50話
「私の身体を乗っ取るだなんて……そんなことできるわけ…ないわ。それに……それにこの薔薇がアルクの命だなんて……そんなの、信じられない」
<試してみる?>
くすくすと笑いながら、彼女は薔薇の中でも大きくて、そしてまだ開花していない蕾にそっと手を触れる。
と、茎を折ったわけでもないのに蕾は彼女の掌に落ちた。
綺麗に切られた茎からは、深紅の樹液がぷっくりと雫を作り、ゆっくりと地面にしたたり落ちていく。
<これはアルクの血よ。見て、とっても綺麗だと思わない? 白く汚れを知らない花びらに、命を感じさせる紅。そして>
ゆっくりとルキアに近づいてくる姿に、頭の中で警告が鳴り響く。
早く、早く逃げなければ、と。
強く香る薔薇の香りと、ゆっくりと手を伸ばしてルキアに触れようとする細い指先。
触れたら囚われてしまうと感じたルキアは、逃れようと後ずさりしようとするが、いつのまにか足には薔薇の蔦がからみつき、戦くルキアに向かって上へと伸びていく。
青ざめながら必死で振り払おうとするが、身体が硬直したように動かず表情だけが恐怖に彩られていく。
<無駄よ。ルキア。あなたは私のもの。大丈夫、あなたの身体は傷つけないわ。だって…>
いつのまにか側まで近づいた彼女は、やさしくルキアの頬を撫でる。
薄ら寒くなるような温い感触に、ルキアの瞳孔は開き、浅い息を何度も繰り返す。
「私…は……貴方のも……のなんかじゃ…ない」
蔦に絡め取られ、恐怖で失神しそうになるのを、かろうじて保ちながら吐き出すルキアだが、彼女は一笑しただけだった。
優雅にルキアの回りを歩きながら、彼女は歌うように囁く。
<わたくしはね、ずっと時が満ちるのを待っていたのよ。貴方には想像できないしょうけれど、それはそれはとても長い時間だったわ。だけど待った甲斐があった>
一周して再びルキアの前に立った彼女は、心底嬉しそうに微笑む。