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眠れる王女と、眠れぬ王子  作者: 八知 美鶴
52/102

52話

「誰が感謝なんかするものですか! 貴方さえ呪いを解けば、こんな苦痛を味わうこともなかったわ!」

 恐怖はいっぺんにすっとび、ルキアは全身を怒りで強ばらせながら、猛り狂ったように叫んだ。

「アルクの命は私が守ってみせるし、そう簡単に私は貴方に身体を渡しはしないわ!」

 怒りをにじませた視線を向けるルキアを、彼女は無表情で見返した。

<そう、それならば仕方ないわね。素直にすれば、苦しまないのに>

 近づく彼女にルキアは逃げようとあらがった。

 だが蔦はすでに全身にからみつき、引きちぎれないほど固定されていた。

<受け入れなさい、ルキア>

 彼女は摘み取った薔薇を、ゆっくりとルキアの胸に押しつけ始めた。

「いやあぁぁぁーー」

 焼け付くような痛みが、胸を中心に全身に広がっていく。

 絡みついている蔦を力一杯握りしめ、必死に苦痛から逃れようと絶叫し、ルキアは狂ったように暴れ出す。

 なのに鉄と化した蔦は引きちぎられることもなく、むしろルキアの身体を固定しようと締め付ける。

 そんなルキアに構わず、彼女は薔薇を胸に焼き付けるように強く押し続ける。

 ルキアの胸に赤いシミがにじみ、寝間着を染めていく。

 彼女が胸から手を離すと、あれほどの痛みは急に治まり、ルキアは力尽きたように頭を垂れる。

 かろうじてある意識の中、ルキアは目を見開き浅い息を何度も繰り返す。

<さあ、ルキア…>

 顎を持ち上げられ、うつろな瞳で見返すルキアに、彼女の唇が近づいてくる。

 よける気力もないままルキアは口づけを受けると、唇から何かか身体の中に入ってきた。

 吐き気と不快感にルキアは顔を反らそうとするが、彼女の手に固定されたようにぴくりとも動かない。

 何かが身体の中に入り、そして徐々に意識を浸食されていく感触にルキアは逆らおうとするが、止めることができない。

 彼女の意識が身体を支配し始め、逆にルキアの意識はどんどん薄れていく。

 自分なのに自分ではない何かに取って代わられる恐怖、絶望にルキアは涙を止めることができなかった。

 あと一欠片で全ての意識が消え失せてしまう瞬間、ルキアは聞き覚えのある声が耳に届いた。

「姫様!」

 半ば閉じかけた瞳でルキアが見たのは、青ざめた顔で走り寄ってくるカルの姿。

 けれどもそれ以上、意識を保つことができず、ルキアは闇の中に沈んだ。


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