58話
「……姫様を見つけて駆け寄ろうとしたとき、白い霧のようなものがまとわりついていました。特に姫様の顔あたりが濃くて……姫様だとわかっていなければ、白い……亡霊か何かだと思いました」
「白い霧…。それが私の周りにまとわりついていた……カルにはそう見えたのね」
「はい。でもきっとあたしの見間違いだと思います。夜だったし……姫様を助けることで精一杯で、そう錯覚しただけかもしれませんし…」
不安げに口に出すカルだが、ルキアには白い霧の正体はわかっていた。
レイールが私の中に入ってくるときに姿をかえたものだ。
意識を完全に失う直前、聞こえてきた声、あれはカルだったのだ。
そこではっと気づいた。
もしかしてレイールは完全に私の身体を乗っ取っていないのではないだろうか。
だから邪魔をしたカルが私に触れた瞬間、身体の奥底から溢れてきた憎悪。
突然のレイールの感情の奔流にルキアは押し流され、意識を失ってしまった。
正気に戻れたのは日差しを浴びたことだが……もしかしたら礼ールの意識は夜、または闇の中限定なのかもしれない。
ただしレイールに身体を支配されるのも時間の問題だろう。
そしてカルに対して、あそこまで感情を露わにするなんて…。
……もしかしたら、あの夢に出てくる登場人物の誰かに関係しているのかもしれない。
アスターとレイール以外……そう、テイラとセリアのどちらかの。
……あれほどの憎悪をむき出しにするなら、カルはテイラの子孫なのだろうか?
……駄目だわ。
あまりに情報が少ない中での推測は危険だわ。
急いで調べて確かめなくては。
……レイールがこの身体を支配する前に。
「カル……あなたにはこれが見える?」
いきなりルキアは寝間着をずらし、胸につけられた刻印をカルに見せた。
「! どうしたんですかっ。その痣は!」
青ざめるカルを、ルキアは唇を歪める。
「カルにはこれが…痣に見えるのね。どんな痣なのか、私に教えてくれない?」
「姫様…何故、そんなことを…」
「お願い……これはとても大事なことなの。見たままを言って。そうしたら、これができたわけを話すわ。多分……カルも関わっていることかもしれないから」
「姫様……わかりました。痣は……みみず腫れのような感じで、…花の形のように見えます。なんとなくですが……痣が肌に食い込んでいるような感じかします…」
「そう……ありがとう」
再び寝間着をかき合わせて胸元を隠すと、ルキアはカルを見つめながら深く頭を下げた。
「ぶったりしてごめんなさい、カル。とても……痛かったでしょう?」
「姫様……」
「まず私の話を聞いてもらう前に、謝りたかったの。そして、信じて欲しいの。私ではなく、彼女がやったということを。あまりにも……カルに対する憎悪が強すぎて……止められなかったわ。本当に……ごめんなさい」
「姫様……何を言って…」
側に歩み寄ろうとするカルを、ルキアはすぐさま引き留める。
「駄目よ、カル。お願いだからそれ以上私に近づかないで。でないと……カルをもっと傷つけてしまう」
困惑するカルにルキアは悲しそうに微笑むと、離れた場所に座るよう促した。
「カルが言った白い霧は……錯覚ではないわ。たぶんレ…彼女が私を乗っ取っている時に、カルが来てくれたおかげで、私は意識を失わずにすんだの」
「彼女……?」
訝しげな視線を投げかけられ、ルキアは名前を言うべきかどうか迷った。
なんとなく、レイールの名を口に出すと、ルキアの意識を乗っ取られそうな気がしたのだ。