72話
「……私の会談で、後回しになってしまったんですね。……ですが急いで会ったとしても、すでにルキアの中に彼女が潜んでいる可能性が高いです。むしろ…今陛下が会えば、ルキアの精神に余計な負荷がかかってしまい、ますます彼女の思うつぼでしょう」
「なっ!」
「彼女は長い間、ずっと待ちわびていたのです。自分の意のままに操れる器を」
「馬鹿な……! そんなこと信じられない…」
「信じようとそうでなくても、事実なのです。現にルキアはテッサンを呼んで、特殊な薬を取り寄せました。早ければ数日中に、ルキアは春眠病の発作が起きるでしょう」
落ち着いた声音のレクシュに、アルクは怒りを抑えた声音で非難する。
「…自分の娘が危機に陥っているというのに、他人事のように話すのですね。心配ではないんですか」
「怒ったり悲嘆にくれたところで、状況は何も変わらないのですよ。それにあの子はやるべきことを理解し、全力で対処しています。ならば、私にもやるべきことをするまでです」
決然たる態度で話すレクシュにアルクも落ち着きを取り戻すと、ゆっくりと椅子に座り直す。
その様子にレクシュは軽く頷くと、話を続ける。
「私は呪いが起こる前と、その後の記録を調べました。ただし、直前の記録はどこを探しても見つかりませんでした。けれどその中で、彼女と深く関わりを持った人物を絞ることができました」
ここでレクシュは一息つくと、アルクを凝視した。
「まずはオーク国で自殺した王女、クローブ国王女レイール・クローディア。そしてオーク国第二王子アスター・オリクス。レイールの死後、王妃の座についたセリア・クライズ。彼女は元アスターの花嫁候補でしたが、レイールとは生前、親しく接していた相手だったようです。そしてアスターの腹心の部下であり、親友だったと記されていたテイラ・カイザー。……まるでこれから、過去の再現が行われるようだと思いませんか?」
皮肉げに笑うレクシュに、二人は絶句したまま二の句が継げなかった。
「そんな……馬鹿な」
やや間をおいて口を開いたのはフィンソスだった。
「私の祖先が呪いに関わっていたというのか…? しかもクライズは…」
「フィンソス?」
困惑するアルクだが、フィンソスはまっすぐにレクシュを睨みつけた。
「彼女は知っているのか? このことを」
「ええ。彼女もまた、重要な役割を担っていますので。彼女にはテッサンを通して、あるものを探してもらっています。ただし……今の彼女では難しいかもしれません。…フィンソス殿が手伝って差し上げれば、かなり助かると思うのですが」
「…何をさせる気だ…」
押し殺した声で殺気立つフィンソスに、レクシュはすっと目を細めた。
「セリア・クライズが書き残したと思われる手記を手に入れるため、クライズ邸へ行ってもらっています」
「なっ……!」
青ざめるフィンソスに、アルクは戸惑いの表情を浮べた。
「どうしたんだ…フィンソス?」
「どうしてそんな場所に行かせたんだ! そんな手記があるかどうかもわからないのに、どうして彼女をあそこへっ。……辛い記憶しかないのにっ」
「それは彼女が、望んだからです。ルキアの為ならば、何でもすると。……それに正当なクライズ家の血を引く彼女でなければ、恐らく見つけることはできないのです」
きっぱりと言い切るレクシュに反論しようとフィンソスは口を開く。
が、それをぐっと堪えると、フィンソスはアルクに向き直る。
「陛下……申し訳ありません。私は……行かなければ!」
部屋を出て行こうとするフィンソスに、アルク困惑した顔で理由を問うが、帰ってきたのは謝罪だった。
「私は私に誓ったのです。彼女を必ず守ると。…陛下の側を一時離れることをお許し下さい。後でどのような罰も受ける覚悟です」
そう言い残して、フィンソスは疾風のように部屋を出て行った。