84話
「そんなことがあったなんて…」
「……過去の因縁、……レクシュ殿の言ったとおり…か」
「? どういうことなの」
フィンソスはカルに、レクシュから聞いた話を伝えた。
「そんな……。私達が過去に起こった惨劇の子孫だったなんて…」
「しかも皮肉なことに、私は祖先と同じ陛下の側近だ。幼なじみで従兄弟で、陛下とは気心はしれている。君との関係は幼なじみではないが、王妃に選ばれるほどの地位を持っている。そして陛下とルキア王女は過去と同じように惹かれあい、もうすぐ婚礼をあげる。それまでにこの呪いを解かないと、最悪の結末を迎えることになるわけだ」
「……いいえ、一つだけ違うわ。あたしはもう貴族じゃない。姫様にお仕えする侍女なの。このことにきっと何か意味があるはず…。最悪な結末なんてあたしは認めないわ! あたしの手で変えてみせる!」
「何をするつもりだ。まさか!」
「姫様を死なせたりしない。そのためなら、あたしは何だってするつもりよ」
「…命を捨てる気なら、私はなんとしてでもやめさせるぞ!」
憤り、立ち上がりかけたフィンソスを、カルは押しとどめるようにフィンソスの腕を掴む。
「お願いよ、フィンソス! あたしは……一度すべてを失ったの。その時姫様がもう一度、あたしに希望を与えてくれた。こんなこと、姫様は望んでいないということもわかっているの。姫様は周りに迷惑を掛けたくなくて、いつも一人で我慢してしまうこともわかってる。そして誰かに迷惑を掛けるなら、姫様は簡単に命を投げ出してしまうの。ずっと姫様に使えていたから、あたしにはわかる。そうならないために、あたしは姫様を助けたい。すべてを賭けて」
「私の約束よりも、か……」
「……あなたが今もあたしを待っていてくれて、正直とても嬉しかった。叶うことならば、貴方の約束も果たしたい。だけど……あたしにとって姫様は特別で、誰よりも幸せになってもらいたい方なの。だから…」
「…ルキア様が妬ましいな」
「フィンソス…」
大きくため息を漏らし、フィンソスは再び腰を降ろす。
そっとカルの手を握ると、フィンソスは身体を投げ出すように背もたれに寄りかかる。
「君のルキア殿に対する傾倒ぶりには、なかなか太刀打ちできないな。正直、ルキア様に嫉妬するよ。そこまで君の気持ちを掴んで離さないんだから」
「ごめんなさい、フィンソス…」
「謝るのは止めてくれ。まだ終わってないんだから。それに私は、諦めたわけじゃない。要は最悪の結末を防げばいいんだ。簡単な事ではないが、私も協力は惜しまないつもりだ。それが陛下を助けることにも繋がるからね」
わざと軽口を叩くように話すフィンソスに、カルの緊張が少しだけ緩む。
「……ありがとう」
微かに瞳を潤ませ、感謝するカルから、フィンソスは視線を反らし立ち上がる。
「…それじゃ、城へ戻るか」
「ええ…。あっ、この衣装で帰ったらまずいわ」
「私が上手く誤魔化すから、心配いらない。それと預かった衣装は後日届けさせるよ」
「…わかったわ。この衣装は」
「それは返さなくていいよ。その衣装は……君のために買ったものだから」
「え?」
「きっと瞳に映えるだろうと思って、私が選んだんだ。昔……贈ろうと思ったまま、ずっとしまっていたんだ。だから着てくれただけ十分だよ。あとは君の好きにするといい」
「フィンソス…」
振り向いたカルの視線には、フィンソスの後ろ姿しか映らなかった。