49話
奥へ進むごとに、強い薔薇の香りをルキアは感じていた。
クローブ国では嗅いだことのない、甘く 身体にまとわりつくようなねっとりとした香り。
一度だけ、温室で見たあの白薔薇の香り。
アルクが凶華だと言って、処分しろと庭師に厳命したはずなのに、どうして温室で再びこの香りがするのか。
進むのが……ルキアは恐かった。
その白薔薇の内に何かが潜み、ルキアを絡めとられそうで。
それでも前に進まなければ、ルキアはずっとこの温室に閉じこめられたままだろう。
もう一つは、恐ろしくもあったが、何故ルキアをこの温室に呼び出した張本人にも興味があったのだ。
アルクから話は聞いたが、それでもルキアは白薔薇が凶華とは思えなかった。
クローブでは白薔薇は清楚な花として扱われ、婚儀の花束や香水の原料として、とても高価なものだし、愛好家もいるほどだった。
なのにオーク国では全てがクローブ国と逆の意味を持つ花として扱われている。
それがどうしても信じられないのだ。
慎重に石畳を歩き、ルキアは少し前までアルクと過ごした四阿へたどり着いた。
そしてあまりの変わりように、ルキアは息を呑み双眸を見開く。
「そ……そんな……」
柱に、噴水にからみつくトゲの生えた蔦と、触れれば手を切りそうな歯形の葉。
その隙間を埋めるように咲き誇る大輪の白薔薇たち。
石畳は白と緑の絨毯に覆われ、そして四阿の奥からゆっくりと現われたのは……脳裏によぎった彼女だった。
<待っていたわ…ルキア>
脳裏に直接響く、甘い声音。
半分透けたその姿より、名を呼ばれたことにルキアの肌が泡立つ。
「何故…わた…しの…名前…を」
<私は何でも知っているの。ずうっと…ここにいたから>
「まさか……」
ルキアの問いに含み笑いで答え、彼女は愛しげに白薔薇に頬を寄せる。
<綺麗でしょう? 貴方たちの婚礼の時になれば、この薔薇は温室中を埋め尽くすわ。素敵だと思わない? この薔薇は全てアルクの命で咲いているのよ>
「何で……すって…やはりあなたは……」
<歴代の国王の中でも、アルクの命の花が一番美しい。彼こそがわたくしが待ち望んでいた人……そしてルキア……貴方はわたくしに相応しい器>
「アルクの命の花…? 私が器ですって…」
<そう。だってわたくしには肉体がないのですもの。やっと待ちわびた実を刈り入れるのに、器がなくては触れられないでしょう?>
花を摘みに行くように無邪気な口調で話す彼女に、ルキアはその場に崩れ落ちそうになるのを必死に堪えるのが精一杯だった。