59話
それにカルとこうやって話している今も、レイールに監視されているような気がして、胃のあたりがざわついて落ち着かない。
「名前は……今は言えない。だけど……別の呼び方なら言えるわ。…カルも知っているでしょう? 凶華は」
「!」
愕然とするカルを見ながら、ルキアは刻印をつけられた胸に軽く触れる。
「私は凶華……彼女にこの印をつけられた。アルクの……命を奪うための道具として」
「な、なんですって!」
驚きと困惑、そして微かな疑いが入り交じった瞳でカルはルキアを見つめる。
その視線を受け止め、ルキアは自嘲気味に笑った。
「信じられないでしょうね……私だって最初はそうだったわ。だけど……実際に彼女は温室に私を誘い出し、この忌まわしい刻印をつけたの。そして……春眠病も、彼女の呪いだったのよ」
そしてルキアは昨夜の出来事を、呆然としているカルに話し始めた。
聞き終わったカルは信じられない様子で、青ざめた顔を何度も振った。
「そんな馬鹿な……」
「治るはずなんてなかったのよ。……ホント、馬鹿みたいよね。この病を治すためにどれだけの時間とお金を掛けたのに、全部無駄だったんだから」
治ることだけを信じて、長い時間を費やして辛い治療をしてきたことが、無意味だと思い知らされたのだから。
レイールに打ちのめされたとき、ルキアは何もかもどうでもよくなっていた。
だがアルクの命がかかっていると知ったとき、許せないと思った。
あの夢の出来事が本当ならば、レイールを哀れだと思う。
つかの間の幸せが壊され、絶望のまま死んでしまったのだから。
「……だけど、子孫である私達にまでその苦しみを味わせる権利なんてないはずよ。まして愛した人の命を奪うなんて、絶対に許されないことだわ」
「姫様……」
「……彼女は徐々に私の意識を乗っ取り、身体を自由に操り始めるわ。その前にこの呪いを解いて、アルクを助けなくてはならないの。そのためには……カル、あなたの力がどうしても必要なの」
「あたし……ですか?」
「ええ。……たぶん、私は彼女に監視されて思うように動けないと思うの。夜になれば、彼女の方が意識が強くなるから、押さえ込むだけで身動きできなくなるわ。その間に、カルにいろいろ調べてもらいたいことがあるの。お願い……頼めるのはカルだけなの」
カルはじっとルキアを凝視した。
ルキアの言っている話は本当なのだろうか、と。
あまりにも非現実的な話だったし、カルはルキアがいつまでも治らない春眠病を、呪いと思い込んでいるのではないだろうか。
だがルキアはこの話をするとき、まず最初にカルが何を見たのか聞いてきた。
そして昨日まではなかった痣が、急に胸にできていた。
今までルキアの身の回りの世話をしていたが、そんなものはまったくなかった。
なによりルキアの表情は真剣で、とても虚言を言っているようにはみえない。
それにルキアから頬を打たれたときの、憎悪と嫉妬に似た表情にカルは一瞬怯えたのだ。
今まで一度もそんな表情を向けられたことがなかったから。
だが、ルキアではなくその中に潜んでいるレイールがやった仕業なら、カルはとるべき道は一つだった。
「……わかりました。姫様の言ったことを信じます」
昔……一番辛かった時、救ってくれたのはルキアだった。
ルキアがいたからこそ、今の自分が在るのだ。
その大切な人が今、苦しみ、助けを求めている。
今こそ恩を返す時なのだ。
「ありがとう……カル」
涙を浮べながら微笑むルキアに、カルも笑みを返すと、すぐに真面目な表情に切り替える。