71話
「要は、クローブ国が招いたことではありませんか。そのことをお話しするために、わざわざこんな秘密の部屋に招いたんですか」
「まさか。これはあくまで呪いが起こる前の話ですわ。それに…」
一拍おいて、レクシュはくっと唇を歪める。
「お互い様ではなくて? クローブ国は国王の落胤を引き渡した代わりに、オーク国は半病人の第一王子を寄こしたのですもの。…第一王子といえば王位継承者として大事に扱われるはず。当時オーク国には、三人の王子がいた。にもかかわらず、和平条約に第一王子が差し出された。つまり、両国の体裁を繕うためだけに、二人は犠牲になったのです。…哀れだと思いませんか?」
「な……」
怒声をあげるフィンソスをアルクは鋭い視線で押しとどめると、きつい眼差しをレクシュに向ける。
「どこでその情報を手に入れたのですか?」
「そうですね……リシアン殿からです」
「父がそんなことを言うはずがない!」
怒りの表情で断言するアルクに、レクシュはくすりと笑った。
「もちろん、リシアン殿はそんなことを言うはずがありません。これはあくまでも私の憶測で話しただけです。……前から、疑問だったのですよ。オーク国は第一王子を差し出したのに、クローブ国は継承権も持たない、しかも落胤の王女を差し出したのですから。クローブ国にも王子は、二人いたのにもかかわらず。だから私は推測したのです。オーク国は第一王子の存在が疎ましかったのではないのかと」
「……」
「クローブ国も体裁のためだけに王子を差し出すのは嫌だった。だから代わりに病弱な王女を押しつけようとした。あわよくば王族の誰かと婚姻を結び、オーク国を手中に収められるかも、などと考えていたかもしれません。だが計画は狂い、亡くなってしまった。身代わりを捜していた最中に、昔取り逃がした女の落とし子が生きていた。すぐに殺すよりも、政治的に利用しようと考え直し、オーク国に送り込む。オーク国の王子でも産めば良し、仮に死んでしまってもクローブ国にとってはさほどの痛手にはならない。仮に都合が悪くなっても、第一王子のことを持ち出せば、有利な取引ができると考えたのでしょうね」
「……あなたはわざわざ政の裏側を説明するために、ここを教えたんですか。しかも過去の惨劇を例にとって。だとしたら……時間の無駄ですね」
「まさか。これは呪いが起こるまでの話ですよ。とはいえ、彼女自身もまさか呪いをかけられるとは思っていなかったはずです。孤児だと言われ、修道院に預けられ、以来外界から遠い場所で過ごしていたのですから。私が気になったのは、彼女が殺された理由です」
「なんですって! だが我々の史書には自殺と記され、あの温室がその場所だと……」
「温室?」
訝しげに尋ねるレクシュに、アルクは頷く。
「ええ。史書には彼女は当初この地に馴染めず、孤立して過ごしていたと。それを哀れに思った第二王子が、彼女のために温室を作らせたと記されていました。それがきっかけで、彼女は第二王子と婚姻を結びました。だか王妃としての重責に堪えきれず、温室で自害したと記されていました」
「それで……その温室は今はどうなっているんですか?」
「すぐに閉鎖され、取り壊すときに見たこともない白い花が王女が亡くなった場所に咲き乱れ、それから第二王子の体調に異変……急死したそうです」
「もしかしてそれが凶華、ですか?」
尋ねるレクシュに、アルクは諦めに似た笑みを浮かべる。
「…それも父上から?」
「ええ……ですが、リシアン殿の話ではここ数十年は見ていないといっていましたが、そうなのですか? 陛下」
「いえ…つい最近……温室…で!」
話している途中ではっとしたように、アルクは立ち上がった。
「ルキアが危ない!」
急いで部屋を出ようとするアルクの腕を、レクシュが強く掴む。
「お待ち下さい陛下! ルキアが危ないとはどういうことです!」
「凶華が現れたんだ、温室に!」
「なんですって! それは同じ温室なのですか?」
「いや、違う。自殺した温室は閉鎖され、取り壊された。凶華が現れたのは母が作った温室だ。あれが現れて、すぐに温室は閉鎖した。だが昨日、深夜ルキアが温室に倒れていたと報告が入ったんだ。だから私は急いで向かおうとしたんだが…」