76話
「これは……」
かつて自分が過ごした部屋は、ただの客室となっていた。
薔薇色の壁紙は乳白色で統一され、空気は埃っぽく、長く使われていないことがわかる。
家具もカルが使っていた物は撤去され、最低限の家具が置かれていた。
ただ、壁に備え付けられた書棚だけは撤去できなかったらしい。
樫で作られた重厚な書棚だけが、カルがこの部屋で過ごしていたと確認できるものだった。
「ずいぶんと徹底的に叔父様はこの部屋を模様替えしたのね。……きっと母さまの部屋もこんな感じなのね」
切なさのこもった声で呟くと、カルは思いを振り切るように部屋の中に入った。
「思い出に浸っている時間はないわね……すぐに捜し物を見つけるわ。サラ、あなたは外で見張りをもらえるかしら」
「わかりました。……なるべく早めにお願いいたします。いつマルバノ様が戻ってくるとも限りませんから」
「ええ、わかっているわ」
サラがドアの外に出たのを確認すると、カルはレクシュから言われた手記らしきものを探し始めた。
とはいっても家具は全て新しく、唯一の物といえば書棚しかない。
だが入っている本は新品だし、本棚に細工がされているのかと押したり引いたりしてみたが、びくともしない。
どこかに動かすものでもあるのかと探してみるが、それらしき凹凸すら感じられなかった。
「どこ……どこにあるの?」
焦燥感ばかりがつのり、寝台の下も調べてみるが、柔らかな絨毯の感触しか得られなかった。
がっかりしながら起き上がると、暖炉に目がとまる。
凝った彫刻が縁取りされ、綺麗に磨き上げられ鈍色に光っていた。
カルがいた頃と何一つ変わっていないのに、何かが引っかかった。
カルは暖炉に近づき、中を覗き込む。
中も綺麗に掃除されてはいたが、しばらく使っていなかったらしく、隅に埃が溜まっていた。
上を見上げれば光が差し込み、うっすらと煙突の壁を照らす。
ここになにか手がかりがあるかも、そう考えて苦笑する。
どう考えても、暖炉の中に燃えやすい物を隠すわけないのに。
見つからないことに焦りすぎて、こんな突拍子もないことを考えてしまった。
自分に呆れながら暖炉から出ようとするカルに、サラの緊迫した声が耳に届く。
「カルスティーラ様! 大変です。マルバノ様がお戻りになったようです!」
「なんですって!」
すぐに暖炉からはい出ようとした瞬間よろめき、カルはとっさに側の壁に手をついた。
とたん、鈍い音が聞こえ、暖炉の壁が動き出した。
「!」
「カルスティーラ様! 早くお逃げ下さい。でないと人が……」
「サラ! あなたは私に構わず行ってちょうだいっ」
「ですが……カルスティーラ様!」
サラが扉から慌ててカルの側に近づき、ぎょっとした。
「な、なにをしているのですか!」
「私はここを通って出るわ」
人がやっと通り抜けられるような暗い穴に、カルは片足を突っ込みながら答え、その姿にサラは青ざめた。
「お止め下さい! そんな危険なこと……第一その先はどこへ繋がっているかわからないというのに!」
「それはこれから確かめるわ。さあ、早く! サラ、これ以上ここにいたらあなたが疑われてしまう。私なら大丈夫よ。無事逃げ出せたら、後で必ず連絡を入れるから。さあっ、早く行きなさい」
「! ……わかりました。どうか……どうかご無事で」
「ええ! サラも」
その言葉を最後にカルは穴の中に消えた。
ゆっくりと穴が閉じられ、元の状態に戻ったことを確認すると、サラも部屋の中を確認してから出て行った。




