56話
なのに密かにアスターに想いを寄せており、このタイミングで告白するなんて……まるで計画していたかのような振る舞い。
そう思うと、レイールはこのまま死んでゆくのが腹ただしかった。
自分の死後、セリアはなんの問題もなくあるべき居場所に収まるのだ。
「………さ…な…い」
唇から血を流しながら、レイールは最後の力を振り絞り、アスターの腕を強く握りしめた。
「レイール…」
最後の言葉を言おうとしているのを悟り、アスターはレイールに頬を寄せる。
暖かな感触と愛しい者の香りに、レイールの憎悪が切なさと悲しみに変わっていく。
「愛…して……るわ。わた…し……の」
急速に意識が薄れ、アスターの腕を掴んでいた指が先が力なく地面へと落ちる。
「私も……愛しているのはお前だけだ……っ」
強く抱きしめられながら、レイールの意識はどんどん闇の中へと落ちていく。
私の愛しい人……必ず、必ず戻ってくるわ。
そして今度こそ叶えてみせるわ……。
それまで私は……。
レイールの意識は身体を離れ、深い闇の中に沈み込む。
身体中が怠く、鈍い痛みの中でルキアは目覚めた。
呻きながら身じろぎすると、一瞬ここがどこなのかわからなくなり、顔をしかめた。
だがすぐにオーク国の一室、ルキアにあてがわれた寝室だと思い出した。
安堵しながらルキアは大きなため息を漏らす。
嫌な夢だった。
自分がレイールで、アスターの腹心の部下に殺される夢。
痛みはなかったが、レイールの感情がまるで自分のことのように感じられ、目覚めてもなお生々しい感情がルキアの中で燻っていた。
顔を洗って気分をすっきりさせようと起き上がろうとしたが、筋肉痛に、ルキアは再び寝台に倒れ込んだ。
「どうして……」
口に出した瞬間、ルキアは昨夜の出来事を思い出した。
身体をひねって窓に視線を向けると、カーテンの隙間から淡い光が部屋の中に差し込んでいた。
「もう……朝…なの?」
外の様子を確認したくてルキアは上半身を起し、足に包帯が巻かれてていることに気づいた。
「どうして包帯……! そうだわ私……裸足で部屋を出て……」
カルの幻を見せられ、レイールの罠にはまってしまった。
そして……。
レイールにされたことを思い出し、ルキアはすぐに胸触れる。
と、寝間着を通して、皮膚が盛り上がっている感触が指先に感じられた。
さっと顔が強ばり、ルキアは足の痛みを堪えながら、寝台から転がり落ちるように降りる。
膝立ちでよろめきながらなんとか鏡台の前まで来ると、ルキアは恐る恐る寝間着をずらし、愕然とした。
心臓がある位置よりやや上に、薔薇の刻印が押されていたのだ。
それは生きているかのように心臓の鼓動に合わせて脈打ち、ルキアに嫌でも昨夜のことが現実だと突き付けていた。
「なんてこと……」
やはりアルクの命を、レイールはルキアに刻み込んだのだ。
刈り取るために。
青ざめた表情で胸の薔薇を凝視していると、背後で扉を叩く音が聞こえ、ルキアは素早く寝間着を整えた。
「……! 姫様、お目覚めになったんですね!」
様子を見に入ってきたカルは、ルキアが鏡台の前で呆然としている姿に驚き、すぐに駆け寄ってきた。
「よかった! 心配しましたよ。夜中に寝間着で飛び出すなんて。追いかけたら、温室で倒れた時は驚き…」
バシッと激しい音が室内に響く。
「召使い程度がこの私に触れるなんて、無礼にもほどがあるわ! しかも気安く名を呼ぶなんて……いったいどういう教育を受けてきたのっ」