61話
「気をつければ大丈夫よ。着付けもなんとか一人でできるし……この姿を他の誰かに見られたくないの……」
「……わかりました」
カルは不安な表情を浮べたまま、部屋を出て行った。
静かに閉じられた扉をしばらく凝視し、カルの気配が消えたことを確認すると、ルキアは足に巻かれた包帯を外し始める。
塗り薬をしみこませた布を外すと、腫れていたはずの足がほとんど赤みを残す程度の素肌があらわれた。
「やっぱり……」
激痛のあと、カルと会話をしながら痛みが引いていたことに、ルキアは不安があったのだが、見事に的中していた。
「これも……彼女の力なの…」
歩くだけでも痛む足を短時間で治すということは、よほどルキアの身体を思うように使いたいのだろう。
「やはり紙に書いたのは正解だったわ……だけど」
心の中も読まれているのではないかと思うと、ルキアは恐かった。
感情も身体も自分のものなのに、レイールが勝手にルキアの身体を知らない間に動かしていることに気が狂いそうだった。
何かを押し込めるようにぎゅっと強く自分の身体を抱きしめると、ルキアはそろりと足を下に降ろす。
「…ッ」
多少の痛みは残っているものの、誰かの手を借りないほどではない。
ルキアはよろめきながら、カルが出て行ったドアの側に立ち、かちゃりと鍵を掛けた。
「ごめんね…」
扉に額をあてながら、ルキアは呟いた。
カルが手を差しのべたとき、圧倒的な憎悪にルキアの意識は吹き飛んでしまった。
すぐに自我を取り戻し、カルと距離を置くことに決めたけれど、ルキアにはもう一つカルと距離を置く理由があった。
「恐いのよ……カル。私まであなたを憎んでしまいそうなの…それが……たまらなく恐ろしいの」
もしかしたらルキア自身にも、無意識の奥ではカルを憎んでいる自分がいるから、レイールの憎しみに流されてしまったかもしれないのだ。
違うと思いたい、けれどカルがずっと側にいることでレイールの憎しみが増せば、ルキアは止めるどころが、引きずられてしまうだろう。
それほどレイールの感情は強いのだ。
「私はそんなに強くない……弱虫なのよ、カル」
涙が頬を伝うままに、ルキアは睫毛を震わせる。
カルにレイールの過去を調べてもらい、アルクの命を助ける方法を探し出し、その間にアガパンサス商会から薬を入手して身体を動かないようにする。
そしてレイールを自分の身体からはがす方法を探す。
だが、それはルキア自身がやらなくてはならないのだ。
失敗するかもしれない、もしかしたら間に合わずレイールに身体を乗っ取られてしまうかもしれないという不安と恐怖が、どうしても頭から離れられないのだ。
「……この扉を開けたら、がんばるから……だから今は……」
涙が枯れるまで、ルキアは泣きたかった。
辛い戦いを乗り越えるために。