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眠れる王女と、眠れぬ王子  作者: 八知 美鶴
83/102

83話

  この手紙を読む貴方へ。

これを見つけたということは、私達の因果関係を知ったことだと思います。

私の軽率な行動が彼女や陛下を深く傷つけ、呪いとなって今も貴方たちを苦しめていることでしょう。

……私は陛下の幼なじみであり、花嫁として育てられました。

その頃恋心などというものはなく、陛下とは親友のような感情しか持っていませんでした。

だがそんな平和を打ち破ったのは、クローブ国との戦争でした。当初は勝てると見込んでいましたが、思いの外苦戦し、疲弊しきった両国は和平のため、互いの王族を人質として差し出すことになりました。

当然第二王子であった陛下がその人質として差し出されると思い、初めて私の中で親友以上の感情が芽生えました。

けれど私の予想とは違い、人質として差し出されたのは、病弱な第一王子でした。

そしてクローブ国も第一王子ではなく、王女を差し出してきました。

侍女も付けず、単身オーク国に来た彼女はとても…孤独でした。

待遇も王族と言うより捕虜に近い形で、軟禁生活を強いられていました。それを見かねた陛下は、時々彼女を外に連れ出すようになりました。

私も一緒に過ごすようになり、私と彼女は親友と呼べるほどの関係になりつつありました。

彼女はとても物静かでありながら、外の世界にとても興味を示していました。

まるで今まで知らなかったかのように。

そんな彼女に陛下は自然と惹かれていき、それを側で見ている私はだんだん自分の気持ちを隠すのが辛くなってきました。

そして陛下はとうとう彼女を王妃にすると、周囲に宣言したのです。その時の重臣達の猛反対は言葉では言い表せません。

ですが陛下は彼女と婚姻できないのなら、王位継承権を放棄するとまで言いました。陛下には弟君である第三王子がいましたが、彼はまだ十を過ぎたばかりで、とても政を行える年齢ではありません。重臣達は陛下達の婚姻に三省する代わりに、ある条件を出しました。

二年以内に世継ぎを産まなければ、側室を迎えるようにと。

陛下はその条件には反対しましたが、意外なことに彼女が陛下を説得し、その条件の下二人は婚姻しました。

けして周囲から祝福されたものではありませんでしたが、二人はとても幸福そうで、私は自分の気持ちを押し殺して祝福しました。

そして陛下の思いを断ち切ろうと、私は他国へ嫁ごうと考えました。

だが私の願いは聞き届けられず、陛下の側室として嫁げと言われたのです。

私は絶望しました。幸福な二人の側にいることさえ辛いのに、側室として二人の間に立たなければならない。

しかもかつては王妃として扱われていたのが、側室として扱われることに悲しみ以上に、憎しみさえ沸いてきたのです。

本来ならば王妃として陛下の隣に経っていたのは私なのだと。

そして長年陛下に思いを寄せていたのにもかかわらず、気づかなかった陛下も許せなかった。

だから最後に私は自分の気持ちを陛下に伝えることに決めたのです。

その時の陛下の顔を見れば、少しは溜飲が下がるのかと考えたのです。

ですがなかなか陛下一人はになる時間は少なく、またあったとしても、彼女と過ごしていて二人きりになる機会がありませんでした。

そこで私は、陛下の部下テイラに相談することにしました。

彼は常に陛下の側に控え、また私とも幼い頃から気心の知れた関係だったので、私の相談に親身に乗ってくれました。

そうやってテイラと親しくなるにつれ、私の気持ちも変わり始めたのです。陛下よりテイラに愛情が芽生えました。

けれど今更気持ちが変わったと、テイラに言えるはずもなく、私はどうしたらいいのか悩みました。

そして私は計画通り、陛下に自分の今までの気持ちを伝えることにしました。

ただしそれは当初考えていたものではなく、陛下の思いに終止符を打つためと、テイラとの新たな関係を始めるためのものでした。けれどテイラは私とは違う考えを持っていたのです。

