57話
「姫……さま」
呆然とした顔で頬を押さえるカルに、ルキアは怒りのこもった視線を投げつける。
「姫なんて、軽薄めいた呼称で呼ばないでちょうだい。気分が悪くなるわ」
そう吐き捨てると、カルを無視してルキアは立ち上がろうとした。
だが足の痛みに悲鳴をあげると、ルキアは再び倒れそうになる。
カルはとっさに手を差しのべて支えようとするが、ルキアは狂ったように暴れ出し、カルを突き飛ばしながら寝台に倒れ込んだ。
「うっ」
窓際にぶつかったカルは、倒れそうになる身体を支えようと、とっさにカーテンを掴んだ。
カルの体重がかかったカーテンは鈍い音と立てながらいくつか外れ、陽の光がルキアが倒れ込んだ寝台を照らし出した。
「ああっ!」
光を浴びたルキアは苦しげにもだえると、そこから逃げるように必死に身体を動かし始めた。
だがそうさせまいと、ルキアの腕が寝台の柱をきつく握りしめる。
「カ……ル、お願い…よ。光を…。カーテンを……開け…て」
苦痛に顔を歪ませるルキアに、カルは駆け寄るべきかどうかためらう。
「お願い! 早く……でないと私…」
懇願する眼差しを向けられ、カルは顎を引いて頷くと、室内のカーテンをすべて引いていった。
「くっ……ううっ……おのれ、許さない!」
カルに向かってルキアは罵り声を上げると、ぐったりとしてしまった。
しばらくの間、沈黙が流れ、互いの息づかいだけしか聞こえない。
「…うう」
うめき声と共に身じろぎし、ルキアはのろのろと起き上がった。
「ありがとう……カル」
疲れ切った表情で声を掛けるルキアに先程の憎悪は見当たらない。
しかしルキアの様子に違和感を覚えたカルは、警戒するように近づいていく。
「大丈夫ですか……姫…さま」
「私に近づかないで、カル!」
緊張した声音で押しとどめるルキアに、カルはすぐに身を引く。
「姫様……何があったんですか?」
疑惑と困惑、そんな眼差しで見つめるカルの視線に耐えられず、ルキアはうつむいた。
昨日の出来事をどう説明したらいいのだろうか。
レイールに身体を乗っ取られ、しかもアルクの命を奪い取るために利用されていると。
とても現実的ではなかったし、気が触れたと思われてしまうのではないかとルキアは考えた。
と、そのときルキアは誰が寝室まで運んだのかという、疑問がわいてきた。
「カル……あなたは昨日、私を追って温室まで来たと言ったわね…。あなたがここまで運んできたの?」
用心深く問いかけるルキアを、カルはやや不審げな表情を浮べる。
「いいえ。温室の外まではなんとか自力で背負ってきましたが……途中で警備兵に手伝ってもらってここまで運びましたが……それが何か?」
「そう…なの。…カルは……温室で何か見た……?」
不安な顔で、躊躇いがちに尋ねられ、ルキアが何かを隠していることにカルもまた不安を覚えた。
ルキアは何を知りたいのだろう、かと。
そしてカルはすぐに、ルキアが倒れたときの状況のことだと悟った。
ただあの時はルキアを助けることに必死で、あまり覚えていなかった。
それでも一つだけ気になることがあったのだが、あまりにも現実離れしていて話すべきかどうかためらわれた。
カルの態度でルキアは何か知っているのだと理解し、話して欲しいと懇願する。
カルは少し迷った末、錯覚かもしれないと前置きしてから話しだした。