60話
「それで姫様、あたしは何をすればいいんですか?」
「ええ、紙に書いて渡すわ」
「紙に…ですか?」
「ええ、彼女のこともそうだけど、他にも何人か調べてほしいの。だけど名前を口に出して、彼女に知られては、邪魔をされる可能性が高いから」
ルキアは転ばないよう、気をつけながら机に向かうと、紙に調べて欲しい名前を書いていった。
それを丁寧に折って、扉の近くにあった水差しが置いてある台に乗せた。
「内容を読んだら、すぐに燃やしてちょうだい。誰かに見つかると面倒なことになるから」
「…わかりました。さっそく調べますね」
そう言って盆を持ち上げ、カルは扉を開けた。
「わかりしだい報告しますが、その前にまずは何か召し上がりませんと。すぐに朝食の準備を致しますね」
「いいえ、カル。あなたは……この件が片付くまで私付きの侍女を外れてもらうわ」
「そんな…!」
「さっきも言ったように、カルが側に近づくと彼女が暴れ出すの。このまま側に居続けたらあなたはもっと傷ついてしまう。だから……しばらく外れた方がいいと思うの」
「いやです! お願いです、姫様の側にいさせて下さい。大丈夫です、姫様じゃないのならどんな辛い目にあったって平気ですから」
「駄目よ。……もし、私達以外の誰かがいたときに彼女が暴れ出したら、きっと周囲は不審に思うわ。今はあらぬ噂が立てられるのを避けたいの。お願いよ、カル…」
「ですが……かえって周囲の不審をあおるのでは?」
「大丈夫よ。オーク国に馴染むために、侍女を一時的に代えたいと言えば、さほど問題はないはず。それに……いずれ私がオーク国に嫁げば、カルも自分の身の振り方を考えなくてはならないわ。これは、そのための準備期間だと思ってちょうだい」
「姫様あたしは!」
「カルの言いたいことはわかっているわ。病が治るまで仕える、そう約束したわね。その約束は、彼女をどうにかすることで解決するわ。だからもうじき約束が果たされるのだから、カルは自由に生きてほしいの…。これは母様や兄様も同じ事を思っているの」
それに…とルキアは付け加える。
「…それだけ紙に書いた内容を早急に調べてほしいの。私の側にいては、時間がかかってしまうわ。早くしなければ、私が私でいられなくなってしまう」
強く胸を押さえるルキアに、カルはこれ以上何も言えなかった。
「わかりました。……姫様がそこまでおっしゃるなら…」
「ありがとう…」
「ただ……陛下のお耳には入れた方がいいと思うのですが……」
「それは……」
躊躇うルキアだが、カルは思案するな表情を浮かべる。
「…姫様を運ぶときに、警備兵の手を借りたと……。たぶん、そのことはすでに陛下の耳に入っていると思いますが」
「…となると、ここに来る可能性があるということね……」
「間違いなく。おそらく姫様が目が覚めたと報告があれば、すぐにでも会いに来られるのではないかと」
確信するように頷くカルに、ルキアは唇を噛みしめる。
できればアルクには、あまり接触したくなかった。
自分の中にいるレイールがどう反応するのかわからないからだ。
かといって会うのを避ければ、ますます不審に思われてしまう。
だったら多少の危険を冒してでも、会った方がいいかもしれない。
「わかったわ。……もし、アルクから連絡があったら、日中にしてもらってちょうだい。夕方は、できるだけ避けたいの」
「はい…。ですが姫様、日中は大丈夫でも夜はどうするのですか? その、彼女が出てくる恐れが……」
「大丈夫。それについては考えがあるの。……アガパンサス商会の力を借りるわ」
「アガパンサス商会…ですか?」
「ええ。頼みたいことを書くから、それをお母さまに渡して欲しいの。まだ城下町にいるはずだと思うから」
「わかりました……。では、その間に朝食の準備をします。運ぶのは……寝室でよろしいですか?」
「ええ…いえ。やっぱり居間で朝食をとるわ」
「ですが足が……」
ためらうカルだが、ルキアは大丈夫だというように軽く首を振る