85話
身体のだるさに、ルキアは目覚めた。
鈍い痛みに顔を歪ませながら、頭を動かし自分がどこにいるのかわからなかった。
そして自分が寝室の扉の側に倒れていることに気づいた。
「ど……して…」
しゃがれた声に驚き、ルキアは喉を押さえ自分が何故こんな状況になっているのか混乱する。
落ち着いて、そう心の中で呟きながら、ルキアは記憶を振り返る。
確かテッサンの話を聞いて…ショックでムルガに抱えられるように寝室に入ったことは覚えている。
その後……気分が悪いからと、そのまま寝台に入って……。
「その後……私は睡魔に襲われて……」
しゃがれた声で呟くと、ルキアは自分の腕を見て顔を強ばらせた。
いつできたのかわからない擦り傷で赤く腫れていたのだ。
身体を起そうと試みるが、まるで自分の身体が絨毯に根を張ったようにぴくりとも動かない。
それでも無理矢理上半身を起すと、全身に鈍い痛みが走り再び倒れそうになる。
涙を滲ませ痛みに耐えながら辺りを見回し、寝室の惨状にルキアは青ざめる。
毛布はしわくちゃのまま枕と一緒に寝台の下に落ち、側に置かれてあった机は斜めに曲がり、上に乗っていた花瓶は倒れ、半分乾いたシミの上にしおれた花が散らばっていた。
そして寝台からルキアがいるドアの側まで、身体を引きずった後がくっきり残っていた。
「これは……私がやったというの……」
ゆるゆると意識がはっきりし始めたルキアは、呆然としたように自分の両腕を見た。
手首から肘までの擦り傷が何よりの証拠であり、机が曲がっているのはそれを引っ張って前に進んだ結果なのだ。
「違う……彼女だわ…」
まだ完全に身体を支配できないゆえ、このようなまだるっこしい方法で寝室を出ようとしたのだ。
「どこへ行こうと……!」
温室か……あるいはアルクの元へか。
どちらにしろ、ルキアの身体を彼女が操り始めたことだけはわかった。
「そんな……こんなに早いなんて」
はっとしたように、ルキアは傷だらけの身体を引きずって、窓際まで近づくと、なんとかカーテンを開く。
と、外は漆黒の闇と、城を照らす銀色の月だった。
「なんて…こと。もう、夜だったなんて」
暗闇を恐れるように、ルキアは壁を支えに立ち上がると、ふらつきながら室内をもっと明るくするために燭台に火を灯していく。
明るくになるにつれ、室内の惨状は生々しく映り、ルキアは逃げるように応接室に入った。
応接室も明かりを灯し、机の上に置きっぱなしにしていた薬箱に目が止まる。
倒れ込むようにソファに座ると、震える手で蓋を開ける。
薬はそのままの状態で、ルキアは寝室に持って行かなくて正解だったと安堵すると同時に、いくつかの薬を取り出す。
そして薬箱の二段目から携帯用の調合器具を机の上に広げると、薬を調合し始めた。
一心不乱に薬を混ぜているルキアだが、扉の開く音にびくりと身体を強ばらせた。
ゆっくりと振り返り、立っている人物にルキアは目を見開いた。
「カル……」
呆然とするルキアの姿にカルの表情は強ばり、近づこうと身体が動く。
しかしその場でぐっと踏みとどまると、ルキアに向かって微笑み、距離を保ちながら机の上に水の入ったコップを置く。
「…どうかそのまま、続けてください。私は姫様の部屋を整えて参ります」
「待って、カル!」
ルキアは、きつい眼差しをカルに向けた。
「何故、あなたがここにいるの? 私は言ったはずよ、ここに…」
「荷物を……取りに来たのです。そしたら物音がして。覗いてみたら姫様が……怯えるように部屋から出てきて……薬を調合し始めました。その姿を見た瞬間、あたし、覚悟を決めたんです。何があろうと姫様の側を離れるべきではないと」
「カル……」
「もう、決めたんです。姫様が姫様でなくなっても、その時にあたしの身に何が起きても、姫様を助けるって。こんな姫様を放っておくなんてあたしにはできない」
辛そうな表情を浮べ、カルは青ざめ疲れ切ったルキアの姿に心を痛めた。
衣服からのぞく肌は赤く腫れ、特に二の腕から下はひっかき傷のような赤い筋が何本も走っている。
足にも何かが当たったのか、青痣ができかけていた。
「カル……あなたの気持ちはとても嬉しいわ。だけどもう、ムルガ殿に頼んでしまったのよ。すぐにまた元に戻るなんて事はできないわ」