費をしているはず。アルクの死を見るまでもたないわよ?」
レイールの言葉に反抗していたものの、徐々に胸のざわつきはなくなっていった。
「そうそう、いい子ね。私、素直な子は好きよ。最後までそういう態度ならば、殺さずに生かしておいてあげてもいいわ」
くつりと笑うと、レイールは胸から手を離し、宙に向かって指を動かした。
と、レクシュが置いていった薬箱がゆっくりと浮き上がってきた。
「私を押さえる薬ね。こんなもの、たいして役に立たないのに…。無駄な努力ね」
そう言い捨てると、暖炉に向かって軽く指を動かす。
と勢いよく薬箱は暖炉の中に投げられ、粉々に砕ける。
残り火が薬品と混ざり合い、勢いよく燃えさかる。
不吉な色合いを見せる炎に、レイールは皮肉げな笑みを浮べる。
「どうせルキアも薬を隠し持っているのでしょう。……私の隙をついて飲ませたみたいだけど、無駄な事だってわかっているでしょうに。…とはいえ、まだこの身体の主は貴方のもの。どんな薬を飲んでいるのか知らないけど、そんなことをしても自分が辛いだけよ。
どんな薬だろうと私には効かないのだから、大人しくしていればいいのに、馬鹿な王女様」
…………。
それでも抗う、そんな怒りの感情が胸の内から響き、レイールの唇が半円を描く。
「どんな風に私に抗うつもりなのかしら。ふふふっ、ルキアの大切な者を奪っていくのに、観客がいないのは淋しいもの。あぁ……なんて可哀相なルキア。貴方が大切にしている人間達は、私にはすべて憎悪の対象なんですもの」