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眠れる王女と、眠れぬ王子  作者: 八知 美鶴
90/102

90話

「お久しぶりでございます、ルキア王女様」

 商人の格好をした四十代半ばの女性が、レイールに向かって丁寧に挨拶をした。

「お前は……確かレクシュ、だったかしら?」

 すぐにルキアの記憶を読み取り、レイールは親しみを込めた笑みを浮べた。

 だがレクシュはルキアの変化をすぐに悟り、表情が強ばった。

「そうそう、確かテッサンから、三日後にお見えになると聞いたのだけれど、何の用かしら?」

 皮肉めいた口調にレクシュはすぐに状況を把握し、いつもの人なつっこい笑みを浮べる。

「お約束のものを、お渡しに参りました」

「約束?」

「はい。ルキア様にも、とても深く関係するものでございます」

「……ムルガ」

「はい、ルキア様」

 お茶を出していたムルガに、レイールは目線だけを向ける。

「少し席を外して」

「ですが…」

「何かあったらすぐ呼ぶわ」

「……わかりました」

 冷たい口調で言い捨てられ、ムルガは憮然とした態度で部屋を出て行く。

 ムルガが出て行ったのを確認するやいなや、レクシュの表情が一変し、厳しい眼差しをレイールに向ける。

「あの子はどうしたの」

「目の前にいるのではくて? ……お母さま」

「あの子はそんな冷たい眼差しを浮べたりしないわ…」

 青ざめるレクシュに、レイールは楽しそうにくつくつと笑う。

「まだ生きているわよ。いいえ、違うわね。存在はしているわ、かろうじて、ね」

「……」

「私達の会話も聞こえているはずよ。だけど、何もできはしないわ」

「…どうやって身体を」

「さあ、それは私にもわからないわ。目が覚めたら入れ替わっていたんですもの。ルキア自ら私に身体を差し出したのでのではなくて? 私に勝てないと思って」

「あの子がそう簡単に屈するはずないわ」

「だとしても、関係ないわ。私は望みの器を手に入れた。あとは…」

「何をする気なの。娘を傷つけるなら、誰であろうと容赦しないわ」

「容赦しない、ですって?」

 すうっと目を細め、レイールはくつりと笑う。

「それはこういうことかしら?」

 ゆっくりと腕を伸ばし、折り曲げた人差し指をレクシュの腕に向かって軽く振った。

「…つっ!」

 衣装が裂ける音と同時に鋭い痛みが走り、レクシュはうめき声を漏らしながら左腕を押さえる。

「これでもまだ私に、容赦しないだなんて言えるのかしら」

 レイールは口元に指を添え、酷薄な笑みを浮べる。

 レクシュは痛みを堪えた表情を浮べ、押さえた腕をそっと放すと、手の平に赤いシミが付着していた。

「貴方は生前……こんな力はなかったはず…」

「私はもう、生きていないもの。自分でも驚いているのよ。何故こんな力が手に入ったのか。……ふふ、きっと死んだ時に身についたのかも。神が私を憐れんで」

「憐れむですって。ならば私はその神を恨むわ。貴方を今になって甦らせたことに」

「甦る? いいえ、私の魂は今も昔もここに留まり続けていたの。ただ適性する器が見つからなかっただけ。貴方が私の過去を調べていたことだって、前から知っていたわ。ルキアは心を読めないようにしていたけれど、オーク国周辺はすでに私の領域なの。私の知らない事なんて何もないの。それに天に召されることなんて望んでない。欲しいものはただ一つ、あの人の魂だけ」

「そんなこと……不可能だわ」

「あら、そうかしら? 現に私はここに存在している。ならば、アスターだって甦るのは不可能じゃないわ」

「貴方と彼は違うわ。……たとえ可能だとしても、彼は自分の子孫の命を使って甦ろうと思っているのかしら?」

 問いただすように尋ねるレクシュに、レイールは侮蔑を込めた笑みを向ける。

「思っているに決まっているわ。だって私達は約束したのだもの。彼がやぶるはずなどないわ」

「ならば何故、貴方の愛しいアスター陛下は、貴方のようにアルク陛下の身体を使って甦ろうとしないの? …とてもそう望んでいるようには見えないわ」

「…お黙り」

「!」

 次の瞬間、レクシュの腹部に殴られたように痛みが走る。

 青ざめてその場にうずくまるレクシュに、凍てつく視線を投げつける。

「……彼と私は特別なの。彼だけが孤独だった私を救い、ともに歩むと誓ってくれた。なのに……信じていた親友に裏切られ、その血が混じった子孫がオーク国を治めている! そんなことは、私は認めないわ!」

 憎しみを募らせながら吐き捨てるレイールを、レクシュは苦悶に満ちた顔で凝視する。

「だから私は取り戻すの。あの、幸せだった時間に」

 レイールは胸元に手を引き寄せると、レクシュに向かって刻印を見せつける。

「この胸の花が開花し終わったとき、私の望みが叶うの。これはアルクの命の花だから。ルキアの身体とアルクの魂は繋がっているのよ。誰もこれを断ち切る事なんてできないし、この身体を傷つければ、アルクも無事ではすまないわ。ふふっ、どんな小細工をしようと、私を止めることなどできないわ」

 無慈悲な笑みを浮べ、レイールは衣装を整えると、悲痛な表情を浮べ声を張り上げた。

「ムルガ! 大変よ、すぐに来て!」

 焦った声音と同時に奥に控えていたムルガが、慌てた様子で室内に入ってきた。

「どうかしましたか、ルキア様!」

「レクシュ殿が……薬草の調合途中で腕に……腕に怪我を負ってしまったの!」

 涙ぐみながらムルガに助けを求めるその姿に、レクシュは一瞬何が起きたのかと呆然としてしまった。

「何を…」

 口を開きかけたが、強い花の香りにレクシュは微かに顔をしかめた。

 すると机の上に何もなかったはずなのに、どこからともなく調合道具や、薬草、そして怪我をした原因だと思われる小刀が転がっていた。

 しかもレクシュのものであろう、少量の血がこびりついていた。

 愕然とするレクシュだが、レイールは構わずムルガに怪我の詳細を話していた。

「私が頼んでいた薬を、レクシュ殿が目の前で調合してもらっていたの。だけど私があれこれ質問してしまって、それでレクシュ殿が怪我をしてしまったの。お願い、ムルガ。すぐにレクシュ殿を医師の元へ連れていって!」

「わかりました。レクシュ殿、すぐに薬師の元へご案内いたします」

「いえ…大丈夫で…」

「駄目よ。一人では手当はできないわ。それに……元はといえば私のせいですもの」

 心配げな声を出しているものの、レイールの瞳にはこれ以上留まることを許さない、そう冷酷な拒絶がはっきりと現れていた。

 レクシュはさっとレイールから視線を反らすように頭を下げると、ゆっくりと立ち上がった。

「では……お言葉に甘えさせていただきます。……ご用件はまた別の機会ということで…」

「ええ、そうね。私も時間があれば、お会いしたいわ」

 笑顔で答えるレイールに軽く礼をし、レクシュはムルガに伴われ部屋を出る。

 背中にレイールの視線を感じながら、レクシュは二度と自分の娘に会えることはないと、絶望が身体を支配していった。

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