70話
やっと病ではなく呪いだとわかった途端に、その人物は亡くなっていたのですから。
それでも私はたとえ呪いが解けなくても、寿命を延ばすことはできるはずだと食いかかりました。
老婆は私の熱意に負け、別れ際に教えてくれました。
王家に関わってしまった、哀れな女だと」
「王家に関わってしまった女ですって……?」
アルクの呟きに、レクシュは苦々しく頷いた。
「私もその言葉が気にかかり、すぐに国に戻って調べました。ですが、そんな女性の名前などどこにも記されていないのです。その代わりに、何代か前の王妃の手記から気になる文面を見つけたのです」
そう言って、レクシュは一字一句間違えることなく暗唱する。
『陛下は王女を連れてきた。その子供は私が最も嫌った妾の娘だ。美しい女だが、どこか薄気味悪さを纏っていた。その女の子供が生き残り、王女として城にやってくるとは…。どこの馬の骨ともわからぬ流れ者のくせに、美しさと占星術で王に取り入った。そしてとうとう妾の座まで手に入れて。……思い出すだけで嫌悪と憎悪で引き裂いてやりたい。そもそも一番の元凶であるあの男の元に嫁いだことが大きな間違いだったのだ。我が娘が生きていれば、そんなあの女の血が混じった娘を受け入れることもなく、傾いた王家が救えたはずなのに……』
その後は、早くに亡くした第一王女についての悲しみが綴ってありました。
私はその王女が亡くなった、王族を調べました。
そして見つけたのです、王女が亡くなった時代を。
「……それはいつなのです?」
固唾を呑んで言葉を待つ二人に、レクシュは厳しい表情で答えた。
「三百年ほど前、かと」
「……! まさかっ」
「ええ。両国が病に冒された時期と重なるのです」
「その女の産んだ娘が、オーク国に嫁いだと言うことか」
「ええ。ただし……婚姻して数年後殺害されたと、リシアン殿から教えた頂きました」
「教えた…! まさか、父上は王位継承者以外、読むことが許されない書物を貴方に見せたのかっ」
食ってかかるように問い詰めるアルクだが、レクシュは厳しい眼差しでそれを受け止めた。
「ええ。ですから私も、一部の王族しか読むことができない書物を危険を冒してリシアン殿に見せました。その二つの書物を互いに解読し、当時の事を推測することができました」
そこで一息つくと、レクシュは記憶を辿るように話し始めた。
「当時クローブ国とオーク国は戦の真っ只中でした。どうしてそうなったかまでは、互いの書物を見ても食い違っている点が多かったので不明ですが、大まかにいえば資源の奪い合いだったようです。
しかし膠着状態が続き、両国間共に疲弊していきました。
そこで戦を終わらせるために和平条約を結ぶことになり、両国間の王族を交換に差し出すことになりました。
そしてクローブ国からは王女が嫁ぐことになったのですが、急病で亡くなってしまったのです。
慌てたクローブ国側は、急いで代わりの王女を探したのです。
まさにそのタイミングを計ったかのように、大司教から告白されたのです。呪術師が産んだ、王の落胤の娘を。
王族はそのままその大司祭の言葉を信じ、その娘を王女として引き取りました」
「……ちょっと待てくれ。その娘が本当に王族の血を引いているのかどうかなんてわからないんじゃないのか?」
「いいえ、彼女はその大司祭とも何度も会っていたのです。…よく彼女から助言を得ていたみたいですね。教会の書庫から、大司教は異教徒の教えを請うていたと批判めいた文書が残っていましたから。 大司教ならば、娘を預かってくれるはずだと考えたのでしょう」
「だが…そうは言っても、頼んだ本人がいなければ、約束を反故にすることなんて簡単なのでは…?」
「でしょうね。なので、これはあくまでも私の推測ですが……その大司教が必ず裏切らないよう、脅したのではないかと思ってます」
「なんですって!」
「文面から察するに、どうやら大司教はずいぶんと小心者だったようですね。些細なことから出世のことまで、よく彼女に相談していたようです。それを理由に脅した可能性は否定できないかと」
「もしそうだとしても、自分の地位や見つかったときの事を考えれば、そんな危険な赤子を生かしておくのか…」
アルクのその言葉に、レクシュはすっと目を細める。
「そうですね。ただし……その赤子を殺した場合、大司祭自身に呪いをかけると脅したなら、話は変わってくるかもしれませんね」
「なんだと!」
「大司祭はよく彼女の元を訪れていました。それは彼女の占術が、恐ろしいほど的中していたからではないのでしょうか。だから大司祭は彼女の言葉を守り、尚且つ王族にも見つかりにくい修道院に預けたのです」
「……だが大司祭は娘のことを国王に言ったのだろう? その娘がオーク国に嫁いできたのだから」
「ええ。ですか大司祭は自分が死ぬまで、娘のことを告知するつもりはなかったようです。だが自体が変わってしまった」
「! 第一王女が亡くなったからか…」
「そうです。元々王女は身体が弱く、病に伏せがちだったと記録に残されています。さぞや国王はショックだったに違いないでしょうね。頼みの綱が切れたのですから」
「それで身代わりとしてその子供が選ばれた、というわけか」
「ええ。最初は孤児を探していたようですが、第一王女が密葬された今なら告白しても咎められないのでは、と大司教は思ったのではないのでしょうか。その話を聞いた国王は、すぐにその娘を城に呼び寄せ、王女として振る舞うよう強要した」
「だが……」
アルクは困惑げな顔で先を続けた。
「いくら王女の振りをさせても、顔を知っている者が見たら気づくのでは?」
「恐らくその心配はかいかと。こうやって調べるまで知られていなかった、ということは?」
「口封じか……」
「でしょうね。金を握らせるよりも確実ですから。死人は喋りませんし…。まあ、それだけ切羽詰まっていたということでしょう」
「……随分と軽くおっしゃるんですね。自国が招いた惨事だというのに」
今まで黙っていたフィンソスが、皮肉げに口を開いた。