51話
<貴方が十分成長するのに合わせて、ゆっくりと種を育て、そしてここへ呼ぶために、どれだけわたくしが労力をさいたか、わからないでしょうね>
「な…んで……すって…」
<あの出来事があって、和平は崩れてしまったわ。けれど、あの方のおかげで断絶だけは避けられた。けれどわたくしの祖国から妻を娶ることは、二度となかった。かろうじて、交易という細い糸でつながれた国交関係。それが何世代も続き、やがてあの事件のことは薄れていった。そして白薔薇だけが残り、不吉を呼ぶ花となってしまった。わたくしは絶望したわ。だって、同族でなければわたくしの力は十分に発揮できないのですもの>
じっとルキアを見つめながら、彼女はすっと目を細めた。
<だから再びオークがクローブから妻を娶らせるために、呪いをかけたの。それがなんなのか、ルキアならわかるはずよね>
「まさか……春眠病」
<そう。けれどもただ呼ぶだけでは意味がないの。器には条件があるから。私と波長が合わなければ、同族でも器を支配することはできないもの。だから待ったわ。長い年月、条件に見合う器を、ね。そして貴方が生まれた>
じっくりと舐めるようにルキアの全身を眺め、彼女は満足そうに微笑む。
<綺麗だわ、ルキア。亜麻色の髪も、翡翠色の瞳も、生前のわたくしにとてもよく似ている。……そう、アルクもあの人によく似ているわ。ふふっ、それがどういうことかわかる?>
無言のままのルキアに、彼女はさして気にした様子もなく話を続ける。
<実が熟したということよ。種を植え付け、バラバラになってしまったあの人の欠片を、何世代もかけ、子孫達が命をもって集めてくれた。わたくしたちは再びここで出会うのよ>
「なんで……すって。そんなことのために……命を奪っていったというの!」
<そんなこと? 何も知らないくせに軽々しく口にするなんて許さないわ。それに死んでいった彼らは、あの人を甦らせるという礎をつくってくれた。無駄な死じゃないわ>
「無駄死によ! あなたの利己的な思惑でクローブやオークを苦しめる権利なんてな…!」
言葉が終わる前に鋭い痛みがルキアの頬をなぶった。
<口が過ぎるわよ、ルキア。痛い目にあいたくなければ黙っていることね。それに無駄死になんていうけれど、その気になれば呪いんて面倒なことをしなくても、すぐに王家の血を絶やすことなんて簡単なのよ。それを今まで生かし、尚且つわたくしのために役立たせてあげるのだから、感謝してほしいくらいだわ>