私はそれに気づかず、結果、彼女を死に追いやってしまったのです。テイラによって陛下と密かに会う約束を取り次いでもらい、私は今までの自分の気持ちを打ち明けました。

陛下は驚いていましたが、私の気持ちに感謝と謝罪を込めて、抱擁して下さりました。

安堵したのもつかの間、その場面を見た彼女はテイラの手によって殺されました。

しかも誤解を解けぬまま、彼女は逝ってしまった。

今でも死ぬ間際の、彼女の顔が忘れられません。

裏切りに対する深い憎悪で、彼女は私を見ていたのです。

陛下はすぐにテイラを捕らえ、処刑の命が下りました。

私は密かにテイラの元へ足を運びました。そして問い詰めたのです。

何故あのような恐ろしい事をしたのかと。

すると彼は平然と言ったのです。

あの女は王家に相応しくはない。婚姻だけでも許せないのに、王家に紛いものの血を混ぜようとしている。

それだけは絶対に許せない。

憎々しげに吐き捨てたテイラに、私は彼女が妊娠していたことに気づいたのです。

あまりのことに震える私に、テイラは微笑みました。

これで貴方の願いは叶ったと。

邪魔者はいなくなったのだから、何の問題もなく貴方は陛下の花嫁として迎え入れられるでしょう、と。

この言葉に私は、最初からテイラは私を陛下の花嫁にするために計画を立てていたのだと悟ったのです。

逃げるように牢屋を出て、私は自室に戻り、誰とも会おうとはしませんでした。

その間に彼女の葬儀が済んだ頃、後継者を得るため再び陛下の花嫁選びが始まりました。

当然のように私が候補として選ばれましたが、頑として断り続けました。

テイラの話を聞いて以来、陛下の前に姿を見せるのが怖かったのです。

陛下に責められ、罵られるかと思うと、恐ろしかったのです。

けれど私の気持ちなど構わず婚礼は進み、私は陛下の元へ嫁がされました。

そこで私が見た陛下の姿に愕然としたのです。

彼女を失ってからの陛下は、魂の抜け殻のようになっていました。

それは政務にまで影響がでており、ほとんど重臣達に任せ、陛下は昼夜問わず酒におぼれるようになっていました。

まるで現実を忘れるかのように。

そして陛下は泥酔した状態のまま、私を抱くのです。

それは互いにとって、拷問以外の何ものでもありませんでした。

陛下は私を抱くたびにうわごとのように、彼女の名を呼び、それを耳にする私は絶望と憎しみが澱となって心の底に溜まっていきました。

そんな日々は、陛下の子を身ごもったことで、解放されました。

それを合図に、陛下は亡くなりました。

穏やかで、幸福そうにも見える死に顔に、私は羨ましくそして妬ましかった。

あとは陛下の子を産めば、私は解放されると思っていました。

けれどその夜、私は夢で彼女に遭いました。

あの日彼女が殺された温室で。

彼女は全身に蔦を絡ませ、美しくも禍々しい白い花に囲まれていました。

そして私に向かって、艶然と宣告したのです。

オーク国の王族すべてが死に絶えるまで呪い続ける、と。

目覚めたとき、なんて恐ろしい夢を見たのだと思いました。

だがそれは夢でなかったのです。

その証拠に、第三王子が王位を継承したとたん、原因不明の病が襲いかかったのです。

私はすぐにこれが彼女の呪いだと悟りました。

しかし重臣達は信じようとせず、むしろ私がとうとう気が触れたと感じたようです。

そして私は病がうつらないよう、隔離するという名目で、出産するまで幽閉されました。

けれど出産が終わると同時に、療養のためといい、今度は屋敷で軟禁生活を送ることになったのです。

子供を取り上げられ、用済みのように扱われた私は、今まで溜まっていた負の感情が爆発しました。

私がいったい何をしたというのでしょう。

ただ、自分の思いを打ちあけただけで、全てが狂ってしまった。

それとも私が告白しなければ、こんなことにはならなかったのか?

テイラは私が相談をしたから、このような恐ろしい計画を立てたのか?

今更過去を振り返ったところで、私の問いに答えてくれる者は誰もいません。

私を残して、愛しい人達はいなくなってしまったのですから。

わかっているのは、第三王子は病ではなく、彼女の呪いがかかっているということ。

そしてそれは、私と陛下の子供にまで害が及ぶということ。

私は密かに、彼女の呪いを打ち消す方法を探しました。

しかしなかなか見つからず、半ば諦めていた頃、流れの旅一座がオーク国に訪れました。

病で鬱屈している第三王子を慰めようと、その一座が城に呼ばれました。

異国の音楽や舞は不思議で、第三王子を含め、城中の者達はうっとりと見入っているようでした。

しかし私は異国の音楽や舞よりも、その後ろに控えている子供が気になったのです。

と、その子供と目が合い、声が聞こえたのです。

ソナタの望みを知っている、と。

音楽が鳴り響き、私と子供の距離は遠く離れているのにかかわらず、その声は私に届いたのです。

私は直感的に、その子供は彼女の呪いを解く何かを持っていると理解しました。

私は密かにその旅一座を呼びました。

訪れたのはその子供と、若く美しい女でした。

訝しむ私に、女は子供の付き添いといい、子供が目が見えず話せないことを説明しました。

驚く私にかまわず、子供は話しかけてきました。

声ではなく頭の中に響くような不思議な体験でした。

そこで私の考えていることを読み取り、子供は何をすべきか教えてくれました。

彼女が亡くなった場所で、祈りを捧げよと。

そして必ずそこで涙を流せと言いました。

いつまでと問えば、涙で血が薄まるまで、と。

それから私は毎晩屋敷を抜け出し、彼女が殺された場所で祈り泣きました。

しかし私の願いは届かず、第三王子が崩御し、陛下の子が即位したと同時に発病しました。

私は彼女を憎みました。

何故、このような酷いことをするのかと。

私はこのとき、祈りも泣くこともやめました。

どうやっても彼女の憎しみは深く、それだけではどうすることもできないと。

だから私は、別の願いを命と引き替えにすることにしました。

呪いを解くことができない代わりに、死を遅らせることはできるだろうと。

そして願うならば、そのまま呪いが消えるように。

もし呪いが解けずとも、この手紙を知って忌まわしい過去の出来事を知り、解決の糸口になればと思います。



セリア・クライズ

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