62話
朝食を済ませ、ルキアは手紙を二通書いた。
一通は、今はアガパンサス商会をまとめる母、レクシュ。
もう一通は兄であり、クローブ王国国王であるシエル宛てに。
手紙を書き終わりカルに渡すと、ルキアは一仕事を終えたように寝椅子にぐったりと横たわった。
あとは返事を待つだけと思いきや、カルが出て行った後すぐにルキアの部屋を訪問した人物がいた。
「ムルガ侍女頭!」
慌てて居住まいをただすルキアにムルガは優雅に礼をとると、優雅な動きで側に近づいてきた。
「ムルガでけっこうですわ、ルキア様。おくつろぎの所、突然の訪問をお許し下さい」
「いえ、いいのよ。気にしないでちょうだい。用件はわかっているつもりですから…」
ムルガは警戒するような視線を向けながら、ある程度ルキアに近づく。
「ならばぶしつけを承知でお伺いいたします。何故、今になって急に侍女を代えになりたいと申し出たのですか? 婚礼まで二週間を切って、皆とても忙しいこの時期に。お付きの侍女と何か問題が生じたのですか?」
あまりの率直な意見に、ルキアは怒りよりも驚いてしまった。
と、同時にアルクの性格は、ムルガの影響を多大に受けているのだと納得した。
ルキアはムルガに向かって微笑んだ。
「いいえ、カルとは別に仲違いをしたわけではありません。少しと…カルには急ぎでやってもらいたいことがあって、一時的に私の側から離したのです。私の身の回りのことをしながらでは、時間がかかってしまうので。ですが先程ムルガの言うとおり、婚礼まで二週間と差し迫った時に、侍女を一人お借りしたいだなんて……私の我が儘でしたわ。人手が足りないようでしたら、この話はなかったことにして下さい」
「……では、カルを戻すのですか?」
「いえ、それはありません」
「でしたら誰が身の回りの世話を?」
「自分のことですもの、自分でしますわ。最低限のことは自分でできるよう、教育を受けましたから」
ぎょっとした表情を浮べるムルガに、ルキアは微苦笑を浮かべる。
普通、王族や貴族は一人で着替えをすることはできない。
大抵は一人か二人の侍女に手伝ってもらい、身支度を整えるのが普通だ。
ルキアもそれに習って、侍女達が着替えさせてくれた時期があった。
しかしレクシュの方針で、一人でも着替えられるようにと、しつけられたのだ。
レクシュの言い分は、「災害があったときに、侍女を呼んで着替えている余裕なんてないの。下着姿で逃げて恥ずかしい思いをしないよう、最低限のことは自分でしなさい」と、言うものだった。
以来、できるかぎり自分で身支度を整えるよう、最低限のことをしているのだが…。
まあ、クローブ国の衣装自体がさほど難しくないというのもあって、今までさほど苦痛を感じたことはない。
「その代わり……食事の配膳だけしていただければ、とても助かるのだけれど…」
「とんでもない!」
青ざめて叫ぶムルガに、ルキアは落胆のため息を漏らす。
「やはりそれも自分でしなくては駄目なんですね。……でしたら、場所を教え…」
「そうじゃありませんっ!」
絶叫と同時に机を激しく叩かれ、ルキアはびくっと身体を震わせた。
ムルガは顔を真っ赤に染め、肩を怒らせながらルキアを睨みつけた。
「あなたは王妃になる方なんですよっ。それを侍女が足りなければ一人でやるなどと……二度とおっしゃらないで下さい。でなければ、その言葉は私に対する侮辱だと受け取りますからね!」
「……はい、ごめんなさい」
ムルガの怒号にルキアはしゅんとした顔で謝った。
「まったく……どうしてもカルが駄目なのでしたら、私がルキア様の侍女として、しばらくの間お仕えしましょう」
「! それはとてもありがたいけど……ムルガは特に忙しいのではなくて?」
「もちろん忙しいです。ですが、残っているのはまだ日の浅い侍女達ばかりで、とてもルキア様のお世話を任せるわけにはまいりません。しかし未来の王妃様の教育、となれば、私自らルキア様のお世話をするのが当然でございます。日は浅いですが、きっちりやり遂げるつもりです。よろしいですね、ルキア様」
有無を言わせぬ物言いに、ルキアは頷くしかなかった。
「では、さっそく身支度をいたしましょう」
「え…」
「このあと、陛下がルキア様にお会いになりたいと、ここに来る前に言付かって参りましたから。身支度を整えませんとね」
「そう、なの…」
浮かない表情で呟くルキアを、ムルガは困惑とやや警戒した眼差しを向ける。