44話
同時刻、何の前触れもなくルキアは目が覚めた。
いつもなら夜は浅い眠りを繰り返し、目覚めても頭の中にもやがかかったみたいにぼんやりとしているはずなのだ。
それが起きているときよりも、意識がはっきりとしている。
しかも漠然とした不安のせいで。
胸を押さえ、浅い鼓動を感じながらルキアは何にたいして不安なのかがわからなかった。
「ここ数日……いろんなことがあったし、今になって環境の変化に身体が驚いたのかしら?」
そう口に出してみるが、不安は拭えない。
「……お茶でも飲んで、少し落ち着けば…」
不安は消えるはずだ。
そう言い聞かせながら、ルキアはするりと寝台から降りる。
と、カーテンの隙間から差し込む光に、ルキアは訝しげな表情を浮べる。
「今日は満月だったかしら?」
窓辺に近づき、そっとカーテンを引いて空を見上げると、月は満月どころか、細い三日月だった。
なのに夜空の星をかすませるほどの明るさに、ルキアの不安が高まる。
光の元を探すように視線を動かし、ルキアの表情が凍りついた。
「そんな……嘘……よ」
原因はアルクが立ち入り禁止にした、温室から発せられていた。
月よりも青白い光を放つ温室は、生きているようにゆったりと明滅している。
青ざめるルキアの頭の中に、声が届いてきた。
『おいで……』
その瞬間、声の主の姿がルキアの脳裏に鮮明に浮かび上がる。
身体の線を隠すほど、緩く波打つ乳白色の髪と肌、身につける衣類も白。
違うのは、黒に近い深緑色の双眸と、深紅の唇。
その唇がもう一度、ゆっくりと動く。
おいで……と。
一度聞いたら耳に残るほどの、人を惹きつける声音が、ルキアの意思を縛り付ける。
返事をしそうになるのを必死に堪え、ルキアは温室から視線をそらしカーテンに手をかけた。
「!」
だがその手が止まり、ルキアは愕然とした表情で下を見つめた。
「カル!」
温室へと続く中庭を、カルが歩いていたのだ。
とっさに窓を開けて引き留めようとしたが、ルキアはすぐに違うと否定する。