66話
「ルキア様、こちらの印がついている薬ですが……」
いつもの陽気な商人の表情に戻ったテッサンは薬の説明を始め、ルキアも取り繕うように笑顔を顔に貼り付けた。
だが頭の中ではさっき言ったテッサンの言葉が繰り返される。
三日後無事ならば……まさか母さまは、知っているということなの?
私の中に、彼女が取り憑いているということを。
いつ、どこでそれを知ったのだろう。
つい昨日の出来事なのに……いくらなんでも情報が流れるのが早すぎるわ。
それとも……前から知ってい…た?
そう考えて、ルキアは鳥肌が立った。
知って……いたのだ。
たぶん……ずっと前から、この日が来ることがわかっていたのだ。
テッサンは言ったではないか。
指示した品物は、すべて揃っていると。
ルキアが手紙に書いた中で、いくつかの品物はとても貴重で、簡単に入手するのが難しい物も含まれていた。
にも関わらず、今朝届けた手紙のあと、すぐに揃えて持ってきたことが、より一層の確信を深めた。
みるみる表情が強ばり、ルキアは悲鳴を上げてテッサンを罵りたいのを堪える。
なんで知っていたのに黙っているのか、と。
だけど室内には何も知らないムルガがおり、ルキアは目の前で醜態を晒すわけにはいかなかった。
怒りと悲しみで、溢れ出す涙を堪えることができないルキアは、胸を押さえ具合が悪いように身体を傾けた。
髪が垂れ幕のように顔を隠し、なかば椅子に崩れ落ちるように倒れ込む姿勢をとると、側に控えていたムルガがとんできた。
「ルキア様! 大丈夫ですかっ」
「ごめんなさい……少し薬草の匂いに酔ったみたい……」
「これはいけない! 今回は初めて目にする薬草が多かったので、そのせいですね。すぐにお休みになった方がいいでしょう」
そう言ってテッサンは素早く薬草をしまい、小さな紙包みを取り出した。
「ルキア様、これを飲んでください。いつもの鎮静薬です」
差し出された包み紙を潤んだ瞳で見つめ、ルキアは頭を振る。
「いいえ……大丈夫です。少し休めば治りますから」
ムルガに寄りかかるように立ち上がると、ルキアはテッサンの脇を通り過ぎる。
「……それでは三日後に」
告げられた言葉にルキアは微かに頷くと、振り返らずに寝室に消えていった。
「……あなたが私に会いに来るとは意外でした」
アルクは執務室から応接室に相手を促す。
「申し訳ございません。どうしても急ぎ、陛下にお会いしなければならなくなったのです」
応接室に入ってから、アルクに向き直ったのはレクシュだった。
「突然の訪問にもかかわらず、お会い下さって感謝しております。陛下」
「……私が会談に応じたのは、ルキアに関しての重大な話と…」
握っていた掌を開くと、深海色の宝石が埋め込まれた指輪があらわれた。
「何故、あなたが父の指輪を持っていたのか、理由を問いただすためです」
最初アルクはルキアの様子が気になり、すぐにでも会って安否を確認したかった。
しかしその前にアガパンサス商会の書状が届き、至急面会したい旨を伝えてきたのだ。
後回しにしようかとも考えたが、面会相手がルキアの母親レクシュの名と、父が大事にしていた指輪が添えられていたからだ。
険しい表情を浮べるアルクを、レクシュは含み笑いで返した。