46話
回廊を走り抜け、中庭へと飛び込んだルキアは遠くにいるカルに向かって、息も切れ切れに叫ぶ。
「カル! 止まって、そっちは駄目よっ!」
けれど遠すぎるのか、聞こえてないのか、カルは振り返りもせずただ温室へと歩き続ける。
「お…願…い……よ、カ………ル」
焼け付くように胸が熱く、そのせいなか吐き出される息は白く、ルキアは胸を押さえ、もつれる足を必死に前に走らせる。
あと少しでカルに追いついたルキアは、必死に腕を伸ばす。
「カル…」
肩に手を伸ばした瞬間カルの姿はぼやけ、ルキアは倒れるように温室の中に転がり込んだ。
途端、開け放たれていた扉は勝手に閉まり、ルキアはまんまと誘い込む罠にかかってしまったと悟った。
急いで起き上がり、扉をこじ開けようとしたがびくともせず、ルキアは扉を背に温室の奥を覗くように目をこらした。
が、無造作に伸びている植物で、奥がほの明るいぐらいしかわからない。
「なんてこと……」
自分の軽率さを呪いたかったが、あの時はカルだと思ったし、部屋にも姿はなかった。
「だったらカルはどこに……」
温室にはいないはずだ。
でなければわざわざルキアをおびき寄せるために、カルの幻を見せる必要はなかったのだから。
だが本物のカルがどこにいるかは、ルキアにはわからなかった。
「それでも……ここでなければいいわ。……けれど」
自分が温室にいることは、誰も知らない。
普段なら警備兵がいて、ルキアの姿を目にしたのならば声をかけるはずなのに、人の気配さえなかった。
たぶん温室の主が何かしらの術をかけたのだろう。
ルキアにカルの幻を見せたように。
「助けは……誰も来ないってことね」
温室の主は、ルキアだけに用があるということだ。
何のためなのか、ルキアにはまったくわからなかった。
「……同じ出身国だから……ってことじゃないわよね」
いつまでもここで立ち止まっていても、答えは見つからない。
ルキアは覚悟を決めて、恐る恐る歩き出した。
ほの明るい場所へと……。