88話
それに母様が長い年月を掛けて呪いを解く方法を探しているが、未だ見つかっていない。
ならば彼女の内に入り、解決の糸口を探してみたほうがいいかもしれない。
一か八かの賭けだが、このまま何もせずジワジワと彼女に浸食されるよりはましだ。
それにこれは……二人だけの、彼女と私の戦いなのだ。
それにカルを巻き込むわけにはいかない。
「カル、約束してほしいことがあるの」
「姫、様…?」
「もし私が私でなくなり、貴方に危害を加え始めたら、すぐに私の側から離れてほしいの」
「姫様そんな…!」
「…呪いが解けたとき、私のせいでぼろぼろになった貴方を見るのは耐えられないの…」
「姫様……」
「もし約束を違えたなら……貴方をクローブ国から追放するわ」
衝撃的な言葉にふらつき、壁に手をついて身体を支えながら、カルは弱々しい瞳をルキアに向ける。
「な…ぜ、ですか…」
その眼差しを受け止め、真摯な声音でルキアは宣言する。
「貴方が私のために、命をかけようとしてるから」
「!」
「それくらいわかる程度には、ずっと一緒だったでしょ?」
「姫様…」
「それにカルには、私の代わりに母様達との連絡係もしてほしいの。これは貴方にしかできないことだわ」
これ以上深く関わってほしくない、そう言外に匂わされては、カルも引き下がるしかなかった。
「わかりました……」
カルの返事を聞いて、ルキアはふっと肩の力を抜くと、再び調合に取りかかり始めた。
「あとは私がやるから、カルはもう休んで」
「ですが……」
「…おやすみなさい、カル」
なおも何か言いかけたカルだが、ルキアから拒絶の雰囲気を出され、静かに部屋を退出していった。
カルが去ったのを確認すると、ルキアは緊張が切れたように、グッタリと背もたれに寄りかかる。
「……ごめんなさい、カル。これは私にとっても賭けなのよ…」
本当に彼女は長い年月を憎悪だけで保ってきたのだろうか。
彼女に乗っ取られたとき、一瞬だったか憎悪の奥底に、悲しみと切望がルキアの琴線に触れたのだ。
ただしすぐに憎悪に飲み込まれてしまい、そんな感情に触れたかどうかは今となっては疑問なのだが。
それでもわずかでも可能性があるならば、それにかけてみようとルキアは考えたのだ。
そのためにも、もっと深く彼女の中に入らなければならない。
が、同時にルキア自身が彼女の精神に乗っ取られる可能性も高いのだ。
「それでも……やらなくては」
数種類の劇薬の薬を調合すると、ゆっくりと口に含んだ。